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2009-07-13

天路歴程(15)


昨日の東京都議会議員選挙で、自公両党の政策に都民が突き付けた審判には、胸の奥底のつかえが取れたと感じた人々が 多くいたのではないでしょうか?

古い手法や利権がらみの政策、既成の価値観への人々の意識の変化に対応出来ない政治に、人々→都民、国民がはっきりノーを突き付けたのです。

明快な回答でした。

いい加減なその場しのぎが通用すると、与党の連中が考えていたなら、選挙民を愚弄する馬鹿げた話です。

こんな連中に、この国の大事な政治が未来が任せられるでしょうか?

このままではとんでもない国に成り下がってしまいます。

官僚と政治家のはっきりした、役割、使命感、区別が、今一つ、スッキリしません。

もやもやした感じです。

かび臭い、古びた手法は既に機能性を喪失しています。

狭い組織、視野の狭い考え方を変えない限り、凄い勢いで変革しつつある、新しい世界に取り残されてしまいます。

この国の大事な役割は、改めて、環境破壊を食い止める手段、平和、富の偏らない公正な配分、そのための生きた経済政策などなどです。

自分たちで真剣に考えた、世界に通用する、普遍的なマニフェストを発信すべきです。

平和に役立つ文化政策も含めて、世界に提案をすべきです。

近づく衆議院議員総選挙に世界の目が集まっています。

尊敬される国作りを目指すべきです。

平和で、世界中の国々に、武力等必要としない国の姿を、示す責任があります。

世界中で初めての被爆国の大事な使命、役割です。

64年前の8月9日の長崎原爆投下のあの悲惨な光景を忘れた政策、政治は、亡くなられた人々の犠牲を冒涜するに等しい筈です。

近づく、衆議院議員総選挙の中に是非とも加えて欲しい政策に、平和国家の在り方を、政権担当する政治家に求めます!

2009-07-09

天路歴程(12)

人間の生命の存在は、広大無辺の宇宙から見たら星たちの一瞬のまばたきに過ぎないかも知れません。

肉体の死は一過性。

人間の霊魂は永遠不滅。

魂の故郷は天に在る、とわたしたちキリスト教徒は、このように受け止めています。

イエスは弟子たちに語りました。

心を騒がせるな。神を信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。

行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。
こうして、わたしのいる所にあなたがたもいることになる。


わたしがどこへ行くのか、その道はあなたがたは知っている。
ヨハネ14:1~4)

死の恐怖に打ち勝ち、死の陰の谷を越えた信徒たち、私の胸を深く打ちます。

永遠の生命の故郷を目指す天路歴程者に死の恐れはありません。

長崎26聖人像

かの長崎は、我が国にキリストの教えがのべつたえられた聖地です。

26聖人の殉教の地です。

あの殉教者たちの表情は、天国に帰り行く深い喜びと平安に包まれています。

死を恐れぬ姿に、イエスの約束のみ言葉が甦って来ます。

長崎の殉教の史実は、苛酷な宗教弾圧に怯まなかった信徒たちの結束と信仰の奥深さ、信仰の揺るぎなの実証です。

いくら政治権力で弾圧しても真理に根ざした人々の心まで支配出来ないことを、彼らは死を賭して実証しました。

私のおぼつかない右手で、一字一句を打ち込む度に天国を目指した人々の心情に想いを馳せます。

不思議なことに、死を目の前にした時、心に平安と生きる力が来ます。

わたしたちの信仰は世の救い主が自分の中に人としての生き方、行いに確信を与えてくださる事が大きな喜び励みになります。

神の恵みを余すところなく頂き与えられた人生を心豊かにまっとうしたいと願う毎日です。

2009-06-11

死を恐れない信仰(1)

国籍を天に持つ、と信じた信徒には、ローマの皇帝ヘロデさえ驚きました。

内心、恐怖心を覚えたはずです。

我が国でも長崎の26殉教者、聖人の中には、幼い少年まで含まれていました。

さすがに見かねた死刑立ち合いの役人が、少年に死刑になることをやめて欲しいと懇願したと言い伝えられています。

幼い少年の、死を恐れぬ態度に戸惑いを隠せなかった役人たちの驚きの声が聞こえてくるようです。

あのダビデ大王でさえ、迫りくる身の危険死を恐れました。

「主よ、立ち帰りわたしの魂を助け出してください。あなたの慈しみにふさわしくわたしを救ってください」

死の国へ行けば、誰もあなたの名を唱えず陰府(よみ)
に入ればだれもあなたに感謝をささげません」(詩編6:5-6)

神に向かってずいぶんはっきりしたもの言いです。


まだこの時代にはヤーウエの神は恐ろしく厳しい裁きの神のようでし
た。

しかし、このダビデの末裔から神の御子キリストが出現しました。

ダビデとの血縁関係はありませんでしたが、神の予言による誕生でした。

このキリストの出現により、死の恐怖を越える力がキリストを信じる
者たちに宿り、支えになりました。

死を恐れない者はいない時代に、信じるお方に全身全霊を捧げて、殉教をものともしなかった人々は何故?信じる力信仰心がこれほど強いのか?

当時のイスラエルの司祭たち、またイスラエルを支配した強国ローマ帝国の支配者たちには理解不能、脅威でした。

聖パウロ(以下パウロと呼びます)の伝道活動は広範囲でした。
(つづく)

聖パウロ像

来月中半ごろ、中井の教会に背丈115センチの聖パウロの像が来ます。

長崎の中田ザビエル工房にお願いしました。

一昨年夏、キリストの聖像が中庭に建ちました。

去年秋には聖母マリア像が礼拝室に安置されました。
今年の夏には聖パウロ像が二階の廊下の突き当たりに安置されます。

中田ザビエル工房の中田三穂さんのお話では、「長崎のカトリック教会では聖パウロを記念して去年の6月29日から今年の6月28日までの一年間を聖パウロ年として設定し、聖パウロの福音宣教の情熱、勇気、神への愛を認識させられた次第です」との連絡を受取りました。

神の使命を全うした聖パウロはすごいですね。

長い歴史の中で活き活きと語り継がれます。

人間の心の奥底に共鳴、共感する篤い命に触れるんですね。

清らかな存在、人々の魂に安らぎと勇気、優しさを与え続ける聖なる存在に人々の心は惹き付けられます。

ネット教会の使命を深く噛み締めています。

暗い世の灯を消さないで
守り続けたい気持ちが強くあります。

使命だと受け止めています。

人生苦にあえいぎながら、希望を捨てず頑張っておられる兄弟姉妹の方々に少しでも、生きる希望を分かち合えたらと願い祈ります。