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2010-02-02

愛は命の原動力

牧師様。何時もわたしのためにお祈り下さって感謝いたします。
前のブログの獣医さんは、もう亡くなられていたのですね。でも、最後は牧師様の元で 幸せになれましたね。
牧師様の体調はいかがですか?母が今度は抗がん剤治療のため入院となりました。
長く患った方が命を絶とうとなさったのですね。その気持ち、良く解ります。病気が長ければ長いほど、治る見込みがないほどに、こころは荒みます。その方今どうされているのでしょう?ご家族は一緒でしょうか?どんなにか、おもいつめてそうされたのだと、感じます。誰でも一人は寂しいものです。こころの支えになってくれる方がいられるといいのですが・・・。
T先生は もうすっかり元気になられたようですね。
母が心配して行く度に聞いておりました。わたしは、話すのが、苦しいので聞き耳を立てているだけですけど^^;
お元気になられて、安心して居ります。どうぞ、牧師様もご無理なさらないように、ゆっくりと生きて下さいね。
出来る時に出来る事をする。それが、20年死ぬことを考え続けて生き抜いた わたしのやり方です。
M


Mさんメールありがとうございました。
あなたの活きた、苦しい体験談がどれほどつらいものか、しみじみと伝わります。
本物の痛みですから!

体験者でないと、頭の中の理解では、健康的な人にはこの痛みは、無縁なもの、程遠いですね。
言葉にならない痛苦の なかからのアドバイスには説得力があります。
アドバイス感謝します

あの獣医さんは密かに憧れの人がいました。
星空のブランコに乗り☆彡その姿にうっとり!見惚れていたと話してくれました!


人生最後の淡い恋心、彼の命の証だったかもしれないと思います☆彡
天国で一緒にブランコに乗れたら!そんな夢を見ていたのかもしれません。

人生はロマンチストにとり天国え旅立ちの素晴らしいスタートラインですね!


また、苦しい闘病生活の友は、病状は悪くなっていますが、不思議に明るくなってきました。今日、携帯電話に伝言メモがありました。

折り返し電話して話しましたが話題は私の身を案じて頑張ってくださいと逆に励まされてしまいました^ロ^;
でも、危機を一先ず切り抜けた明るさとその様子に安心しました

優しい心のまま人生の終わりを迎えられたら、最高ですね。素直な心で!
ひねくれたら悲劇的なになるかもしれませんから!
日頃の心掛けが大切だとしみじみ考えさせられました。

キリストの御言葉にあります。
「神の国はあなた方のただなかにある」と†
愛は命の原動力です†しかし人々は愛を粗末に扱うのです。悲しい気持ちです
私の闘病生活は振り返って見ると、未だ未熟な自分自身の人間性を戒める、大切な成長の糧になりました。
神様から頂いた無償の愛です†
Mさん、お大事にしてください!またメールしますお休みなさい☆彡

愛の樹オショチ†

2010-01-06

病友からのメール

新年おめでとうございます。
お体いかがですか?
毎日寒くて大変ですが、診療も体力消耗しますね。
私も診察うけなければならないのですが、先のばしに変更です。
主人が再来週、大腸がんの手術で、我が家はも含めて、みんながんにかかってしまいました。
どうかこの冬を乗り切って、頑張ってください。

年明け早々大変ですね。
ご主人、大腸がんですか?私の知人2人も昨年大腸癌のオペを受けましたが、現在は元気です。

早ければ大丈夫だと聞きましたが。
森永さんも検診を受けられると安心します。
ワンちゃんの癌も大変ですね!良くなる事を祈ります†


私の悪性リンパ腫の抗がん剤治療は 明日朝から東京慈恵医大で6回目の投与を受けます。
なかなか抗がん剤治療は後が辛いですね!

今回で終わればよいのですが?
くれぐれもご自愛ください。
また、メールします
私の悪性リンパ腫の闘病日記はホームページに書き続けています。
お大事になさって下さい。とりあえずの新年のご挨拶と近況のお知らせです。
愛の樹教会
愛川オショチ†

2009-12-30

病友の闘魂

先ほど、Yさんから電話があった。

奥さんがアルツハイマーとパーキンソン病にかかり、自分で身動きできなくなった。

今朝ショートステイから帰宅した。

高齢者のYさんが買い物、食事など、肝臓の末期癌を抱えて孤軍奮闘している

自分の免疫力だけが頼りだと話していた。

何時倒れてもおかしくないですと。

お互い頑張って生きましょうと、励ましあった。

オショチ

年のおわりに

いよいよ今年も明日で終わりですね!

親しい方が次々に天に旅立れた悲しい年でもありました。

ご自分が癌にかかり苦しい最中、私のために、命尽きる日まで折り鶴を折ってくださり、遂に力尽きた、未知の病友も居られました。

ご主人のご召天はショックでした。

改めてこれから先、私が生きる意味を深く考えました。

春には悪性リンパ腫の治療も終わります。

いろいろご心配お掛けしました。

お母さんによろしくお伝えください。

最後になりましたが、ご寄金ありがとうございました。

クリオンのために大事に使わせていただきます。

くれぐれもご自愛ください。新しいよい年をお迎えください。

愛川オショチ†



2009-11-20

オショチの治療をオープンにするわけ

【呼び掛け】

患者さんだけではなく、多くの人々(医療機関を含む)のプラスになると考えます。

患者の声を苦しみを、ネットで伝える必要性は大切だと思います。

できるだけ詳しく今後も伝えます。何度か書きましたが、病は普遍的な(人間の大切な共通問題)ですから。

出来たら、いろいろな患者さんの体験談を(匿名で結構です)ホームページを通じて投稿して欲しいと願っています。

貴重なご意見を頂けるとありがたいです。密かに勇気づけられ、絶望を希望に変える力が与えられると信じます。

闘病生活は厳しく、孤独な闘いになりがちです。
しかし、励ましあい、助け合う友がいたら、苦しみを共有出来たら!と、つい、考えてしまいます。

この投稿は「愛の樹」グループ愛の会のホームページにも掲載します

2009-11-08

お陰様で!ブログが半年


お陰様で!

今年5月8日に始めたブログも本日11月8日で半年になりました。

投稿も200件を超えました。

ainoki.jp、愛の樹のホームページはトータル255ページになりました。

そのささやかな記念日です。

長年の闘病生活を、顧みて、何とかここまでたどり着くことが出来ました。

奇跡です!

生きています!

それを支えてくださった、誠実で暖かい、先生方、医療関係者の皆様に、また、多くの皆様に励まされ、助けられました。

心底感謝です。

病にも様々な個性があることも学びました。

その病と、真正面から向き合い、治療に専念出来ました。

また、闘病記には、いろいろ書かせていただきました。

別に病気を売り物にするわけではありませんが?

余計なご心配、ご迷惑などお掛けしたかも知れません。申し訳ありません。

失礼をも顧みず、批判覚悟で、病友との約束を果たすことが出来ました。

天国から、病友が、暖かい眼差しで「よくやった!」 と、喜んでいてくださる。
こんな持ちです。まだまだこれからです。

“遺書を書いているのか?”と、間違われたこともありましたが(;^_^A。

人は病みながら、精神的に成長していくのだなぁー!と、思いました。

まだまだこれからです。

今後もよろしくお願いいたします。

愛川オショチ†
11/8日記す

2009-10-30

このブログを書く理由

photo by Oshoshi

現在、高齢の身には辛く苦しい治療を受けています。

しかし治るという希望を捨てない限り、必ず治ります。

これがオショチがこのブログを書く理由です。

最近、日本全国で、2人に1人が何らかのがんにかかり、3人に1人ががんによって命を失っているという統計があります。

がんにかかった患者さんたちは、よい治療を求めてうろうろしています。

時には冷たくあしらわれたり、端(はな)から受け付けてもらえないという話も聞いています。

悪性リンパ腫の治療も、とても苦しいですが、リツキサンの登場によって、これまでは4~5割だった治癒率が、8割以上、寛解(かんかい)するようになりました。

そこでいろいろ考えて、ただ治っただけでは意味がない。「この世の誰かのために役に立つ」この志が、厳しい抗がん剤治療を受けているつらい患者の身から、生きる勇気と希望を伝えることにつながっています。

病に苦しむ方に切実に読んでいただいていますから、私も真剣に書いています。ですから、そうでない方には「このブログは読み捨ててくださって結構です」というのが正直な思いです。

しかし、万一、“がん宣告”をされても諦めないで下さい。落ち込まないでください。必ずあなたを助けてくださる、先生、医療機関があります。神がおられます!

希望を捨てないでください。生きる道はいくらでもあります。わたしどもでよければお手伝いします。ご相談ください。

余談になりますが、私は年齢76歳半の小さな教会の牧師です。

若い頃、交通事故(当て逃げに遭い左足が砕けました。その時の輸血でC型肝炎にかかり)肝硬変の治療を長年続けてきました。

頸椎症のため、手術で6本のチタンボルトが首に埋め込まれています。

一昨年、左腎臓から膀胱にかけて、がんが疑われ、尿管狭窄症と分かりおぺを受けましたが、今度は反対の右腎臓にがんが見つかり、今年4月右腎全摘出、同時に胆嚢摘出手術を受けました。

このことは再々書きました。何故?しつこく書き綴るのか?と、云われもしました。

私のような、つらい目にあって欲しくない。ただそれだけの理由です!

様々な障害に苦しんで来ましたから!

当て逃げした、交通事故の犯人に対して憎しみは一度も持ちませんでした。

ですが、めぐりめぐって!そして今、最後の悪性リンパ腫の治療にたどり着き治療に取り組んでいます。

正直言ってつらいです。

悪性リンパ腫の原因の一つに、C型肝炎の原因説も含まれていますから!

あの事故に遭わないでいたら?輸血さえしなかったら?

時々夢を見るのです。あれは“夢のなかのできごとではないかと?”

現実ですから、逃避は不可能です!前に進むだけです!

また、別のつらさがあります!私の体調です!

一回の投与に約8時間かかります。血液検査をして、様々な抗がん剤、そしてリツキサンをその日の体に合うように調剤をしてもらいます。

それまでが約2時間。それから、ベッドに横になり、6時間点滴を受け続けます。点滴は機械で調節され、異常があれば大きなブザーが音が鳴ります。

この間、普通の人は死を考えたり、ひどい不安に襲われたり、様々な苦痛を味わいます。なかには沈黙して、一切語らない人もいます。

しかし、私はこの体験をブログを通して、広くみなさんにお伝えします。

お伝えする使命感があります。

明日はあなたの身に起きるかも知れないのです。

もし、あなたが、私と同じがんに苦しんでいるならなおさらあなたの苦しみを分かち合いたいと思います。これは願い、祈りです!

必ず治る確信がありますから、どうぞ絶望しないでください。愛するご家族のもとに、笑顔でお戻りください。

これが私の祈りと治療であります。

兄弟姉妹の祈りを感じます。

みなさんに祈られていることで、力と生きる勇気が与えられます。

愛の力は奇跡を起こします。

主イエス・キリストの御名によりて。感謝とともに†我が身の体験報告です!

オショチ†

2009-10-02

リツキサンとは(5)

この資料をホームページで検索して下さる、皆様に心より感謝いたします。

血液疾患で亡くなられた病友忘れません。何時も思い出します。

血液疾患の怖さは“感染症”です。新型インフルエンザも大敵です。

以前ですが、治ると信じて、ついに天に召された病友を忘れません。

私が現在治療を受けている悪性リンパ腫のリツキサンと抗がん剤の組み合わせは最後の拠り所です。

この資料は万一?血液病に罹患された場合、役立つと信じて、ホームページに患者の体験談として掲載しました。

必ず治ると信じています。
リツキサン投与の様子 photo by Oshochi

中・高悪性度の患者における最新エビデンス

本題の「中・高悪性度のリンパ腫」に話を進めましょう。
進行期のリンパ腫に対しては、1970年代にCHOP療法が確立しました。
これは4種類の薬剤を組み合わせた処方であり、一定の効果が認められています。
その後、様々な処方が工夫されたにも関わらず、残念ながら目覚しい成果は得られませんでした。
そこに登場したのがリツキサンです。
2002年、フランスの研究グループがCHOPとリツキサンを併用する「R-CHOP療法」を行い、優れた成績を 発表しました。
当時は2〜3年の経過を追った中間報告に過ぎず、その後の成り行きを世界中が見守っていましたが、今年の米国臨床腫瘍学会にて最終報告が行われたのです。

■中・高悪性度の非ホジキンリンパ腫に対するR-CHOP療法の長期予後(注:患者背景を補正した後のデータ)


本試験は、未治療かつ進行期にある高齢者の「びまん性大細胞型・B細胞性非ホジキンリンパ腫」が対象とされました。
いうなれば、悪性度の高いリンパ腫の試験です。
5〜7年(中央値5年)の追跡が行われた結果、低リスク群における全生存率(病状のいかんを問わない全ての生存率)は、CHOP療法の62パーセントに対してR-CHOP療法では80パーセントを示し、大変に優れた成績でした。
高リスク患者の全生存率についても、CHOP療法の39パーセン トに対してR-CHOP療法は48パーセントと勝っていました。
CHOP療法の確立以降、こうした治療成績の向上は初めてといえるでしょう。

リツキサンの副作用

リツキサンには投与時反応と呼ばれる固有の副作用があります。
初回の投与時(30分から2時間後)に発熱や悪寒、頭痛などを覚えますが、2回目以降の投与では無くなることがほとんどです。
循環器系へも多少影響し血圧が高くなることもありますが、全般として軽い副作用です。
注意すべきは投与時反応です から、治療を終えて帰宅した後にも、異常を感じたら直ぐに医師または看護師へ連絡するようにして下さい。


注:詳しいことは、専門医の先生に、ご相談されることをお薦めいたします。

リツキサン投与中のオショチ

2009-09-24

多病息災

photo by Oshochi

「一病息災 」という言葉は、子どもの頃、母によく聞かされましたが、最近は、わが身を振り返り 「多病息災」を思います。

わたしに必要性があり病を神様から頂いたと、時折感じるよになりました。

闘病という自分自身の言葉にも、違和感を感じる今日この頃です。

むしろ“病はわが友”と、思えるのです。

また臓器に、済まないという言葉を掛ける習慣が生まれました!

わが身の病を敵対、敵視するのではなく、人生を共有する間柄と考えますと、様々な疾患に対して親しみを覚えます。

好むと、好まざるに、かかわらず、わが身の中の出来事、身内の現実ですから、ありのままを受け入れたとき肩の力が抜けました。

わたしの場合ですが、むしろ病むことにより、それまで知らなかったこと、気付かないで来た大切なことをいろいろ学びました。

一例に過ぎませんが、抗がん剤の多種多様性、治療に当たる先生の深い知識、患者さんを助けるためのご苦労など、実体験して初めて分かりました。

わが身の健康管理責任を改めて思い知らされました。

先にも一度触れましたが病は普遍的な体験ですから、“寛解”を目指すこの体験談が「病友」の苦しみ、不安、孤独感のためのお役に立てたらと願います。

2009-09-08

病は神様からの贈り物

病むことの利益?

妙な話しですが、病から得た教訓と利益!

健康な時に、うっかり見落としていた自分の健康への配慮、気遣いや、感謝の気持ちの欠如など様々な反省を込めた複雑な感情でした。

なかなか短い言葉では表現仕切れません。

何故?7年の間に、頚椎、左尿管狭窄症、右腎臓ガン、胆嚢摘出の大手術、更に悪性リンパ腫、それ以前の肝臓疾患等々、短期間に集中した襲い掛かる病魔の原因に、我が身に課せられ重荷、十字架の意味を思いました。

たとえば、身近にいる健康者に、当たり前のようで当たり前ではない、健康の大切さをメッセージとして伝えることが真剣に出来たこと。

再認識して貰ったこと!

さらに闘病生活の仲間の苦しみを共有出来たことなどです。

以前にも度々書きましたが、我が身が痛んでみてはじめて分かることが沢山ありました。

話しは変わりますが、あの、聖パウロも持病があり、苦しみながら、神から与えられた使命を全うしました。

彼は3度も神に祈りました。

「主よ!我が身の病を取り除いてください!」と。

しかし神の答えは、「我が恵み汝にたれり!」。

2009-08-29

天路歴程(35)我が友

闘病生活の中で私は、ひとつの身体を共有する、2人の私に向き合うと言うまことに奇妙な体験を繰り返す毎日です。

現実から目をそらす私と正面から向き合う私!

どちらも私です。

その有様を静かに見つめている私ではない存在者の視線を感じます。

察するに、一人じゃ生きられない弱い私を、“いざ”となったら励まし、救い、恵みの中に導くお方かもしれないと感じます。

闘病生活は私一人の力では乗り越えられません。

医師、医療関係者、仲間、家族等、様々な助けが必要です!

助けられながらも、苦しい時は目の前のことに目を奪われがちになります。

健康で自由自在に働き、何不自由なく動き回っていたときとは違います。

状況は一変して、それまでの生活から切り離されてしまいます。

この落差が、かなり堪えます。

身体だけではなく、心もです。

ややもすると、それが引き金になり、絶望に転落する危険性も否定出来ません。

毎日がそれとの闘いです。

もう一人の私の姿です。

この複雑な弱い自分を、私は見つめています。

先日、ブログに“我が道”を書きましたが、あの人物も、私です。

今日、肝臓ガン末期の病友と、電話で話しました。

彼は82歳になりますが、淡々と自分の死について語ってくれました。

一人じゃないから絶望しません!私は忘れられていないし、私は家族やあなたの記憶に生きていきます。

間もなく命が燃え尽きても怖くありません!不思議です!

「彼は自然に、新たに生きる次の命の世界を獲得した!」と感動しました。

不思議な心境の変化です!

闘病生活者にはいろいろなお方がおられます。

苦しみと向き合って、最後に人として生まれ、目に見えない未来永劫の価値を掴む人、絶望に打ひしがれる人、様々です!

これが人間のあるがままの姿でしょうか!

死の谷は誰でも一人で越えなければなりません。

彼に語りました。

「死は新しい命の出発点です!」と。

彼は理解してくれました。

励まし合う!素晴らしい体験です!

闘病の困難を乗り越える力を分かちあうことに悦びを感じます。

ジョティ・サヒ「洗足」

2009-08-19

癒し

闘病あれこれ!

歌舞伎の名優、市川團十郎。俳優の渡辺謙さん。

このお二人が乗り越えてきた、白血病との壮絶な闘いを最近知りました。

苦しい、闘病生活に否応なしに置かれた方々にとり、お二人が病を乗り越えて、お仕事に復帰して大活躍しておられる姿を見て!救われた病友が大勢いらっしゃるのでなないかと、最近よく考えます。

迫真のドラマです。

苦しい、闘病生活に明け暮れる患者さんたちを、大いに励まし、生きる勇気と力を与えた癒しの証!生きた福音だと感じ入ります!

私も恩恵を受けたその一人です。

悪性リンパ腫も血液病に入るのですが私の知人は、不幸にして亡くなりました。

現在私が受けている、悪性リンパ腫の特効薬、リツキサンがその時有れば助かったのでは?と、考えると胸が痛みます。

この病も実際、体験して見ないと、本当の苦しみは理解し難いと思います。

左の腎臓も危ない所で、今回の特効薬リツキサンで助かったと確信しました。

話は変わりますが、あの歌姫!若い、本田美奈子さんも白血病で倒れましたね。

ニュースを聞いて驚きました。

丁度その頃、私の中でも、悪性リンパ腫は静かに進行していました。

気付かない間に病魔は人体を侵しはじめます。

難病に苦しむ友もいます。

私なりに何時か健康体を取り戻し、あの市川團十郎さん、渡辺謙さんのように、病に苦しむ友のために、再び立ち上がりたいと願っています!



2009-08-05

天路歴程(27)「生きる」(続)

骨髄採取の痛みは、尿管に麻酔無しでやった痛さと、比較の話しだよ。

歯を食い縛り、気絶するか?と思った。

あの痛みに比べたら痛くはない。

正直な話しだが、二度とやりたくはないね

麻酔無しでやった痛さの後日談だが!

先生、看護師方々には“凄い体験者”と言われているよ。

誰も好きこのんで痛い手術は受けたりしない

今回は例外中の例外で、瀕死の腎臓を守る手立てはこれ以外になかったからね

その痛みの記憶から逃れたい一心から、「生き延びたい」が→「生きる」に、繋がったのが本音かもしれないが。

黒澤明監督と、名優、志村喬に救われた。

ガン患者の深刻さは、ガンに無知な人間の想像を越えてる。

周りにガン患者さんがたくさんいるし、病魔との苦闘が肌身に伝わるから。

それで、ふと!脳裏に浮かんだのが、皆が知ってる、黒澤明監督の作品だった。

映画の力を借りて、病友を励ましたくて!

一番はオショチ自身かも?

今は、抗がん剤は未体験だから。

次に病棟の、仲間たちのために!

たとえフィクションでも、ガンの虜になり、ガンに負けて欲しくないから、頑張って描いた→書いた!ではない。心にイメージした。

オショチの「生きる」になった訳

ガンの事は、軽々しく書けない!

オショチの悪性リンパ腫との闘いは始まったばかりだから!

祈ってみ国、天国を想うと、不思議に心に曇りはない。

皆、お休みなさい

2009-08-02

天路歴程(25)老いと闘病



また入院しました。

4月半ば、右腎臓と胆嚢の摘出手術を受けて、回復期に入ってきた矢先に急性腎不全に似た症状が出ました。

明日から最後の治療、悪性リンパ腫の抗がん剤治療も始まります。

どうやら真犯人は悪性リンパ腫らしく、
その影響でやられた右腎臓の手術をしました。

4月半ばの事でした。

あの日から3ヶ月あまりで、また緊急入院です。

一見順調に体力回復して来たかに感じていましたが?
油断した隙を病魔に付け込まれたのか?と。

人間は、長い間に様々な体験をするものですね!

今、
入院先の病室の夜景を眺めながら生き物の生死について深く考えさせられています。

いろいろな出来事が瞼に浮かびます。

偶然ですが、約7年前にも当時、東京慈恵医大の消化器・
肝臓内科の戸田剛太郎教授の外来診察を受けた折り、肝臓の数値が異常に高く、即、入院となりました。

入った病室が同室でした。

15階の眼下に芝の増上寺が見えます。

また、東京タワーの夜景は幻想的な美しさです。

夜景を一人静かに眺めながら考えています。

「老いは自然の成り行き」

さんざん使わせて頂いた体が傷むのも仕方がないか、と!

これは単なる諦めではなく、これから先、
ここを人生第三のスタートラインと考えての思考です。

新たな人生計画です。

牧師と建築家を同時にこなしてきた、
私の人生計画はまだ未完成ですから!

未完成の仕事を完成させたい意欲が沸き上がります。

大概の試練には耐えられそうな気がします。

ごく当たり前のこととして、我が人生の過ぎ行く事態を、その人生計画の進行状況を、眺めている自分に気付きました。

精神的老化はしたくないですね!肉体的老化は受け入れても、
心の張りは失いたくないのが本音です。

さらに突っ込んだ話ですが!
体から霊魂が離脱する瞬間迄はしっかり生きたいと神にお願いをしています。

そんな、こんなの中で自然に、疑問も生じて来ました。

何故?7年の間に、肝臓、腎臓、
頸椎のおぺを含めて6回の入退院を繰り返したのか?

さすがに考え込んでしまいましたが、
神がお与えくださった試練だと受けとめると合点がいきます。

密かに何処かで病魔と闘い、孤独の中に身を置かれているあなた!
悩み苦しむ未知の兄弟姉の痛み苦しみを共有することの意味と価値を考えました!

さて昨夕の泌尿器科の緊急手術ですが!

(残った左腎臓の水腎症背後性腎不全)のためのステント挿入は泌尿器科の木村高弘先生の判断で麻酔薬無し、また、
術後も、座薬なしの、前提で手術台に身を横たえました。

正直な話ですが手術台に磔にされました。

左の尿管は既に一年半前に尿管狭窄症で手術をしています。

もし、
ステント挿入が成功しない場合の次善策は直に腎臓に穴を開けて管を挿入し、「命を救う!」先生のこの一言が心に響きました。

その一言で私の覚悟が出来ました。

ゴルゴタの磔刑のキリストの痛み、激痛に想いを馳せました。

短くて、とても長い30分間が過ぎました。
ステント挿入が成功したのでした。

手術室には独特な静謐が感じられます。
命のやりとりが現実に行われる聖域です。

この体験記がブログとなりあなたのお役に立てたらと祈ります。

消灯時間が過ぎました。

神の平安を祈りつつ!

アーメン・ハレルヤ†

2009-07-27

天路歴程(22)暑い夏


親愛なる我が病友も、この暑さに必死に耐えています。

今年の夏は殊更厳しい夏になりそうです。

右腎臓と胆嚢摘出後、初めて迎える、3ヶ月経過中の夏です。

主治医から術後3ヶ月は気をつけて、水分の補給を十分摂るように、また休息を勧められました。

許すかぎり気をつけています…

病も、生きる友と考えて見ると、
正に生きている恵みそのものの証だと、しみじみ感じられる今日この頃です。

自然の成り行きとして受け容れています。

また、神様からの幸せの知恵を借りて、
弟子たちを幸せな人生に導く私の使命を果たす絶好のチャンスでもあります!

辛い、今だからこそ、
掛け値なしの真実が心の奥底から沸き上がってきます。

愛する弟子たちに、残せる言葉が与えられ、
そのままを伝えました。

先週の土曜の夜と、日曜日の朝に。

病むことで、生かされている意味が、さらに深められ生きる意味が一層理解出来るようになりました。

限り在る命の日々を思わずにはいられません。

伝える価値の在るものは見逃さず余すことなく、
伝える使命があることを確認しました。。

弟子たちの、信仰を養う以前、肉体を持った人間としての在り方。

心身の自己管理の仕方。

生活習慣の誤った過ごし方の修正など交えて。

自分で摂生が出来ず、後々思わず落ち込む病の罠の恐ろしさ等々、

我が身の健康を損ない、人の幸せを願うことも出来ましょうが、
やはり心身共に健康であるべきです!

具体的に私の、今までの体験をつぶさに語りました。

良くも悪くもなし。

これが私の事実だと伝えました。

愛の樹の使命は、私の死で終わるものでは、ありません。

これは、始まりです。

神が人の幸せを願う新しいシナリオに基づくドラマの幕開けです。

弟子たちの育成は、その大事な役目を引き継いでもらうために、
欠かせません。

私に課せられた使命です。

昨日は珍しく、教会の夏休みでした。

がらんとした、小さな礼拝堂に、残っていた3人の弟子たちを集め、キリストがその昔、弟子たちに親しく語りかけられた様に私も語り掛けました。

「人間の幸せとは何か?簡潔明瞭に!」

「人の幸せを、自分の幸せと確信して尽くすこと!

己の幸せは、人の幸せを願う、そのただ中にある。

生きる力はこの中にある!私はキリストに従い自分の生涯を閉じるが、悔いは一切ない!

尽くし切り、充足感と幸福感に浸っている!」と。

時折、自問自答します。

もし?自分だけのこと、利己的なことしか、眼中に無かったと、仮定したら?。

私の人生は、虚無感、孤独感、敗北感に襲われて、ここ迄は、
生きられなかった?と、実感しています。

改めてキリストの、僕(しもべ)で居られた事に感謝の思いは尽きません!

トルストイではありませんが「幸福とは他人のために生きることである」。

人の幸せを願い、人の幸せな姿を見て、
自分が無常の歓びによって生きられる。

生きる力と勇気を得た。険しい人生を生き貫く。

これは天の摂理だと観じます。

天界は愛の故郷です。

人の幸せを願う魂に自然に宿るそのために心を尽くす。

弟子たちは昼夜二度にわたる話を真剣に受け止めくれました。

険しい人生の峠道に差し掛かり、病を恵みと思いながらも、
まだ果たしきれない使命の一旦を伝えられ、至福のひとときでした。

40年間私に付き添い、キリストとを信じて、不肖の師を見限らずに、今も天路歴程を共にする、弟子の真心に応える道はまだ遥か彼方です!

2009-06-22

優しい診療所

静かで優しい赤髭先生から時々治療を受けます。

片田舎の畑と緑の中に囲まれ、ひっそりしたたたずまいの診療所です。

私は「風のガーデン診療所」と、心の中で呼んでいます。

築30年経った建物ですが古びず、しっかりしています。

質素な診察室の患者さんの治療室の枕もとからサンルームの屋根越しに、柔らかいかい日差しがさしこんでいました。

赤髭先生が育てている、様々な、蘭の花たちが、傷んだ心身を癒してくれます。

昨日、初めて二階の部屋を見せていただきました。

窓越しに緑の山並みが目に飛び込んきました。

はっきりは見えませんでしたが、緑の窪みの辺りにはホタルが飛びかう綺麗な川が流れているそうです。

癒しの治療の原点は改めて、人の心と環境にあると、しみじみと感じました。

先々月入院した慈恵医科大学付属第三病院の中庭にも癒しのガーデンがありました。

島田貴先生が教えてくれました。

親しかった病友Kさんのお気に入りの場所でした。

赤髭先生の二階の窓から素晴らしい景色を眺めながら、今は天国の住人になられた、Kさんを偲んでいました。

懐かしさがこみあげてきたひとときでした。

癒しの場所には、優しい癒しの人が住んでいでいました。

2009-06-11

肝臓兄弟と希望

いつもかかりつけのクリニックで、病友のYさんご夫妻に会いました。

話題は病状のことですが、気心が知れて、家庭の話、過去の元気な時代の話など多彩です。

私より6歳年上のお方ですが、弱音を吐いたことがありませんでした。

が、珍しく今、受けている抗がん剤の治療の辛さを聞きました。

市民病院に入院して一週間、毎日、抗がん剤を器械で自動的に適量点滴するそうです。

始めて2日目に40度の高熱が出て、がたがた震えたそうです。

また近々入院して、抗がん剤の治療を受けるのに、ためらいがありました。

そんなに辛いなら止めたら?と、話かけましたら、今度同じことが起きたら止めたいと呟いていました。

私の病状を聞かれました。

もし自分なら、多分抗がん剤治療は受けないで、なりゆきにまかせると答えました。

遺書も書き、献体手続きも済ませた身軽な立場ですから、こんな話が出来たのかもしれませんが…

私は、肉体は一時のこの世に生きるための借り衣だと考えるようになりました。

やがて帰り行く天国を想います。

ですから生かされている間は、喜びも悲しみも同じくらい大切だと思います。

入院中の辛かったとき、クリオン島の子どもたちのつぶらな瞳が目に浮かび、心の支えになりました。

愛の樹の家族です。

希望です!

2009-05-27

美しく懐かしき日々

歳を重ねると過ぎ去った日々が美しく、懐かしき想い出になります。

苦しいことまでが、美しい想い出に変わるのです。

セピア色ですが。

最近味わった悲しい出来事。

親しき病友の死までが、何故か遠く昔の出来事のように感じられるのです。

「お互い、愛する人のために生き抜こうね!」と、ベットで、固く握手を交し誓い合ったのに、友は私の知らぬ間に帰らぬ人になっていました。

今思い返すと、気付かぬ間に濃密な友情がしっかり芽生えていたのです。

心の中に友はしっかり生き続いています。

これは時間の長さではなく、愛の距離なんですね。

静謐で確かな友情です!

少し感傷的になりましたが、人間は一人では生きられない生き物なんだと、しみじみと思わされました。

だれかに支えられ、また、支えたりしながら、一生懸命に生きて行く姿に感動します。

殊に病気になった場合は、病床を訪れていた友の奥さんは別に何かするわけでも無く静かに側にいるだけでしたが、彼は十分幸せだったと感じました。

人間は、尽し合い役立つことを通して自分も生きられる。

平凡な毎日が、如何に大切でかけがえのない貴重な日々なのか、と心に染みました。

たまに夫婦喧嘩もまた親子の意見の食い違いも、根底に信頼と愛があれば幸せです。

2009-05-26

このブログを書くわけは

「書く」と言うのはおこがましく不遜に感じますから「書かされている」と言い直します。


今回、「代償」という言葉がすっぽり、はまりこんで来ました。

失った臓器の代わりを残された臓器が懸命に働いてくれています。

涙がでます。

健気に黙って働いています。

「代償」は医学用語だと聞きましたが、なかなか実感出来ませんでした。

やっと掴めました。

このブログは、既に信仰をお持ちのクリスチャンや、偉い先生方に見てもらうのではなく、病院で親しくなり、また私の知らない人生の友への応援歌のつもりで書かされています。

手元にあるのは聖書と小さな辞典だけ。

表現の間違い、意味の解釈などに間違いがあったらお許し下さい。

今の私に課せられているのは上から降り注ぐ言葉を書き記すことですから、校正などはしません!

リアルタイムで書かされますから、腕は痛く、体が辛くても書かされてしまいます。

時間はその時次第です。

中休みは、言葉のシャワーが止まった時だけです。

意図的にやれないのがたいへんですが、生還出来たわけは、まだ仕事が残されていたからだと、感じています。

いろいろご心配を頂き、内心じくじたる気持ちがありますが、何時か?神様からもう良い!と、お声が、かかる日を楽しみしています。

2009-05-23

メタモルフェ(化体変貌)


サナギの時は枝にしがみつき、蝶に脱皮する時を静かに待ちます。

時が来て、羽化が始まります。

羽化した蝶は光を浴びて濡れた羽根を乾かします!

やがてその体に鮮やかな模様が現れて来ると羽ばたき、新たな命の旅立ちの瞬間です!

わたしは、病友にこの話をしました。

重たい肉体を引きずっていた時には、想像もできなかったもう一つの世界がありますと!

霊体は自由自在に、時間空間を飛び越えて、一瞬のうちに、行きたいところへ行きます。

愛する人の胸の中に何の抵抗も無く飛び込めるのです。

守護天使の役目も果たせます!