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2009-09-07

天路歴程(38)原始生命



たとえ天が地に落ち、大地が裂けようとも!

吾れ、宙の塵(ちり)となり、その様、木っ端微塵となろうとも、再び生命は塊となり蘇る!

塵は原始生命!

塵は限りなく神に近い!

粉々に砕け散るとも、再び塊となり大空に輝きを放つ!

この生命を縛ることは誰にもできぬ!肉は縛れても!

宇宙に満ち満ちてあり原始生命!ハレルヤ†


人の世の興亡を超え、輝きを増す生命!

遥かなり!

未来永劫の生命!

生命に大小、貴賤なし!

生命は神なれば神、ご自身を卑しめず!

神は真の生命のはじめ原始生命にて、愛なれば!

2009-05-28

神秘的な生命

生命、文字通り生きる命です。

60兆もあると言われる人間の細胞が、複雑な人間という生き物を作りあげているんですね!

今回、悪性リンパ腫と右腎臓癌の疑いがあり、大きな手術を受けたことは何度もお話しましたが、悪性リンパ腫の特定には、先生方がDNAの検査を含めて、染色作業など気が遠くなるような作業を真剣に続けて下さいました。

改めてこの体をしげしげと眺めまわしています。

不思議なんです?何故?悪性リンパ腫と疑われる生き物がこの体に出来たのか?

炎症の診断ですが?炎症を引き起こした原因をなお先生方は追求しておられます。

生命は神秘的です!

愛がなければ?

愛がなければ、命は育ちません。
残酷な実験をした王様がいました。
確か? ドイツのフリードリッヒ王だと記憶しています。
王様は部下に命じました。
「二組の赤ちゃん達を別々にして一組の赤ちゃんには声を掛けながらミルクを与えよ!もう一組の赤ちゃん達には、黙ってミルクだけを与えよ!」と。
結果は悲惨でした。
声を掛けられた赤ちゃんは生きて、ミルクだけを与えられた赤ちゃんは皆死んだという話です。
この話から、人間は愛がなければ命を生きることが出来ない!と言うことが分かります。
聖書にも書かれています。
「人はパンのみにて生きるにあらず」と!

2009-05-24

死刑囚と幼子

わたしの心に焼き付いた記憶を辿りながら、信じ難い記事を書くことにしました。

もしこの記事にお心当たりがありましたら、是非お知らせ頂きたいと思います。

新聞記事か?週刊誌か?定かではありませんが…

つぎのような出来事でした。

ある刑務所に殺人罪で死刑が確定した男が収監されていました。

この死刑囚の看守は若い人だと記憶しています。

彼は心の優しい人柄で、何とかして男が死刑執行前に自分の過ちを認めて、真人間に立ち返り、納得して、潔く刑の執行に臨んで欲しいと、切に願いました。

しかし、固く心を閉ざした死刑囚に、若い看守の願いは容易に届きません。

死刑執行が何時行われるのか?分かりません。

この男は世間を酷く恨み、根深い怒りを抱いていました。

悩んだ看守は突飛なことを考えそれを実行する機会を待ちました。

男の死刑執行日が内々に知らされました。

その運命の日がついに来たのです。

若い看守は、何と!自分の幼子、赤ちゃんを抱いて男の独房に入りいきなり男の腕に 赤ちゃんを抱かせたのです!

皆が、固唾を飲んで見守る中で、男は黙ってあどけない赤ちゃんの顔を見つめていましたが、やがて彼の目から大粒の涙が溢れ落ちました。

男の顔が歪むと号泣しました。

幼子の清らかで安らかな寝顔に、さしもの頑なな心が溶け始めた瞬間でした。

「俺にもこんな時があったのだ!」産まれついての悪人はいません。

彼は罪を知らない幼い頃の自分を、腕に抱いた赤ちゃに重ね合わせたのだと思います。

極悪非道の殺人犯が改心し、真人間に立ち返り、死刑執行の間際に、深い安堵感と、平安を得て真心から懺悔し、死刑に臨んだ!

そう信じたいのです!

罪の奴隷からの解放は、彼の肉体は死んでも永遠の命を得て生きることを意味します。

また、若い看守の愛の勇気には言葉がありません。

魂の救いの実証です!

霊は神からの賜

旧約聖書エゼキエル書に、霊についての記述があります。
わたしは新しい心をあなたがたに与え、新しい霊をあなたがたの内に授け、あなたがたの肉から、石の心を除いて、肉の心を与える。わたしはまたわが霊をあなたがたの内に置いて、わが定めに歩ませ、わがおきてを守ってこれを行わせる。
エゼキエル36:26ー27
霊は神からの賜です。

人間の所有ではないのです。

魂は肉体に宿るもの、はっきり区別されています。

イスラエル人は魂は、人間を具体的な一個の統一的、人格として考えていました。

イエスは、体は殺しても魂を殺すことができない(マタイ伝10:28)と言い、また全世界にも代ええない命(魂)の価値を説かれました(マタイ伝16:26より)。

昨日、お隣の韓国で 悲しい出来事が起きました。

前大統領の自殺です。ショツキングな悲劇です。

彼は遺書を残しました。

生も死も一つだと、言う意味の言葉を残し、誰も恨まないように等、残された人々への配慮がにじんでいました。

自殺の動機はいろいろ取り沙汰されていますが?、キリスト教徒の真摯な彼が死を思い詰めるまでの心の葛藤が、余人には、量りがたいものであったことは察しがつきます。

自殺は神に恵みを投げ返すことです。

さらに殺人は、神のご意思を阻害することです。

神に与えられた命を粗末にすることはイエスの御心に反します。自殺、 殺人いずれも罪を犯す事に変わりはありません。

たとえ全世界の財産を手にしても、自分の命(魂)を失えば何の益があろうか?イエス様の溜め息が聞こえて来ます。

世界中が平気で殺し合う!神無き世界は暗黒です!

わたしごとき、小さな者の声は喧騒の渦に巻き込まれてしまうかも知れませんが、やはり 叫ばずにはいられません!

「命を魂を大切に!」と!

2009-05-11

誓いの言葉を

今日の命が与えられ、改めて使命感を確認いたしました!

苦難と汚濁の世の中に生きて、貴方の清らかな「命」と引き替えに、果たすべき使命について、誓願を決断しました。

命の価値に値する、わたしの仕事は、人々の日々の暮らしに、苦しみの最中にある、兄弟姉妹への責任、あなたに実際に役立つための責任を含むのだと!

だからこそ体を労り、まず、そこが大切な第3の人生の謎解きの出発点だと。

折鶴が昨夜夢に現れ、優しく、静かに語り掛けてくれました!