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2010-01-22

昨日より寒いです

昨日より寒いです

おはようございます。
今日は昨日と比べて少し寒いですね。
空の写真ありがとうございます。
返事すぐに書けなくてすいません。
でも、空を見て、「今朝は空気が澄んで富士山が見えましたよ」「この瞬間の夕暮れがきれい、オショチは見ているいるかしら」と心の中で話しています。聞こえていましたか?

さて、私は一昨日胃カメラの検査を受けました。15分位で終わるから楽ですよ、なんて聞いていたのですが、終わっても口や鼻が気持ち悪いし、お腹は貼るし…。検査だけで疲れてしまいました。
オショチはもっと大変な検査や手術を何回も受けられたのですね、すごい!と思ってしました。
オショチはこれからも検査や処置が続くのですね、でもそれは元気になる道程ですね。
ゆっくりでいいから頑張ってみてください。

ブログに検査値を公開されているのを拝見。
検査値を見て一喜一憂しています。
お風邪ひかないようにしてください。

HM

いつも優しいお気遣いいただきありがとうございます。
また、つたない私のブログを検索していただきありがとうございます。

胃カメラの検査を受けられたのですね。 何か自覚症状がありましたか?
私も以前、何度か胃カメラを飲みましたが、気持ちよい飲み物ではありませんね!
幸い異常は見つからず安心しました
あなたも、何もないことを願っています†

さて、昨日の抗がん剤投与がもしすんでいたなら、最後はPET撮影で悪性リンパ腫の治療効果(経過)をチェックして、問題がなければ完全寛解にたどり着く予定でしたが?白血球の低下で先に持ち越しになりました。

島田貴先生のお話しですが、CT撮影では、身体の輪切り寸法は、最小単位が5㍉が限界だそうです。
私の低悪性リンパ腫はゆっくり進行し、ゆっくり時間をかけて治っていくタイプらしいです。もし?撮影出来ない5㍉の部分に悪性リンパ腫が残存していれば、再発のリスクがあります。

島田貴先生の治療は綿密です。加齢と過去の幾多の手術、現在も抱えているC型肝炎ウイルス、肝疾患加えて、片腎臓等々、非常に難しい患者の治療ですから、患者の私も、肝臓の治療に長年お世話になっている、主治医・松浦知和先生の指導を受けながら、完全寛解を先生方と目指しています†

私の【闘病記】は、去年年末に閉じるつもりでいましたが、治療が延期になりましたので、多分3月末頃にはPET検査結果の写真を公開して終わりたいと考えています。

地球環境の悪化から血液病、ガン患者が増えていますね!
汚染、二酸化炭素の取り返しのつかない問題など!無視出来ない問題です!
これからブログの視点をこの深刻化する環境破壊、汚染問題点を取り上げて行きたいと考えています。
体力回復が前提条件ですが!

話しを昨日に戻します。

昨日、血液・腫瘍内科の主治医島田貴先生から初めて聞いたのですか、悪性リンパ腫の性質が変化する?と、言われました。詳しいことは良くわかりませんが、私の人格、性質まで変わることはないようです(笑)これはジョークですが。

デリケートな血液の中で何かが?起きているようです。多分悪性リンパ腫の特効薬リツキサンと抗がん剤の治療を巡って内戦状態にあるのかも知れませんが、争いは必ず善者が勝利者になると信じています†

これも神のお恵みです†長い闘病生活から学び、得た貴重な体験談を書き残しておくのも大切な私の使命です†

牧師もただの人間ですから弱さも、不安も人並みに感じます。しかし、地上の生活は限定条件付きですが!天国は全く違います。命の価値観が根源的に異なります。

しかし!重たい肉体を引きずってもこの世は生きる価値がそれなりにあります神が肉体を持たない無数の霊体のなかから選んで、肉体に命を与えて下さった生命、人生ですから!大事に生きたいと思います。

私の闘病生活は、深い孤独と辛い闘病生活を余儀なくされている、病友と苦難を分かち合い、容赦なく襲い掛かる絶望と闘い苦るしみを共有することです。

今年の初夢は啓示的でした。2人の僧侶と5つの教会をまわり苦しむ人々の助けになれ!と、使命を与えられました。

今年に入り、いろいろな不幸を目の当たりにしました。

2日前、私の知らない方が、知っているマンションから飛び降り自殺をしました。
また、惜しい方が、治療の甲斐無くガンで亡くなりました。
長患いで睡眠薬を多量に服用し、発見が早く一命をとりとめた病友もいます。
死は人間の究極の逃れ場ではないのですが!

私の役目を改めて深く考えさせられる日々です†
愛の樹オショチ†

2009-12-04

クリオンの子どもたちに〜OMさんからのメール

おしょち様、こんばんは。
寒さが厳しくなりました。
お体の調子はいかがですか?
今日、郵便振り込みで、わずかですかクリオン島の子どもたちにご献金させていただきました。
私もクリオン島で頑張って生きている子どもたちのように、気を引き締めて暮らせるようにという思いを込めました。
では、お体を大切になさってくださいませ。
OM
クリオンへの献金ありがとうございます!
クリスマス☆彡の素晴らしい贈り物になります。

土日に教会の聖日礼拝の司式の許可が島田貴先生から出ました。
感染症に気をつけて、無理しなければとの条件付きですが!

オショチの大事な使命は、元気になり、また、人々に役立つことですから、身体を大事にします。

小さな教会ですから一人一人が大切な役目を分担しています。
クリオン、マニラの仲間もめげないで酷い環境の中で生きることを諦めない勇気ある生きざまに、力を頂きます。

重ねてありがとうございました。
OMさんに神の豊かな祝福を祈ります†
オショチ†12月4日

2009-12-01

アドベント、待降節

今年も、アドベント、待降節の時季になりました。

激動の時代、平和を待ち望む多くの人々に、キリスト様のご生誕の深い意味を一層強く感じます。

キリスト教と、イエス・キリスト様は切り離せませんが、キリスト様の御心が必ずしも、正しく伝えられているとは、言い難い現実、問題が多く見受けられます。

平和の君と待ち望まれながら、キリスト様のあのゴルゴタの丘の十字架の犠牲死は、一体全体誰のためだったのか?

キリスト様がお示しになられた、愛は何処に消えたのか?

人間が作り出す際限もない諸悪に、怒りを通り越して、深い絶望と哀しみに襲われることがあります。

正義の神の御名において絶えない殺しあい、略奪、搾取、暴力、謀略、等々。
大国の押し付けに反発する、途上国との争い!

見せかけの儀式、商業化してきた陳腐な、クリスマス

残念ながら哀しみの季節です。

何時の日にか、人々が心の底から真のクリスマスを、良き訪れを†共に、悦びあえる真の平和の訪れを、切に願い祈ります†

現実問題から目を逸らさずしっかり見つめて、新しい生命の芽生えのために平和の世が訪れますように†

残りの人生を賭けます。

キリスト様のしもべ

オショチ†

photo by Oshochi

2009-11-28

天路歴程(44)言葉だけでなく実践

【闘病生活を通して】

愛の樹教会のネットをご覧くださる、兄弟姉妹の皆様へご返事差し上げます†

いささか常識はずれの私です。

世俗的意識に欠けているなぁー!と、時々自分自身を省みて率直に反省します。

自分への反語みたいですが?

それがなければ多分、難儀な伝道者、牧師にはならなかったはずです。

たとえ神様からお叱りを受けても!

自分自身の生活を優先順位の一番に置きます。

過去、何を言われても平気、生活を覗かれても気にしない。

これも、神様からの助けなしには実践不可能だったと思います。

あれやこれやが重なり、敢えて険しい道を選びました。

気が小さい私ですから!

これが幸いにして、神様に従う決心がつきました!

使命が続く限り、生きることが楽ではなくても、今までどおり生き抜いて、神様と皆様との大事な生きる命の恵み、辛くてもかけがえのない人生を最期まで共有できたら!と、生きることを切に願います†

まだまだこれからも生きることに、立ち向かいます。どうぞご安心下さい。

神のしもべ
オショチ†

2009-10-30

このブログを書く理由

photo by Oshoshi

現在、高齢の身には辛く苦しい治療を受けています。

しかし治るという希望を捨てない限り、必ず治ります。

これがオショチがこのブログを書く理由です。

最近、日本全国で、2人に1人が何らかのがんにかかり、3人に1人ががんによって命を失っているという統計があります。

がんにかかった患者さんたちは、よい治療を求めてうろうろしています。

時には冷たくあしらわれたり、端(はな)から受け付けてもらえないという話も聞いています。

悪性リンパ腫の治療も、とても苦しいですが、リツキサンの登場によって、これまでは4~5割だった治癒率が、8割以上、寛解(かんかい)するようになりました。

そこでいろいろ考えて、ただ治っただけでは意味がない。「この世の誰かのために役に立つ」この志が、厳しい抗がん剤治療を受けているつらい患者の身から、生きる勇気と希望を伝えることにつながっています。

病に苦しむ方に切実に読んでいただいていますから、私も真剣に書いています。ですから、そうでない方には「このブログは読み捨ててくださって結構です」というのが正直な思いです。

しかし、万一、“がん宣告”をされても諦めないで下さい。落ち込まないでください。必ずあなたを助けてくださる、先生、医療機関があります。神がおられます!

希望を捨てないでください。生きる道はいくらでもあります。わたしどもでよければお手伝いします。ご相談ください。

余談になりますが、私は年齢76歳半の小さな教会の牧師です。

若い頃、交通事故(当て逃げに遭い左足が砕けました。その時の輸血でC型肝炎にかかり)肝硬変の治療を長年続けてきました。

頸椎症のため、手術で6本のチタンボルトが首に埋め込まれています。

一昨年、左腎臓から膀胱にかけて、がんが疑われ、尿管狭窄症と分かりおぺを受けましたが、今度は反対の右腎臓にがんが見つかり、今年4月右腎全摘出、同時に胆嚢摘出手術を受けました。

このことは再々書きました。何故?しつこく書き綴るのか?と、云われもしました。

私のような、つらい目にあって欲しくない。ただそれだけの理由です!

様々な障害に苦しんで来ましたから!

当て逃げした、交通事故の犯人に対して憎しみは一度も持ちませんでした。

ですが、めぐりめぐって!そして今、最後の悪性リンパ腫の治療にたどり着き治療に取り組んでいます。

正直言ってつらいです。

悪性リンパ腫の原因の一つに、C型肝炎の原因説も含まれていますから!

あの事故に遭わないでいたら?輸血さえしなかったら?

時々夢を見るのです。あれは“夢のなかのできごとではないかと?”

現実ですから、逃避は不可能です!前に進むだけです!

また、別のつらさがあります!私の体調です!

一回の投与に約8時間かかります。血液検査をして、様々な抗がん剤、そしてリツキサンをその日の体に合うように調剤をしてもらいます。

それまでが約2時間。それから、ベッドに横になり、6時間点滴を受け続けます。点滴は機械で調節され、異常があれば大きなブザーが音が鳴ります。

この間、普通の人は死を考えたり、ひどい不安に襲われたり、様々な苦痛を味わいます。なかには沈黙して、一切語らない人もいます。

しかし、私はこの体験をブログを通して、広くみなさんにお伝えします。

お伝えする使命感があります。

明日はあなたの身に起きるかも知れないのです。

もし、あなたが、私と同じがんに苦しんでいるならなおさらあなたの苦しみを分かち合いたいと思います。これは願い、祈りです!

必ず治る確信がありますから、どうぞ絶望しないでください。愛するご家族のもとに、笑顔でお戻りください。

これが私の祈りと治療であります。

兄弟姉妹の祈りを感じます。

みなさんに祈られていることで、力と生きる勇気が与えられます。

愛の力は奇跡を起こします。

主イエス・キリストの御名によりて。感謝とともに†我が身の体験報告です!

オショチ†

2009-08-15

天路歴程(32)病は我が師


皆様へ!この度も!病から得た教訓と、闘病生活のその心の内を少し記述いたしたいと思います。

その前に感謝と退院のご報告をさせて頂きます。

「今日午前中にお陰さまで無事に退院致しました」

半月の入院でしたが、今後、白血球低下に備え、腎臓、肝臓などの大切な臓器に気をつけます。

ご存知のように、時期外れのインフルエンザが世界的に流行り始めています!

日本人の死者も出ています!

悪性リンパ腫の治療では、抗がん剤を使いますから、どうしても白血球の低下は避けられません。

白血球は身体を様々なウィルスから守ってくれます。

詳しい説明は素人の余談になりますから省きますが、これから感染症にかかりやすい危険性があると、再三注意を受けました。

感染症は命取りになりますから慎重に行動します。

今月12、13日に抗がん剤投与を受けましたから、20日ごろから白血球が下がり始めるそうです。

一番リスクの高い時を迎える時ですから、外出はなるべく控えます。

18日、川村クリニックで松浦先生の診察を受けますが、悪性リンパ腫の治療経過の大事な血液検査を受け、もし異常が診られたら、白血球の注射をしていただきます。

2回目の抗がん剤投与は、東京慈恵医大病院血液内科の外来で、主治医の島田貴先生の診察で決まります。

今回の入院治療を含めて6回、リツキサンと、エンドキシン、オンコビンの抗がん剤に加えて、プレドニンの内服薬で治療が継続されます。

治療終了予定は期間は約126日間です。

今年のクリスマス頃に終わりそうです!

その間、出来るだけ危険を避ける努力をします。

今回、闘病生活から学んだ貴重な教訓を活かし、健全な身体で、最後のミッションに取り組みたいと願っています。



退院前夜でした。

外来診察が終わり、お忙しい身を押して、私を案じて来室して下さった主治医の松浦先生から言われた一言が!心の奥に響きました。

「神様のお仕事!助けを必要としている人々の身ですから、そのためにも、先ず自身が健康になってください!」

優しく言われた一言が心に強く響きました!

分かり切っているようで、しかし、体を労らないで来た私には、自戒の大切な一言になりました。

仰る通りです!と、後で自問自答しました!

今までも、働き過ぎを度々指摘されましたが、心の片隅で、「これで良いのだ!と言う、考えが隠れていたのでは?」、「利己的な、殉教心が私の中に潜んで居たのでは?」等、今回の入院で、過ぎ越して来た道を振り返りました!

今後の生き方を改めて考えて直しました。

神は「人をして語らしめる」と、言われますが、まさにズバリ指摘された通りです!

病に身委ねて神様との道行きも悪くはありませんが、出来る事なら健康的であるべきです!

病は私の師になりました。

生命の営みは一人では不可能です!

助け合い、譲り合い、愛し合う。

人は支え合いながら生命を生きて来ました。

損なわれた生命を支える医師、医療関係者の方々の言葉には、深い何かを感じます。

人を人として、与えられた生命をしっかり生きて欲しいと!願いに、真に打たれます。

生命の尊厳に関わる聖職です!

裏付けのない言葉に人を活かす力は存在しません。

私の使命はまだまだ尽きません。

病室に、感謝の言葉を残して退院しました!

病は師でした!

もう一人の私が先生に、助けを、訴えていたのかも知れないと?

2009-08-13

天路歴程(31)リツキサン翌日

首の右側の腫れが少し柔らかくなった手触りがあります。

また、腰の痛みが薄らいで来ました。

悪性リンパ腫の悪さは想像以上にひどいようです!

これから副作用の症状が出るでしょう。

うがい、手洗い、マスクは当然として、休養、食事等が大事だと言われました。

低悪性リンパ腫でも、この有様ですから、血液病の深刻さ、その辛さを一患者として、伝える役目が在ると思いました。

何故?悪性リンパ腫が発症したのか?謎ですが。

いろんな細菌と共存するのが生き物の宿命、ありのままの姿でしょうか?それもまた自然だと受け止めています。

とりあえず、リンパ腫が少しずつ柔らかくなり自然の形に戻ってくれたら、嬉しいです

皆様のお祈り肌身に感じています。

感謝を込めて!
オショチ

2009-08-04

天路歴程(26)「生きる」

昔見た、黒澤明監督の映画「生きる」のラストシーンが、瞼の裏に鮮明に焼き付いています。

名監督と名優、志村喬の出会いが生み出した映画史上に残る名作です。

映画のストーリーは、ある日、胃ガン宣告を受けた、地方公務員の住民担当課、課長が主人公ですが、志村喬の迫真の演技力は、真に、ガン患者の生きる苦悩、その不安と恐怖に苛まれる姿と深い孤独感を余すところなく描きだしました。

克明に丁寧にリアルタイムで描写されていました。

若くて健康に些(いささ)か自信がある時に見た映画と、現在自分の中で進行中のガン体験を重ね合わせて見ると、内容がガラリと変わり、その死に直面した、人間の深さ、人間の在るべき姿が、言葉ならぬ重みが、ずっしりと、現実味を帯びて、心の奥深くに突き刺さって来ました。

たとえガンでなくても、人間を襲う病原菌は地球上の至るところに、うようよいますし、生身の体にいつ病魔が襲い掛かるか、誰にも予測がつきません。

考えて見ると人間はいろいろな危険と、隣り合わせで毎日、生きているわけですから、驚く程のことは無いかも知れませんが?

しかし、突然!ある日あなたの余命は、いくばくもないと!医師に告げられて平気でいられるでしょうか?

まともな人間なら動揺し、心は千々乱れ、奈落の底に落ち込むと思います。

映画の主人公は、死の恐怖に怯えながら、「生きるための死からの脱出を必死に求めました」。

死ぬ事が避けられないと悟った時、地域住民の切なる願い、公園作りに立ち上がりました。

同じ役所でも、担当課が違えば全く意志の疎通しない壁にぶつかるのですが、死を目前にした、主人公の迫力ある決意の固さの前に縦割り行政の壁は突き破られました。

公園作りの行くてを阻むものは結果として、誰もいませんでした。

廃墟の跡に住民達の切なる願い、公園作りに奔走し、公園は立派に完成しました。

その完成した公園の新しいブランコに揺られ、静かに降る雪の中で、口ずさんだ、♪ゴンドラの歌、
命短し恋せよ乙女♪……
紅き唇失せ間に♪」
の歌に涙が流れました。

自ら作り上げた、公園のブランコに座り、雪の降りしきる深夜、一人静かに死んで行くラストシーン。

主人公の人生の終演の舞台になりましたが、病魔と苦闘しながら、使命を果たし、息絶えたその場所が!輝いている不思議な光景に見えました。

最近改めて見る機会があり、画面に釘付けにされました。

教会の結婚式の司式もやりましたが、「神の前で誓います。死が二人を別つまで、人、これを離すべからず!」

死は全てを消し去る、奪うと、考えられますが、

例え肉体は消えても霊魂は残ります。

優しさ、人のために尽くした愛が朽ちる事のない命の生の証なんですね。

主人公は死にましたが、自分の肉体を離れて、人々の心中に宿り形を変えて生き続けたのだと、この映画は人々に訴えているように、感じました。

わたしたちが生きるための、心の支えになる名作です!

機会がありましたら見て頂きたいと思います。

映画「生きる」より

2009-08-02

天路歴程(25)老いと闘病



また入院しました。

4月半ば、右腎臓と胆嚢の摘出手術を受けて、回復期に入ってきた矢先に急性腎不全に似た症状が出ました。

明日から最後の治療、悪性リンパ腫の抗がん剤治療も始まります。

どうやら真犯人は悪性リンパ腫らしく、
その影響でやられた右腎臓の手術をしました。

4月半ばの事でした。

あの日から3ヶ月あまりで、また緊急入院です。

一見順調に体力回復して来たかに感じていましたが?
油断した隙を病魔に付け込まれたのか?と。

人間は、長い間に様々な体験をするものですね!

今、
入院先の病室の夜景を眺めながら生き物の生死について深く考えさせられています。

いろいろな出来事が瞼に浮かびます。

偶然ですが、約7年前にも当時、東京慈恵医大の消化器・
肝臓内科の戸田剛太郎教授の外来診察を受けた折り、肝臓の数値が異常に高く、即、入院となりました。

入った病室が同室でした。

15階の眼下に芝の増上寺が見えます。

また、東京タワーの夜景は幻想的な美しさです。

夜景を一人静かに眺めながら考えています。

「老いは自然の成り行き」

さんざん使わせて頂いた体が傷むのも仕方がないか、と!

これは単なる諦めではなく、これから先、
ここを人生第三のスタートラインと考えての思考です。

新たな人生計画です。

牧師と建築家を同時にこなしてきた、
私の人生計画はまだ未完成ですから!

未完成の仕事を完成させたい意欲が沸き上がります。

大概の試練には耐えられそうな気がします。

ごく当たり前のこととして、我が人生の過ぎ行く事態を、その人生計画の進行状況を、眺めている自分に気付きました。

精神的老化はしたくないですね!肉体的老化は受け入れても、
心の張りは失いたくないのが本音です。

さらに突っ込んだ話ですが!
体から霊魂が離脱する瞬間迄はしっかり生きたいと神にお願いをしています。

そんな、こんなの中で自然に、疑問も生じて来ました。

何故?7年の間に、肝臓、腎臓、
頸椎のおぺを含めて6回の入退院を繰り返したのか?

さすがに考え込んでしまいましたが、
神がお与えくださった試練だと受けとめると合点がいきます。

密かに何処かで病魔と闘い、孤独の中に身を置かれているあなた!
悩み苦しむ未知の兄弟姉の痛み苦しみを共有することの意味と価値を考えました!

さて昨夕の泌尿器科の緊急手術ですが!

(残った左腎臓の水腎症背後性腎不全)のためのステント挿入は泌尿器科の木村高弘先生の判断で麻酔薬無し、また、
術後も、座薬なしの、前提で手術台に身を横たえました。

正直な話ですが手術台に磔にされました。

左の尿管は既に一年半前に尿管狭窄症で手術をしています。

もし、
ステント挿入が成功しない場合の次善策は直に腎臓に穴を開けて管を挿入し、「命を救う!」先生のこの一言が心に響きました。

その一言で私の覚悟が出来ました。

ゴルゴタの磔刑のキリストの痛み、激痛に想いを馳せました。

短くて、とても長い30分間が過ぎました。
ステント挿入が成功したのでした。

手術室には独特な静謐が感じられます。
命のやりとりが現実に行われる聖域です。

この体験記がブログとなりあなたのお役に立てたらと祈ります。

消灯時間が過ぎました。

神の平安を祈りつつ!

アーメン・ハレルヤ†

2009-07-29

天路歴程(24)運命

ふるさとの家のパウロ像

これは、宗教家としての私の独白です。

如何なる病にも振り回されたくは無い。

天運の巡る処に従う。

無論、善良な治療は大歓迎です。

私はこの命を預けて悔いなき主治医に巡り合いました。

深い信頼感があります。

その事を踏まえての闘病生活です。

人の力には限界があります。

その時に備えています。

中井に私の尊敬する聖パウロ像が長崎から来ました。

彼の信仰は並大抵ではありませんでした。

使徒としての召命感は抜きん出ています。

彼の洗礼名が私の洗礼名でもあります。

地中海のケンクレアの海岸で剃髪し、髪の毛を砂浜に埋めて、自分に別れを告げた心中は察するに余りあります。

愛は全ての命を生かす!

死んでも死なない命がある。

あらゆる人生苦を乗り越えて滅びない命が愛である。

と確信した、使徒パウロの生涯は後に続く命に困難を乗り越え、生きる力と希望、勇気を与えてくれます。

イエス・キリストに最も近かった弟子でした。

儚(はかな)い命で終わらない、わたしたちの命について、霊的に祈らされる日々の独白でした。

天路歴程(23)使命

自分の使命と向き合う!また、如何なる試練に遭遇しても、また、如何なる事情であろうとも、神のみ旨なら引き下がらない!

独立伝道に立ち上がった日に神に立てた誓願です。

ごく自然に誓願を立てました。

ある家庭で深刻な事件が突発しました。

深夜、助けを求める悲鳴、絶叫が、受話器の向こうから聞こえて来ました。

父親が娘の母親に刃物を突き付けている。

母が殺される!助けて下さい!
直ぐ!今すぐに来て下さい!

電話を切ると深夜、田舎道を必死に車を運転しました!

暫く走ると、ヘッドライトの中に若い娘の姿が浮かび上がりました!

真冬の凍り付く寒さの中、素足のまま、田んぼの中に娘が立ちすくんでいました。

ガタガタ震えて、私の到着を必死に待っていたのです。

私の姿を見た途端、失神しました。

彼女を抱き抱えて玄関に入って、目に飛び込んきたのは異様な光景でした。

刃物を妻に突き付けた男の顔も顔面蒼白です。

座敷の床の間を背にしている男を、近くに住んでいる自治会長が必死に説得していましたが、ますます男は激昂していました。

彼は私の顔を見るなり、こう言いました!

「一番会いたくない男を呼びやがったのはどいつだ?」

その時、気を取り戻した娘が叫んだのです!

「お父さん、わたしよ!

私は男に向かって単刀直入に聞きました!

「本気か?」

意表を突かれた男は答えました。

「本気だぞ!」

「では何故刺さないのだ? 茶番劇なら止めなさい!」

引っ込みがつかない男は、この言葉を聞くと、黙り込んでしまいました。

男の手がかすかに震えています。

言葉にならない緊張感が暫く続きました。

「警察に言わないか?」

男はまだ興奮状態でしたが、私に聞きました。

「刃物をおとなしく渡せば、この場限りにしよう!」

私は家族と、自治会長に同意を求めました。

その言葉を聞くと、男はほっとした表情を浮かべて、すんなりと刃物を私に差し出しました。

「この刃物は預かる!」

彼の手から刃物を取り上げた時、男が突然質問しました。

「あんたには恐怖心が無いのか?」

私は男の目を見据えて答えました。

「今、ほっとしたら怖くなったよ!」

この一言でその場の恐怖、緊張がほぐれました。

訳を聞くと他愛のない、ちょっとした言葉のやり取りが、夫婦喧嘩に火がついたのでした。

とにかく、大事に至らず「もう二度と騒ぎは起こしません」と、皆に頭を下げました。

無事に一件落着しましたが、つくづく複雑な人間の感情、言葉遣い等考えさせられる貴重な体験となりました。

誰も望まない不幸が、人の心の奥底から突如吹き出してくる。

人間の心には、神も住めば、魔物も住み着く!

複雑な気持ちを抱えながら田舎道を引き返したことでした。

神との道行きでなければ、私には解決不可能な事態でした。

今、振り返って見ると、人間は生きる困難さを、抱え込み煩悶しながらも何か幸せを求め続ける生き物だとしみじみと考えています。

生き抜いてこそ人生の喜怒哀楽も体験出来ます!

かの男も、今は懐かしい人生の友でした。彼の幸せを祈ります!

2009-07-27

天路歴程(22)暑い夏


親愛なる我が病友も、この暑さに必死に耐えています。

今年の夏は殊更厳しい夏になりそうです。

右腎臓と胆嚢摘出後、初めて迎える、3ヶ月経過中の夏です。

主治医から術後3ヶ月は気をつけて、水分の補給を十分摂るように、また休息を勧められました。

許すかぎり気をつけています…

病も、生きる友と考えて見ると、
正に生きている恵みそのものの証だと、しみじみ感じられる今日この頃です。

自然の成り行きとして受け容れています。

また、神様からの幸せの知恵を借りて、
弟子たちを幸せな人生に導く私の使命を果たす絶好のチャンスでもあります!

辛い、今だからこそ、
掛け値なしの真実が心の奥底から沸き上がってきます。

愛する弟子たちに、残せる言葉が与えられ、
そのままを伝えました。

先週の土曜の夜と、日曜日の朝に。

病むことで、生かされている意味が、さらに深められ生きる意味が一層理解出来るようになりました。

限り在る命の日々を思わずにはいられません。

伝える価値の在るものは見逃さず余すことなく、
伝える使命があることを確認しました。。

弟子たちの、信仰を養う以前、肉体を持った人間としての在り方。

心身の自己管理の仕方。

生活習慣の誤った過ごし方の修正など交えて。

自分で摂生が出来ず、後々思わず落ち込む病の罠の恐ろしさ等々、

我が身の健康を損ない、人の幸せを願うことも出来ましょうが、
やはり心身共に健康であるべきです!

具体的に私の、今までの体験をつぶさに語りました。

良くも悪くもなし。

これが私の事実だと伝えました。

愛の樹の使命は、私の死で終わるものでは、ありません。

これは、始まりです。

神が人の幸せを願う新しいシナリオに基づくドラマの幕開けです。

弟子たちの育成は、その大事な役目を引き継いでもらうために、
欠かせません。

私に課せられた使命です。

昨日は珍しく、教会の夏休みでした。

がらんとした、小さな礼拝堂に、残っていた3人の弟子たちを集め、キリストがその昔、弟子たちに親しく語りかけられた様に私も語り掛けました。

「人間の幸せとは何か?簡潔明瞭に!」

「人の幸せを、自分の幸せと確信して尽くすこと!

己の幸せは、人の幸せを願う、そのただ中にある。

生きる力はこの中にある!私はキリストに従い自分の生涯を閉じるが、悔いは一切ない!

尽くし切り、充足感と幸福感に浸っている!」と。

時折、自問自答します。

もし?自分だけのこと、利己的なことしか、眼中に無かったと、仮定したら?。

私の人生は、虚無感、孤独感、敗北感に襲われて、ここ迄は、
生きられなかった?と、実感しています。

改めてキリストの、僕(しもべ)で居られた事に感謝の思いは尽きません!

トルストイではありませんが「幸福とは他人のために生きることである」。

人の幸せを願い、人の幸せな姿を見て、
自分が無常の歓びによって生きられる。

生きる力と勇気を得た。険しい人生を生き貫く。

これは天の摂理だと観じます。

天界は愛の故郷です。

人の幸せを願う魂に自然に宿るそのために心を尽くす。

弟子たちは昼夜二度にわたる話を真剣に受け止めくれました。

険しい人生の峠道に差し掛かり、病を恵みと思いながらも、
まだ果たしきれない使命の一旦を伝えられ、至福のひとときでした。

40年間私に付き添い、キリストとを信じて、不肖の師を見限らずに、今も天路歴程を共にする、弟子の真心に応える道はまだ遥か彼方です!

2009-07-21

臓器の叫び

双子の兄を失った、残された弟の左の腎臓が今夜も叫ぶのです

わたしが燃え尽きるまであなたと運命を共にするのは構わないませんが

肝臓の長兄まであなたの身勝手な振る舞いで、
死の道連れには、しないで欲しいと

尿酸値、クレアチニンが高いのはわたしせいじゃない!
あなたの不始末です

静かな沈黙の長兄の肝臓は、あなたの不始末に黙々と耐えている
あなたは我々臓器の本当の働きに無知で在りすぎた

いい加減にしなさい!
わたしたちは誠実な働き者の臓器

神の使命があなたの真ならその使命をきちんと果たしなさい
わたしたち臓器の使命を真摯に学んだ上で、
独り善がりは、はた迷惑、極まりなし!



今夜、臓器からこっぴどく叱られました。
返す言葉がありません。
ここはしっかり彼らの叫びを真摯に受け止め、過ちを認め、新しい使命を全うする誓いを立てました!
伝道者に、二言無しです!

2009-07-13

天路歴程(15)


昨日の東京都議会議員選挙で、自公両党の政策に都民が突き付けた審判には、胸の奥底のつかえが取れたと感じた人々が 多くいたのではないでしょうか?

古い手法や利権がらみの政策、既成の価値観への人々の意識の変化に対応出来ない政治に、人々→都民、国民がはっきりノーを突き付けたのです。

明快な回答でした。

いい加減なその場しのぎが通用すると、与党の連中が考えていたなら、選挙民を愚弄する馬鹿げた話です。

こんな連中に、この国の大事な政治が未来が任せられるでしょうか?

このままではとんでもない国に成り下がってしまいます。

官僚と政治家のはっきりした、役割、使命感、区別が、今一つ、スッキリしません。

もやもやした感じです。

かび臭い、古びた手法は既に機能性を喪失しています。

狭い組織、視野の狭い考え方を変えない限り、凄い勢いで変革しつつある、新しい世界に取り残されてしまいます。

この国の大事な役割は、改めて、環境破壊を食い止める手段、平和、富の偏らない公正な配分、そのための生きた経済政策などなどです。

自分たちで真剣に考えた、世界に通用する、普遍的なマニフェストを発信すべきです。

平和に役立つ文化政策も含めて、世界に提案をすべきです。

近づく衆議院議員総選挙に世界の目が集まっています。

尊敬される国作りを目指すべきです。

平和で、世界中の国々に、武力等必要としない国の姿を、示す責任があります。

世界中で初めての被爆国の大事な使命、役割です。

64年前の8月9日の長崎原爆投下のあの悲惨な光景を忘れた政策、政治は、亡くなられた人々の犠牲を冒涜するに等しい筈です。

近づく、衆議院議員総選挙の中に是非とも加えて欲しい政策に、平和国家の在り方を、政権担当する政治家に求めます!

2009-06-26

天路歴程(3)

今朝方、不思議な夢を見ました。

ある宗教を長年熱心に信じて最高位を極めた方が小さく萎んでいました。

ひどく疲れて病に侵されていました。

助けを求めてきました。

また後の夢では、幼い子が神の真理を人々に語っていました。

確信に満ちた話に大人たちは、「何故?この幼い子が神のみ心を解き明かせるのか?」と、感歎の声を上げていました。

気が付いたら光が窓ガラスから差し込んでいました。

霊夢でしょうか?昨夜までの、左足のひどいむくみが、かなり取れていました。

不思議夢でした。

私は聖書の中に今も息づいている人々の話を書き続けたいと願っていますが、なかなか大変な仕事です。

自分の心臓の鼓動に夜中目覚めることがあります。

並大抵では生きられないこの体が今も生かされていると、はっきり自覚させられる瞬間です。

神は83歳の日が訪れる日まで、「あなたを奪わない」と、若い日に誓願を立てた時に約束してくださいました。

私は神の約束を信じます。

ですから残された日々をいかに生きるか?自由な心で最善が尽くせたらと、静かに自分の心に語りかけます。

今、一番大切な事は何か?イエス様のみ言葉に耳を澄ませる日々です。

後に続きます。オショチ

2009-06-18

聖なる御方に触れて

人間、聖なる御方に触れて、人間性が、がらっと変わることを前述しましたが、最近の世情を見ていますと、その思いが強く感じられます。

話は変わりますが、昨日、長年使い慣れた携帯に別れました。

もう機能性を失いました。

身近なものとの別れは、たとえ携帯でも互いに親しみあい、助けあった仲だと淋しいですね!

これが人間の素朴な姿かな?と、感じました。

76歳になり、おまけに、大手術のあとですから、複雑な携帯電話器は、ひどく疲れます。

もう自分の限界かな?と、思いが胸の奥底に潜んでいますが、若い日に神と交わした(立てた )誓願は、いまも息づいています。

加齢による衰えは、誓願を果たす役割で補うことを知らされました!

有り難いことです。

体は確かにくたびれますが、効果もあります!

指先が活性化してきました。

諦めたらその通りになるでしょ!

私の前世は神に仕える定めにあると、時折感じます?

人間には限界がありますが、神は全能の神です!

愛の生命に触れて、人生が、がらっと変わった聖書のなかの人々の生活の息づかいを、
私なりにお伝えできたら幸いです。

今日はこれまでにします。

2009-06-05

断食祈祷(2)断食の目的は?

断食中で辛い時は3-5日の間です。

払っても払っても妄想妄念が湧いてきます。

おまけに「断食して何の役に立つ、馬鹿なことはやめろ!」

誰かが囁くのです。

脳に必要な養分が行き渡らないと、生理的におかしな現象が起きても不思議じゃないと、自分に言い聞かせました。

腹が減ると、確かに精神的に不安に襲われます。

ある教会の牧師が断食をしました。

後でわかったことですが、「教会の信者さんに不思議な能力を見せるために断食をしたそうです」

彼は途中で自殺しました。
断食を利己的に利用するのは大変危険です。

中には、健康維持、毒素を体から排出するための断食がありますが、必ず資格を持った健康管理の行き届いた場所でないと、取り返しがつかないことになりますから、念のため申し添えておきます。

宗教的な意味からの断食は余程の覚悟信念がないと失敗します。

言い方を換えれば神の霊との接触が、断食の根本にあります。昔の神官、僧侶、特に高僧と呼ばれた先人の断食は命賭けでした。

聖書の中にもたくさん記述があります。

不純な動機では心身を損ないます。

見方を換えれば命賭けの断食には不思議な力が働くのだとも、言えます。

2009-06-01

使命の報酬は

神は人使いが荒いお方だと、つくづく実感します。

肉体を持たれないご存在ですから。

直に痛みは無いと思います。

神は永遠の霊の輝き」だと、モーセは感じました。

「わたしの神、主はどこにおられるのですか?」と。

ときおり、私も叫びたくなります。

神は無言です。

いつもお答え下さるとは限りません。

息詰まる苦しみの後、不思議な安心感、解放感、 安堵感、喜びを経験します。

これが神のお答えだと受け取りました。

神と同行二人なら辛い人生の道行きも苦にはなりません。

この体験がなければ、死の谷 死の川も越えるのは不可能です。

使命

死の谷を越えた行く手に、かなり厳しい使命が待ち受けていました。

自分の話しですが。

命ふたたびの具体的な仕事は、遥か彼方の歴史・長い時間をタイムスリップして現在の生活に親しく聖書に記述された人々の生活の息遣いを伝えることです。

長い旅をしてきた人類の生活の一端に触れて今、生かされている意味を深く噛み締めて頂けたらと願います。

遥か彼方の歴史に埋もれていた人々の生活と比較してそれほど違和感が感じられないようにお伝えできたらと思います。

自分の感情的なものは、出来るだけ避けたつもりですが?

この仕事は簡単に放棄出来ません。

2009-05-29

敵を愛しなさい

しかしわたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。
敵を愛しあながたを憎む者に親切にしなさい。
悪口をいう者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。
あなたの頬を打つ者には、もう片方の頬をも向けなさい。
上着を奪い取る者には下着をも拒んではならない。
求める者には、だれにでも与えなさい。
あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない。
自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたにどんな恵みがあろうか。
罪人でも、愛してくれる人を愛している。
また、自分に良くよくしてくれる人に善いことをしたところでで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている。
返してもらうことを当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。
罪人さえ、同じものを返してもらうとして、罪人に貸すのである。
しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。
人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。
そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。
いと高き方は、恩を知らない者にも、悪人にも、情け深いからである。
あなたがたをの父が憐れみ深いように、あなたがたにも憐れみ深い者となりなさい。
ルカ6:27-36

厳しい教訓

普通人には理解しがたい、実行不可能と思える難題です。

とてもキリストについて行けないと感じます。

私も深く悩み抜いた聖句の一つでした。

困難な要求。平凡な人間には実現不可能なことです!

おっしゃることは頭で理解出来ますが、いざとなると出来ません。

無理難題を何故?キリストは弟子たちに語られたのか?

しかし文字通り、完全にみ言葉に従い通した人物がいます。

最近では、インドのカルカッタのスラム街に身を投じたマザーテレサです。

記憶に新しい愛の使徒でした。

また、ハワイのモロカイ島のハンセン病の人々に生涯を賭けた、ダミアン神父。

あのアウシュビッッで友の身代りなり餓死したコルベ神父。

聖霊が働くとき人は捨て身になれると言う実証です。

使命感を受けた時に、平凡な人でも変えられて、人のために喜んで身を捧げます。

現世の肉の打算、人間の思惑、それらの予想を遥かに越えた力が人間に働くのです。

愛の奇跡です。

あの使徒パウロが成し遂げた、愛に根ざした伝道も、聖霊の愛に助けられた証しです。

クオ・ヴァデス? 主よ何処へ?

ローマのバチカン宮殿は、弟子のペテロが逆さ磔つけにされた死刑場の後に建立されました。

ペテロが恐怖心に襲われ逃げて行く途中、キリストに逢いました。

「ペテロよ何処に行くのか?お前が死を恐れて逃げるならわたしが身代わりになろう」

「わたしが†字架の死につく」と言われて、彼はアッビア街道を引き返し、ローマの兵士に捕われ、有罪となり刑死を遂げました。

キリストに出会わなければければ、逃亡者として彼の名は闇に葬り去られたかも知れないのです。

今でこそ 「聖ペテロ(サン・ピエトロ)寺院」大聖堂に祀られていますが、キリストの聖霊抜きに有り得ない奇跡の証しです。

日本人が初めて触れた宣教師たちの命賭けの伝道がなければ、わたしたちにはキリストの福音は伝わらなかったかも知れないのです。

私も救いに預かりました。

絶望の日々から!身を捨てる勇気を与えられました!