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2009-05-23

霊と魂の違い

古代ギリシャでは人間の肉体と魂は別々の存在と考えられていました。

肉体と魂の二元論です。

(魂⇔精神、感情、心)

何だか別々に考えると、人間が“部品”のようで馴染めません。

さて話はユダヤに移ります。

ユダヤに現れたナザレ村(貧しい村)の大工の息子イエスが、キリストと呼ばれるまで、母マリアと父親のヨゼフと家業の大工の仕事に励んでおられた様子が伺えます。

また、旧約聖書を開くと当時の生活様式が克明に書かれています。

ユダヤの人々に敬愛されて来た族長アブラハムその子イサク、時代が下がって予言者モーゼまでの聖書の記述は神の霊との交信の記録です。

訃報


先程、血液内科の主治医 島田貴先生から親しかった病友KS兄の訃報が届きました。

正直、驚き、言葉にならない胸の痛みを感じました。

熱いものがこみあげて来るのでした。

無常感に襲われました。

何時か自分にも間違いなく訪れるその時を思い覚悟を新たにしました。

緊急入院した、血液内科の8階病棟の窓から朝、晴れていると霊峰富士が白雪に輝いて綺麗でした!

その姿を眺めながら、死後の命について少し、KS兄と話をしました。

彼は真剣な眼差しでわたしの話に耳を傾けてくれました。

わたしは切り出しました。
死は一過性の儀式です
人間の霊魂は不滅です。肉体が消えても、霊魂は死にません!
彼は 読書家でした。

いろいろな本を消灯後も熱心に読んでいましたから、たぶんわたしの話を理解されたのだと感じました。
天国は地上から始まっています。
死後、急に天使が現れて、天国へ行く訳ではないのです。
生きているときから、わたしたちは守られているのです。
何らかの理由で肉体を脱ぎ捨てて、霊体に蘇る、これは地上生活に適さない体になった時、わたしたちは、あの蝉や綺麗な蝶のように仮の衣服を脱ぎ捨てて、霊体に変化します。
メタモルフェと言います!サナギから蝶へ


生と死について

これから、少しずつ、わたしなりの体験を交えて人間に宿る霊魂と生死について書いて見たいと思います。

既に宗教関係書等に「人間の生死に関わる文献」が多数ありますから、このブログには、私的体験から感得した「オショチの死生観」と、言う形で書きます。

まず、人間は死んだら何処に行くのか?体が無くなれば、一切が“無”ではないのか?
と、よく質問されます!

命あっての物種、死んだら、何も残らない、唯白骨だけ?あなたはそれの答えを持っているのか?
持っているなら分かりやすく説明してくれ!
と、何度か質問されました。

人の生と死は人間の最大事だと考えます!

特に死は恐ろしいもの、悲しいもの、忌まわしいことだと感じる向きもありますが、わたしは少し違います!

死は生きている限り避けて通れない現実ですから、むしろ積極的に死を捉えたいと考えました。

神学校で学び、真剣に死を見つめたとき学んだ聖書の中からいくつかの驚くべき言葉が見付かりました。
わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる死者は、たとい死んでも生きる。
また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか。
ヨハネ伝11章25-26

2009-05-20

霊魂の存在

小さな頃から不思議に、見えない何かに強く惹かれていました。

ある夜、怖い夢を見ました。
突然現れた黒い雲にすぽっりと全身包み込まれ、母親から引き離されて行くのです!

泣いても叫んでも母は知らんぷりです!

必死に、もがけばもがくほど、高く、速く、遠くに離れて行くのでした。

恐怖心に気が遠くなりそうでした。

訳が分からぬまま、悲鳴をあげました。

誰かがわたしの体を強く揺さぶりました。

ふと!目を開けると、そこに懐かしい母の心配そうな顔がありました。

寝汗でびっしょりです。

下着を取り替えて貰いながら、今見た恐ろしい夢の
話をしました。

じーっと聞いていた母が口を開きました。
お前は不思議な夢を良く見るね?
かぁちゃんには良く分からないけど、悪い夢じゃないよ
わたしは、人が死んだら何処に行くのか?しつこく聞きました。
分からないね?
だけど悪い事すると、地獄行き、善い事したら極楽だと、思うよ?
詳しいことは明日、西光寺の和尚さんに聞いてごらん、何か教えてくれるよ!
いつの間にか母親の寝息が聞こえてくるのでした。

小さな 灯りを見つめて、怖い夢を思い返していました。

これがわたしの霊魂の存在を是非知りたい、好奇心の始まりデシタ!