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2010-01-24

聖パウロ像


愛の樹教会2階礼拝室前に立つ聖バウロ像。
昨夜、撮影しました。
愛の樹オショチ†

2009-11-12

天路歴程(41)お告げ

朝方、お告げをいただきました。

わたしの誠実な使徒バウロは、あなたと同じ、体にとげを持っていた。
彼は3度わたしに願った。
主よ!御心ならば、この身体のとげを取り除いてください。と!
しかし、わたしは彼に告げた、汝の恵み汝にたれり!
あなたの、願いに、使徒パウロと、同じ答えを与えよう。
神の栄光が讃えられ、神の御名が崇められるように!
あなたに与えた、とげにより、あなたは、神の真に触れた。愛は己を離れて、人の心の奥底に宿り、輝きを放つ!
あなたに、シラ書〔集会の書〕を与える。


昨日の悪天候は、かなり身体に響きました。

なかなか寝付かれずに、夜が更けています。

そんな有様のときに、不思議な、声が聞こえたのです。

レンブラントの使徒パウロ

2009-09-08

病は神様からの贈り物

病むことの利益?

妙な話しですが、病から得た教訓と利益!

健康な時に、うっかり見落としていた自分の健康への配慮、気遣いや、感謝の気持ちの欠如など様々な反省を込めた複雑な感情でした。

なかなか短い言葉では表現仕切れません。

何故?7年の間に、頚椎、左尿管狭窄症、右腎臓ガン、胆嚢摘出の大手術、更に悪性リンパ腫、それ以前の肝臓疾患等々、短期間に集中した襲い掛かる病魔の原因に、我が身に課せられ重荷、十字架の意味を思いました。

たとえば、身近にいる健康者に、当たり前のようで当たり前ではない、健康の大切さをメッセージとして伝えることが真剣に出来たこと。

再認識して貰ったこと!

さらに闘病生活の仲間の苦しみを共有出来たことなどです。

以前にも度々書きましたが、我が身が痛んでみてはじめて分かることが沢山ありました。

話しは変わりますが、あの、聖パウロも持病があり、苦しみながら、神から与えられた使命を全うしました。

彼は3度も神に祈りました。

「主よ!我が身の病を取り除いてください!」と。

しかし神の答えは、「我が恵み汝にたれり!」。

2009-07-29

天路歴程(24)運命

ふるさとの家のパウロ像

これは、宗教家としての私の独白です。

如何なる病にも振り回されたくは無い。

天運の巡る処に従う。

無論、善良な治療は大歓迎です。

私はこの命を預けて悔いなき主治医に巡り合いました。

深い信頼感があります。

その事を踏まえての闘病生活です。

人の力には限界があります。

その時に備えています。

中井に私の尊敬する聖パウロ像が長崎から来ました。

彼の信仰は並大抵ではありませんでした。

使徒としての召命感は抜きん出ています。

彼の洗礼名が私の洗礼名でもあります。

地中海のケンクレアの海岸で剃髪し、髪の毛を砂浜に埋めて、自分に別れを告げた心中は察するに余りあります。

愛は全ての命を生かす!

死んでも死なない命がある。

あらゆる人生苦を乗り越えて滅びない命が愛である。

と確信した、使徒パウロの生涯は後に続く命に困難を乗り越え、生きる力と希望、勇気を与えてくれます。

イエス・キリストに最も近かった弟子でした。

儚(はかな)い命で終わらない、わたしたちの命について、霊的に祈らされる日々の独白でした。

2009-07-07

天路歴程(11)

神亡き世界は滅ぶ。

これも啓示です。

今のパレスチナ問題は根深く、ユダヤ人の自分たちだけが神に選ばれたと言う選民思想の過ち、奢り、傲慢から生じています。

おかしな理屈です。

人種浄化作戦のあしき例は枚挙にいとまがないのです。

イギリスの聖書研究をしている、神学にも造詣の深い、サーリー大学のカトリック神学者マイケル・プリオル氏は聖書の名のもとで進められてきた植民地主義について、教会は懺悔すべきだと明言しています。

聖書が神を人種浄化役として描いたと言う指摘です。

その大きな錯誤を正すために、あのゴルゴタ(されこうべ=骸骨の丘)で十字架の刑死を遂げた、イエスの犠牲死は一体なんだったのか?

キリスト教会、キリスト教徒は今一度深く反省する時を迎えています。

自分たちの国、自分たちの豊かさ、贅沢の限りを尽くすおかしな生活、貧しい国民から略奪する大国。

貧しさ、偏った富の配分。

この不公平まで神のせいにしてはばからない国は必ず裁きを受けます。

わたしたちは声を上げます。

神に正義の回復に目を閉じないように!

信じる御方の裏切りは予想しません!

み子をこの世にお遣わしになられた神がふたたび、イエスを十字架に掛けるるでしょか?

神がわたしたちを裏切れば人類は地球から消え去るでしょう。

神がご自身に似せて創造された、あなたの神話は根底から崩壊します。

神の死です!

パウロたち、バニヤンの犠牲死を無駄にしないでください。

同様に圧政と貧困、暴力に苦しむ人々をお救いください。

テロリストの根絶は貧しさの排除で解決出来る可能性が高いです。

ビンラディンたちをテロの狂気に駆りたてた大国に裁きを与え、また不公平を、今取り除いてください!

祈ります。全能の神なるあなたへ!

アーメン。ハレルヤ

2009-07-01

天路歴程(7)

使徒パウロとバニヤン、オショチから皆さまへ

いろいろ人生の苦難と闘われているお姿を思い、深い感動を覚えます。

いまが如何に苦難に満ちていても神は必ず逃れの道を備えてくださいます。

かく言う私も身体に刺をもつ一人です。

痛み、苦難、試練を経験、体験すると、人は優しさを身につけます。

苦労は無駄にはなりません。

この小さな積み重ねが大切だと思います。

悲しいかな、人間は健康体である時より、むしろ病んでいるときに本当の自分に巡り合う機会があります。

本音が出ます。

私はこの貴重な体験を、自分1人で抱え込まずに、同じ境遇に置かれいる立場の兄弟姉妹にお伝え出来たらと祈っています。

この梅雨の季節には、健康的な人でも体調を崩しがちだと聞きます。

梅雨の恵みが植物には欠かせませんが、わたしたちも、まずは自分の健康を1日でも早く取り戻し、愛する家族、人々のために出直したいと切望しています。

神様の恵みを頂きたいです。

ネット教会の皆様の上に神様の御祝福が豊かに注がれますように、そしてあなたの切なる願いが叶います様に祈ります。アーメン・ハレルヤ

雨にけぶるふるさとの家のキリスト像
by Oshochi

2009-06-25

天路歴程(2)

ジョン・バニヤンは深刻な信仰的苦闘の最中で絶えず祈り、絶えず聖書を読み、ついに信仰を確立しましたが、勝利を得ましたが、その間、何度も苦難にあいました。

しかし彼は、ひるまず信仰を語り続けました。

彼の話しは聞く人々の胸を打ちました。

彼にキリストは人生のすべてでした。

私の知恵、義、聖潔、贖罪、彼は使徒パウロのように、主の功績、勝利、義、愛すべてが私と共にある!と確信したとき、彼の苦難の嵐は去りました。

まだ25歳の時でした。

彼が本格的説教者として立ち上がるまで5年の歳月が必要でした。

その後、政治が激動し王政復古の嵐が吹き荒れます。チャールズ2世の時代の始まりでした。

続きます。

2009-06-15

悔い改め

密かに悪事を企み悪事を行う者の魂の救いのために、次の神の警告を贈ります!

悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。
このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う。
このような人は流れのほとりに植えられた木の時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。
悪しき者はそうでない、風の吹き去るもみがらのようだ。
それゆえ、悪しき者はさばきに耐えない。罪びとは正しい者のつどいに立つことができない。
主は正しい者の道を知られる。しかし、悪しき者の道は滅びる。
詩編1:1−6

もう一言、人々に伝えたいパウロの言葉を紹介します。

人類は今までの政治手法、手段、価値感に行き詰まり危機に直面しています。

人類自ら作り出した結果です。

終末の危機です。

使徒パウロの書簡は弟子テモテへ宛てたものですが、現代のわたしたちにも当てはまる警告です

終りの時の人々の有り様
しかし、このことは知っておかねばならない。終りの時には、苦難の時代が来る。その時、人々は自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、高慢な者、神をそしる者、親に逆らう者、恩を知らぬ者、神聖を汚す者、 無情な者、融和しない者、そしる者、無節制な者、粗暴な者、善を好まない者、 裏切り者、乱暴者、高言をする者、神よりも快楽を愛する者、 信心深い様子をしながらその実を捨てる者となるであろう。こうした人々を避けなさい。彼らの中には、人の家にもぐり込み、そして、さまざまの欲に心を奪われて、多くの罪を積み重ねている愚かな女どもを、とりこにしている者がある。彼女たちは、常に学んではいるが、いつになっても真理の知識に達することができない。ちょうど、ヤンネとヤンブレとがモーセに逆らったように、こうした人々も真理に逆らうのである。彼らは知性の腐った、信仰の失格者である。 しかし、彼らはそのまま進んでいけるはずがない。彼らの愚かさは、あのふたりの場合と同じように、多くの人に知れて来るであろう。
Ⅱテモテ3:1-9

人々の平凡で細やかな生活、人権、人間の尊厳を否定し破壊する悪人に神の公正な裁きが下ることを切に願い祈ります!

2009-06-12

死を恐れない信仰(2)使徒パウロの使命

聖書は、2000年以上の長い時を経て、なお新鮮さを失いません。

旧約聖書の記述を遡れば、膨大な時空を越えなければ理解出来ません

天地創造が出発点ですから。


新約聖書の中身を一箇所取り上げても、キリストの神秘性、聖霊の働きを人間が文字で説明することは至難の技です。

パウロの布教活動は、私の能力では100年書き続けても伝え切れません。

断片的な書き込みしか出来ませんが、
ネット教会を立ち上げた以上、責任があります。

前にも話しましたが、今回の入院がきっかけとなりました。

体力の低下は否定出来ません。


腹を真横に切ると筋肉を断ち切ることになります。また神経も切断されますから、なにも感じない部分がでます。

腹の傷跡の腫れが、ある程度引いても、神経が断ち切られていますから、なかなか元には戻りにくいです。

したがって腹に力が入らないのです。

パウロの話が脱線しましたが、何か余程の理由が無いと人間に転機は訪れないようです。

パウロの転機は前にも記述しましたが、キリスト教徒の迫害が、彼の重大な人生の転換点になりました。

彼の伝道活動範囲は、イスラエルの首都エルサレムからカイザリア、昔のマケドニア、最近までの地名ではバルカン半島、ユーゴスラビア、ルーマニア、ブルガリアからギリシヤ、クレテ、シチリア、イタリア ローマ、小アジアのアンテオケが第1回目の出発地でした。

彼はバルナバとマルコを伴いました。

使徒行伝には、エーゲ海を渡り、ヨーロッパに上陸し、マケドニアからギリシャのアテネから地中海沿岸を精力的に伝道活動しています。

幾多の迫害に遭ってもめげず、キリストの真理を確信して、30年に及ぶ伝道旅行に明け暮れました。

彼は天幕作りで生計を支えました。


伝説によると、人間的には健康に恵まれず、またその容貌もみすぼらしく、しかし信仰の豊かさにおいて人間的な欠陥は解決されたと。(コリントⅡ10:10、使徒行伝18:3、ピリピ4:11-13)に記述されています。
(つづく)
デューラー「四使徒(部分)」右がパウロ

2009-06-11

死を恐れない信仰(1)

国籍を天に持つ、と信じた信徒には、ローマの皇帝ヘロデさえ驚きました。

内心、恐怖心を覚えたはずです。

我が国でも長崎の26殉教者、聖人の中には、幼い少年まで含まれていました。

さすがに見かねた死刑立ち合いの役人が、少年に死刑になることをやめて欲しいと懇願したと言い伝えられています。

幼い少年の、死を恐れぬ態度に戸惑いを隠せなかった役人たちの驚きの声が聞こえてくるようです。

あのダビデ大王でさえ、迫りくる身の危険死を恐れました。

「主よ、立ち帰りわたしの魂を助け出してください。あなたの慈しみにふさわしくわたしを救ってください」

死の国へ行けば、誰もあなたの名を唱えず陰府(よみ)
に入ればだれもあなたに感謝をささげません」(詩編6:5-6)

神に向かってずいぶんはっきりしたもの言いです。


まだこの時代にはヤーウエの神は恐ろしく厳しい裁きの神のようでし
た。

しかし、このダビデの末裔から神の御子キリストが出現しました。

ダビデとの血縁関係はありませんでしたが、神の予言による誕生でした。

このキリストの出現により、死の恐怖を越える力がキリストを信じる
者たちに宿り、支えになりました。

死を恐れない者はいない時代に、信じるお方に全身全霊を捧げて、殉教をものともしなかった人々は何故?信じる力信仰心がこれほど強いのか?

当時のイスラエルの司祭たち、またイスラエルを支配した強国ローマ帝国の支配者たちには理解不能、脅威でした。

聖パウロ(以下パウロと呼びます)の伝道活動は広範囲でした。
(つづく)

聖パウロ像

来月中半ごろ、中井の教会に背丈115センチの聖パウロの像が来ます。

長崎の中田ザビエル工房にお願いしました。

一昨年夏、キリストの聖像が中庭に建ちました。

去年秋には聖母マリア像が礼拝室に安置されました。
今年の夏には聖パウロ像が二階の廊下の突き当たりに安置されます。

中田ザビエル工房の中田三穂さんのお話では、「長崎のカトリック教会では聖パウロを記念して去年の6月29日から今年の6月28日までの一年間を聖パウロ年として設定し、聖パウロの福音宣教の情熱、勇気、神への愛を認識させられた次第です」との連絡を受取りました。

神の使命を全うした聖パウロはすごいですね。

長い歴史の中で活き活きと語り継がれます。

人間の心の奥底に共鳴、共感する篤い命に触れるんですね。

清らかな存在、人々の魂に安らぎと勇気、優しさを与え続ける聖なる存在に人々の心は惹き付けられます。

ネット教会の使命を深く噛み締めています。

暗い世の灯を消さないで
守り続けたい気持ちが強くあります。

使命だと受け止めています。

人生苦にあえいぎながら、希望を捨てず頑張っておられる兄弟姉妹の方々に少しでも、生きる希望を分かち合えたらと願い祈ります。

2009-05-26

パウロの役目〜大祭司たちの画策

伝説によればパウロは背丈が低くやせていて、ひどい持病に悩まされていたと伝えられています。


私の洗礼名もパウロです。

2000年も前に生きていた、彼に親しみを感じています。

これが実感です。


パウロは、地中海に面したケンクレアの海岸で誓願を立てました。

髪の毛を剃り落とし、その髪の毛を海岸の砂浜に埋めて、キリストの弟子の決意を固め、長い苦難に満ちた伝道(布教)の旅に出ました。

彼の手によりユダヤの一寒村ナザレ村の大工の息子、イエスがキリストとなり、歴史始まって以来の人類救済に立ち上がった、その事実を、聖霊の助けにより世界中に広めたのは、他ならぬパウロでした。

キリストの霊光に射たれて大変貌を遂げた、パウロの波乱万丈の人生は彼の予想外の出来事だったのです。


人間の運命は大きな力、目に見えない力の中で活かされている。

果てしなく広がる大宇宙に、呼べば答えて下さるお方、ご意思が存在するのです。

私観ですが、他の宗教でも、人類救済が本物ならそれを認めても、なんのさしさわりはないはずです!

一神教と言われる、旧約の神エホバ(ヤアヴエ)の掟は、聖なるシナイ山で、モーセが受けた「十戒」に詳しく述べ伝えられていますが、厳しいものてす。

しかしイエス・キリストの出現で変化しました。

厳しい掟、律法一点ばりのユダヤに「愛、許し救い」の、福音をもたらしたのです。

当然既成権力にあぐらをかき傲慢、不遜に振る舞い、聖なる神殿で商いをさせ、不正と汚濁の中にどっぷり浸り切っていた、当時の大祭司、司祭たちには、キリストは脅威の対象、絶対殺さなければならない大敵でした。


暗殺も密かに謀られたと思います。


しかし神のみ心により天から地上に姿を現した、キリストに立ち向かう手段を持ち得なかった彼がが考えたことは卑劣極まりないものでした。

キリストの12人の弟子の中で、会計係のユダに目をつけ裏切り行為を画策しました。

愛の導き手使徒パウロ

聖なるお方に出会い、人生が、劇的に、がらっと変わった人物がいました。

イエス・キリストを信じる、キリスト教徒を迫害した、タルソ(小アジアのキリキア州の首都)産まれのパウロです。

彼はベニヤ民族に属し、産まれて8日目に割礼を受け、ユダヤ教信仰の訓練を受けて育ちました。

彼はユダヤ(イスラエル)の首都、エルサレムにのぼり、当時の碩学ガマリエルのもとで律法について学んだ熱烈なユダヤ教徒でした。

したがって彼は、新興宗教と思われた、キリスト教徒が律法を軽んじ、神殿を無視することに憤り、キリスト教徒の迫害に乗りだしました。

キリスト教徒の殉教者ステパノの処刑にも立ち会いました。

パウロはキリスト教徒迫の目的で、ダマスコに行く途上、キリストの霊光に射たれます。

あなたは何故わたしを迫害するのか?

パウロは驚愕し、恐れのあまりその場に打ち倒されます。

彼は失明し、3日間、口もきけずにいました。

この聖なる体験こそ、パウロが愛の使徒に産まれ変わる大転換点になったのでした。

パウロは迫害したキリスト教徒のアナニヤという人物から、バプテスマ(洗礼)を受けます。

その後の活躍は、新約聖書に詳しく述べ伝えられていますから割愛しますが、彼の使徒としての働きは、聖霊が人々を愛に導きだすと説いたことにあります。

神の愛!愛に燃え立つ使徒でした。