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2009-11-20

オショチの治療をオープンにするわけ

【呼び掛け】

患者さんだけではなく、多くの人々(医療機関を含む)のプラスになると考えます。

患者の声を苦しみを、ネットで伝える必要性は大切だと思います。

できるだけ詳しく今後も伝えます。何度か書きましたが、病は普遍的な(人間の大切な共通問題)ですから。

出来たら、いろいろな患者さんの体験談を(匿名で結構です)ホームページを通じて投稿して欲しいと願っています。

貴重なご意見を頂けるとありがたいです。密かに勇気づけられ、絶望を希望に変える力が与えられると信じます。

闘病生活は厳しく、孤独な闘いになりがちです。
しかし、励ましあい、助け合う友がいたら、苦しみを共有出来たら!と、つい、考えてしまいます。

この投稿は「愛の樹」グループ愛の会のホームページにも掲載します

2009-11-19

病を悪化させない気持ちの持ち方

by Oshochi

心ならずもかかってしまった病は、それはそれとして、患者の私の率直な気持ちは、「これ以上悪化させない!」の一言に尽きます。

たとえば、私の場合、重症化しやすい感染症対策には、自分自身心掛けて、先手を打つ必要性を痛感しています。

たいしたことはできませんが、まず、主治医の先生の治療と予防対策のアドバイスに、素直に従うところから、始まりです。

自分自身の病で、周りにずいぶんご迷惑を掛けますから。

病に責任を感じます。

国民健康保険料の支払い(国や地方自治体の支払い負担額)など、通知書を手にするたびに、改めて、自己責任、自己健康管理の取り組み方に深い反省がきます。

そこで考えるのです。

自分自身に出来ることから何かを積極的に始めたいと…

これ以上、病を悪化させないことのための生活の根本的な在り方を。

毎日毎回の、生活リズムの大切さ、心の持ち方に、慎重さが生まれて来たように感じます。

病から学ぶ事がたくさんあります。

話しは変わりますが、私の健康バロメーターは自筆の「ここに命ありき」 です。

昔、大変苦しい時に、再び立ち上がり、生き抜く決意を込めて書きました。

口の悪い弟子が、 “ありき”は過去形でしょう?

何故“ここに命あり”と、書かないのか?と問いかけて来ましたが、返事はしませんでした。

毎日、古びた額に入れた、下手な字句を片目で、眺めます。

左右交互にです。

体調が良い時は、綺麗に並んで見えますが、左目がいびつに見える時は、肝臓の調子が良くないとか?反対に右目が良く見える時は、腎臓、膀胱の調子が良いとか?

医学的、根拠はありませんが、体調の目安にしています。

健康を失って、はじめて健康の有り難さが痛感出来る、今日、この頃です。今日 も雨模様です。

静かに考える良い日になりました。

人生に喜怒哀楽は、付き物ですが、素晴らしいです!。

感謝のうちに!
在主平安†
オショチ

2009-06-07

平凡な普通の一日でした

久しぶりにのんびりしました。

平凡な普通の一日は、とても有り難いのです。

緊張ばかりしていると、せっかく与えられた寿命を縮めますから。

教会の聖日礼拝が終わり、シオン診療所の町田先生から腰痛の治療を受けました。

鍼灸です。

先生に質問しました。

「先生は患者さんが持ち込むストレスの解消をどのようにされておられますか?」

先生の答えはシンプルでした。

「農作業!」

シオン診療所の裏には自然そのものの畑がありました。

雑草と仲良く同居しています。

先生ご夫妻の愛情の籠った野菜たちが育っていました。

無農薬の自家栽培の野菜を育てる畑が先生ご夫妻の元気の元かな?と、感じました。

今まで畑の土の中にいた、野菜や自生のミカンなどを治療の帰りにいただきます。

村人の健康管理、病気を癒す、先生の力の源泉は土なんですね!

庭の鳥小屋に2羽の烏骨鶏が、のんびり餌をついばんでいました。

畑の中に建つ診療所は、木陰と爽やかな風の通り道です。

北海道、富良野を舞台にした「風のガーデン」を思い出しました。

肉体の癒しも大事ですが、心の癒しも大切です。

わたしたちの夢は中井の教会の周りに「風のガーデン」「トトロの森」を作りたいと願っています。

素晴らしい環境を是非実現したいのです!

2009-05-13

市民病院つづき

ー 肝硬変歴ー

指摘されて約36年余、現在はC型肝炎ウィルスが、肝臓その他の臓器に転移した、兆候は幸いありません。

戸田先生が東大の医学部におられた時から、慈恵医大の教授に、さらに、せんぽ東京高輪病院長(4月定年退職され、現在名誉院長)の期間にも松浦先生の薦めを含めて診察を受けて来ました。

その間に培った先生たちとの厚い信頼関係は、揺るぎ無い物と感じました!

病気を克服する希望は、『寛解⇔臨床医学的に問題ない』所までたどり着くことですが、なかなかそう上手くは行きません。

しかし最後まで希望は捨てません。

話が脱線気味ですが、患者のいない治療は有り得ないし、医師のいない治療は不可能ですね

物事を簡単に整理して見ると理解しやすいので、わたし流の考え方を取り入れました。

そこで表題の『市民病院』の話になるのですが、市民病院は文字通り市民が参加して医師の先生方、看護師、薬剤師、理学療法士など専門の先生たちとの共同事業が、より良い病院を創り出すのだと感じます!

立場を変えて見れば患者が医師を育てる?

偉い先生方に叱られそうですが?

これは否定出来ない事実です。

人格医術に優れた医師、看護師の方々が増え働き甲斐のある病院創りは夢でしょうか?


市民病院

最近、地方自治体の経営する病院の閉鎖などショッキングなニュースがマスコミを通じて報道されます!

一体何が起きているのか?

その内容は、一般市民には分かりにくいことだらけです?

患者さんは元より、安心して生活が出来ない市民、あまりにも複雑で、政治がらみで、健康を害した時のことを考えると、不安が募るばかりです。

一方で医師や看護師たちの過酷な労働が根底に根深くある。

何か、医師、看護師、医療従事者が人間離れした、スーパーマン、スーパーウーマンのように錯覚しているのでは?と考えさせられます。

もし先生たちが心身を損ない、過労で次々に倒れたらどうなるでしょう。

医療制度の度重なる変革、医療行政の威圧的な現場の指導?何か変です!

今朝、同じ肝硬変の病友と待ち合い室で短い会話を持ちました。

話題は当然、自分の病のことです。

一番乗りして、50分待ち、診察は一分間、話半分にしても、如何にしたら納得出来る、説明と治療が受けられるか?

彼の言い分に耳を傾けましたが、無論聞くだけのことでした。
わたしの身内にも昔、医師がいましたが、過労が原因か?病に侵され、帰らぬ人になりました。

田舎の親族から聞きました。

口の悪い人は、
あん人は偽医者じゃけん、罰が当たりよつた。
ひどすぎます。