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2010-01-06

病友からのメール

新年おめでとうございます。
お体いかがですか?
毎日寒くて大変ですが、診療も体力消耗しますね。
私も診察うけなければならないのですが、先のばしに変更です。
主人が再来週、大腸がんの手術で、我が家はも含めて、みんながんにかかってしまいました。
どうかこの冬を乗り切って、頑張ってください。

年明け早々大変ですね。
ご主人、大腸がんですか?私の知人2人も昨年大腸癌のオペを受けましたが、現在は元気です。

早ければ大丈夫だと聞きましたが。
森永さんも検診を受けられると安心します。
ワンちゃんの癌も大変ですね!良くなる事を祈ります†


私の悪性リンパ腫の抗がん剤治療は 明日朝から東京慈恵医大で6回目の投与を受けます。
なかなか抗がん剤治療は後が辛いですね!

今回で終わればよいのですが?
くれぐれもご自愛ください。
また、メールします
私の悪性リンパ腫の闘病日記はホームページに書き続けています。
お大事になさって下さい。とりあえずの新年のご挨拶と近況のお知らせです。
愛の樹教会
愛川オショチ†

2009-10-02

リツキサンとは(4)

「リツキサン(一般名リツキシマブ)」
監修:増田道彦先生(東京女子医科大学血液内科講師)、文:平出 浩氏
癌サポート情報センター薬剤患者のためのがんの薬事典(2005年02月号)からの抜粋つづきです。

リツキサンとは

リツキサンは、遺伝子組換え技術によって作られた「抗体医薬品」です。
抗体とは本来、体内に進入した異物と結合して、その異物を無毒化する役割をもっており、体の中で自然に造られるものです。
一方リツキサンは、がん化したB細胞の表面にある「CD20」というタンパク質に結合するよう造られた人工的な抗体です。
世界初の治療用抗体であり、1997年に米国で承認された後、現在では世界中の約80カ国で使用されています。
その作用は、がん化したB細胞を直接攻撃すると共に、体が本来もっている免疫系を応援することも解かっています。

リツキサンの「効能・効果」「用法・用量」および「使用上の注意(抜粋)」は、表に示すとおりです。
数時間の点滴を週に1回行うだけですから、通院 治療も可能です。
国内では2001年の9月から販売が開始され、当初は低悪性度のB細胞性非ホジキンリンパ腫に用いられました。
低悪性度のリンパ腫は進行が遅い反面、従来の抗がん剤では効果があまり得られていませんでした。
ところがリツキサンならば、既存治療にて再発・再燃したものにも効果が期待できたのです。

国内の第2相臨床試験では、ろ胞性または低悪性度のB細胞性非ホジキンリンパ腫に対して、リツキサン単独投与が61パーセントの奏効率(部分的な寛解以上が得られた患者割合)を示し、その効果は1年近く続いたと報告されています。
また、従来の抗がん剤と併用しても副作用が強まることはなく、相乗効果 が望めるとされています。

リツキサンの概要(医薬品添付文書より抜粋)

効果・効能
CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫

用法・用量
通常成人には、1回量375mg/m2を1週間間隔で点滴静注する。1回に治療コースの中で最大投与回数は8回とする。

使用上の注意
本剤に頻発する投与時反応(発熱、悪寒、頭痛等)を軽減させるために、投与30分前に抗ヒスタミン薬、解熱鎮痛薬などの前投与を行うこと。

2009-08-04

天路歴程(26)「生きる」

昔見た、黒澤明監督の映画「生きる」のラストシーンが、瞼の裏に鮮明に焼き付いています。

名監督と名優、志村喬の出会いが生み出した映画史上に残る名作です。

映画のストーリーは、ある日、胃ガン宣告を受けた、地方公務員の住民担当課、課長が主人公ですが、志村喬の迫真の演技力は、真に、ガン患者の生きる苦悩、その不安と恐怖に苛まれる姿と深い孤独感を余すところなく描きだしました。

克明に丁寧にリアルタイムで描写されていました。

若くて健康に些(いささ)か自信がある時に見た映画と、現在自分の中で進行中のガン体験を重ね合わせて見ると、内容がガラリと変わり、その死に直面した、人間の深さ、人間の在るべき姿が、言葉ならぬ重みが、ずっしりと、現実味を帯びて、心の奥深くに突き刺さって来ました。

たとえガンでなくても、人間を襲う病原菌は地球上の至るところに、うようよいますし、生身の体にいつ病魔が襲い掛かるか、誰にも予測がつきません。

考えて見ると人間はいろいろな危険と、隣り合わせで毎日、生きているわけですから、驚く程のことは無いかも知れませんが?

しかし、突然!ある日あなたの余命は、いくばくもないと!医師に告げられて平気でいられるでしょうか?

まともな人間なら動揺し、心は千々乱れ、奈落の底に落ち込むと思います。

映画の主人公は、死の恐怖に怯えながら、「生きるための死からの脱出を必死に求めました」。

死ぬ事が避けられないと悟った時、地域住民の切なる願い、公園作りに立ち上がりました。

同じ役所でも、担当課が違えば全く意志の疎通しない壁にぶつかるのですが、死を目前にした、主人公の迫力ある決意の固さの前に縦割り行政の壁は突き破られました。

公園作りの行くてを阻むものは結果として、誰もいませんでした。

廃墟の跡に住民達の切なる願い、公園作りに奔走し、公園は立派に完成しました。

その完成した公園の新しいブランコに揺られ、静かに降る雪の中で、口ずさんだ、♪ゴンドラの歌、
命短し恋せよ乙女♪……
紅き唇失せ間に♪」
の歌に涙が流れました。

自ら作り上げた、公園のブランコに座り、雪の降りしきる深夜、一人静かに死んで行くラストシーン。

主人公の人生の終演の舞台になりましたが、病魔と苦闘しながら、使命を果たし、息絶えたその場所が!輝いている不思議な光景に見えました。

最近改めて見る機会があり、画面に釘付けにされました。

教会の結婚式の司式もやりましたが、「神の前で誓います。死が二人を別つまで、人、これを離すべからず!」

死は全てを消し去る、奪うと、考えられますが、

例え肉体は消えても霊魂は残ります。

優しさ、人のために尽くした愛が朽ちる事のない命の生の証なんですね。

主人公は死にましたが、自分の肉体を離れて、人々の心中に宿り形を変えて生き続けたのだと、この映画は人々に訴えているように、感じました。

わたしたちが生きるための、心の支えになる名作です!

機会がありましたら見て頂きたいと思います。

映画「生きる」より

2009-06-11

肝臓兄弟と希望

いつもかかりつけのクリニックで、病友のYさんご夫妻に会いました。

話題は病状のことですが、気心が知れて、家庭の話、過去の元気な時代の話など多彩です。

私より6歳年上のお方ですが、弱音を吐いたことがありませんでした。

が、珍しく今、受けている抗がん剤の治療の辛さを聞きました。

市民病院に入院して一週間、毎日、抗がん剤を器械で自動的に適量点滴するそうです。

始めて2日目に40度の高熱が出て、がたがた震えたそうです。

また近々入院して、抗がん剤の治療を受けるのに、ためらいがありました。

そんなに辛いなら止めたら?と、話かけましたら、今度同じことが起きたら止めたいと呟いていました。

私の病状を聞かれました。

もし自分なら、多分抗がん剤治療は受けないで、なりゆきにまかせると答えました。

遺書も書き、献体手続きも済ませた身軽な立場ですから、こんな話が出来たのかもしれませんが…

私は、肉体は一時のこの世に生きるための借り衣だと考えるようになりました。

やがて帰り行く天国を想います。

ですから生かされている間は、喜びも悲しみも同じくらい大切だと思います。

入院中の辛かったとき、クリオン島の子どもたちのつぶらな瞳が目に浮かび、心の支えになりました。

愛の樹の家族です。

希望です!

2009-06-09

『免疫革命』から

新潟大学大学院医学部教授の安保徹先生の著書に「ガンの自然退縮の特徴」という記事が目に付きました。

少し長い記事ですが、頑張ってメールに書き写して見ます。

実は去年、愛の樹の嘱託医の町田先生から、腎臓ガンのことを含めて診察して頂いた折り、先生ご自身が片腎臓だと話して下さいました。

その時ガン、腎臓の自然退縮のお話が出ました。

今後の自分の病状など、気持ちを整理して対応を考えました。安保先生のお話が、病友の皆様への一助になればと心から願います。

ガンの自然退縮のときに何がおこるかといいますと、ガンが死ぬときに、腫瘍マーカーが上がるんですね。
腫瘍マーカーはガン細胞の抱えている、膜とか細胞質の構成成分ですから、ガンが死ぬときに腫瘍マーカーが上がるときがあります。
ですから体調さえ良ければ、腫瘍マーカーが上がると、喜ぶくらいの感覚でないといけません。

あとCTなどで検査して、ガンのサイズが急に大きくなって、びっくりすることがあります。
このときはガンはガンの中が壊死して治っている、ということも、長崎の田嶋先生が症例を報告していらっしゃいます。
みかけが大きくなって、中が壊死する、繊維が強いときはそのまま空洞化して治るし、弱いときはそのあとで潰れるという形をとるんです。
だからあんまり、腫瘍マーカーがあがったり、ガンのサイズが大きくなったといって怯えて、せっかく体にいいことやって、さらに体調もいいのに、また体を痛める治療に引き込まれる人も多いです。
そこは注意をしたほうがいいですね。

あと京都研究所の福田先生は、転移したあとに、いい結果がでるという症例をいっぱいもっていらっしゃいます。
やはりリンパ球が働きだすと、原発層は悲鳴をあげて、ガンが散らばっていくんですね。
そして散らばつた後にすっと消えていく。
意外と、肺転移、肝転移、骨髄転移した後に消えていることがある。
転移をあまり気にすることはないですね。

あともうひとつ、治るときに通る、知っておかないといけないことがあります。
暖めて暖めて、あるところまでは、外から熱を加えて体温を上げているんですけれども、さらにすすむと自分の力で体温を上げる反応が起こりだす人が結構います。
それが、腫瘍熱とか房腫瘍症候群、と言われています。
実は、そのときにリンパ球が最高の働きを示すわけです。

ただそのときの発熱の注意というのは、熱は副好感神経優位の極限でおこるために、熱が出たときにとても、だるいんですね。
痛みも出ます。
そうなると体もだるく、痛みも出るとなると、また悪くなったんじゃないかと思って、やはりせっかく体にいいことを続けてきた人も、また慌てて抗がん剤に引き込まれる、という流れもあるので、発熱もプラスになるということを知っておく必要があると思いますね」…。
このお話は今回体験した、私の右腎臓ガンの体験からもうなずけます。

正常な腎臓の大きさは、にぎりこぶしくらいだそうですが、私の腎臓は重さが3倍、大きさは卵10個のパックを楕円形にしたくらいありました。

半分に割ると中は角砂糖の塊のようでかちかちでした。

悪性リンパ腫、またC型肝炎ウイルスのわるさも疑われましたが、とにかく不思議なことに他の臓器の転移もなく、また骨髄転移もありませんでした。

右腎臓に悪性リンパ腫がかたまりそこでガンが最後をとげたのではないか?と自分なりに考えたりもしました。

今日の血液検査でも腫瘍マーカーは出ませんでしたが、悪性リンパ腫?でもなく?ガンでもなく、まだ 炎症のはっきりした原因が掴めない状態です。

医学会に何か新しい情報が提供出来たら今回の苦しい、痛い体験も意味があったのでは?と、考えたりしました。

以上です。

2009-06-02

生きています!

おはようございます。

今朝は久しぶりの好天に恵まれ、体が少し楽になりました。
お天気は体にいろいろ影響します。

明るい場所で自分の体を見ると、ガンダーラのお釈迦様か?†字架のイエス様のようにあばら骨が浮き出してきます。

去年の6月に癌宣告を受けて丁度1年経ちました。

その間に体重が10キロ落ちました。

毎日痩せこけていく体を眺めながら、余命を指折り数えていた自分が、今は嘘のようです。

何か夢を見ていた心地がします。

生きていることは素晴らしいことです。

生かされています!光が眩しく!初夏の若葉が新鮮です!感謝です!

2009-05-13

嬉しい誤算 その1

昨日、血液内科の主治医・島田貴先生にお聞きして病友KSさん(59歳・男性)のお見舞いが出来ました。

手土産は、あんパンです。

彼の好物ですから。

緊急入院した、3月末、彼のベットの隣に入り、親しく、いろいろなお話が出来ました。

忘れ難い病友です。

あの辛い白血病の治療に黙々と耐えておられる姿に打たれました。

一度、白血球をすべて取り除き、悪い物(癌)を抜いてから、新しい白血球をまた体内に送り込む、この治療を4回繰り返す、と聞きました。

ベットをビニールシートで被せ、マスクをした姿を見ました。

言葉に表現仕切れない痛みが続き、時折見せる、表情から苦しみが伝わって来るのでした。

端正な顔立ちの紳士。

もし、突然の病に体が侵されなければ、颯爽と仕事に励まれて、社会人として、また、ご家庭でも、幸せに暮らして当然だと、わたしは考えたりしていました!

ある日、予期せぬ事故や病、さまざまな災難に人間は襲われます。

決して他人ごとではありません!

明日は我が身に起きて何の不思議もありません。

彼がある時、呟(つぶや)きました。
6月が越せたら生きられます!駄目かも知れませんが?

しかし最後の最後まで諦めないで、頑張ります!
昨日、恐る恐る彼のベットを覗いた時、意外な姿を見せてくれました。

事前にわたしの見舞いを、主治医の島田貴先生から聞かれていたせいかも知れませんが?

久しぶりに暖かい笑顔で迎えてくれました。

窓から差し込む初夏の光が柔らかく彼のベットを包みこんで、癒しの気配と希望を感じさせてくれました。
4月14日でしたか?
術後のわたしの身を案じて下さり、奥さんが、8階の血液内科の入院病棟から、5階の泌尿器科の病棟までお見舞いに来て下さいました。

57羽の折鶴のお方!
KSさんご家族!

痛みを分かち合う、病友に励まされ 追い込まれた苦しみの中で心が救われる思いでした。


2009-05-11

おーい!死ぬなよー!

1)おーい!死ぬなよー!

2)皆んなしぶとく生きようぜ!
   生きる権利を奪う奴は許さねぇー

3)癌だって、何だって、
  生きる権利を奪う奴は許さねぇー!

4)癌よ!お前に愛する家族はいるのかい?

5)お前も家族持ちなら家族の幸せ奪うなよ!
  奪う奴は許さねぇー!

6)皆んな幸せに生きる権利があるんだぜ。
  奪う奴は例え神でも許さねぇー!

オショチ

57羽の千羽鶴

病友Kさんから千羽鶴が届きました。

未知の病友でした。

短冊を見ると、
平成二十一年四月二十七日召天 享年六十二歳
と書かれてありました。
二月に肺癌告知を受け、入院となる。病床中、同じく闘病しているオショチの回復を願い、「力が入らず震える手で申し訳ないが」と、折鶴を折り、届けて下さる。白寿の母を介護中の急逝となった。
一昨夜、中井のマリア様のみ手に、57羽の千羽鶴を白い糸で結びました。

「安らかに天国で永遠の眠りについて下さい!」と、心から祈りを捧げました。

暖かく、辛いお祈りでした。



わたしの知らないお方が、わたしの知らない時、密かに、自ら苦しい肺癌告知の後、苦しい闘病生活の中で、見知らぬ病友のために折り鶴を…

ベットの上で一人静かに、震える手で一羽一羽を、57羽まで折り続けて下さり、帰らぬお人になられた!

溢れくる涙を流れるにまかせ、 一夜を過ごしました。

静謐な愛がある!

愛の底知れぬ深さに、わたしはすべての言葉を失いました。

唯一言!「貴方は誠に人生の勇者でした!」の言葉をもって、慎んで弔辞と、させて頂きます!

2009年5月11日
アーメン!ハレルヤ
オショチ合掌


57羽の千羽鶴