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2009-12-24

今年最後の診察と治療

島田貴先生の診察と血液検査は以下の通りです。

【血液検査結果】
*白血球1.4
*赤血球3.39
*ヘモグロビン10.6
*血小板5.9万
*クレアチニン1.27
*コリンエステラーゼ2258
*アブルミン3.9
*GOT71
*GPT69
*γ-GTP27
*PSA0.
*尿酸9.3
*血糖、食後95
*好中球60.1→免疫力?
以上は血液検査結果です。

【今朝】
*血圧123-74
*脈拍60
*体温36.0
*体重48.0
*排泄普通

【その他】
次回、6回目のリツキサンは、1月7日木曜日で終わります。
5回目抗がん剤は未定。

【その他検査と治療】
*CTとエコー検査-結果は2週間後。
*白血球減少につき白血球注射。
*悪性リンパ腫化学療法の治療、終了は多分、来年2月になると思います。
あとは1月のCT検査結果を見て、左尿管のカテーテルを抜く予定です。

今夜はクリスマスイブ
よき新年をお迎えください。
今年一年の感謝を込めて!

愛の樹オショチ合掌!

2009-11-26

天路歴程(43)愛情

愛情が生きるエネルギーを生み出す。

子どもの頃、悪たれが過ぎて母親からずいぶん叱られ、お仕置きを受けましたが、それ以上に沢山愛情を注がれました。

この体験はその後の私の心の成長に欠かせない大切な宝物となりました。

たまにはひどくぶたれた記憶もありますが、ぶたれながらも母親の手の温もりを子ども心に感じたものです。

母は54歳の若さで世を去りました。

咎めではなく腹の底から叱る!激しいものでした。

子ども心にずしんと響くものがありました。

愛情からほとばしる叱りには人を包みこむ力!

エネルギーを生み出す力が秘められているんですね!!今、役立っています。

本物の教育を母から学び、私の仕事、使命になりました。

病を友として、これからも仕事に励みます。

オショチ†

2009-11-20

今日の診察 11月20日

今日の小西眼科の視野検査結果ですが右目の方に、小さな斑点がありました。

リツキサンと抗がん剤治療が終わり、しばらくしたら再度検査することになりましたが、 あまり心配するこではないとの、診断でした。

簡単なご報告です。
在主†
愛川オショチ

人間年齢とともに悪いところが増えてきます。
いかに自分でそれを乗り越えていくかというところに人の生き様があるよう に思えます。
自分も悪いところだらけですががんばります。
小西隆裕

小西隆裕先生
  香弥子先生

今日の診察で安心しました。

お陰様で深刻な状態でないことがわかり助かりました。

見えることの素晴らしさが実感出来ました。

神に感謝の祈りを捧げました†。

今後もよろしくお願いいたします。

隆裕先生、コメントありがとうございました†。

在主†
愛川オショチ

オショチの治療をオープンにするわけ

【呼び掛け】

患者さんだけではなく、多くの人々(医療機関を含む)のプラスになると考えます。

患者の声を苦しみを、ネットで伝える必要性は大切だと思います。

できるだけ詳しく今後も伝えます。何度か書きましたが、病は普遍的な(人間の大切な共通問題)ですから。

出来たら、いろいろな患者さんの体験談を(匿名で結構です)ホームページを通じて投稿して欲しいと願っています。

貴重なご意見を頂けるとありがたいです。密かに勇気づけられ、絶望を希望に変える力が与えられると信じます。

闘病生活は厳しく、孤独な闘いになりがちです。
しかし、励ましあい、助け合う友がいたら、苦しみを共有出来たら!と、つい、考えてしまいます。

この投稿は「愛の樹」グループ愛の会のホームページにも掲載します

2009-11-19

病を悪化させない気持ちの持ち方

by Oshochi

心ならずもかかってしまった病は、それはそれとして、患者の私の率直な気持ちは、「これ以上悪化させない!」の一言に尽きます。

たとえば、私の場合、重症化しやすい感染症対策には、自分自身心掛けて、先手を打つ必要性を痛感しています。

たいしたことはできませんが、まず、主治医の先生の治療と予防対策のアドバイスに、素直に従うところから、始まりです。

自分自身の病で、周りにずいぶんご迷惑を掛けますから。

病に責任を感じます。

国民健康保険料の支払い(国や地方自治体の支払い負担額)など、通知書を手にするたびに、改めて、自己責任、自己健康管理の取り組み方に深い反省がきます。

そこで考えるのです。

自分自身に出来ることから何かを積極的に始めたいと…

これ以上、病を悪化させないことのための生活の根本的な在り方を。

毎日毎回の、生活リズムの大切さ、心の持ち方に、慎重さが生まれて来たように感じます。

病から学ぶ事がたくさんあります。

話しは変わりますが、私の健康バロメーターは自筆の「ここに命ありき」 です。

昔、大変苦しい時に、再び立ち上がり、生き抜く決意を込めて書きました。

口の悪い弟子が、 “ありき”は過去形でしょう?

何故“ここに命あり”と、書かないのか?と問いかけて来ましたが、返事はしませんでした。

毎日、古びた額に入れた、下手な字句を片目で、眺めます。

左右交互にです。

体調が良い時は、綺麗に並んで見えますが、左目がいびつに見える時は、肝臓の調子が良くないとか?反対に右目が良く見える時は、腎臓、膀胱の調子が良いとか?

医学的、根拠はありませんが、体調の目安にしています。

健康を失って、はじめて健康の有り難さが痛感出来る、今日、この頃です。今日 も雨模様です。

静かに考える良い日になりました。

人生に喜怒哀楽は、付き物ですが、素晴らしいです!。

感謝のうちに!
在主平安†
オショチ

2009-10-30

このブログを書く理由

photo by Oshoshi

現在、高齢の身には辛く苦しい治療を受けています。

しかし治るという希望を捨てない限り、必ず治ります。

これがオショチがこのブログを書く理由です。

最近、日本全国で、2人に1人が何らかのがんにかかり、3人に1人ががんによって命を失っているという統計があります。

がんにかかった患者さんたちは、よい治療を求めてうろうろしています。

時には冷たくあしらわれたり、端(はな)から受け付けてもらえないという話も聞いています。

悪性リンパ腫の治療も、とても苦しいですが、リツキサンの登場によって、これまでは4~5割だった治癒率が、8割以上、寛解(かんかい)するようになりました。

そこでいろいろ考えて、ただ治っただけでは意味がない。「この世の誰かのために役に立つ」この志が、厳しい抗がん剤治療を受けているつらい患者の身から、生きる勇気と希望を伝えることにつながっています。

病に苦しむ方に切実に読んでいただいていますから、私も真剣に書いています。ですから、そうでない方には「このブログは読み捨ててくださって結構です」というのが正直な思いです。

しかし、万一、“がん宣告”をされても諦めないで下さい。落ち込まないでください。必ずあなたを助けてくださる、先生、医療機関があります。神がおられます!

希望を捨てないでください。生きる道はいくらでもあります。わたしどもでよければお手伝いします。ご相談ください。

余談になりますが、私は年齢76歳半の小さな教会の牧師です。

若い頃、交通事故(当て逃げに遭い左足が砕けました。その時の輸血でC型肝炎にかかり)肝硬変の治療を長年続けてきました。

頸椎症のため、手術で6本のチタンボルトが首に埋め込まれています。

一昨年、左腎臓から膀胱にかけて、がんが疑われ、尿管狭窄症と分かりおぺを受けましたが、今度は反対の右腎臓にがんが見つかり、今年4月右腎全摘出、同時に胆嚢摘出手術を受けました。

このことは再々書きました。何故?しつこく書き綴るのか?と、云われもしました。

私のような、つらい目にあって欲しくない。ただそれだけの理由です!

様々な障害に苦しんで来ましたから!

当て逃げした、交通事故の犯人に対して憎しみは一度も持ちませんでした。

ですが、めぐりめぐって!そして今、最後の悪性リンパ腫の治療にたどり着き治療に取り組んでいます。

正直言ってつらいです。

悪性リンパ腫の原因の一つに、C型肝炎の原因説も含まれていますから!

あの事故に遭わないでいたら?輸血さえしなかったら?

時々夢を見るのです。あれは“夢のなかのできごとではないかと?”

現実ですから、逃避は不可能です!前に進むだけです!

また、別のつらさがあります!私の体調です!

一回の投与に約8時間かかります。血液検査をして、様々な抗がん剤、そしてリツキサンをその日の体に合うように調剤をしてもらいます。

それまでが約2時間。それから、ベッドに横になり、6時間点滴を受け続けます。点滴は機械で調節され、異常があれば大きなブザーが音が鳴ります。

この間、普通の人は死を考えたり、ひどい不安に襲われたり、様々な苦痛を味わいます。なかには沈黙して、一切語らない人もいます。

しかし、私はこの体験をブログを通して、広くみなさんにお伝えします。

お伝えする使命感があります。

明日はあなたの身に起きるかも知れないのです。

もし、あなたが、私と同じがんに苦しんでいるならなおさらあなたの苦しみを分かち合いたいと思います。これは願い、祈りです!

必ず治る確信がありますから、どうぞ絶望しないでください。愛するご家族のもとに、笑顔でお戻りください。

これが私の祈りと治療であります。

兄弟姉妹の祈りを感じます。

みなさんに祈られていることで、力と生きる勇気が与えられます。

愛の力は奇跡を起こします。

主イエス・キリストの御名によりて。感謝とともに†我が身の体験報告です!

オショチ†

2009-10-24

この世は情けの貸し借り

“この世は情けの貸し借りと”と、申しますが実感していす。

私はこのところ、いろいろと助けられていますから、ことさら、この言葉が身に染みます。

助けられたり、たまには助けたり?

苦しい闘病生活も、励ましを受け、勇気づけられたりの毎日です。

拙句、オショチ句集より

「目の前の
一つ々を
越えて行く
生きる
力は
あなたから
合掌!」


話しは変わりますが、「患者が連携、政治動かす」

先だって、ある新聞記事に目が止まりました。

【微聞、積聞】
欧州ではがん患者会の活動が盛んで、より良い治療を求め、患者の声を政府などに届ける「アドボカシー活動」が活発に進められている。
欧州全体での患者会の連携も深まっており、医療政策に大きな影響力を持っているという内容でした。

英国を中心に患者会組織の支援に取り組む医療コンサルタントの ジーン・モスマンさんの話しです。


−アドボカシーとは−
重要な問題について発言するということ。子宮がんを例に挙げると、イギリスでは少し前まで地域により治療レベルが違っていた。

2009-08-22

天路歴程(34)我が道

望んだ訳でなし。

望まれた訳でもなし。

可もなく、不可もなく!

ただ、あるがままの現実を黙って見つめている我。

静かに流れて行く時に身を任せます。

諦観でもなく、さりとて気張りでもなく!

あるがままが、人生そのものだと、素直に納得できるから不思議です。

“病は人生の師”より

「†神よあなたのみ心のままに」

2009-08-15

天路歴程(32)病は我が師


皆様へ!この度も!病から得た教訓と、闘病生活のその心の内を少し記述いたしたいと思います。

その前に感謝と退院のご報告をさせて頂きます。

「今日午前中にお陰さまで無事に退院致しました」

半月の入院でしたが、今後、白血球低下に備え、腎臓、肝臓などの大切な臓器に気をつけます。

ご存知のように、時期外れのインフルエンザが世界的に流行り始めています!

日本人の死者も出ています!

悪性リンパ腫の治療では、抗がん剤を使いますから、どうしても白血球の低下は避けられません。

白血球は身体を様々なウィルスから守ってくれます。

詳しい説明は素人の余談になりますから省きますが、これから感染症にかかりやすい危険性があると、再三注意を受けました。

感染症は命取りになりますから慎重に行動します。

今月12、13日に抗がん剤投与を受けましたから、20日ごろから白血球が下がり始めるそうです。

一番リスクの高い時を迎える時ですから、外出はなるべく控えます。

18日、川村クリニックで松浦先生の診察を受けますが、悪性リンパ腫の治療経過の大事な血液検査を受け、もし異常が診られたら、白血球の注射をしていただきます。

2回目の抗がん剤投与は、東京慈恵医大病院血液内科の外来で、主治医の島田貴先生の診察で決まります。

今回の入院治療を含めて6回、リツキサンと、エンドキシン、オンコビンの抗がん剤に加えて、プレドニンの内服薬で治療が継続されます。

治療終了予定は期間は約126日間です。

今年のクリスマス頃に終わりそうです!

その間、出来るだけ危険を避ける努力をします。

今回、闘病生活から学んだ貴重な教訓を活かし、健全な身体で、最後のミッションに取り組みたいと願っています。



退院前夜でした。

外来診察が終わり、お忙しい身を押して、私を案じて来室して下さった主治医の松浦先生から言われた一言が!心の奥に響きました。

「神様のお仕事!助けを必要としている人々の身ですから、そのためにも、先ず自身が健康になってください!」

優しく言われた一言が心に強く響きました!

分かり切っているようで、しかし、体を労らないで来た私には、自戒の大切な一言になりました。

仰る通りです!と、後で自問自答しました!

今までも、働き過ぎを度々指摘されましたが、心の片隅で、「これで良いのだ!と言う、考えが隠れていたのでは?」、「利己的な、殉教心が私の中に潜んで居たのでは?」等、今回の入院で、過ぎ越して来た道を振り返りました!

今後の生き方を改めて考えて直しました。

神は「人をして語らしめる」と、言われますが、まさにズバリ指摘された通りです!

病に身委ねて神様との道行きも悪くはありませんが、出来る事なら健康的であるべきです!

病は私の師になりました。

生命の営みは一人では不可能です!

助け合い、譲り合い、愛し合う。

人は支え合いながら生命を生きて来ました。

損なわれた生命を支える医師、医療関係者の方々の言葉には、深い何かを感じます。

人を人として、与えられた生命をしっかり生きて欲しいと!願いに、真に打たれます。

生命の尊厳に関わる聖職です!

裏付けのない言葉に人を活かす力は存在しません。

私の使命はまだまだ尽きません。

病室に、感謝の言葉を残して退院しました!

病は師でした!

もう一人の私が先生に、助けを、訴えていたのかも知れないと?

2009-08-13

天路歴程(30)人生の峠道

戸田剛太郎先生へ!

先生その後お変わりございませんか。

どうぞお大事にお過ごしくださいますように。

さて、私は先月末、東京慈恵医大病院に入院して、今朝までに3回も地震に遭いました

14階の揺れは、かだがた!ゆらゆら!で変な気持ちでした

東海沖地震が来ないことを祈っています。

入院して2週間経ちました。

松浦先生と、島田貴先生の素早い診断と泌尿器科の木村高廣先生の左腎臓ステント処置のお陰さまで、腎臓に溜まった水分もかなり排尿されました。

体重が2キロから3キロ急激に増え、下腹部、左腎臓付近に酷い、痛みが出ましたが取れました
はじめは、肝臓内科のある新館1513室に松浦先生の判断で緊急入院、夕刻、6時過ぎに泌尿器科の木村高廣先生のステント挿入措置で助かりました!

昨日から、待ちに待った悪性リンパ腫の治療に入りました。

主治医は町島智人先生です。

リツキサンを約4時間掛けてやりましたが、お陰さまで、アレルギー反応もなく、安心しました。

今朝から オンコピン・ エンドキサンの抗がん剤の点滴が始まりました。

その間吐き気止めとか、プレドニン錠など内服薬併用です。

悪性リンパ腫の治療を受けながら、改めて思いました。

戸田剛太郎先生との巡り合わせで、とことん助けられたことを。

感謝の思いは尽きません。

今朝、血液内科の相羽恵介先生の回診がありました。

お陰さまで順調な回復の様子です!

土曜日には退院と決りました。

しばらく休めば、また教会の仕事、牧師に復帰出来ます。

と!言っても休みながらですが…

ところで、悪性リンパ腫の影響でしょうか?声変わりして、発声が大変です。

今回の治療、リツキサンが効けばまた、賛美歌が歌えます♪

説教も出来ます。

牧師の命とも言える、声を失うのは悲痛でしたから。

あれやこれやでしたが、今回の入院は私の険しい人生の峠道でした。

お陰さまで越えさせて頂きました!

先生はじめとして、ナース、薬剤師、栄養士、の皆様に助けられて、お掃除の方々にも励まして頂きました!

本当に皆様のおかげです。

今、抗がん剤の初回の投与が終わりました。

最後にお礼と、お詫びです。

新しく変えた携帯電話の不慣れで何度もメールが発信されましたが、あっ!と、思う間に勝手に発信されます?

docomoにクレームを付けましたが無しのつぶ手です!

余談になり失礼致しました。

さて退院後の注意は、白血球低下の危険性が高いそうですね。

感染症が一番怖いから風邪、季節外れの、インフルエンザに気をつけてくださいと、松浦先生、相羽先生方から、何度もご注意を頂きました。

とにかく初めての抗がん剤治療が終わりました。

リツキサンと相性が良い!こんな気持ちです。

いろいろ今までの診察、貴重なアドバイスありがとうございました。

感謝を込めて!

東京慈恵医大病院血液内科病棟にて

8月13日木曜日
愛川オショチ拝

2009-08-10

天路歴程(29)平凡が大切

東京タワー by Oshochi

入院して見ると、これまでの平凡な毎日の繰り返しが、何気ない生活が、その積み重ねが、健康が!如何に大切な事柄であるかが、痛切に感じられます。

また、生き物としての自分の弱さ、その反面、気付かないでいた強さ等…、いろいろ気付かされます。

人間である、自分の限界も透けて見えてきます。

何度も、入退院の繰り返しですから、せめて一つくらいは、何が人々に役立つものを身に付けて、完治して無事に退院したいと願っています。

土曜日は、病室から、斜め前方にそびえ立つ、東京タワーの綺麗なブルーのイルミネーションがとても綺麗です!

夜景に見惚れているうちに、おやすみなさいの時間が来ました。

これは余談ですが!病院で受ける診療科目、病気の内容にもよりますが、文字通り素っ裸になり、病と取り組む姿勢と言いますか?その覚悟も入院の準備に加える必要性がありそうです。

下着、着替え等。こまこました身の回り品に、病は自分でも治すと言う!気構えも、備品の一つに是非とも加えて頂きたい!

これは今回の入院で実感しました。

改めて、おやすみなさい。良い夢を見てください!

2009-08-04

天路歴程(26)「生きる」

昔見た、黒澤明監督の映画「生きる」のラストシーンが、瞼の裏に鮮明に焼き付いています。

名監督と名優、志村喬の出会いが生み出した映画史上に残る名作です。

映画のストーリーは、ある日、胃ガン宣告を受けた、地方公務員の住民担当課、課長が主人公ですが、志村喬の迫真の演技力は、真に、ガン患者の生きる苦悩、その不安と恐怖に苛まれる姿と深い孤独感を余すところなく描きだしました。

克明に丁寧にリアルタイムで描写されていました。

若くて健康に些(いささ)か自信がある時に見た映画と、現在自分の中で進行中のガン体験を重ね合わせて見ると、内容がガラリと変わり、その死に直面した、人間の深さ、人間の在るべき姿が、言葉ならぬ重みが、ずっしりと、現実味を帯びて、心の奥深くに突き刺さって来ました。

たとえガンでなくても、人間を襲う病原菌は地球上の至るところに、うようよいますし、生身の体にいつ病魔が襲い掛かるか、誰にも予測がつきません。

考えて見ると人間はいろいろな危険と、隣り合わせで毎日、生きているわけですから、驚く程のことは無いかも知れませんが?

しかし、突然!ある日あなたの余命は、いくばくもないと!医師に告げられて平気でいられるでしょうか?

まともな人間なら動揺し、心は千々乱れ、奈落の底に落ち込むと思います。

映画の主人公は、死の恐怖に怯えながら、「生きるための死からの脱出を必死に求めました」。

死ぬ事が避けられないと悟った時、地域住民の切なる願い、公園作りに立ち上がりました。

同じ役所でも、担当課が違えば全く意志の疎通しない壁にぶつかるのですが、死を目前にした、主人公の迫力ある決意の固さの前に縦割り行政の壁は突き破られました。

公園作りの行くてを阻むものは結果として、誰もいませんでした。

廃墟の跡に住民達の切なる願い、公園作りに奔走し、公園は立派に完成しました。

その完成した公園の新しいブランコに揺られ、静かに降る雪の中で、口ずさんだ、♪ゴンドラの歌、
命短し恋せよ乙女♪……
紅き唇失せ間に♪」
の歌に涙が流れました。

自ら作り上げた、公園のブランコに座り、雪の降りしきる深夜、一人静かに死んで行くラストシーン。

主人公の人生の終演の舞台になりましたが、病魔と苦闘しながら、使命を果たし、息絶えたその場所が!輝いている不思議な光景に見えました。

最近改めて見る機会があり、画面に釘付けにされました。

教会の結婚式の司式もやりましたが、「神の前で誓います。死が二人を別つまで、人、これを離すべからず!」

死は全てを消し去る、奪うと、考えられますが、

例え肉体は消えても霊魂は残ります。

優しさ、人のために尽くした愛が朽ちる事のない命の生の証なんですね。

主人公は死にましたが、自分の肉体を離れて、人々の心中に宿り形を変えて生き続けたのだと、この映画は人々に訴えているように、感じました。

わたしたちが生きるための、心の支えになる名作です!

機会がありましたら見て頂きたいと思います。

映画「生きる」より

2009-07-11

天路歴程(14)追憶

淡路島にて在りし日の従妹、邦子と娘、奈津子

2005年10月16日。

幼い頃から仲良しの従妹が、骨ガンで帰らぬ人になりました。

65歳でした。

思いがけない死でした。

神戸に住んでいました。

一男、一女をもうけ、幸せな日々を送っているとばかり考えていましたが、その時、
ガンが静かに体をむしばんでいたのです。

訃報を受けて、神戸に駆け付けました。

幼い頃から優しかった彼女は変わらぬ、そのままの姿で白い柩の中に横たわっていました。

穏やかな顔でした。

一度患い治癒したはずのガンが、かなり歳月が経ってから、骨に転移したという話しを聞きました。

日本人の中に、ガンが増えています。

思えば昔の、お米、野菜など中心の日本人の体に馴染んだ食生活が戦後、急速に変わりましたね。

欧米人の身体の構造とは異なる、食文化の在り方が今やっと見直されて来ました。

私はガンが奪った愛する従妹の死には、誤った食生活、農薬漬けの食材、環境破壊、様々な環境ストレス、環境破壊を作り出す悪循環を断ち切ることの無視できない因果関係を感じ取りました。

ひと一人の死に隠された原因は誠実に解明されてこそ、死者も遺族も浮かばれます。

強く訴えます。

悪質な人間の意図の犠牲は真っ平ゴメンです。

このままでは、地球からやがて絶滅するでしょう生き物、絶滅生物の一番目に人類を挙げるべき事態です。

利権にかんじからめの政治家たち、その指導者たち、産業中心の在り方は、やがてわたしたち、人類の滅亡を意味し、墓標が地球の目印になりかねません。

正しい人も、そうでない人間も同じ地球船に乗り合わせた以上、運命共同体です。

愛する愛娘のまだ生きられたはずの人生を奪われた年老いた母の悲嘆にくれる日々に、その死を理解納得していない叔母の心が悲しく切ないのです。

今、94歳になり家を離れて静かに天寿を全うしようとしている叔母に、私の出来る事は、天国で再会できる希望を直に伝えることです。

深いことは年老いた叔母には理解出来なくても、今日本人が危険に曝されている誤った生活を改めて検証し直す時期が到来したと従妹も訴えます。

最後に!
昨日、退院後の私を気遣い神戸からわざわざ見舞いに来てくれた従妹の娘、奈津子から、死因を初めて知らされました。

ガンが転移した事がわかった後、他の病院に転院することが辛くなり本人の意志で、そのまま闘病生活を続けた事が分かりました。

多分、覚悟を決めていたのかも知れません。

それとは知らぬ、年老いた叔母(当時90歳)の深い嘆きの姿を見ることは心底辛いでした。

生死は誰にでも一度は訪れます。

生き物の運命ですから受け容れざるを得ません。

しかし、昨日中井の玄関に立っていたのは、従妹とみまがうばかりの娘、奈津子は、紛れもなく従妹そのものの姿でした。

人の命は確かに受け継がれしっかり生き延びていくのですね!

今朝、懐かしい従妹の生前の声を聞きました。

「あんたは、あげん勉強嫌いの筈が?なして、建築家や牧師さんになれたとね?不思議でたまらんばい?」

答えました。

「神様から尻をひっぱたかれたけん、怠けんと真剣に嫌な勉強したとよ!」

「ふうーん、そうね!」

霊魂を研ぎ澄ますと、あの世、天国は身近にあります。

「子が親に先立つこつ、こげな不幸はなかばい!」と悲嘆にくれる叔母の姿を見兼ねて、慰めの言葉も見当たらず余計な言葉が口からすべり出ました。

「叔母さん長生きして辛かっ目にあったね。天国ではもう別れはなかとよ!」

従妹とそっくりの娘、奈津子と

2009-07-01

天路歴程(7)

使徒パウロとバニヤン、オショチから皆さまへ

いろいろ人生の苦難と闘われているお姿を思い、深い感動を覚えます。

いまが如何に苦難に満ちていても神は必ず逃れの道を備えてくださいます。

かく言う私も身体に刺をもつ一人です。

痛み、苦難、試練を経験、体験すると、人は優しさを身につけます。

苦労は無駄にはなりません。

この小さな積み重ねが大切だと思います。

悲しいかな、人間は健康体である時より、むしろ病んでいるときに本当の自分に巡り合う機会があります。

本音が出ます。

私はこの貴重な体験を、自分1人で抱え込まずに、同じ境遇に置かれいる立場の兄弟姉妹にお伝え出来たらと祈っています。

この梅雨の季節には、健康的な人でも体調を崩しがちだと聞きます。

梅雨の恵みが植物には欠かせませんが、わたしたちも、まずは自分の健康を1日でも早く取り戻し、愛する家族、人々のために出直したいと切望しています。

神様の恵みを頂きたいです。

ネット教会の皆様の上に神様の御祝福が豊かに注がれますように、そしてあなたの切なる願いが叶います様に祈ります。アーメン・ハレルヤ

雨にけぶるふるさとの家のキリスト像
by Oshochi

2009-06-20

がん予告から1年が経ちました

一年前に、多摩南部地域病院泌尿器科の北原聡史先生の診察で、右腎臓にガン?と、多発性リンパ腫の疑いがあり、余命1年と言われましたが、振り返ってみると、生き延びるためには有り難い診断でした。

予告を受けてから、肝臓内科の主治医松浦知和先生のアドバイスを受けて、慈恵医科大学付属第三病院の血液内科の島田貴(たかき)先生の診察結果、先生のアドバイスで、同大学病院、泌尿器科の池本庸先生から右腎臓と胆嚢の摘出手術を受けました。

4月13日でした。

ガンではなく?がんもどき?でした。

お陰様で順調に回復しています。

今日は感謝の気持ちをお伝えし、また、北原先生の1年目の診察を受けました。

エコー診断では残った左腎臓がしっかり働いていますと言われました。

更に一昨年北原先生から受けた、左尿管狭窄症のオペの経過も問題なしでした。

あと自己の健康管理についてアドバイスをいただきましたが、尿酸値が少し高いので食生活に気をつけるように言われました。

左腎臓が少し腫れていますが、尿管狭窄症の手術をしているので、この程度なら大丈夫です!とのことでした。

まだまだ暫くは教会の務めもできます!

主治医を、お願いている先生方に食生活、健康管理につきましては度々ご注意を受けていますので真剣に受け止めました。

神様の使命を果たすためにも大切な1日でした。

以上です。

最後になりましたが、皆様、お体お大事にお過ごしくださいますように!

祈りのうちに!
オシヨチ

2009-06-11

病とクリオンの子どもたち

「あなたへ
生きること
全てに
価値がある
諦めないで」

明るい気持ちになれば深刻な状況が一変することがあります。


気持ちの切り替えが簡単にいかない、苦しいときこそ、過去の楽しい想いでを繰り返し思い浮かべてください。

そのうち知らず知らずに、自己免疫力が上がります。

体温も上がります。

明るい前向きな気持ちが持てるきっかけ、楽しいこと。

静かに美しい音楽を聞くことも効果があります。

それから深刻な話は夜は避けて下さい。

朝、明るい日差しの中で語り合うことは、深刻にならず、免疫力を高める効果があります。

自分の体験からもお薦めいたします。

私の人生は怪我と病を切り放しては存在しなかった、これが事実です。

牧師の召命もハンセン病の孤島フィリピン・クリオン島の恵まれない子どもたちの支援も、病が与えてくれた結果でした。

18年間て1万人を越える子どもたちが識字教育を受けました。

フィリピン大学などに進み、今ではかなりの子どもたちが立派に成長しました。

子どもたちに託した国作りの夢は、少しずつ進んでいます。

この力の源は、足長おじさんおばさんのご協力を得たことから始まりました。

どうせ死ぬなら何かひとつくらい良いことをしたい!これがきっかけでした。

あれから20年経ち、今も生きています。

2009-06-09

『免疫革命』から

新潟大学大学院医学部教授の安保徹先生の著書に「ガンの自然退縮の特徴」という記事が目に付きました。

少し長い記事ですが、頑張ってメールに書き写して見ます。

実は去年、愛の樹の嘱託医の町田先生から、腎臓ガンのことを含めて診察して頂いた折り、先生ご自身が片腎臓だと話して下さいました。

その時ガン、腎臓の自然退縮のお話が出ました。

今後の自分の病状など、気持ちを整理して対応を考えました。安保先生のお話が、病友の皆様への一助になればと心から願います。

ガンの自然退縮のときに何がおこるかといいますと、ガンが死ぬときに、腫瘍マーカーが上がるんですね。
腫瘍マーカーはガン細胞の抱えている、膜とか細胞質の構成成分ですから、ガンが死ぬときに腫瘍マーカーが上がるときがあります。
ですから体調さえ良ければ、腫瘍マーカーが上がると、喜ぶくらいの感覚でないといけません。

あとCTなどで検査して、ガンのサイズが急に大きくなって、びっくりすることがあります。
このときはガンはガンの中が壊死して治っている、ということも、長崎の田嶋先生が症例を報告していらっしゃいます。
みかけが大きくなって、中が壊死する、繊維が強いときはそのまま空洞化して治るし、弱いときはそのあとで潰れるという形をとるんです。
だからあんまり、腫瘍マーカーがあがったり、ガンのサイズが大きくなったといって怯えて、せっかく体にいいことやって、さらに体調もいいのに、また体を痛める治療に引き込まれる人も多いです。
そこは注意をしたほうがいいですね。

あと京都研究所の福田先生は、転移したあとに、いい結果がでるという症例をいっぱいもっていらっしゃいます。
やはりリンパ球が働きだすと、原発層は悲鳴をあげて、ガンが散らばっていくんですね。
そして散らばつた後にすっと消えていく。
意外と、肺転移、肝転移、骨髄転移した後に消えていることがある。
転移をあまり気にすることはないですね。

あともうひとつ、治るときに通る、知っておかないといけないことがあります。
暖めて暖めて、あるところまでは、外から熱を加えて体温を上げているんですけれども、さらにすすむと自分の力で体温を上げる反応が起こりだす人が結構います。
それが、腫瘍熱とか房腫瘍症候群、と言われています。
実は、そのときにリンパ球が最高の働きを示すわけです。

ただそのときの発熱の注意というのは、熱は副好感神経優位の極限でおこるために、熱が出たときにとても、だるいんですね。
痛みも出ます。
そうなると体もだるく、痛みも出るとなると、また悪くなったんじゃないかと思って、やはりせっかく体にいいことを続けてきた人も、また慌てて抗がん剤に引き込まれる、という流れもあるので、発熱もプラスになるということを知っておく必要があると思いますね」…。
このお話は今回体験した、私の右腎臓ガンの体験からもうなずけます。

正常な腎臓の大きさは、にぎりこぶしくらいだそうですが、私の腎臓は重さが3倍、大きさは卵10個のパックを楕円形にしたくらいありました。

半分に割ると中は角砂糖の塊のようでかちかちでした。

悪性リンパ腫、またC型肝炎ウイルスのわるさも疑われましたが、とにかく不思議なことに他の臓器の転移もなく、また骨髄転移もありませんでした。

右腎臓に悪性リンパ腫がかたまりそこでガンが最後をとげたのではないか?と自分なりに考えたりもしました。

今日の血液検査でも腫瘍マーカーは出ませんでしたが、悪性リンパ腫?でもなく?ガンでもなく、まだ 炎症のはっきりした原因が掴めない状態です。

医学会に何か新しい情報が提供出来たら今回の苦しい、痛い体験も意味があったのでは?と、考えたりしました。

以上です。

2009-05-12

今日の診察結果のご報告です

泌尿器科の池本先生が、腹の傷跡を診て安心された!

同じ年齢の人と比較して回復ぶりにびっくり!

痛みは、回復過程で当たり前のこと。

もっと痛い人もいるそうです(ナースの話)。

特に心配なし

痛み止めはイブで十分、薬の処方もありませんでした!

島田貴先生の診断は、 “偽悪性リンパ腫”で、“炎症”とのこと。

これからは、月1度の外来で経過を見ます!

今後、気を付けることは、
1.過食
2.運動不足
3.オショチは動き過ぎる傾向があるので、セーブして下さい!
4.3か月は腸閉塞の危険があるから、夏場の水分補給等、気を付けて下さい!
食欲も回復しました。痛みは半減しました

今、オペをした右脇腹に少し残った腫れの痛みがあることで、片腎臓の負担を意識させて、動き過ぎる悪い癖を、無意識にコントロールする!

痛みには大事な役目がありました。

島田貴先生は、以前の健康時の意識のままだと危険だから、「半年は、要注意」と言われました。

十分気を付けてやります!

2009-05-11

57羽の千羽鶴

病友Kさんから千羽鶴が届きました。

未知の病友でした。

短冊を見ると、
平成二十一年四月二十七日召天 享年六十二歳
と書かれてありました。
二月に肺癌告知を受け、入院となる。病床中、同じく闘病しているオショチの回復を願い、「力が入らず震える手で申し訳ないが」と、折鶴を折り、届けて下さる。白寿の母を介護中の急逝となった。
一昨夜、中井のマリア様のみ手に、57羽の千羽鶴を白い糸で結びました。

「安らかに天国で永遠の眠りについて下さい!」と、心から祈りを捧げました。

暖かく、辛いお祈りでした。



わたしの知らないお方が、わたしの知らない時、密かに、自ら苦しい肺癌告知の後、苦しい闘病生活の中で、見知らぬ病友のために折り鶴を…

ベットの上で一人静かに、震える手で一羽一羽を、57羽まで折り続けて下さり、帰らぬお人になられた!

溢れくる涙を流れるにまかせ、 一夜を過ごしました。

静謐な愛がある!

愛の底知れぬ深さに、わたしはすべての言葉を失いました。

唯一言!「貴方は誠に人生の勇者でした!」の言葉をもって、慎んで弔辞と、させて頂きます!

2009年5月11日
アーメン!ハレルヤ
オショチ合掌


57羽の千羽鶴

2009-05-10

老、病、死

老いてゆく苦痛を、誰かが書きました。
青年よ
君たちには、分かるまい!老いてゆく者の苦痛が!


病に苦しむ友に
「あなたの重荷をわたしに預けなさい!あなたの重荷をわたしも負う!」
「老、病、死」から、逃れられない人間の定めから宗教が生まれました!

何教であれ!現実的な人間の苦しみを根本的に解決出来なければ?存在価値が疑われます!

拙著「オショチ句集」は死を予感した、遺書です!

これを書き上げてから、4月13日に慈恵会医科大学付属第三病院の泌尿器科・池本先生のオペに臨みました。決心が要りました!

オショチ句集