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2009-12-31

新年への祈りを込めてー愛の樹の皆へ


激動の1年間、それぞれの立場で力を合わせて、愛の樹の使命をよく果たした。感謝。

小さい群れでも本気になれば不可能も可能となる。

クリオン、マニラの愛の樹の兄弟姉妹の困難に少しずつ支援の手を差し伸べることも出来た。

どや街の兄弟姉妹にも!
また、愛の樹教会の大切な役目。ネット教会のホームページ制作に皆が心血を注ぎ、暗い世の中にささやかな灯火を掲げることが出来た。

神の御名が崇められ†愛と平和の世の新しい年の始まりを皆で祈ろう†

2009/12/31

愛の樹オショチ合掌

今年最後のオショチブログです。ご愛読を心から感謝し、新しい年がすばらしい年になりますようお祈りいたします。


2009-12-29

寒い朝の不思議な夢ー心の旅路より


戸のすき聞から、北風がビュービュー吹き込んでくる。頭からすっぽりふとんをかぶっていても手足が冷えてなかなか寝つかれない。

この日、日本列島全体が寒気団におおわれていた。ふとんに入っていながら、この寒さだ。

「ホームレスの兄弟たちは、この寒さをどうしのいでいるのだろう」

ひどく気になった。

ウトウトしかけて、私は不思議な夢を見ていた。雪の降りしきる街角に、人影らしい姿が見えた。道端にうずくまって動こうとはしない。

「こんな夜更けに?」

私は不審に思いながら近づいてみた。

粗末なショールを頭からかぶった若い女性がそこにいた。

声をかけてみた。

「どうなさいました?」

返事がない。街灯のぼんやりした蛍光灯に照らし出されたのは、親子の姿であった。

突然のことで、びっくりした。その若い女性の腕の中に幼子がスヤスヤ眠っている。体が小刻みにふるえている。

私はとっさに、紙袋の中から夕食用に買ってきたパンを取り出すと、急いで、彼女に言った。

「どうぞ、これを食べて下さい。少しは体が温まります」

彼女は黙って手を差し出した。その横顔を見てハッと胸をつかれた。

何と美しい人なんだろう。
澄んだ瞳、清らかなその姿に、私は一瞬たじろいだ。

「有り難うございます」

彼女は懐に抱いた幼子を気づかいながら、静かにパンを食べ始めた。

人通りの絶えた夜の街。空から落ちてくる雪がサラサラと、かすかな音をたてた。

「もうーついかがですか」

「いいえ、もう充分いただきました」

透き通った声であった。私はどこへ行くのか尋ねた。

「もしよろしかったら、私の家にいらっしゃいませんか。あばらやですが、ここよりはましです。寒さもしのげますし。それに赤ちゃんのミルクも差し上げられます」

私たちは歩き始めた。しばらく行くと、彼女は急に立ち止まった。
「もう大丈夫です。お蔭様で元気になりました。ここでお別れしましょう」

私はびっくりして、
「とんでもない! とてもここでお別れするなんて、そんなことはできません。是非私の家に来て下さい。今夜一夜のお宿を」
と熱心にすすめたが、彼女は静かに微笑んで立ち止まったままである。

無理じいすることは避け、私は少し不安を感じながら歩き始めた。少し歩いて後ろを振り返ってみた。

その時である。
私は実に不思議な光景を目にした。空の一角が急に明るくなると、その光がこの若い母と子をめぐり照らした。

光は2人を包んだ。まるでいたわるように、はっきり意志を持ったもののような、厳かな光に包まれ、静かに天に昇っていくのを私はただ黙って見つめていた。

その時、天から声が聞こえた。

「貧しい者に祝福を!
神の祝福を! 」

雪は静かに空から舞い降りてくる。この夜に限って、いつも見かけているホームレスのラザロさんたちの姿が見えない。

私はふと、思った。

「今夜、ラザロさんたちは、きっと神の国で温かい食事が与えられ、この寒さをしのいでいるに違いない」
と。

空を見上げると、白い美しい雪が天からひらひら舞い降りて私のまぶたにとまった。

ふと、そこで目が覚めた。時計の針は午前4時をさしていた。私の体はすっかり冷えきって、手足は氷のように冷たい。その手足をさすりながら、今見た不思議な夢の中の、あの母と子を深く思った。

「あのお方は、もしかしたら、み子イエス・キリストと母のマリアではないか」

私たちの知らない所で確かに救いのみ手が、貧しい人苦しんでいる兄弟たちに差しのべられていることを確信した。

テレビをつけると、過去最大の寒気団がシベリアから日本に流れ込んでいるとニュースは伝えていた。北陸、東北、北海道は、かつてない豪雪だという。

肝不全を患っているこの弱し、肉体にとって、辛く、寒い朝ではあったが、その目覚めは祝福された魂の深い喜びの目覚めとなった。

「貧しい者に祝福を! 神の祝福を! 」 という、あの言葉が今も私の胸の奥底に響き続けている。


「心の旅路ー苦難の中に身を置いて知る神の愛」より

大阪、釜ケ崎にて 不況に想うー心の旅路より


凍てついた黒い大地は、わずかに残された体温をも容赦なく奪い去ってしまう。

「体温が28度以下になれば、人間は確実に死にます」

たき火の側で夜通し不寝番をしていたボランティアの青年が話してくれた。

数カ所にたかれているたき火を囲むようにして黒い地べたの上に人々が横たわっている。よくみると、青いビニールシートの上に薄いフトンが敷かれ、人々はその中にうずくまっていた。

昨年の大晦日の夜更であった。凍てついた地面からはい上がってくる鋭い冷気が、まるで研ぎすました刃物のように骨身につきささる。はたしてこの人々は睡眠がとれるのだろうか。だが、彼らは身じろぎもしないで横たわっていた。

「晴天の夜はまだましです。雨か雪になれば、これだけの人々(約300人位か)を泊める場所がないのです」と。

まだ、あどけなさが残るこの青年は顔を曇らせた。

「この広い世界の中に、不遇な人々を温かく迎え入れてくれる場所がない。心の支えとなるものがない。……まったく生きるすべはない。これが日本の現状なのです」
「人間としての希望がまるでないのです」

今も全国各地の寄せ場ではバブルの崩壊から、長く続くこの不況が、その日の生きる糧を求める人々に深刻な影響を与え続けているのである。

アブレ(失業)た人々はアオカン(野宿)を強制されている。その日暮らしの人々にとって、戦後最大級の、抜け道が見いだせないでいるこの大不況は、まさに悪夢である。

「アブレ地獄の最中、炊き出しに並ぶ人々の数は日増に増えてきます。雑炊の炊き出しにもかなり出費がかさみます。お米でも野菜でも、何でも、助けて下さい。

私たちが持参した衣類も食料品も、又お金も、この人々の切迫した必要の前にはあっという聞に消えてしまい、ほんのわずかなものでしかなかった。

根本的な、何か大切なものが、この人々のために欠落している。景気の変動によって真っ先に影響を受けるのが、社会的に何の保障も得られないでいる弱い立場の人々である。

先行きの生活や仕事のことに不安を持ちたくはない。これは人情である。にもかかわらず、現状はますますひどくなるばかりである。

寄せ場で聞いた心に残る言葉があった。それは、「今日の日本の繁栄は、俺たちのやってきた、きつい労働と尊い犠牲の上に成り立っているのだ」と。

しかし、善意の人々のこの声は為政者たちの心には届かない。それどころか、立場を悪用して汚職やワイロをやりたい放題やりとりし、この人々の善意を食いものにし、その結果をふみにじり、心に冷水をあびせかけている。

選良された人々よ。どうか心して、この言葉に耳を傾けていただきたい。
…又…、今、私たちにも求められている、人間としての大切なものとは何か? が鋭く問いかけられている。

そのためにも一人一人が無関心や怠惰から離れ、現実をよく見つめ、優れた知恵を寄せ合い、誰もが幸せを手に入れる事の可能な時代を創造していく。そのための真剣な対応が求められている。

しかし、この受難の時代こそ、新しき良き時代をリストラ、創造する絶好のチャンス到来の時であるのかもしれない。

祈り

「神よ、我らに優れた知恵、と愛をお与え下さい。その事によってよき時代を創造し、不義、不正を排除し、人々に幸せをもたらす力をお与え下さい」

アーメン

「心の旅路ー苦難の中に身を置いて知る 神の愛」より


どん底の聖者ー心の旅路より


かさこそと、枯れ葉が冷たい風に吹かれて道に舞う。未曾有の大不況と失業。寒さと飢え。ホームレスの人々にこの冬も帰る家はない。

病み傷ついた身をいたわりながら、ホームレスの兄弟(ラザロ)たちは、ひたすら何かを求めて真剣に今も生きている。

人間としての様々な苦しみ、その重荷、過去を決して人に語ろうとはしない。

昨年の暮れ、エクレシア(現在の「愛の樹」グループ愛の会のこと)の兄弟たちと手分けして私たちは、不況の嵐吹き荒ぶ、寄せ場(ドヤ街)の兄弟たちの所へ、中古の衣服、食料品、それに支援金を持っていった。

名古屋ではドキュメンタリー番組「風の群像」に出ていた、笹島日雇労働者組合のリーダ一大西豊兄や、同志の向山良兄が中心となって駅前近くの公園に救護テントを張り、ホームレスの仲間たちのために炊き出しをやっていた。

たき火を囲んで、年老いた人が黙って火に手をかざしている。

赤々と燃えるたき火の炎が冬の夜空を焦がし、貧しい身なりの老人の姿を暗閣の中に浮かび上がらせていた。

その手は黒く、顔にも頭髪にも、長年の放浪生活の厳しさが刻みこまれていた。

「無言の老人」

何をどうのようにして、この厳しい運命を生きて来たのか、過酷なこれからの人生の道行きは、果たしてどうなるのか? その行き着く先は?

思えば思うほど胸が痛んだ。だが、不思議な感動を受けた。たき火に照らされたその横顔には、この世の煩悩を解脱した「聖者」のような面影があった。

人は侮蔑感をこめて言う。彼らは人生の落伍者。怠け者。いわく世捨て人等々。

この人々の現在の境遇が自分の身から出た錆であれ、たとえ人にだまされてひどい目にあった結果であれ、それを黙って受け止め、孤独と不安と焦燥の中に身をさらし、耐え抜いて、その生を一生懸命に生き抜こうとしている姿に、私は素直に感動する。

誰も不幸を望むものはいない。又、人生の成功、不成功は「神のみ手」の中に、人間の手を離れたところにあると私は思う。私はこの人々の生き方を美化するつもりはない。

唯、あるがままを、そのままを受け入れ、容赦なき人生の行き詰まりに甘んじ、人生の荒波に翻弄されつつも破れをつくろわず、一人の人間として、その生を必死に、真摯に生きている姿を目前にして改めて生きることの尊さを、生命の深い意味を思うのである。

私はある老人にたずねたことがある。

「今、何をお望みですか」

年老いたホームレスの兄弟は暫く考えてから、「もし生まれかわることが出来るなら、人のために尽くすことの出来る人生を望みます」と答えてくれた。



「心の旅路ー苦難の中に身を置いて知る 神の愛」より

天路歴程(47)どん底の聖者

ベッドに身を横たえて、1996年に初めて書いた自著 『心の旅路ー苦難の中に身を置いて知る神の愛』を読み返しています。

つたない文章ですが…13年前の暮れも押し詰まったときの、名古屋のある公園での出来事などを書きました。

どん底の聖者」「大阪釜ヶ崎にて不況に想う」「寒い朝の不思議な夢」の三編を連載します。


身体を傷めてからは、代わりに弟子たちがドヤ街に衣類、温かい飲み物、食料品を夏冬、届けてくれます。

未曾有の不況の最中、今日ある夕刊のトップ記事に500人に年越しの場受付開始の大見出しが目に飛び込んで来ました。

自殺者の数も増えています。

去年!有志の年越し派遣村設置に、少しは政治も良心の呵責を感じたのでしょうか?

記事の中に、失業者やホームレスが殺到する懸念、云々が、言い訳がましく書かれていましたが、13年前の真冬の厳しさとは何も変わっていなかった。

弱い立場の人々はいつまで弱いままに捨て置かれている。

何も変わらない、この国の現実を突き付けられました。

政権が変わっても、大した変わり映えがしませんね?では、せっかくの政権交代も色褪せてしまいます。

実施主体は都で、運営費は国の負担とか。

アメリカのホームレスの人々の救済とは質も規模もかなり違います。

どうも、お上が貧しい者に施す?

また人間使い捨ての派遣業契約など。

根源的に人を人として人間の尊厳性を見下している。冷たさを、政治、経営者、特に大企業の経営者たちに感じます。

特別な組織を除き、国の恩恵が行き渡らない国ですから!

人々の創造性、生産的熱意を国が阻害しているこんな気がしますが?

友愛の精神を根付かせる施策を真剣に考えたらどうでしょう?

先の知れた、がん患者の独り言では終わらせたくありません。

これから先の日本を考えると!

使い捨ての法案の成立と、目に見える成果に期待します。

せっかく大企業寄りの自民党から半世紀振りに、政権奪還を成し遂げたのですから、弱い立場の人々からやる気と希望、潜在能力を友愛の政治で引き出してください†

2009-11-12

Kさんへの手紙

雨が降って寒くなりましたね!お身体障りはありませんか?

ラザロさんへの衣類などありがとうございました(^-^)
助かります。
ドヤ街に届けます

なんとか、悪性リンパ腫の治療も進んでいます。
あと2回です。
副作用も出ますが先生方の綿密な治療連携で副作用もかなり抑えられて、吐き気、発熱、蕁麻疹などありません。

リツキサン、抗がん剤投与の後の1〜2週間は、白血球が下がるので要注意期間です。

(新型インフルエンザなど)感染症の危険性がつきまとうのでその間は生活全般に気をつけています(^o^;

クリスマスに治療が終われば、嬉しいですが?
後は、主治医の先生方と、神様に委ねて、行きます。いつもご心配いただきありがとうございます。

Kさんも身体お大事にして下さい。

在主平安†
オショチ
ラザロの蘇生