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2010-01-11

慰めの天使


牧師様。新年のご挨拶が遅くなってしまいすみません。わたしは、ひどい風邪をひいてしまい、 まったくパソコンにも触れずにいました。今日はじめて、開ける事が出来ました。
何時もの体調に加えて、もの凄い激痛で 救急車を呼んで欲しいと泣いていました。何故わたしは苦しむ為に生れて来たのかと…
遅くなりましたが今年も宜しくお願い致します。
ずっと気になっていたのですが、以前のブログで獣医さんが牛が病気になってしまって、殺すのをためらい人生が変わってしまって、牧師様の所に来られた方がいましたよね。とても、優しい方だと、ずっとこころに残っております。 その方は今、どうしていられるのかな?と思っています。 そんな優しい方と出来たらメールでお話ししてみたくも思っています。ではまた。M

大変でしたね!!

あなたの辛さはよくわかります!!

お尋ねの獣医さんは、今から16年ほど前に天国に旅立ちました。

75歳でした(「天路歴程(17)天に帰った獣医」)。

家族に見放され、最後は私の部屋に亡骸を引き取りました。

葬儀、納骨もやりました。彼の遺骨は愛の樹教会の御殿場の富士霊園に眠っています。

ですが!?

あの"千の風"に乗っていれば、彼はお墓の中にはもう眠ってはいません。

青い空、白い雲、光りになって降り注いでいるかもしれません。

小鳥になって綺麗な声でさえずり私たちを慰める天使になっていると思います。

あなたの痛み辛さが少しずつなくなります様に祈っています。

私の悪性リンパ腫の治療は来月末には終わる予定です。

あとは悪性リンパ腫の治療効果の確認のPET撮影です。

それで問題がなければ治療は終わりです。

最後になりましたが、くれぐれもお大事にしてください。
愛の樹・オショチ†

2009-12-16

天路歴程(46)出会い

古い話ですが、学生時代、同宿の学校の先輩方から、今で言うしごきを受けました。

飯炊き、洗濯、掃除など様々な雑用をこなしました。

口答えも出来ず、ただ黙々と、言われた通りにやりました。
この体験が私の目指す道にどのように影響したのか?後日、やっとこの意味が飲み込めましたが…

「若い時の苦労は買ってでもせよ」

亡き母の口癖でした。

しかし、目指す建築家の道は、遥か遠くの彼方!

どうしても解けない苦手な構造力学の問題集に四苦八苦していたときです。

出来の悪さを見兼ねた、ある同宿の先輩から、「君は頭が悪いんじゃない!物事を見つめる視点が根本的に欠けてる。柔軟性に欠けてる。停滞している!伸びる力の逆方向を向いている!だめだ!そんなことでは!」と、ひどく叱られました。

「学び、創造に、苦しみや行き詰まりはつきもの。君の常識が発想転換の邪魔をしている!君には非常識が必要だ。そんな気持ちじゃ、この問題集は解けないぞ!」

怖い、人使いの荒い、おっかない先輩だとばかり感じていた偏見を、私の欠点を一言で、木っ端微塵に打ち砕いてくれました。

まだ洗礼を受ける以前の話しです。

神様の導きは意外なところから始まりました。

先輩の隠れた人格、品格に触れて目覚めました。

それでも焦りがありましたから、なかなか思うように勉強は進みません。

唯一の慰め、それは下宿の窓から博多湾が一望できたことです。

あの何とも言えない優しい磯の香りが、粗末な下宿の窓から潮騒に混じって静かに部屋に流込んでれて来ます。

そんなある晩、うっかり下宿の2階の狭い階段を踏み外し、1階の土間に転げ落ちて気絶してしまいました。

一晩だけ近くの病院に担ぎこまれ入院しました。

何時も意地悪の下宿のお姉さんが一晩中付き添い介護してくれました。

これも若い苦学生には驚きでした。

大した怪我もなく助かりました。

見舞いに来てくれた先輩が「静養もたまには必要だぞ!階段からせっかく転げ落ちて助かったんだから、休め」 と言い残すと、見舞いのバナナを1本枕元に置いて、飄々と立ち去りました。

その後ろ姿に言葉にならない人の温もりを感じ、目頭が熱くなり自然に頭が下がりました。

最近、夢によく見ます。

怖くて優しい先輩は私が卒業した時は大阪市の建築課の技師を勤めていましたが、責任者になり、うれしい知らせを最後に、残念なことに早逝されました。

高岡先輩と呼んでいました。

あの頃は若かった!

人生が輝いていました。

道端の小さな石ころも、ダイヤモンドのように輝いていました。

私は忘れない!

あの日がいまも続いていることを†

学生時代のオショチ

2009-07-29

天路歴程(23)使命

自分の使命と向き合う!また、如何なる試練に遭遇しても、また、如何なる事情であろうとも、神のみ旨なら引き下がらない!

独立伝道に立ち上がった日に神に立てた誓願です。

ごく自然に誓願を立てました。

ある家庭で深刻な事件が突発しました。

深夜、助けを求める悲鳴、絶叫が、受話器の向こうから聞こえて来ました。

父親が娘の母親に刃物を突き付けている。

母が殺される!助けて下さい!
直ぐ!今すぐに来て下さい!

電話を切ると深夜、田舎道を必死に車を運転しました!

暫く走ると、ヘッドライトの中に若い娘の姿が浮かび上がりました!

真冬の凍り付く寒さの中、素足のまま、田んぼの中に娘が立ちすくんでいました。

ガタガタ震えて、私の到着を必死に待っていたのです。

私の姿を見た途端、失神しました。

彼女を抱き抱えて玄関に入って、目に飛び込んきたのは異様な光景でした。

刃物を妻に突き付けた男の顔も顔面蒼白です。

座敷の床の間を背にしている男を、近くに住んでいる自治会長が必死に説得していましたが、ますます男は激昂していました。

彼は私の顔を見るなり、こう言いました!

「一番会いたくない男を呼びやがったのはどいつだ?」

その時、気を取り戻した娘が叫んだのです!

「お父さん、わたしよ!

私は男に向かって単刀直入に聞きました!

「本気か?」

意表を突かれた男は答えました。

「本気だぞ!」

「では何故刺さないのだ? 茶番劇なら止めなさい!」

引っ込みがつかない男は、この言葉を聞くと、黙り込んでしまいました。

男の手がかすかに震えています。

言葉にならない緊張感が暫く続きました。

「警察に言わないか?」

男はまだ興奮状態でしたが、私に聞きました。

「刃物をおとなしく渡せば、この場限りにしよう!」

私は家族と、自治会長に同意を求めました。

その言葉を聞くと、男はほっとした表情を浮かべて、すんなりと刃物を私に差し出しました。

「この刃物は預かる!」

彼の手から刃物を取り上げた時、男が突然質問しました。

「あんたには恐怖心が無いのか?」

私は男の目を見据えて答えました。

「今、ほっとしたら怖くなったよ!」

この一言でその場の恐怖、緊張がほぐれました。

訳を聞くと他愛のない、ちょっとした言葉のやり取りが、夫婦喧嘩に火がついたのでした。

とにかく、大事に至らず「もう二度と騒ぎは起こしません」と、皆に頭を下げました。

無事に一件落着しましたが、つくづく複雑な人間の感情、言葉遣い等考えさせられる貴重な体験となりました。

誰も望まない不幸が、人の心の奥底から突如吹き出してくる。

人間の心には、神も住めば、魔物も住み着く!

複雑な気持ちを抱えながら田舎道を引き返したことでした。

神との道行きでなければ、私には解決不可能な事態でした。

今、振り返って見ると、人間は生きる困難さを、抱え込み煩悶しながらも何か幸せを求め続ける生き物だとしみじみと考えています。

生き抜いてこそ人生の喜怒哀楽も体験出来ます!

かの男も、今は懐かしい人生の友でした。彼の幸せを祈ります!

2009-07-22

天路歴程(19)1冊の聖書(2)

吉冨先生のご生涯は神一筋でしたから、俗人が求めるものとは、生活の質が根本的に異なりました。

むしろ非常識に近い存在者でした。

頼まれたお弟子もかなり変り者でした。

細かい説明は省きますが、余程の素質、何より神の使命を帯びて居いないと、人間の思い込みでは、信仰的に狂う危険な実体を目の当たりにしました。

明らかに師と弟子たちの信仰の質が違いました。

先生は、それを承知の上で、私に弟子たちを託されたのだと思います。

真理に根差した信仰には、打算、狂信、狂気、盲信は無関係です。

純粋です。

やたら、自己的な熱心に、“何かに”、のめり込んで、人為的に(作為的に)作り上げたものは、キリストの説かれた信仰の道筋とは全く似て非なるものです。

化け物です。

聖霊が働かない状態で、自分に特別なカリスマが在ると錯覚しますと、サタンの虜、手先に変質します。

ルシェフル、落ちた天使、サタンと化します!

あの旧約聖書の創世記に登場する、アダムとイブの子、カインとアベルの大きな違いは、信仰心の質の違いでした。

同じ行為に似ていながら彼らの隠された人の本質が試され、神の捧げ物に現れました。

神は真心からの捧げ物を祝福されたのです。

真心から出たものは神の祝福を受け、見せ掛けは否定されます。

吉冨先生の晩年は、自ら育てた弟子たちの行く末を案じて、危惧の念でした。

カインとアベルは、同じ親から生まれたにも関わらず、全く霊質が違いました。

創世記に詳しく記述されているとおりです。

「神はいるのか?いないのか?いるとすれば、どうしたら解るのか?」と、よく質問されますが、私はキリストのみ言葉をそのまま伝えます。

「神は→神の国は、あなたの心のただ中に在る」と!

聖霊に満たされた人々、神の愛に導かれた先人たちの死は、困難に打ち勝ち、苦難を乗り越えるに必要な希望と勇気を与えてくれます。

雲の垣間、日食(中井にて)

天路歴程(18)1冊の聖書(1)


鹿児島出身の伝道者、吉冨愛泉先生のことを先に少し触れましたが、先生からお聞きしたメッセージが心に残り追伸の形で書き足します。

佐賀県鳥栖の農村地帯の質素な藁葺き屋根の本当に小さな家に、先生は黒猫と2人で住んでいました。

がらんとした家の中に目ぼしい家具類も無く、井戸と、黒ずんだ“おくどさん”(煮炊きする釜戸)と僅かな食器がぽつんと、土間の片隅に淋しそうに、ありました。

そんな生活の中で先生の支え、精神の拠り所は使い古した、一冊の聖書でした。

所々傷み、先生の細かい字がびっしり、書き込まれていたのを見ました。

先生の人生が凝縮している聖書でした。

思うに幼い日に我々の想像を超えた苛酷な生活を余儀なくされた先生の、心の深い傷を癒し、生きる力と希望をあたえてくれたのは、唯一聖書であり、キリストの生きたみ言葉ではなかっのか?と、胸を突かれた記憶が蘇って来ました。

先生は聖句を丹念にまるで何かに憑かれたように、霊読しておられたのです。

当時のキリストとお弟子たちの現実を目の当たりにしている緊張感がありました。

先生は「真理に触れられたら、この世に生を受けた深い意味と価値があります」とよく、話しておられました。

「聖書を深く読み込んで、み言葉を受肉する。

聖書の1ページ毎に噛み砕いて口の中に放り込み、それでキリストの神秘性に触れられたら?」と、真剣な眼差しで、じっと見つめられ鳥肌が立ったことがありました。

昨夜はなかなか寝付かれずに過ごしました。

これから先の教会の在り方存続、弟子たちの事などですが。

実は、吉冨先生に3人のお弟子がいました。彼らは先生と離ればなれになり、共に生活した様子はありませんでしたが。

先生は彼のお弟子達のためによく祈って居られました。キリストが弟子たちを愛したように。

ある日、3人のお弟子の2人を私に託されました。

先生はご自身の死後を考えておられたのだと!後の日、気付きましたが、私の力ではどうする事も出来ませんでした。

まだ未熟な私には重荷でした…

後に続きます。

2009-06-06

神の伝道者、吉冨愛泉先生(3)吉冨先生の死

先生は婿養子の方に遺言をしたと後でお聞きしました。
吉冨はひっそり死にたい。
誰にも通知してはならない。
私は虫の知らせで、息子さんに手紙を出しました。

受けとった返事に先生が91歳で静かに天に召されたとしたためてありました。

私への遺言は特にありませんでしたが、
もし連絡が来たら、吉冨は先に行く
と書かれていました。

思い返せば孤児同然の先生の生きざまは壮絶の一語に尽きます。

幼い日、空腹のあまり畑の土を食べて、飢えを凌ぎ、神に生涯を捧げた神の愛の伝道者でした。

私の生きざまは吉冨先生を抜きにしては語れないのです!

神の伝道者、吉冨愛泉先生(2)我が使命

九州伝道の時の吉冨先生の言葉です。
大きな教会堂
ステンドグラス
聖歌隊も
パイプオルガンも要りません。
有名な信者さんは、吉冨に似つかわしくありません。
素朴質素謙遜に徹した先生の生き様です。阿蘇で痛打を浴びました。
吉冨は、キリストを知らなかったです!恥ずかしい限りです。
たった今から飯田ヤコブ志朗さんの弟(おとうと)弟子にして下さい。
突然頭を下げられて一瞬言葉が出ませんでした。

90歳近い先生の一言はずしん!と腹に重く響きました。

キリスト者の歩く道を深く極めたお方に刻み込まれた貴重な一言を聞くための旅になったのです。

神は必要なお方を与えて下さいました。アーメン!ハレルヤ

神の伝道者、吉冨愛泉先生(1)

鹿児島県出身の伝道者、吉冨愛泉先生は、小学校も卒業しかなかったお方ですが、達筆で学識信仰の深いお方でした。

地の塩の箱の主催者江口榛一の親しい友人で、彼を最後まで支えた耳鼻咽喉科医の故藤原哲夫先生(日田市・藤原耳鼻咽喉科院長)とも親交を結び、藤原先生から吉冨先生紹介されました。

吉冨先生のすごいところは、四国をくまなく単身徒歩で伝道を果たしたことでした。

また農業に詳しく、当時としては珍しく一本のトマトの苗木から100個近い実を収穫したり、種無しブドウの種の作り方を農家の人々に教えて、神の福音を伝えました。

あだ名はホラ吹き愛泉でした。

彼は陰口を一向に気にせず、貧しい農民を呼び集めては、毎晩、農作物の増収の話を熱心に続けました。

少しずつ先生の話した成果が現れて来ました。

その時がお別れの時でした。

粗末な衣服貧乏のどん底を歩き続けましたから、ご自分でも「けちの吉冨」と、人々に言いふらしていましたが、先生は慕われました。

九州伝道に町田からよく行きました。

先生の質素な藁葺き屋根の小屋を訪ねた時、囲炉裏の前に座り静かに聖書を読んでいた首に黒い何か?巻き付いています。

側によって見ると黒ねこでした。

「温いばい!」質素の極みです!