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2009-06-11

人間の救済と憧れ

古代ギリシャ人は、人間性の究極を「真・善・ 美」に求めました。

人間性を昇華させて行き着いた終着点です。

ギリシャの神々には人間の憧れ、が作り出した様々な表情、彫刻を通して現代人に語りかけてきます。

ミロのビーナス、パルテノンの神殿など、人類史に残る生命の永遠性を求めた証が時代を越えて人々を惹き付けます。

現代人の前に古代への郷愁をかきたてます。

私は若い頃、密かに考古学に憧れましたが目の前の生活に追われて、諦めました。

古代人の生活に、また私の命は何処からきたのか?など、謎が知りたくてたまりませんでした。

西洋美術史に夢中になり、夜更けまで読みながら、古代の人々の生活の息遣いに触れようとしました。

建築家をめざしたのも、動機は西洋美術史が入り口でした。

わたしたち建築家が愛用した分厚い本があります。

建築家のバイブルと呼ばれた建築学便覧です。

数学から度量衡、気象、火葬場から飛行場 、港湾からホテル、宗教施設など網羅していました。

その中で、目が釘付けにされたのが教会建築の精密さでした。

大寺院の聖壇、聖人の彫像に心が奪われました。

なんとか頑張って果たせなかった古代学の片鱗に触れたい青年の情熱が全身にたぎっていたのです!

それが牧師の召命に、後年繋がりました。

神の御心は、はかりしれません。

確かに大宇宙には説明つかない現象が見られますが、ミステリーの世界こそ、神聖な神の領域なんですね。

ちっぽけな人間の知恵が届くのは、お釈迦様の手のひらの中止まり、と考えたほうが正しいのかもしれません。

我が国でも、古くは神武天皇の神話が歴史に記録され、この国の生い立ちに雄大なロマンを与えています。

大祭司の重要な役目を負われ、高千穂(宮崎県)の高峰にお立ちになり、この国の平安祈願から始まった国作りは、勇壮で神秘に満ちています。

母なる祖国の歴史を知らずして他にのめり込むにはまだ若い私なりに自分への抵抗感が芽生え苦しんだ時代がありました。

太平洋戦争(我が国では大東亜戦争と呼ばれた)日本の敗戦、戦後復興、この国は目茶苦茶にアメリカ政府の敵意剥き出しの犠牲になり破壊され、多くの尊い犠牲者が出ました。

犠牲者を出さなかった国民はいないはずです。

戦後復興の担い手を目指し建築家の道に入りましたが、好きな考古学との差に正直大きな戸惑いが生じました。

そこで西洋美術史と日本の建築史を並行して勉強しなおしたのでした。

若い情熱が推進力になりました。

キリスト様のしもべになる準備期間だったのです。

2009-05-28

定かでない人間の真の評価

真実を求めてさ迷う人間!世界中の文豪の力作は、愛・神・罪などが主題の下敷にありました。

真実の追求を人間の精神生活の中心に見据えて書いた、ドストエフスキー、スタンダール、ダンテ、ゲーテ、モーパッサンの『脂肪の塊』など。

若い頃夢中になり読み耽ったものでした。

深い感動に浸りました。

文豪の筆にかかると何気ない会話、少しの仕草、自然との対話などが、活き活きして、言葉が個性を持ち、生き物になる不思議な力に圧倒されました。

私は建築家の道を選びましたが、心の奥底では納得していませんでした。

作品を産み出す力量は、当たり前ですが、何か不純なものが絡みこんでいると、不審が拭えませんでした!

特に形だけの設計コンペには、人脈、コネ、政治、 打算など!が絡みこんでいました。

国連ビルの本当の設計者はブラジル人のオースカ・ニーマイヤーだと聞きました(ブラジルの首都ブラジリアの都市計画を手掛けた建築家)。

ですが、師匠の建築家、フランスの巨匠と言われた、ル・コルビュジエの手に落ちました。

ル・コルビュジエに弟子入りした日本人の建築家もいました。

表面だけではその人物を本当に知ることは不可能に近いのかも知れませんが。
私は建築家の仕事を離れましたが、私より若く確な建築家の出現に安心感を抱きました。

独学で建築界に踊り出た建築家の安藤忠雄です。

彼は若い頃、ヒッピー族になり、体一つで、外国に渡り、ボクサーもやり、リングに上がった実戦家です。

心の遍歴の中から何か宇宙の命に触れて、独学で難関を突破したと聞きました。
建築物は設計者が個性を発揮出きる戦場です。

深く考え慎重に、精密に計算されて、産みだされる作品ですが、彼の作品には何か、あのカリスマ的天才建築家スペインのアントニオ・ガウディーを彷彿させるものを感じます。

作品はいたってシンプルです。

コンクリートの肌あいを活かし、アントニオ・ガウディーとは対象的ですが?何か触れ合うものがあります!