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2010-01-01

日は昇るー新年の聖句


はじめに神は天と地とを創造された。
地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。
創世記1:1~5


若鷲のように、新たなる力を天から受けて、平和、人々の幸せを願い、愛の樹は今年も前進します。
愛の樹一同

2009-07-15

天路歴程(16)夢の楽しみ

hoshizora

最近、私はよく夢を見ます。

不思議なことに、目覚めた後も、夢に見た光景が脳裏にはっきり焼き付いているのです。

見知らぬ土地が懐かしく感じられたり、夢で度々会う人と、夢馴染みになったりです。

夢の中で宇宙を駆け巡り、見た光景は神秘的です。

今までいろいろ見てきた夢の中でも、脳裏に鮮明に焼き付いて離れないのが宇宙の最果ての光景です。

宇宙の最果ては暗黒です。

暗黒の最果てから見ると、遥か彼方に星々が煌めき、天地創造の創世記を事実だと感じたくなります。

神話の世界の記述、あの膨大な旧約聖書の記者は、どのようにして宇宙の誕生を知り得たのか、神秘に包まれた謎が残ります。

長年にわたる古代から、現代、未来にまたがる宇宙の観察で、わたしたち人類と似た宇宙生命に出会う可能性は高いと感じます。

非科学的だと笑われるかも知れませんが、楽しい夢は大いに見て、心に広がりを持てば、辛い闘病生活にも活力が出ます。

私が見る奇想天外な夢の話ですが、いい歳をして、夢が自由に書けるのは、人生を楽しく生きる知恵かも知れませんが? 好奇心に年齢は無関係だと私は信じています。

頭の中で感じ取り、記憶に残る何かが働いている証だと受け止めいます。

少年の頃の好奇心は76歳の今に到るまでいささかも、衰えません。

私の愛用車のカーナビには夕暮れが近づくと、様々な星座が現れる仕組みが組み込んであります。

わたしたちキリスト教徒は死後の世界の帰り行く先は天に在ると信じています。

距離的な天ではありません。

霊的な意味での天です。

今日一日のお休みなさいの挨拶です。

あなたも楽しい夢を見てください。

ではまた!

photo by hoshi (Attribution-Noncommercial-No Derivative Works 3.0 Unported)

2009-06-03

不思議な夢の話(1)

私は物心がついた頃から霊的なことに深い興味を抱いていました。

76歳になった今でも衰えません。

母の胎内にいたときから運命づけられていたのかな?と、ときおり感じます。

夢を良く見ます。

鮮明に心に刻み込まれます。

一晩に続けて数回見ることがあります。

夜中の2時頃一度目が覚めて、また続きを見るのです。

綺麗な川を見たり、広い海を見たときは、必ず癒しに関係します。

山が動き、空高く飛び上がり、激しく地上に落下するときは、体の不調に加え、何か大変なことが起きる予兆だと感じ、慎重になるのです。

洪水濁流は無論危険の予兆です!

肉眼で見えないものを見る、何か深い意味が隠されていると心の奥底に響きます。

「聖書に書かれている夢」は、古代中近東において、超自然的な力から発生する告知(神から)と、信じられていました。

夢の啓示は非常に大切なこととされたのです。

祭司たちは神殿で夜を過ごし、夢を見、これは、神々の意向を知らせる手段だと考えました。
(つづく)

2009-06-01

新約聖書は大海(1)創世記〜モーセの十戒

聖書を河川・海にたとえるならば、旧約聖書は、大海に流れ込む河川のようです。

イスラエル人ににらまれ、反発を買うかもしれませんが?

大小の河川が一つの大河となり、新約聖書の大海に注ぎ込む。

私のイメージです。

海は生命の源です。

あらゆる生命が、海を母体として誕生した、と言われています。

陸地に繁茂する植物まで含めると、生物の数は無数です。

旧約聖書の『創世記の天地創造の記述』は雄大の一語に尽きます。

神は御自分にかたどって人を創造され男と女に創造された。

神は彼らを祝福して言われた。

「産めよ、増えよ、地に満ちて、地を従わせよ。
海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」神は言われた。

「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。
それがあなたたちの食べ物となる。
地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう」


これは天地創造の六日目の神の御業です。天地創造は 七日目に終りますが後が大変です。

男・アダム(イシュ)

女・イブ(イシャー)

が、エデンの園で蛇の誘惑に負けます。

人類悲劇の発端です。

詳しい事は旧約聖書をご覧下さい。

創世記の後に続くモーセの書出エジプト記から申命記まで読むと、神の予言者モーセの苦悩が痛いほど分かります。

砂漠をさ迷い民族大移動の偉業の苦悩、困難の連続。

モーセは、エジプトのファラオ王の追撃を受けますが、神は夜は火の柱、昼は雲の柱を立て彼等ら道しるべになりました。

紅海の水を分けて、モーセ率いるイスラエルの民を救い出した出来事は映画『十戒』にもなりました。

民衆は危険が去ると身勝手な行為に走ります。

その行為を見かねた神は予言者モーセを神の山、シナイ山に導き出しあの有名な「モーセの十戒」を授けました。

旧約聖書の掟、 戒律が厳しいのは元はと言えば人間の罪です!