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2009-07-25

天路歴程(21)あぁー!神よ!

トリノの聖骸布(部分)

キリストのお体を包んだあま布、聖骸布に浮き出した、彫りの深いお顔の写真を拝顔しました。

あま布に包まれていたお顔がくっきり浮かび上がり、言葉にならない深い感動におそわれました。

キリストのお体の脂肪が、あま布に永年の間に染みこみ、崇高なお姿を、2000年を経て人類の受難時代に合わせるように浮き上がった。

神秘的です。

神の愛し子です。

人類救済の悲願は、まだ達成されてないないのでは?

再び、わたしたち人類の前にみ姿を表したもうた!

まだ、救い主はキリストは現役で、今も悩める魂のために生きて働いておられる!そう、確信しました。

キリストが命を賭して人類の平和共存を説かれた愛の犠牲、教えは一体何処に消えてしまったのでしょうか?

キリストを宗教家とみるか?人類の革命家と見るか?ですが?

両面を兼ね備えいなさるお方だと私は受け止めました。

キリストか語られた言葉のなかに書かれていることの真意を精査、霊読すれば解ることです。

一滴も血を流さずに平和が達成できる宗教がこの地球上に果たして、存在するのでしょうか?

キリスト教徒同士が、殺戮を繰り返してきたのは世界中が知るところです。

キリスト教徒だけでなく、裏に潜む責任者、リーダーが、キリストの教えに反するキリスト教国に、平和の礎となる平和の真理を精力的に訴える責任があります。

無関心は大きな罪です。

世界中の紛争地帯は皮肉なことに、パレスチナ一帯、旧約聖書が舞台です。

アダムとイブの血とその霊統をくむ、近親憎悪が根深いです。

宗教は平和と人々の幸せのために存在するものです!しかも宿敵は兄弟同士。

イスラエルが聞き分けのない、だだっ子なら、キリスト教会が結集して、諫めるべきです。

身内同士です。

自分たちから率先垂範すべきです。

時代は劇的変化を遂げようとしています。

政教分離はキリストの教えです。

国民を困難に突き落とす、政治に歯止めを掛けるべき時が到来していると告げられています!

ユダヤ教
キリスト教
回教徒

アダムとイブの血の流れを酌む親族関係にあります。

平和を創りだすはずが、お互い危険な敵になりました。

仏教を信じるおとなしい国まで怪しい様子です。

神仏の限界を人類は越えたのでしょうか?

今夜も神に食い付きましょう。

何故人間の愚かさを止めないのか?あなたも歳をとられ老衰したのかと?

尋ねます。もう、午前三時です!あぁー!神よ!

語り給え!

2009-06-15

聖日礼拝にて

今日の聖日礼拝は神の正義と愛について語りました。

また、目に余る政治の在り方にも触れました。

また、人々の不幸につけこむ宗教屋?にも憤りを感じました。

真理が全うされ、苦しんでいる人々に、掛け値無しの救いの手を差しのべる、労りを是非伝えたいのです。

豊かな人々に神は無縁の存在かもしれません。

ギリシャ語に“プトコース”と言う言葉があります。

意味は、「貧しい者⇒霊の乞食(こつじき)」です。

キリストは説きました。

「心の貧しい者は幸いである」。

高ぶった傲慢な人間は平気で不正を働きます。

神の御前にへりくだった人間は悪事は働きません!

2009-06-12

死を恐れない信仰(3)リーダー

彼の伝道活動は、復活のキリストの聖霊が愛の働きであり、この 聖霊が人々を愛の業へ導きだすと説き続けたことにあります。

今時会うことのできない人物です。


〇〇教、△△教そのものあり方が一部の信者を除き普遍性を欠き、政治に関与するやり方は国民の幸せには結びつきません。

キリストは弟子たちに

“神の物は神に、カイザル⇒皇帝の物はカイザルに”
と、はっきり区別しました。

国家と宗教の存在価値、根元的な質の違い役割の違いをはっきり指摘されたのです。

『舞い降りた天使たち』に次のように記述しました。

リーダー

徳望のある人物が、その国のリーダーとなり、国民も又、そのリーダーに絶大な信頼を与えて国家の運営を任せる。彼は地球国家と人類、国民の幸せのために全力を尽くす。

中略

彼らはその時々の歴史の中で、非常な困難と戦い、それを乗り越えた人生の勇者たちである。哲人ベルグソンの言葉をかりれば、進化の壁を突き破って、彷徨変異を遂げた人々である。
単に最善を尽くしただけではない。国家的、あるいは人類の危機に立ち向かった彼らには、熱い熱い愛があった。それゆえ、私心を捨てて人類に、国家に、社会に身を捧げることが出来たのだった。

今の青少年たちに、このような偉大な人格に接し、その優れた影響を受ける教育が是非必要であると、私は痛感している。
今、 はびこっている、私益、省益に目の色を変え、又、党利、党略にうつつをぬかす官僚や政治家たちのようなダメ人間ではなく、高潔な、高邁なしっかりしたビ ジョンをもったリーダーが待ち望まれる。私が少年の頃あこがれた偉人たちには、人々の心をひきつける特徴的な共通性があった。それは自己の利益のために何 かをしたということではない。天命というか、天の声に動かされ、その使命に全身全霊を捧げた人々である。殉教者である。とにかく立派だった。
私は単純思考の人間であるから、この先人たちの純粋な生き様に深い感動を覚える。彼らは、神や仏ではなかった。イエス・キリストや釈迦とは違う。
しかし、その生き様は、まさに聖者を彷彿とさせるものがある。
もし、一国を自分の思いのままにあやつろうとする邪な人物がいたとしても、真実でないもの、神に祝福されないものの栄華の時世は長続きせず、たちまち
過ぎ去る。

人間が欲のために作り出したものは、何一つ永続するものはない。心に深く思うことがないから、ただ目先の利益や権威におぼれる。

すべては移り変ることを彼らはうっかり忘れているのだ。彼らを待ち受けているものは敗北である。

過去のリーダーの中で、財貨や色欲を貪り、眼前の快楽におぼれた人物やその国家、社会は滅びた。

私たちは真実の道を求める。健全な道を求める。それは朽ちることのない永遠の生命を願うからである。人間の浅はかな煩悩にふりまわされて、困っている人を助けず、その国を見捨て、神の恵みを分かち合うことを知らない私たちで終わりたくはない。

この愛する国、日本が、そこに住む私たちが、いつでも、苦しんでいる人々に手を差しのべるような国でありたい。また率先してそのことを大胆に実行出来るリーダーを持つ国になりたい。

舞い降りた天使たち 英日対訳版

2009-06-01

新約聖書は大海(3)人格転換(トランス)とリーダー

先に私の体験から臓器に霊が宿ると記しましたが、非科学的なことのように思いが、人間には理解不可能・摩訶不思議なことがよく起きます。

奇跡と呼ぶのがふさわしいのか、よく分かりませんが、体験して見ると何か納得出来ます。

もう駄目だと見放された人が、蘇ることも実際にあります。

奇跡は存在します。



また人間はいつの時代でも自分たちの王を求めます。

強力なリーダーを要求します。

安心と保証が必要なんですね。

預言者(以前は先見者と呼ばれた)の声に従いましたが、役目の分担が行われるようになりました。

政治と宗教の分離政策の始まりです。

神に選ばれた預言者サムエルをしても、正しい跡継ぎには恵まれません(サムエル記8章参照)。

年老いたサムエルは、自分の後継者に息子たちを任命します。

長男の名はヨエル、次男の名はアビヤ、この二人の息子たちは、父サムエルの意に反して不正な利益を求め、賄賂を取りました。

これでは民衆は納得しません。

“民が王を求めめた”動機です。

現代社会にもよく見掛ける光景です。

サムエル記の編集は紀元前550年頃と言われています。

また、サムエルの誕生からダビデ王の死にまで至る約一世紀間で王国の誕生と約束の土地取得が最大の課題でした。