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2010-01-29

クリオン百年祭記録復刻版




わたしたち「愛の樹」グループ愛の会(愛の樹教会)と、フィリピン・クリオン島の関わりあいは約20年近く経ちます。

ハンセン病の隔離島として有名な、あのハワイのモロカイ島の、聖者と慕われた、ダミアン神父のハンセン病患者救済事業は世界中に感動を与えました。無償の愛の実践です†

また、インドのカルカッタのスラム街に単身、無一文で身を投げだし、道端で誰にも看取られず息を引き取る貧しい人々に愛の手を差し伸べた、マザーテレサはあまりにも有名です†

わたしたちはふと!したきっかけで、ハワイのモロカイ島と変わらない、むしろもっと酷い状況に閉じ込められた、フィリピン・クリオン島、ハンセン病患者の隔離島の実情を目の当たりにしました。

その時から始まった、支援活動記録の一端を、2006年12月25日にクリオン百年祭の貴重な記録として刊行しました。

この度、この貴重な記録が見直され、本日2010年1月29日第2刷として再版することになりました。

ペンパル・レターで生活をしてきた島の人々の生活は、困窮を訴える手紙による悲しい生活費の獲得手段を見直して、島の人々自らの尊厳を取り戻し、自立えの道を歩き始めました。

その蔭には黙って愛に身を投じた、無名の人々の貴い働きがありました。

忘れえぬ神の働き人でした。無償の愛を人知れず実践してひっそり、天に召されました。

クリオン百年祭の愛の記録は、その人々への「レクイエム→愛の鎮魂詩」感謝の報告書でもあります。

クリオンにいる弟子のエスピナは、彼の愛の行為に反感を抱く政敵に幾度も命を狙われ、暗殺の危険に身を晒しました。

さらに追い討ちをかけるように、重篤な心臓病に襲われましたが、奇跡の生還を果たしました。彼もまたハンセン病患者の環境の中で育ちました。

無一文から身を起こし数多の金権政治家、政府公認の市会議員候補者をしのいで、実質トップ当選を果たし、さらにパラワン州議会議員にも当選しました。

弱い人々の為に働き続けた原動力は神に与えられた「愛」でした。島にひとつしかなかったバランガイ→行政活動の最小組織を13か所に増やし、虐げられた人々の力になりました。

クリオン百年祭に寄せた彼の一文を記します。

クリオンの記念すべき百年祭に皆様をお迎えすることを真に喜ばしく感激の思いでおります。

また私自身にとって、公人としても、私人としても、この二度とない歴史的行事に加わる事ができます事は真の恩恵であり大きな喜びです。

ハンセン病患者隔離地区だったクリオンが現在のようなクリオン市へと大変身を遂げるとは、全く思っても見ないことでした。

体が震えるような感動を覚えます。

この記念祭は、過去をただ記憶するためでもなく、忘れようとするためでもなく我々が辿ってきた歴史を深く思い起こし、現在私達がここまでやってこられたことに対して、神への多大な感謝を捧げる時でもあると思います。

私達の精神に心に、過去と生き甲斐に満ちている現在とを共鳴させようではありませんか。

そこから、輝く未来への展望が大きく開かれことでしょう。子供達と共に輝かし未来を待ち望みましょう…。

フランシスコ S・エスピナ

クリオン愛の会会長



オショチとエスピナ氏


次回は、かれを推薦したマニラ在住の現フィリピン合同キリスト教会総主教エリエゼル M・パスクワ氏のメッセージを掲載します。

愛の樹オショチ†

2009-12-31

新年への祈りを込めてー愛の樹の皆へ


激動の1年間、それぞれの立場で力を合わせて、愛の樹の使命をよく果たした。感謝。

小さい群れでも本気になれば不可能も可能となる。

クリオン、マニラの愛の樹の兄弟姉妹の困難に少しずつ支援の手を差し伸べることも出来た。

どや街の兄弟姉妹にも!
また、愛の樹教会の大切な役目。ネット教会のホームページ制作に皆が心血を注ぎ、暗い世の中にささやかな灯火を掲げることが出来た。

神の御名が崇められ†愛と平和の世の新しい年の始まりを皆で祈ろう†

2009/12/31

愛の樹オショチ合掌

今年最後のオショチブログです。ご愛読を心から感謝し、新しい年がすばらしい年になりますようお祈りいたします。


2009-12-09

クリオンの子どもたち

OMさん

クリオンの子どもたちへの献金頂きました†


ありがとうございます!


今年も残り少ないですね!

今年もいろんな体験をしましたが、神様と皆さんに助けられました。


クリスマスのアドベントに入りました†
祈りながら毎日を恵みの内に過ごしています。

明後日多分抗がん剤治療だと思います。


今年最後の治療でしょう?また、来年も頑張って闘病生活を楽しみます†


いつも暖かいお心遣い改めて感謝いたします。


お身体大事にしてください!

キリストの僕オショチ†

2009-12-04

クリオンの子どもたちに〜OMさんからのメール

おしょち様、こんばんは。
寒さが厳しくなりました。
お体の調子はいかがですか?
今日、郵便振り込みで、わずかですかクリオン島の子どもたちにご献金させていただきました。
私もクリオン島で頑張って生きている子どもたちのように、気を引き締めて暮らせるようにという思いを込めました。
では、お体を大切になさってくださいませ。
OM
クリオンへの献金ありがとうございます!
クリスマス☆彡の素晴らしい贈り物になります。

土日に教会の聖日礼拝の司式の許可が島田貴先生から出ました。
感染症に気をつけて、無理しなければとの条件付きですが!

オショチの大事な使命は、元気になり、また、人々に役立つことですから、身体を大事にします。

小さな教会ですから一人一人が大切な役目を分担しています。
クリオン、マニラの仲間もめげないで酷い環境の中で生きることを諦めない勇気ある生きざまに、力を頂きます。

重ねてありがとうございました。
OMさんに神の豊かな祝福を祈ります†
オショチ†12月4日

2009-06-11

肝臓兄弟と希望

いつもかかりつけのクリニックで、病友のYさんご夫妻に会いました。

話題は病状のことですが、気心が知れて、家庭の話、過去の元気な時代の話など多彩です。

私より6歳年上のお方ですが、弱音を吐いたことがありませんでした。

が、珍しく今、受けている抗がん剤の治療の辛さを聞きました。

市民病院に入院して一週間、毎日、抗がん剤を器械で自動的に適量点滴するそうです。

始めて2日目に40度の高熱が出て、がたがた震えたそうです。

また近々入院して、抗がん剤の治療を受けるのに、ためらいがありました。

そんなに辛いなら止めたら?と、話かけましたら、今度同じことが起きたら止めたいと呟いていました。

私の病状を聞かれました。

もし自分なら、多分抗がん剤治療は受けないで、なりゆきにまかせると答えました。

遺書も書き、献体手続きも済ませた身軽な立場ですから、こんな話が出来たのかもしれませんが…

私は、肉体は一時のこの世に生きるための借り衣だと考えるようになりました。

やがて帰り行く天国を想います。

ですから生かされている間は、喜びも悲しみも同じくらい大切だと思います。

入院中の辛かったとき、クリオン島の子どもたちのつぶらな瞳が目に浮かび、心の支えになりました。

愛の樹の家族です。

希望です!

病とクリオンの子どもたち

「あなたへ
生きること
全てに
価値がある
諦めないで」

明るい気持ちになれば深刻な状況が一変することがあります。


気持ちの切り替えが簡単にいかない、苦しいときこそ、過去の楽しい想いでを繰り返し思い浮かべてください。

そのうち知らず知らずに、自己免疫力が上がります。

体温も上がります。

明るい前向きな気持ちが持てるきっかけ、楽しいこと。

静かに美しい音楽を聞くことも効果があります。

それから深刻な話は夜は避けて下さい。

朝、明るい日差しの中で語り合うことは、深刻にならず、免疫力を高める効果があります。

自分の体験からもお薦めいたします。

私の人生は怪我と病を切り放しては存在しなかった、これが事実です。

牧師の召命もハンセン病の孤島フィリピン・クリオン島の恵まれない子どもたちの支援も、病が与えてくれた結果でした。

18年間て1万人を越える子どもたちが識字教育を受けました。

フィリピン大学などに進み、今ではかなりの子どもたちが立派に成長しました。

子どもたちに託した国作りの夢は、少しずつ進んでいます。

この力の源は、足長おじさんおばさんのご協力を得たことから始まりました。

どうせ死ぬなら何かひとつくらい良いことをしたい!これがきっかけでした。

あれから20年経ち、今も生きています。

2009-06-04

望郷

望郷の想いは、生きる力になります。

田舎の家の囲炉裏を囲んで、食事の前のひととき、火種を竹筒の先に小さな穴を開けた火おこしで、ふうふう吹きました。

あまり強く吹くと灰が舞い上がります。

薪をくべます。

灰をかき揚げた残り火が、勢いよく燃えます。

楽しみの一つでした。

囲炉裏の上には鉄の鍋が、天井の黒びかりする梁から紐でつり下げた鈎の先にぶら下がっていました。

美味しい臭いが部屋中にたちこめました。

囲炉裏の回りに、川で捕れた小魚が串刺しになり、こんがり焼けて芳ばしい香りがします。

今も時々見る、懐かしいふるさとの夢です!

望郷の念が募る今日この頃です。

母も イソばぁばぁーも既に他界しているはずもないのにふるさとの山河が呼び掛けて来ます。

「お前帰らんか?」中井の教会にふるさとの家 日田と名付けました。

大切な、ふるさとを中井に築きました。

これは皆の心のふるさとになればと願っています。

この仕事のエネルギー源は中井です!

寄り添い助け合い、苦しみは分かち合います。

うれしいときは皆の顔が輝きます。

この力を、フィリピン・クリオン島の恵まれない子どもたちとその家族に注いで来ました。

彼らもわたしたちの大切な家族の一員です!

望郷の想い出夢が重なります!