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2010-02-09

天路歴程(49)一瞬の時間

命あるものは、すべて死してのち生きる!

最近、新聞の訃報記事が目につくようになりました。

60代から70代の死亡された方々の仕事の内容を見ると、責任感、使命感を全うした?あるいは、志半ばで人生の終焉を迎えた!様々な生きざまが感じられてなりません。

誠実に真剣に、与えられた人生にひたむきに立ち向かった姿が目に浮かぶのです。

最近一人考え込んだり、物思いに耽ることがよくあります。

人生の意味、生きることの深さを改めて思います。

私も人並みの年頃になったかなぁー?と、感じますが、満更悪い気持ちではありませんが!同年代の盟友を失った寂しい感じはします。

不思議な気持ちです。

先日、敬愛する先生から頂いた手紙の末尾に書かれていた文章に心動かされました。

太陽系が誕生して48億年、地球上に原始的な生命体が出現して30億年、その時に同時に遺伝子も出来たと思われます。
その時の遺伝子はわれわれの体の中に残っているでしょう。
そう考えると生命は不滅です。
太陽系もあと40億年で消滅するといわれています。長い目で見ると、私たちの生涯は一瞬の時間です。
その時々を有意義に過ごしたいと思っています。

共感しました!!アーメン・ハレルヤ†です†

愛の樹オショチ†

宇宙の宝石 by Ai


2010-01-06

希望に向かって

ご家族を失った方との往復メールです。

お花代受け取りました。ありがたくいただきます。
皆様にもよろしくお伝えください。
今は母のことを第一に考えるようにしています。母の心が、穏やかになるように祈ります。ありがとうございます。

大変でしたね!
心中お察しいたします。

人も生き物。何時か皆、魂のふるさとに帰ります。
帰り道は様々ですが†
時が人々の悲しみを癒してくれます。

生きることをオショチは毎日考えています。
希望に向かって生きています。
悪性リンパ腫の抗がん剤治療は大変です。
仲間が倒れています。

まだまだオショチは倒れることは許されません。
辛さと闘いの毎日ですが†
早く天に召されたい希望は暫くは叶えられません。

今年も頑張ってみます。
くれぐれもご自愛ください†
愛の樹オショチ
いつも、皆様からのあたたかいお気持ち、お心遣い感謝しています。
今は、兄のことを考えることなく、過ごしています。
時間をおき、きちんと向きあわねばと思いますが…
抗がん剤治療、おつらいと思います。
すいません、簡単に言ってしまいましたが、想像を絶する痛みと、でも、生きていてください。
ありがとうございます。






2009-12-30

年のおわりに

いよいよ今年も明日で終わりですね!

親しい方が次々に天に旅立れた悲しい年でもありました。

ご自分が癌にかかり苦しい最中、私のために、命尽きる日まで折り鶴を折ってくださり、遂に力尽きた、未知の病友も居られました。

ご主人のご召天はショックでした。

改めてこれから先、私が生きる意味を深く考えました。

春には悪性リンパ腫の治療も終わります。

いろいろご心配お掛けしました。

お母さんによろしくお伝えください。

最後になりましたが、ご寄金ありがとうございました。

クリオンのために大事に使わせていただきます。

くれぐれもご自愛ください。新しいよい年をお迎えください。

愛川オショチ†



2009-12-05

死への覚悟から〜OMさんからのメール(つづき)

おしょち様、メールありがとうございます。
聖日の御礼拝の許可良かったです。
でも、感染症には本当にお気をつけてくださいませ。

私のために祈ってくださいまして、ありがとうございます。
でも、そのためにおしょち様の具合が悪くなったらいけないです。
お送りいただいたキリスト様の彫像を見て、この苦悩は他人の重荷を代わりに背負ったためのものだ。
おしょち様を苦しめてはならないと思いました。

私は心が弱いので自分のなすべきことがわかっていても実践できません。
おしょち様や愛の会の方々の愛は本物で厳しさを感じます。
私の今の課題は、年老いた親のためになにをするかです。
思っているだけではいけないです。

寒いので暖かくお休みくださいませ
OM


ご両親のこと、よくわかります。
教会の皆も、オショチを含めてそれぞれ、共通問題を抱えていますから。
一人で抱え込むのは、厳しく、難しいことですが、せめて心の支えになれば、お互いに助けあえたなら?
何か少しでも役立てばと考え、病をきっかけにブログを立ち上げました。

病気、老い、等、やがて訪れる死も、避けて通れない道ですね。
仏教徒の母からは、お釈迦様の説かれた、老、病、死に直面したとき、弱い、人間救済の教えに、慈悲の眼差し、励まし、生きていく上での知恵を学びました。

わたしたち、教会の中に横たわる問題点は、人間共通の真剣な問題、課題です。
が深刻ではないです。
キリスト様のお示しになられた天国を魂の帰り行くふるさと信じていますから。

しかし、目の前の老いた親の介護を皆が同じように出来るとは限らないので、とにかく精神的な孤立、負担が少しでも減らせたらと願いながら毎日を迎えています。

生き物は、死と向き合う生を生きなければならない宿命を背負っていますね。
オショチも死の陰の谷を何度か越えて来ましたが、未だにうろうろしています。
死への覚悟が、生の目覚めになりましたが!逆説的ですが?

弱いことはオショチ†の生きる力になったのです。
おかしな体験です。
まだまだこれからいろいろな試練に遭うでしょうが?

夜更けのメールごめんなさい。
おやすみなさい
12月5日
オショチ†

2009-08-29

天路歴程(35)我が友

闘病生活の中で私は、ひとつの身体を共有する、2人の私に向き合うと言うまことに奇妙な体験を繰り返す毎日です。

現実から目をそらす私と正面から向き合う私!

どちらも私です。

その有様を静かに見つめている私ではない存在者の視線を感じます。

察するに、一人じゃ生きられない弱い私を、“いざ”となったら励まし、救い、恵みの中に導くお方かもしれないと感じます。

闘病生活は私一人の力では乗り越えられません。

医師、医療関係者、仲間、家族等、様々な助けが必要です!

助けられながらも、苦しい時は目の前のことに目を奪われがちになります。

健康で自由自在に働き、何不自由なく動き回っていたときとは違います。

状況は一変して、それまでの生活から切り離されてしまいます。

この落差が、かなり堪えます。

身体だけではなく、心もです。

ややもすると、それが引き金になり、絶望に転落する危険性も否定出来ません。

毎日がそれとの闘いです。

もう一人の私の姿です。

この複雑な弱い自分を、私は見つめています。

先日、ブログに“我が道”を書きましたが、あの人物も、私です。

今日、肝臓ガン末期の病友と、電話で話しました。

彼は82歳になりますが、淡々と自分の死について語ってくれました。

一人じゃないから絶望しません!私は忘れられていないし、私は家族やあなたの記憶に生きていきます。

間もなく命が燃え尽きても怖くありません!不思議です!

「彼は自然に、新たに生きる次の命の世界を獲得した!」と感動しました。

不思議な心境の変化です!

闘病生活者にはいろいろなお方がおられます。

苦しみと向き合って、最後に人として生まれ、目に見えない未来永劫の価値を掴む人、絶望に打ひしがれる人、様々です!

これが人間のあるがままの姿でしょうか!

死の谷は誰でも一人で越えなければなりません。

彼に語りました。

「死は新しい命の出発点です!」と。

彼は理解してくれました。

励まし合う!素晴らしい体験です!

闘病の困難を乗り越える力を分かちあうことに悦びを感じます。

ジョティ・サヒ「洗足」

2009-08-04

天路歴程(26)「生きる」

昔見た、黒澤明監督の映画「生きる」のラストシーンが、瞼の裏に鮮明に焼き付いています。

名監督と名優、志村喬の出会いが生み出した映画史上に残る名作です。

映画のストーリーは、ある日、胃ガン宣告を受けた、地方公務員の住民担当課、課長が主人公ですが、志村喬の迫真の演技力は、真に、ガン患者の生きる苦悩、その不安と恐怖に苛まれる姿と深い孤独感を余すところなく描きだしました。

克明に丁寧にリアルタイムで描写されていました。

若くて健康に些(いささ)か自信がある時に見た映画と、現在自分の中で進行中のガン体験を重ね合わせて見ると、内容がガラリと変わり、その死に直面した、人間の深さ、人間の在るべき姿が、言葉ならぬ重みが、ずっしりと、現実味を帯びて、心の奥深くに突き刺さって来ました。

たとえガンでなくても、人間を襲う病原菌は地球上の至るところに、うようよいますし、生身の体にいつ病魔が襲い掛かるか、誰にも予測がつきません。

考えて見ると人間はいろいろな危険と、隣り合わせで毎日、生きているわけですから、驚く程のことは無いかも知れませんが?

しかし、突然!ある日あなたの余命は、いくばくもないと!医師に告げられて平気でいられるでしょうか?

まともな人間なら動揺し、心は千々乱れ、奈落の底に落ち込むと思います。

映画の主人公は、死の恐怖に怯えながら、「生きるための死からの脱出を必死に求めました」。

死ぬ事が避けられないと悟った時、地域住民の切なる願い、公園作りに立ち上がりました。

同じ役所でも、担当課が違えば全く意志の疎通しない壁にぶつかるのですが、死を目前にした、主人公の迫力ある決意の固さの前に縦割り行政の壁は突き破られました。

公園作りの行くてを阻むものは結果として、誰もいませんでした。

廃墟の跡に住民達の切なる願い、公園作りに奔走し、公園は立派に完成しました。

その完成した公園の新しいブランコに揺られ、静かに降る雪の中で、口ずさんだ、♪ゴンドラの歌、
命短し恋せよ乙女♪……
紅き唇失せ間に♪」
の歌に涙が流れました。

自ら作り上げた、公園のブランコに座り、雪の降りしきる深夜、一人静かに死んで行くラストシーン。

主人公の人生の終演の舞台になりましたが、病魔と苦闘しながら、使命を果たし、息絶えたその場所が!輝いている不思議な光景に見えました。

最近改めて見る機会があり、画面に釘付けにされました。

教会の結婚式の司式もやりましたが、「神の前で誓います。死が二人を別つまで、人、これを離すべからず!」

死は全てを消し去る、奪うと、考えられますが、

例え肉体は消えても霊魂は残ります。

優しさ、人のために尽くした愛が朽ちる事のない命の生の証なんですね。

主人公は死にましたが、自分の肉体を離れて、人々の心中に宿り形を変えて生き続けたのだと、この映画は人々に訴えているように、感じました。

わたしたちが生きるための、心の支えになる名作です!

機会がありましたら見て頂きたいと思います。

映画「生きる」より

2009-08-02

天路歴程(25)老いと闘病



また入院しました。

4月半ば、右腎臓と胆嚢の摘出手術を受けて、回復期に入ってきた矢先に急性腎不全に似た症状が出ました。

明日から最後の治療、悪性リンパ腫の抗がん剤治療も始まります。

どうやら真犯人は悪性リンパ腫らしく、
その影響でやられた右腎臓の手術をしました。

4月半ばの事でした。

あの日から3ヶ月あまりで、また緊急入院です。

一見順調に体力回復して来たかに感じていましたが?
油断した隙を病魔に付け込まれたのか?と。

人間は、長い間に様々な体験をするものですね!

今、
入院先の病室の夜景を眺めながら生き物の生死について深く考えさせられています。

いろいろな出来事が瞼に浮かびます。

偶然ですが、約7年前にも当時、東京慈恵医大の消化器・
肝臓内科の戸田剛太郎教授の外来診察を受けた折り、肝臓の数値が異常に高く、即、入院となりました。

入った病室が同室でした。

15階の眼下に芝の増上寺が見えます。

また、東京タワーの夜景は幻想的な美しさです。

夜景を一人静かに眺めながら考えています。

「老いは自然の成り行き」

さんざん使わせて頂いた体が傷むのも仕方がないか、と!

これは単なる諦めではなく、これから先、
ここを人生第三のスタートラインと考えての思考です。

新たな人生計画です。

牧師と建築家を同時にこなしてきた、
私の人生計画はまだ未完成ですから!

未完成の仕事を完成させたい意欲が沸き上がります。

大概の試練には耐えられそうな気がします。

ごく当たり前のこととして、我が人生の過ぎ行く事態を、その人生計画の進行状況を、眺めている自分に気付きました。

精神的老化はしたくないですね!肉体的老化は受け入れても、
心の張りは失いたくないのが本音です。

さらに突っ込んだ話ですが!
体から霊魂が離脱する瞬間迄はしっかり生きたいと神にお願いをしています。

そんな、こんなの中で自然に、疑問も生じて来ました。

何故?7年の間に、肝臓、腎臓、
頸椎のおぺを含めて6回の入退院を繰り返したのか?

さすがに考え込んでしまいましたが、
神がお与えくださった試練だと受けとめると合点がいきます。

密かに何処かで病魔と闘い、孤独の中に身を置かれているあなた!
悩み苦しむ未知の兄弟姉の痛み苦しみを共有することの意味と価値を考えました!

さて昨夕の泌尿器科の緊急手術ですが!

(残った左腎臓の水腎症背後性腎不全)のためのステント挿入は泌尿器科の木村高弘先生の判断で麻酔薬無し、また、
術後も、座薬なしの、前提で手術台に身を横たえました。

正直な話ですが手術台に磔にされました。

左の尿管は既に一年半前に尿管狭窄症で手術をしています。

もし、
ステント挿入が成功しない場合の次善策は直に腎臓に穴を開けて管を挿入し、「命を救う!」先生のこの一言が心に響きました。

その一言で私の覚悟が出来ました。

ゴルゴタの磔刑のキリストの痛み、激痛に想いを馳せました。

短くて、とても長い30分間が過ぎました。
ステント挿入が成功したのでした。

手術室には独特な静謐が感じられます。
命のやりとりが現実に行われる聖域です。

この体験記がブログとなりあなたのお役に立てたらと祈ります。

消灯時間が過ぎました。

神の平安を祈りつつ!

アーメン・ハレルヤ†

2009-07-11

天路歴程(14)追憶

淡路島にて在りし日の従妹、邦子と娘、奈津子

2005年10月16日。

幼い頃から仲良しの従妹が、骨ガンで帰らぬ人になりました。

65歳でした。

思いがけない死でした。

神戸に住んでいました。

一男、一女をもうけ、幸せな日々を送っているとばかり考えていましたが、その時、
ガンが静かに体をむしばんでいたのです。

訃報を受けて、神戸に駆け付けました。

幼い頃から優しかった彼女は変わらぬ、そのままの姿で白い柩の中に横たわっていました。

穏やかな顔でした。

一度患い治癒したはずのガンが、かなり歳月が経ってから、骨に転移したという話しを聞きました。

日本人の中に、ガンが増えています。

思えば昔の、お米、野菜など中心の日本人の体に馴染んだ食生活が戦後、急速に変わりましたね。

欧米人の身体の構造とは異なる、食文化の在り方が今やっと見直されて来ました。

私はガンが奪った愛する従妹の死には、誤った食生活、農薬漬けの食材、環境破壊、様々な環境ストレス、環境破壊を作り出す悪循環を断ち切ることの無視できない因果関係を感じ取りました。

ひと一人の死に隠された原因は誠実に解明されてこそ、死者も遺族も浮かばれます。

強く訴えます。

悪質な人間の意図の犠牲は真っ平ゴメンです。

このままでは、地球からやがて絶滅するでしょう生き物、絶滅生物の一番目に人類を挙げるべき事態です。

利権にかんじからめの政治家たち、その指導者たち、産業中心の在り方は、やがてわたしたち、人類の滅亡を意味し、墓標が地球の目印になりかねません。

正しい人も、そうでない人間も同じ地球船に乗り合わせた以上、運命共同体です。

愛する愛娘のまだ生きられたはずの人生を奪われた年老いた母の悲嘆にくれる日々に、その死を理解納得していない叔母の心が悲しく切ないのです。

今、94歳になり家を離れて静かに天寿を全うしようとしている叔母に、私の出来る事は、天国で再会できる希望を直に伝えることです。

深いことは年老いた叔母には理解出来なくても、今日本人が危険に曝されている誤った生活を改めて検証し直す時期が到来したと従妹も訴えます。

最後に!
昨日、退院後の私を気遣い神戸からわざわざ見舞いに来てくれた従妹の娘、奈津子から、死因を初めて知らされました。

ガンが転移した事がわかった後、他の病院に転院することが辛くなり本人の意志で、そのまま闘病生活を続けた事が分かりました。

多分、覚悟を決めていたのかも知れません。

それとは知らぬ、年老いた叔母(当時90歳)の深い嘆きの姿を見ることは心底辛いでした。

生死は誰にでも一度は訪れます。

生き物の運命ですから受け容れざるを得ません。

しかし、昨日中井の玄関に立っていたのは、従妹とみまがうばかりの娘、奈津子は、紛れもなく従妹そのものの姿でした。

人の命は確かに受け継がれしっかり生き延びていくのですね!

今朝、懐かしい従妹の生前の声を聞きました。

「あんたは、あげん勉強嫌いの筈が?なして、建築家や牧師さんになれたとね?不思議でたまらんばい?」

答えました。

「神様から尻をひっぱたかれたけん、怠けんと真剣に嫌な勉強したとよ!」

「ふうーん、そうね!」

霊魂を研ぎ澄ますと、あの世、天国は身近にあります。

「子が親に先立つこつ、こげな不幸はなかばい!」と悲嘆にくれる叔母の姿を見兼ねて、慰めの言葉も見当たらず余計な言葉が口からすべり出ました。

「叔母さん長生きして辛かっ目にあったね。天国ではもう別れはなかとよ!」

従妹とそっくりの娘、奈津子と

2009-06-11

肝臓兄弟と希望

いつもかかりつけのクリニックで、病友のYさんご夫妻に会いました。

話題は病状のことですが、気心が知れて、家庭の話、過去の元気な時代の話など多彩です。

私より6歳年上のお方ですが、弱音を吐いたことがありませんでした。

が、珍しく今、受けている抗がん剤の治療の辛さを聞きました。

市民病院に入院して一週間、毎日、抗がん剤を器械で自動的に適量点滴するそうです。

始めて2日目に40度の高熱が出て、がたがた震えたそうです。

また近々入院して、抗がん剤の治療を受けるのに、ためらいがありました。

そんなに辛いなら止めたら?と、話かけましたら、今度同じことが起きたら止めたいと呟いていました。

私の病状を聞かれました。

もし自分なら、多分抗がん剤治療は受けないで、なりゆきにまかせると答えました。

遺書も書き、献体手続きも済ませた身軽な立場ですから、こんな話が出来たのかもしれませんが…

私は、肉体は一時のこの世に生きるための借り衣だと考えるようになりました。

やがて帰り行く天国を想います。

ですから生かされている間は、喜びも悲しみも同じくらい大切だと思います。

入院中の辛かったとき、クリオン島の子どもたちのつぶらな瞳が目に浮かび、心の支えになりました。

愛の樹の家族です。

希望です!

2009-05-23

メタモルフェ(化体変貌)


サナギの時は枝にしがみつき、蝶に脱皮する時を静かに待ちます。

時が来て、羽化が始まります。

羽化した蝶は光を浴びて濡れた羽根を乾かします!

やがてその体に鮮やかな模様が現れて来ると羽ばたき、新たな命の旅立ちの瞬間です!

わたしは、病友にこの話をしました。

重たい肉体を引きずっていた時には、想像もできなかったもう一つの世界がありますと!

霊体は自由自在に、時間空間を飛び越えて、一瞬のうちに、行きたいところへ行きます。

愛する人の胸の中に何の抵抗も無く飛び込めるのです。

守護天使の役目も果たせます!


訃報


先程、血液内科の主治医 島田貴先生から親しかった病友KS兄の訃報が届きました。

正直、驚き、言葉にならない胸の痛みを感じました。

熱いものがこみあげて来るのでした。

無常感に襲われました。

何時か自分にも間違いなく訪れるその時を思い覚悟を新たにしました。

緊急入院した、血液内科の8階病棟の窓から朝、晴れていると霊峰富士が白雪に輝いて綺麗でした!

その姿を眺めながら、死後の命について少し、KS兄と話をしました。

彼は真剣な眼差しでわたしの話に耳を傾けてくれました。

わたしは切り出しました。
死は一過性の儀式です
人間の霊魂は不滅です。肉体が消えても、霊魂は死にません!
彼は 読書家でした。

いろいろな本を消灯後も熱心に読んでいましたから、たぶんわたしの話を理解されたのだと感じました。
天国は地上から始まっています。
死後、急に天使が現れて、天国へ行く訳ではないのです。
生きているときから、わたしたちは守られているのです。
何らかの理由で肉体を脱ぎ捨てて、霊体に蘇る、これは地上生活に適さない体になった時、わたしたちは、あの蝉や綺麗な蝶のように仮の衣服を脱ぎ捨てて、霊体に変化します。
メタモルフェと言います!サナギから蝶へ


死生一如

イエス様が弟子や民衆に説かれた死生観は、死の為に全てが消え去り、無と化すと言う考え方を根底から否定し、死を生に覆すものでした!

死を突き破る考え方に、当時の人々の驚き、戸惑いが即々と身に伝わります!
死人が生き返る?常識では有り得ないことです。

現に、ユダヤのベタニヤ村で死んだ、ハンセン病のラザロは墓の中で死臭を放っていましたから。

聖書の告げる記述には、白い布に包まれたラザロがイエス様の一言で蘇ったと書かれています。

奇跡は否定出来ません。

しかし我々の日常生活で、こんな話は有り得ないと考えるのが妥当でしょう。
ラザロの蘇生

生と死について

これから、少しずつ、わたしなりの体験を交えて人間に宿る霊魂と生死について書いて見たいと思います。

既に宗教関係書等に「人間の生死に関わる文献」が多数ありますから、このブログには、私的体験から感得した「オショチの死生観」と、言う形で書きます。

まず、人間は死んだら何処に行くのか?体が無くなれば、一切が“無”ではないのか?
と、よく質問されます!

命あっての物種、死んだら、何も残らない、唯白骨だけ?あなたはそれの答えを持っているのか?
持っているなら分かりやすく説明してくれ!
と、何度か質問されました。

人の生と死は人間の最大事だと考えます!

特に死は恐ろしいもの、悲しいもの、忌まわしいことだと感じる向きもありますが、わたしは少し違います!

死は生きている限り避けて通れない現実ですから、むしろ積極的に死を捉えたいと考えました。

神学校で学び、真剣に死を見つめたとき学んだ聖書の中からいくつかの驚くべき言葉が見付かりました。
わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる死者は、たとい死んでも生きる。
また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか。
ヨハネ伝11章25-26