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2010-01-28

天路歴程(48)日は沈みまた昇る

Photo by Oshochi

雨上がりの散歩道から見える、冬景色。
丹沢山系の遠くの山並みが見事な茜色に染まりました。

沈む夕日を眺めながら、『日はまた昇る!』
宇宙の雄大かつ、神秘的な生命の営みに改めて畏敬の念を抱きました。

宇宙は神秘に満ちています。
暗くなり、頭上に輝く星々の瞬きに不思議な力が与えられます。

今日の血液検査に、白血球の増加を密かに期待しましたが、診断は厳しい結果になりました。

しかし、宇宙に切れ目がないように、人の命にも切れ目はない!
夜空を仰いで確信が来ました。

神は生きておられます!

天は神の栄光を物語り大空は御手の業を示す。
昼は昼に語り伝え、
夜は夜に知識を送る。
話すことも、語ることもなくその響きは全地に
その言葉は世界の果てに向かう。
詩編19:2ー5

神の詩人の勇壮な詩に励まされれ、喜び勇んで生を全うしたいと祈りました。

アーメンハレルヤ
オショチ合掌†

2009-09-19

天路歴程(40)神の栄光

photo by Oshochi

天は神の栄光を物語り
大空は御手の業を示す。
昼は昼に語り伝え
夜は夜に知識を送る。
話すことも、語ることもなく
声はきこえなくても
その響きは全地に
その言葉は世界の果てに向かう。

詩編19:2-7(新共同約)

今日1日の感謝の祈りの後は、丹沢の山波に、静かに輝きを残し沈む太陽に旧約の詩人の神への讃歌を実感しました。

2009-05-19

ダビデ王の切ない讃歌

古代イスラエルの大王と呼ばれたダビデ王(西暦前1000-961年在位)の讃歌に、胸を打たれる詩がたくさんあります。

私が独立伝道を開始した時期、約36年前、生活難にあえぎ苦難と試練の毎日でした。

当てもなく、さ迷い歩く日々でした。

何の保証も無い、支援も無し、“徒手空拳”の唯一人の孤独な伝道の道は、何時まで続くのか?

神様からの召命は自分の錯覚ではなかったのか?

日暮れて悩みは深く、道をあてどなく歩いた日々が、今は懐かしく思い出されます。

神様との道行きは苦しくても、清らかで、わたしの魂を生き返らせて下さいましたから!

しかし、魂の救いが確信出来る日までの道のりは、長く、苦しく、祈りながら読まされた詩篇をここに書き記します。
いつまで、主よわたしを忘れておられるのか。いつまで、御顔をわたしから隠しておられるのか。
いつまで、わたしの魂は思い煩い日々の嘆きが心を去らないのか。いつまで、敵はわたしに向かって誇るのか。
わたしの神、主よ、顧みてわたしに答え、わたしの目に光を与えて下さい。死の眠りに就くことのないように敵が勝ったと思うことのないように、わたしを苦しめる者が動揺するわたしを見て喜ぶことのないように。
あなたの慈しみに依り頼みます。
わたしの心は御救いに喜び踊り主に向かって歌います「主はわたしに報いて下さった」と。
この詩篇の記者、ダビデ王が訴えた“敵”とは?後日、自分自身に他ならぬことに気付かされますが…

神様との道行きは、イエス様が後に弟子たちに示されたように、自分の†字架を黙々と背負う厳しいものでした。

しかし、わたしのくびき(農耕のために、すきを引く家畜が首につけた道具)は負いやすいのも、体験して見ると良くわかります。

魂が光を見い出すには人間の策は全て破壊されます!

神様の救いは人間の条件の果てた末にありました。