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2009-06-30

天路歴程(5)

ジョン・バニヤンも召命を受ける以前、何度も生命の危険に曝されています。

一度はベッドフォードの川でボートが転覆して溺れかけたり、またある時は、まむし の口を開けて指で毒牙を引き抜いたが、無事であったとか。

とりわけ彼が神に感謝せずにおれないほど深い感銘を受けた事件がおきました。

16歳で軍隊にはいった時のことです。

彼は敵の包囲攻撃に引っ張り出されました。

隊の仲間が彼の代わりを引き受け、戦地に行きました。

いよいよ包囲攻撃になり彼は歩哨に立ったところが頭を一発うたれて死んでしまいました。

当時、チャールズ1世と議会との間に内乱があり、その時の出来事でした。

除隊して、彼は20歳そこそこで結婚しています。

2人ともひどい貧乏で所帯道具、皿1枚さじ1本もない有様でした。

彼の妻は、父の形見の2冊の本を持っていました。

アーサー・デントの『凡人の天国への道』と、ルイス・ベイリの『信仰の実行』でした。

彼には新鮮な驚きを与える内容でした。

若い妻と2人で炉辺で読んだこれらの書物、また、彼女が語った父親の敬虔な生涯の物語には彼の胸の奥底に眠っていた宗教心を呼び覚ましたのでした。

神の召命には必ず、時、人、場所等が深く関わって来ます。

あの使徒パウロのようにです。

続きます。

2009-06-11

人間の救済と憧れ

古代ギリシャ人は、人間性の究極を「真・善・ 美」に求めました。

人間性を昇華させて行き着いた終着点です。

ギリシャの神々には人間の憧れ、が作り出した様々な表情、彫刻を通して現代人に語りかけてきます。

ミロのビーナス、パルテノンの神殿など、人類史に残る生命の永遠性を求めた証が時代を越えて人々を惹き付けます。

現代人の前に古代への郷愁をかきたてます。

私は若い頃、密かに考古学に憧れましたが目の前の生活に追われて、諦めました。

古代人の生活に、また私の命は何処からきたのか?など、謎が知りたくてたまりませんでした。

西洋美術史に夢中になり、夜更けまで読みながら、古代の人々の生活の息遣いに触れようとしました。

建築家をめざしたのも、動機は西洋美術史が入り口でした。

わたしたち建築家が愛用した分厚い本があります。

建築家のバイブルと呼ばれた建築学便覧です。

数学から度量衡、気象、火葬場から飛行場 、港湾からホテル、宗教施設など網羅していました。

その中で、目が釘付けにされたのが教会建築の精密さでした。

大寺院の聖壇、聖人の彫像に心が奪われました。

なんとか頑張って果たせなかった古代学の片鱗に触れたい青年の情熱が全身にたぎっていたのです!

それが牧師の召命に、後年繋がりました。

神の御心は、はかりしれません。

確かに大宇宙には説明つかない現象が見られますが、ミステリーの世界こそ、神聖な神の領域なんですね。

ちっぽけな人間の知恵が届くのは、お釈迦様の手のひらの中止まり、と考えたほうが正しいのかもしれません。

我が国でも、古くは神武天皇の神話が歴史に記録され、この国の生い立ちに雄大なロマンを与えています。

大祭司の重要な役目を負われ、高千穂(宮崎県)の高峰にお立ちになり、この国の平安祈願から始まった国作りは、勇壮で神秘に満ちています。

母なる祖国の歴史を知らずして他にのめり込むにはまだ若い私なりに自分への抵抗感が芽生え苦しんだ時代がありました。

太平洋戦争(我が国では大東亜戦争と呼ばれた)日本の敗戦、戦後復興、この国は目茶苦茶にアメリカ政府の敵意剥き出しの犠牲になり破壊され、多くの尊い犠牲者が出ました。

犠牲者を出さなかった国民はいないはずです。

戦後復興の担い手を目指し建築家の道に入りましたが、好きな考古学との差に正直大きな戸惑いが生じました。

そこで西洋美術史と日本の建築史を並行して勉強しなおしたのでした。

若い情熱が推進力になりました。

キリスト様のしもべになる準備期間だったのです。

2009-05-08

わたしの出発点 その1


これから体と相談しながら、ぼちぼちブログを掲載したいと考えています!

話は昔に遡りますが、神様から召命を受けた日が出発点です!

通い始めた神学校は、少し変わった、しかし此処だから学ぶことが出来た、真理を受肉しえた、学舎(まなびや)でした。

どちらかと言えば カトリックでもなく プロテスタント教会でもなく、むしろ、ユダヤ教に近いところでした。

ヘブル語、ギリシャ語を理解出来る学友に囲まれ、わたしは“ちんぷんかんぷん”でしたが、信仰の神髄に肉薄する、学友たちの真剣な姿に圧倒されました!

さらに深い感動に全身、鳥肌が立ちました!


そこがわたしの、これからお話したい、全てのスタートラインです!

その前に実は、ある教団の神学校に入学するように熱心に薦められましたが、宗教家の道はわたしの関心外でした。

すでに建築家になり、たくさんの作品を手掛けていましたし、それに見合う、そこそこの収入も得て生活に満足していたのです!

しかし、神様のみ手は怠惰に過ごしていた、わたしを見逃さず、襟首をむんずと鷲掴みにし、大空高く舞い上がり、そこから空中に放り投げ出す、荒業に出ました!

気絶寸前に、翼が目の前に現れ、死をまぬがれたのです!もう、観念しました!逆らえないと!