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2009-12-12

天路歴程(45)小さな聖廟の中で


ある一人の求道者が、畏れつつ神に問い掛け、祈りを捧げていました。

全知全能の神よ!
思慮浅き僕(しもべ)の質問にお答えください。どうかお答えください。
何故?人はかくも深き罪を犯し続け、自らを省みることなく、何故?際限もなくサタンの悪影響を受ける存在者に成り果てたのでしょうか?

思慮浅き僕の質問を、どうか咎(とが)め、罰しないでください。

全知全能の神よ!
何故あなたは、アダムとイブを完全な姿に創造なさならなかったのでしょうか?
エデンの園で、あの狡猾な蛇に吹き込まれ、取り返しのつかない罪を犯す、不完全な生命を創造されたのでしょうか?


全知全能の神よ!
もし?あなたが、あなたの形に似せて、良しとされ、人間を創造なされたのなら、あなたの聖なる資質の幾分かを何故、人に備えてくださらなかったのでしょうか?

人は罪を犯します。

あなたが祝福され、あなたが創造なされた、創世記、天地創造の偉大かつ壮大なドラマの中に、何故、不完全な形でアダムとイブを創造なされたのですか?

罪の原点をいつも思います。苦しみに襲われます。

原因が、あの狡猾な蛇にあるとしても!

全知全能にまします父に反抗するサタンの魔手に、御子イエス・キリストを何故お渡しになられたのでしょうか?

父なる神よ!
御子のご生誕の、あの人類救済のドラマの幕開けはあなたの深い御心なのですね?
あなたが創造された生命、アダムとイブの背信行為に起因するとしても?
御子の十字架は、なおさら避けられなかったのですね?
人類の罪の贖いのために!

その使命を帯びた御子のご生誕、クリスマスを、また人類は罪の生活の中で迎えます。争いが絶えません。

どうか思慮浅き僕にお教えて下さい。お答えください。
智恵と真理の御力を、偽物ではなく本物を†お与えください†
クリスマスに秘められた、あなたの真意を!

僕には、自らの内なる罪を取り除く手段、解決策が見当たりません。
あなたを、御子を信じて僕の全生涯をかけます。
御子お一人を生け贄になされた、あなたの深い苦悩と愛は、あなたが創造され、祝福された人類に容易に届きません。


思慮浅き僕がこの古びた小さな聖廟に籠もり、あなたの深い御心に触れ、肉皮にあなたの真を刻みつけたいのです†

与えられた使命を果たしたいのです†

罪に染まったこの身を委ねる、あなたが創造され、祝福された、優しさと平安に包まれるはずの美しい緑の大地に、紺碧の空に、燦々と光り輝き、あなたからいただ く幸せの恵みに、等しく人類が、特に、虐げられ、その日の生活に事欠く、貧しい人々に、命を脅かされて、必死に生きるための人々に、食べ物と水と住まいと命の安全と、平和と平安とをお与えください†

真の幸せに人類が覆われますように祈りをあなたに捧げます†
聖霊をお与えください†

あなたの御名を讚美いたします。
アーメン・ハレルヤ†

2009-08-29

天路歴程(35)我が友

闘病生活の中で私は、ひとつの身体を共有する、2人の私に向き合うと言うまことに奇妙な体験を繰り返す毎日です。

現実から目をそらす私と正面から向き合う私!

どちらも私です。

その有様を静かに見つめている私ではない存在者の視線を感じます。

察するに、一人じゃ生きられない弱い私を、“いざ”となったら励まし、救い、恵みの中に導くお方かもしれないと感じます。

闘病生活は私一人の力では乗り越えられません。

医師、医療関係者、仲間、家族等、様々な助けが必要です!

助けられながらも、苦しい時は目の前のことに目を奪われがちになります。

健康で自由自在に働き、何不自由なく動き回っていたときとは違います。

状況は一変して、それまでの生活から切り離されてしまいます。

この落差が、かなり堪えます。

身体だけではなく、心もです。

ややもすると、それが引き金になり、絶望に転落する危険性も否定出来ません。

毎日がそれとの闘いです。

もう一人の私の姿です。

この複雑な弱い自分を、私は見つめています。

先日、ブログに“我が道”を書きましたが、あの人物も、私です。

今日、肝臓ガン末期の病友と、電話で話しました。

彼は82歳になりますが、淡々と自分の死について語ってくれました。

一人じゃないから絶望しません!私は忘れられていないし、私は家族やあなたの記憶に生きていきます。

間もなく命が燃え尽きても怖くありません!不思議です!

「彼は自然に、新たに生きる次の命の世界を獲得した!」と感動しました。

不思議な心境の変化です!

闘病生活者にはいろいろなお方がおられます。

苦しみと向き合って、最後に人として生まれ、目に見えない未来永劫の価値を掴む人、絶望に打ひしがれる人、様々です!

これが人間のあるがままの姿でしょうか!

死の谷は誰でも一人で越えなければなりません。

彼に語りました。

「死は新しい命の出発点です!」と。

彼は理解してくれました。

励まし合う!素晴らしい体験です!

闘病の困難を乗り越える力を分かちあうことに悦びを感じます。

ジョティ・サヒ「洗足」

2009-08-04

天路歴程(26)「生きる」

昔見た、黒澤明監督の映画「生きる」のラストシーンが、瞼の裏に鮮明に焼き付いています。

名監督と名優、志村喬の出会いが生み出した映画史上に残る名作です。

映画のストーリーは、ある日、胃ガン宣告を受けた、地方公務員の住民担当課、課長が主人公ですが、志村喬の迫真の演技力は、真に、ガン患者の生きる苦悩、その不安と恐怖に苛まれる姿と深い孤独感を余すところなく描きだしました。

克明に丁寧にリアルタイムで描写されていました。

若くて健康に些(いささ)か自信がある時に見た映画と、現在自分の中で進行中のガン体験を重ね合わせて見ると、内容がガラリと変わり、その死に直面した、人間の深さ、人間の在るべき姿が、言葉ならぬ重みが、ずっしりと、現実味を帯びて、心の奥深くに突き刺さって来ました。

たとえガンでなくても、人間を襲う病原菌は地球上の至るところに、うようよいますし、生身の体にいつ病魔が襲い掛かるか、誰にも予測がつきません。

考えて見ると人間はいろいろな危険と、隣り合わせで毎日、生きているわけですから、驚く程のことは無いかも知れませんが?

しかし、突然!ある日あなたの余命は、いくばくもないと!医師に告げられて平気でいられるでしょうか?

まともな人間なら動揺し、心は千々乱れ、奈落の底に落ち込むと思います。

映画の主人公は、死の恐怖に怯えながら、「生きるための死からの脱出を必死に求めました」。

死ぬ事が避けられないと悟った時、地域住民の切なる願い、公園作りに立ち上がりました。

同じ役所でも、担当課が違えば全く意志の疎通しない壁にぶつかるのですが、死を目前にした、主人公の迫力ある決意の固さの前に縦割り行政の壁は突き破られました。

公園作りの行くてを阻むものは結果として、誰もいませんでした。

廃墟の跡に住民達の切なる願い、公園作りに奔走し、公園は立派に完成しました。

その完成した公園の新しいブランコに揺られ、静かに降る雪の中で、口ずさんだ、♪ゴンドラの歌、
命短し恋せよ乙女♪……
紅き唇失せ間に♪」
の歌に涙が流れました。

自ら作り上げた、公園のブランコに座り、雪の降りしきる深夜、一人静かに死んで行くラストシーン。

主人公の人生の終演の舞台になりましたが、病魔と苦闘しながら、使命を果たし、息絶えたその場所が!輝いている不思議な光景に見えました。

最近改めて見る機会があり、画面に釘付けにされました。

教会の結婚式の司式もやりましたが、「神の前で誓います。死が二人を別つまで、人、これを離すべからず!」

死は全てを消し去る、奪うと、考えられますが、

例え肉体は消えても霊魂は残ります。

優しさ、人のために尽くした愛が朽ちる事のない命の生の証なんですね。

主人公は死にましたが、自分の肉体を離れて、人々の心中に宿り形を変えて生き続けたのだと、この映画は人々に訴えているように、感じました。

わたしたちが生きるための、心の支えになる名作です!

機会がありましたら見て頂きたいと思います。

映画「生きる」より

2009-07-29

天路歴程(23)使命

自分の使命と向き合う!また、如何なる試練に遭遇しても、また、如何なる事情であろうとも、神のみ旨なら引き下がらない!

独立伝道に立ち上がった日に神に立てた誓願です。

ごく自然に誓願を立てました。

ある家庭で深刻な事件が突発しました。

深夜、助けを求める悲鳴、絶叫が、受話器の向こうから聞こえて来ました。

父親が娘の母親に刃物を突き付けている。

母が殺される!助けて下さい!
直ぐ!今すぐに来て下さい!

電話を切ると深夜、田舎道を必死に車を運転しました!

暫く走ると、ヘッドライトの中に若い娘の姿が浮かび上がりました!

真冬の凍り付く寒さの中、素足のまま、田んぼの中に娘が立ちすくんでいました。

ガタガタ震えて、私の到着を必死に待っていたのです。

私の姿を見た途端、失神しました。

彼女を抱き抱えて玄関に入って、目に飛び込んきたのは異様な光景でした。

刃物を妻に突き付けた男の顔も顔面蒼白です。

座敷の床の間を背にしている男を、近くに住んでいる自治会長が必死に説得していましたが、ますます男は激昂していました。

彼は私の顔を見るなり、こう言いました!

「一番会いたくない男を呼びやがったのはどいつだ?」

その時、気を取り戻した娘が叫んだのです!

「お父さん、わたしよ!

私は男に向かって単刀直入に聞きました!

「本気か?」

意表を突かれた男は答えました。

「本気だぞ!」

「では何故刺さないのだ? 茶番劇なら止めなさい!」

引っ込みがつかない男は、この言葉を聞くと、黙り込んでしまいました。

男の手がかすかに震えています。

言葉にならない緊張感が暫く続きました。

「警察に言わないか?」

男はまだ興奮状態でしたが、私に聞きました。

「刃物をおとなしく渡せば、この場限りにしよう!」

私は家族と、自治会長に同意を求めました。

その言葉を聞くと、男はほっとした表情を浮かべて、すんなりと刃物を私に差し出しました。

「この刃物は預かる!」

彼の手から刃物を取り上げた時、男が突然質問しました。

「あんたには恐怖心が無いのか?」

私は男の目を見据えて答えました。

「今、ほっとしたら怖くなったよ!」

この一言でその場の恐怖、緊張がほぐれました。

訳を聞くと他愛のない、ちょっとした言葉のやり取りが、夫婦喧嘩に火がついたのでした。

とにかく、大事に至らず「もう二度と騒ぎは起こしません」と、皆に頭を下げました。

無事に一件落着しましたが、つくづく複雑な人間の感情、言葉遣い等考えさせられる貴重な体験となりました。

誰も望まない不幸が、人の心の奥底から突如吹き出してくる。

人間の心には、神も住めば、魔物も住み着く!

複雑な気持ちを抱えながら田舎道を引き返したことでした。

神との道行きでなければ、私には解決不可能な事態でした。

今、振り返って見ると、人間は生きる困難さを、抱え込み煩悶しながらも何か幸せを求め続ける生き物だとしみじみと考えています。

生き抜いてこそ人生の喜怒哀楽も体験出来ます!

かの男も、今は懐かしい人生の友でした。彼の幸せを祈ります!

2009-07-09

天路歴程(13)

人間は本能的に魂の解放を、真の自由を求めます。


誰の束縛も受けたくはない生き物です。

キリストは罪の奴隷からの解放を宣言し、
神を信じる人々に霊魂の自由を与えました。

人間は古来神の掟を破らなければ、罪の束縛とは無縁の存在者のはず
でした。

創世記のエデンの園で犯した、アダムとイブの神話は人間の本質をリアルに描きだしています。

神が与えた恵みの特権を我が欲望のために捨てる。

愚かな恐ろしい
誘惑は、わたしたちの周りに毒グモの巣のように張り巡らされ、罠が仕掛けられているのです。

みすみす罪の魔手にかからないように賢く生きる知恵が求められます


人が、間違いを犯さず、清らかで、
美しいものだけを選んで生涯をまっとう出来たら幸せでしょうか?

私はそうは思いません。

キリストは自分の十字架を負いなさいと、
弟子たちにしめされました。

魂の成長は試練の火で精練されることを示唆されたのです。

様々な試練、困難を乗り越えた魂が、命の輝きを発し、人々に希望と生きる勇気を与えるのです。

話は変わりますが、聖地は立地条件の悪い険しい山岳地帯に多く見られます?


何故でしょうか?

高野山遠望

古代人は神々は山に住むと考えました。


人々は敢えて困難に挑戦し、
自分たちの信仰の証として険しい人里離れた場所に、神殿を築き上げました。

日本も山岳信仰が盛んな国です。

洋の東西を問わず人間は信仰を持たなければ安心できない生き物な
んですね。

生きるための知恵は神との正しい関係から与えられます。

人類に偽り無き平和が訪れますように、今日も祈りました。

高野山遠望 photo by masaaki (Attribution-Noncommercial-No Derivative Works 3.0 Unported)

2009-05-28

やる気

愛されて命が育ちます。

育てられた命は、愛で生きますから、周りに愛の命が集まり、さらに愛の輪が出来ます。

愛は与えます。要求はしません!

与える事で豊かになるのです。

損して得するのとは、違います。

打算的ではありませんが。結果として豊かになります。

心がです。

人は愛の奥深さを知るとさらに深く広く高く知りたい、奥義を極めたいと願うようになります。

科学者、物理学者、天文学者のようにです。

真実を知りたい、そこに到達したいのが人間の本能でしょう!

とにかく何でも極めて見るまで投げ出さなければ、何かを掴みます。

やる価値があります。

2009-05-26

破壊・核実験の結果は?

昨日、隣国北朝鮮で2回目の地下核爆発実験が行われたと、報道されましたが、プルトニウム(地獄の王)の恐ろしさが、全然人間には分からないのか?と、強い憤りを感じます。

自分たちの足元を核爆発させて、大きな穴をあけ続けたらどうなるのか?

また、核物質を空高く巻き散らしたらどのような悲惨な結果になるのか?

人間は、救い難い生き物なんだと、憤りを通り越して深い悲しみに襲われます。

政治家?科学者?それを支える技術者、それぞれ家庭を持ち、愛する家族に囲まれているのに一瞬にして消え去るかも知れない“地獄の王”の破壊力をもて遊ぶ危険。

人間の愚かさをここで非難しても解決策は見当たりません。(つづく)

臓器に霊魂が宿る〜本当の自分

よく聞く話ですが、臓器に霊魂が宿る?

非科学的な考えだ(笑)と、言われそうですが、何だか、2個の臓器を失ってみると、妙に納得出来るから不思議です。

それからもう一つあります。

ものの見方、感覚に変化が出ました。


端的に表現しますと、オペ以前のわたしと違う、もう一人の“私”に入れ替わった、人格転換を感じます!

「トランス?⇒転換」が、知らぬ間に内面で起きていたのです。

そのせいか?生活観、価値観、信仰的には霊感が研ぎ澄まされた、実感があります。

新しい私との対面、出会い、その生活が始まっている、納得出来るから不思議ですが?


やっと本当の自分に巡り逢えた!安堵感、実感が湧きます。

心が落ち着きます。

新鮮な感じです。

しかし、新たな疑問も生じました。

今までのわたしは一体誰?何者?この間、少し混乱が状態が続きました。

今は、さきにお話した通り、この私が自分の姿、本物なんだと確信しました。

人間という生き物は実に不思議な存在です!

私の第三の人生の始まりは、謎説きの旅の始まりだと、示されましたが、現実体験しての、スタートを切りました。


もう後に引き返せないと感じています。

この先どんな困難 試練が待ち受けていても進むのみです。