2011-09-29

義人ヨブ記(Job)5

ヨブはひたすら神の義を求めました。

義認は神の恵みによる賜物として与えられる、義とされる道は、自己義認ではなく、神のゆるしによる。

この点で、ヨブとパウロの類似点が読みとれます!

あのイエスの弟子、使徒パウロ。

パウロは、クリスチャン狩りの途上、ダマスコでイエスの霊光に射たれ回心を体験して、迫害者から宣教者に変貌します。

彼はキリストから聖霊の力を受け、聖霊の愛こそが、人々を愛の業へと導き出すと確信して、壮大で困難な、30年の波乱の伝道者の生涯を閉じました。

身体的には持病に加え、小柄で見栄えのしない、風采の上がらない人物だと記録されています!
 
神の器は人間の価値とは違います。

【テマン人エリファズの議論】
呼んでみよ
 あなたに答える者がいるかどうか。
聖なるものをおいて、誰に頼ろうというのか。

愚か者は怒って自ら滅び
無知な者はねたんで死に至る。
愚か者が根を張るのを見て
 わたしは直ちにその家を呪った。

「その子らは安全な境遇から遠ざけられ
助ける者もなく町の門で打ち砕かれるがよい。

彼らの収穫は、飢えた人が食い尽くし
その富は、渇いた人が飲み尽くし
その財産は、やせ衰えた人が奪うがよい。」

塵からは、災いは出てこない。
土からは、苦しみは生じない。
それなのに、人間は生まれれば必ず苦しむ。
火花が必ず上に向かって飛ぶように。

わたしなら、神に訴え
神にわたしの問題を任せるだろう。

計り難く大きな業を
数知れぬ不思議な業を成し遂げられる方に。

神は地の面に雨を降らせ
野に水を送ってくださる。卑しめられている者を高く上げ
嘆く者を安全な境遇に引き上げてくださる。

こざかしい者の企てを砕いて
彼らの手の業が成功することを許されない。

知恵ある者はさかしさの罠にかかり
よこしまな者はたくらんでも熟さない。
真昼にも、暗黒に出会い
昼も、夜であるかのように手探りする。

神は貧しい人を剣の刃から

権力者の手から救い出してくださる。

だからこそ、弱い人にも希望がある。
不正はその口を閉ざすであろう。

見よ、幸いなのは
 神の懲らしめを受ける人。
全能者の戒めを拒んではならない。
彼は傷つけても、包み
打っても、その御手で癒してくださる。

六度苦難が襲っても、あなたを救い
七度襲っても
 災いがあなたに触れないようにしてくださる。

飢饉の時には死から
戦いの時には剣から助け出してくださる。

あなたは、陥れる舌からも守られている。
略奪する者が襲っても
 恐怖を抱くことはない。
略奪や飢饉を笑っていられる。
地の獣に恐怖を抱くこともない。

野の石とは契約を結び
野の獣とは和解する。

あなたは知るだろう
あなたの天幕は安全で
牧場の群れを数えて欠けるもののないことを。

あなたは知るだろう
あなたの子孫は増え
一族は野の草のように茂ることを。

麦が実って収穫されるように
あなたは天寿を全うして墓に入ることだろう。

見よ、これが我らの究めたところ。
これこそ確かだ。
よく聞いて、悟るがよい。 
(ヨブ記5:1~21)
 ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵5「主の御前から進んで行くサタンと、ヨブの施し」、1825

2011-09-25

今週の聖句 9月25日〜10月1日

詩篇31篇
聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌

主よ、わたしはあなたに寄り頼みます。
とこしえにわたしをはずかしめず、
あなたの義をもってわたしをお助けください。

あなたの耳をわたしに傾けて、
すみやかにわたしをお救いください。
わたしのためにのがれの岩となり、
わたしを救う堅固な城となってください。

まことに、あなたはわたしの岩、わたしの城です。
み名のためにわたしを引き、わたしを導き、

わたしのためにひそかに設けた網から
わたしを取り出してください。
あなたはわたしの避け所です。

わたしは、わが魂をみ手にゆだねます。
主、まことの神よ、
あなたはわたしをあがなわれました。

あなたはむなしい偶像に心を寄せる者を憎まれます。
しかしわたしは主に信頼し、

あなたのいつくしみを喜び楽しみます。
あなたがわたしの苦しみをかえりみ、
わたしの悩みにみこころをとめ、

わたしを敵の手にわたさず、
わたしの足を広い所に立たせられたからです。

主よ、わたしをあわれんでください。
わたしは悩み苦しんでいます。
わたしの目は憂いによって衰え、
わたしの魂も、からだもまた衰えました。

わたしのいのちは悲しみによって消えゆき、
わたしの年は嘆きによって消えさり、
わたしの力は苦しみによって尽き、
わたしの骨は枯れはてました。

わたしはすべてのあだにそしられる者となり、
隣り人には恐れられ、
知り人には恐るべき者となり、
ちまたでわたしを見る者は避けて逃げます。

わたしは死んだ者のように人の心に忘れられ、
破れた器のようになりました。

まことに、わたしは多くの人のささやくのを聞きます、
「至る所に恐るべきことがある」と。
彼らはわたしに逆らってともに計り、
わたしのいのちを取ろうと、たくらむのです。

しかし、主よ、わたしはあなたに信頼して、言います、
「あなたはわたしの神である」と。

わたしの時はあなたのみ手にあります。
わたしをわたしの敵の手と、
わたしを責め立てる者から救い出してください。

み顔をしもべの上に輝かせ、
いつくしみをもってわたしをお救いください。

主よ、わたしはあなたに呼ばわります、
わたしをはずかしめないでください。
悪しき者に恥をうけさせ、
彼らに声をあげさせずに陰府に行かせてください。

高ぶりと侮りとをもって正しい者をみだりにそしる
偽りのくちびるをつぐませてください。

あなたを恐れる者のためにたくわえ、
あなたに寄り頼む者のために
人の子らの前に施されたあなたの恵みは
いかに大いなるものでしょう。

あなたは彼らをみ前のひそかな所に隠して
人々のはかりごとを免れさせ、
また仮屋のうちに潜ませて
舌の争いを避けさせられます。

主はほむべきかな、
包囲された町のようにわたしが囲まれたとき、
主は驚くばかりに、いつくしみをわたしに示された。

わたしは驚きあわてて言った、
「わたしはあなたの目の前から断たれた」と。
しかしわたしがあなたに助けを呼び求めたとき、
わたしの願いを聞きいれられた。

すべての聖徒よ、主を愛せよ。
主は真実な者を守られるが、
おごりふるまう者にはしたたかに報いられる。

すべて主を待ち望む者よ、
強くあれ、心を雄々しくせよ。

2011-09-23

義人ヨブ記(Job)4

わたし自身は【ヨブ】ほど悲惨ではありませんが、正直に告白します。

満身創痍の身を時には持て余し、神に死を求めたたこともありました。

今は、神の御心のままに精一杯生きる事が神の御心に叶い、使命を果たすことだと気付かされ、霊魂の永遠のふるさと、天国を望み見て、苦しくても、生きる気力、勇気、希望を持ち続けています†

さて!
それだけにヨブの嘆きが身に染みます。

ヨブが豊かな頃の友人たちのヨブと…。

目前の落ちぶれた、ヨブに浴びせかける、かつての親しい友人たちの厳しい叱責の言葉は、如何に正しく見えても、ヨブの受難がまさか?サタンの神への挑発だとは知らぬ、人間の知の限界をつくづく思い知らされます。

霊界の争いは熾烈です!

悲しいかな人間の肉眼には見えません。
 
霊的世界、超在界は人間の推理をはるかに超えた別次元の世界です!

それゆえ、時に人が人を裁く権力、法律的正義感の過ちを感じてなりません。
 
人間は、まだまだ未完成な存在でしょう!

【ヨブと三人の友の議論】

テマン人エリファズは話し始めた。
 
あえてひとこと言ってみよう。
あなたを疲れさせるだろうが
 誰がものを言わずにいられようか。

あなたは多くの人を諭し
力を失った手を強めてきた。
あなたの言葉は倒れる人を起こし
くずおれる膝に力を与えたものだった。
だが、そのあなたの上に何事かふりかかると
 あなたは弱ってしまう。

それがあなたの身に及ぶと、おびえる。
神を畏れる生き方が
 あなたの頼みではなかったのか。

完全な道を歩むことが
 あなたの希望ではなかったのか。

考えてみなさい。罪のない人が滅ぼされ
正しい人が絶たれたことがあるかどうか。

わたしの見てきたところでは
災いを耕し、労苦を蒔く者が
災いと労苦を収穫することになっている。

彼らは神の息によって滅び
怒りの息吹によって消えうせる。
獅子がほえ、うなっても
  その子らの牙は折られてしまう。

雄が獲物がなくて滅びれば
雌の子らはちりぢりにされる。

忍び寄る言葉があり
わたしの耳はそれをかすかに聞いた。
夜の幻が人を惑わし
深い眠りが人を包むころ
恐れとおののきが臨み
わたしの骨はことごとく震えた。

風が顔をかすめてゆき
身の毛がよだった。
何ものか、立ち止まったが

その姿を見分けることはできなかった。
ただ、目の前にひとつの形があり
沈黙があり、声が聞こえた。

「人が神より正しくありえようか。
造り主より清くありえようか。

神はその僕たちをも信頼せず
御使いたちをさえ賞賛されない。

まして人は
 塵の中に基を置く土の家に住む者。

しみに食い荒らされるように、崩れ去る。
日の出から日の入りまでに打ち砕かれ
心に留める者もないままに、永久に滅び去る。

天幕の綱は引き抜かれ
施すすべも知らず、死んでゆく。」

(ヨブ記4:1~21)

続きます。

愛の樹オショチ†
 
ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵3「ヨブにその不幸を告げる使者たち」、1825
 

台風一過 倒木と可憐な花


いつもの散歩道の仲良しの椎の木が無惨にも割けていました。

倒れた大きな木の近くに可憐な花が咲いていました。

台風15号の爪痕です。
身近に自然の不思議な命の営みを発見しました。

愛の樹オショチ†


義人ヨブ記(Job)3

この物語は人間の理解力をはるかに超えた、全能なる神に御心が何処にありや!を必死に問い掛ける飾り気のない!ヨブの訴え掛けです。
愛の樹オショチ†

【ヨブの嘆き】
『やがてヨブは口を開き、自分の生まれた日を呪って、言った。
わたしの生まれた日は消えうせよ。
男の子をみごもったことを告げた夜も。

その日は闇となれ。
神が上から顧みることなく
光もこれを輝かすな。

暗黒と死の闇がその日を贖って取り戻すがよい。
密雲がその上に立ちこめ
昼の暗い影に脅かされよ。

闇がその夜をとらえ
その夜は年の日々に加えられず
月の一日に数えられることのないように。

その夜は、はらむことなく喜びの声もあがるな。
日に呪いをかける者
レビヤタンを呼び起こす力ある者が
その日を呪うがよい。

その日には、夕べの星も光を失い
待ち望んでも光は射さず
曙のまばたきを見ることもないように。

その日が、わたしをみごもるべき腹の戸を閉ざさず
この目から労苦を隠してくれなかったから。

なぜ、わたしは母の胎にいるうちに
死んでしまわなかったのか。

せめて、生まれてすぐに息絶えなかったのか。
なぜ、膝があってわたしを抱き
乳房があって乳を飲ませたのか。

それさえなければ、今は黙して伏し
憩いを得て眠りについていたであろうに。
今は廃虚となった町々を築いた
地の王や参議らと共に

金を蓄え、館を銀で満たした諸侯と共に。

なぜわたしは、葬り去られた流産の子
光を見ない子とならなかったのか。

そこでは神に逆らう者も暴れ回ることをやめ
疲れた者も憩いを得
捕われ人も、共にやすらぎ
追い使う者の声はもう聞こえない。

そこには小さい人も大きい人も共にいて
奴隷も主人から自由になる。

なぜ、労苦する者に光を賜り
悩み嘆く者を生かしておかれるのか。
彼らは死を待っているが、死は来ない。
地に埋もれた宝にもまさって
死を探し求めているのに。

墓を見いだすことさえできれば
喜び躍り、歓喜するだろうに。
行くべき道が隠されている者の前を
神はなお柵でふさがれる。

日ごとのパンのように嘆きがわたしに巡ってくる。
湧き出る水のようにわたしの呻きはとどまらない。

恐れていたことが起こった
危惧していたことが襲いかかった。
静けさも、やすらぎも失い
憩うこともできず、わたしはわななく。』
ヨブ記3:1~26
ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵3「サタンによるヨブの息子たちと娘たちの破滅 」、1825
 

2011-09-18

今週の聖句 9月18日〜24日

詩篇30篇
宮をささげるときにうたったダビデの歌

主よ、わたしはあなたをあがめます。
あなたはわたしを引きあげ、
敵がわたしの事によって喜ぶのを、
ゆるされなかったからです。

わが神、主よ、
わたしがあなたにむかって助けを叫び求めると、
あなたはわたしをいやしてくださいました。

主よ、あなたはわたしの魂を陰府からひきあげ、
墓に下る者のうちから、
わたしを生き返らせてくださいました。

主の聖徒よ、主をほめうたい、
その聖なるみ名に感謝せよ。

その怒りはただつかのまで、
その恵みはいのちのかぎり長いからである。
夜はよもすがら泣きかなしんでも、
朝と共に喜びが来る。

わたしは安らかな時に言った、
「わたしは決して動かされることはない」と。

主よ、あなた恵みをもって、
わたしをゆるがない山のように堅くされました。
あなたがみ顔をかくされたので、
わたしはおじ惑いました。

主よ、わたしはあなたに呼ばわりました。
ひたすら主に請い願いました、

「わたしが墓に下るならば、
わたしの死になんの益があるでしょうか。
ちりはあなたをほめたたえるでしょうか。
あなたのまことをのべ伝えるでしょうか。

主よ、聞いてください、わたしをあわれんでください。
主よ、わたしの助けとなってください」と。

あなたはわたしのために、嘆きを踊りにかえ、
荒布を解き、喜びをわたしの帯とされました。

これはわたしの魂があなたをほめたたえて、
口をつぐむことのないためです。
わが神、主よ、
わたしはとこしえにあなたに感謝します。

2011-09-16

Bさんへ〜ヨブ記と私たち

ヨブ記は最後に神の意図、愛が分かります。

長い掲載になりますが、はじめに書いたヨブの信仰、人となりを改めて読み返しください†

今、苦難に直面している兄弟姉妹がいます。
 
人生の苦難を乗り越えて欲しいと願い掲載中です

段々、友人たちの咎めが厳しさを増して行きますが、ヨブは信仰を貫きます。
 
神を心底信じていましたから。

正義気取りの、巧みな言葉のトリックに気をつけて読んでください!
 
聖書は心読、霊読、してください!

2011-09-15

義人ヨブ記(Job)2

注:ヨブの友人の名は新共同訳では()内の人名を用います。

エリバズ→(エリファズ)

ビルダテ→(ビルダト)

ゾバル→(ツォファル)

  またある日、主の前に神の使いたちが集まり、サタンも来て、主の前に進み出た。主はサタンに言われた。
「お前はどこから来た。」
「地上を巡回しておりました。ほうぼうを歩きまわっていました」とサタンは答えた。

  主はサタンに言われた。
「お前はわたしの僕ヨブに気づいたか。地上に彼ほどの者はいまい。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている。お前は理由もなく、わたしを唆して彼を破滅させようとしたが、彼はどこまでも無垢だ。」

  サタンは答えた。
「皮には皮を、と申します。まして命のためには全財産を差し出すものです。手を伸ばして彼の骨と肉に触れてごらんなさい。面と向かってあなたを呪うにちがいありません。」

  主はサタンに言われた。
「それでは、彼をお前のいいようにするがよい。ただし、命だけは奪うな。」

  サタンは主の前から出て行った。サタンはヨブに手を下し、頭のてっぺんから足の裏までひどい皮膚病にかからせた。ヨブは灰の中に座り、素焼きのかけらで体中をかきむしった。

  彼の妻は、
「どこまでも無垢でいるのですか。神を呪って、死ぬ方がましでしょう」と言ったが、ヨブは答えた。
「お前まで愚かなことを言うのか。わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」
  このようになっても、彼は唇をもって罪を犯すことをしなかった。

  さて、ヨブと親しいテマン人エリファズ、シュア人ビルダド、ナアマ人ツォファルの三人は、ヨブにふりかかった災難の一部始終を聞くと、見舞い慰めようと相談して、それぞれの国からやって来た。遠くからヨブを見ると、それと見分けられないほどの姿になっていたので、嘆きの声をあげ、衣を裂き、天に向かって塵を振りまき、頭にかぶった。彼らは七日七晩、ヨブと共に地面に座っていたが、その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった。』

(ヨブ記2:1〜13)
続きます。
愛の樹オショチ†


ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵2「神の玉座の前のサタン」、1825

2011-09-11

今週の聖句 9月11日〜17日

詩篇29篇
ダビデの歌

神の子らよ、主に帰せよ、
栄光と力とを主に帰せよ。

み名の栄光を主に帰せよ、
聖なる装いをもって主を拝め。

主のみ声は水の上にあり、
栄光の神は雷をとどろかせ、
主は大水の上におられる。

主のみ声は力があり、
主のみ声は威厳がある。

主のみ声は香柏を折り砕き、
主はレバノンの香柏を折り砕かれる。

主はレバノンを子牛のように踊らせ、
シリオンを若い野牛のように踊らされる。

主のみ声は炎をひらめかす。

主のみ声は荒野を震わせ、
主はカデシの荒野を震わされる。

主のみ声はかしの木を巻きあげ、また林を裸にする。

その宮で、すべてのものは呼ばわって言う、
「栄光」と。

主は洪水の上に座し、
主はみくらに座して、とこしえに王であらせられる。

主はその民に力を与え、
平安をもってその民を祝福されるであろう。

2011-09-04

今週の聖句 9月4日〜10日

詩篇28篇
ダビデの歌

主よ、わたしはあなたにむかって呼ばわります。
わが岩よ、わたしにむかって
耳しいとならないでください。
もしあなたが黙っておられるならば、おそらく、
わたしは墓に下る者と等しくなるでしょう。

わたしがあなたにむかって助けを求め、
あなたの至聖所にむかって手をあげるとき、
わたしの願いの声を聞いてください。

悪しき者および悪を行う者らと共に
わたしを引き行かないでください。
彼らはその隣り人とむつまじく語るけれども、
その心には害悪をいだく者です。

どうぞ、そのわざにしたがい、
その悪しき行いにしたがって彼らに報い、
その手のわざにしたがって彼らに報い、
その受くべき罰を彼らに与えてください。

彼らは主のもろもろのみわざと、
み手のわざとを顧みないゆえに、
主は彼らを倒して、再び建てられることはない。

主はほむべきかな。
主はわたしの願いの声を聞かれた。

主はわが力、わが盾。
わたしの心は主に寄り頼む。
わたしは助けを得たので、わたしの心は大いに喜び、
歌をもって主をほめたたえる。

主はその民の力、
その油そそがれた者の救のとりでである。

どうぞ、あなたの民を救い、あなたの嗣業を恵み、
彼らの牧者となって、とこしえに彼らをいだき導いてください。

義人ヨブ記(Job)1

聖書は新共同訳を用いました。新共同訳の言葉遣いが初めて聖書に触れるお方に理解しやすいと思いました。

微妙な言葉遣いもあります。

ヨブの思い、苦難が、より身近に親しく伝わればと考えました。

前置きはこのくらいにします。

【内容区分】

序曲はヨブ記1章から2章にかけて、友人たち(エリバズ・ビルダテ・ゾバル)との、論争から始まります。

あまり使いたくない言葉ですが、神議論です。

古代ユダヤ人の思想はキリストを攻撃した律法主義者のパリサイ人と同質の人々です。

従来は義人がなぜ苦しむのか?という、いわゆる神議論が唯一の主題であるかのように考えられてきましたが、それだけでは納得理解できないことが人生には多々あります。

簡単に割り切れませんなぜなら人間は神ではありませんから。神のなさることは、私たちの理解を越えて、到底、理解不可能です。

一例をあげれば、まだ若い子育て中の母親が幼子を残して、死んでいきます。

なぜ?神は、幼子から母を奪うのでしょうか?

無惨です。悲惨です。言葉にならない苦しみです。

まだまだこれから前途有望な若者たちが、不条理な争いに巻き込まれて命を落とします。

暗闇で謀られた得体の知れない、国家権力などの闇の権力と利権がらみの暴力が、愛国、民主主義、等々の、さもらしい大義名分の、言葉にすり替えられて悲惨な争いの種になる。

グローバル社会。

自由経済、市場原理主義、経済政策などは大国の、あるいは貪欲な人間の仕掛けた罠では?と、つい疑いたくなります。

貧しい国の弱みにつけこんだ資源の強奪!搾取のすり替えです!

以前、拙著、(舞い降りた天使たち)に、書きましたが、謀ごと、不正と暴力で栄えた国為政者、権力者は皆無です!彼らを待ち受けているのは敗北です!

わたしもイエスに従う弟子の一人です。

イエスの教えは人々の真の幸せを願うことです。

その幸せは、私たちの心から遠く離れてしまいました。

イエスが望まれた反対方向に向かっています。

義人ヨブは2400年前に人間の愚かさ罪の因果(原因と経過と結果)を、身をもって体験しました。

ヨブ記の序曲と終曲にヨブの神に対する、真実の愛、真実の礼拝、無私の善が示されています。

"正しい行いの人物が何故?苦しむのか?"

ヨブに突然襲い掛かった悲劇に対して神に、真意を問い掛ける、絶望と、神のみ知る答えを知りたいと願う、ヨブの苦しみを改めて思います。

ヨブの友人たちは神の真意を知るよしもなく、ヨブが密かに罪を犯したと言う彼らの目線、人間の常識で裁きます。

人間の因果律から抜け出せない彼らが、義人ヨブを裁くのです。

少し周り口説い説明になりました。

得体の知れない権力に対して感情的な表現は適切さを欠くおそれもありますが、ご容赦ください。

【事の起こり】

ウツの地にヨブという人がいた。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていた。七人の息子と三人の娘を持ち、羊七千匹、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭の財産があり、使用人も非常に多かった。彼は東の国一番の富豪であった。

息子たちはそれぞれ順番に、自分の家で宴会の用意をし、三人の姉妹も招いて食事をすることにしていた。この宴会が一巡りするごとに、ヨブは息子たちを呼び寄せて聖別し、朝早くから彼らの数に相当するいけにえをささげた。「息子たちが罪を犯し、心の中で神を呪ったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつもこのようにした。

ある日、主の前に神の使いたちが集まり、サタンも来た。主はサタンに言われた。

「お前はどこから来た。」

「地上を巡回しておりました。ほうぼうを歩きまわっていました」とサタンは答えた。

主はサタンに言われた。

「お前はわたしの僕ヨブに気づいたか。地上に彼ほどの者はいまい。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている。」

サタンは答えた。

「ヨブが、利益もないのに神を敬うでしょうか。あなたは彼とその一族、全財産を守っておられるではありませんか。彼の手の業をすべて祝福なさいます。お陰で、彼の家畜はその地に溢れるほどです。ひとつこの辺で、御手を伸ばして彼の財産に触れてごらんなさい。面と向かってあなたを呪うにちがいありません。」

主はサタンに言われた。

「それでは、彼のものを一切、お前のいいようにしてみるがよい。ただし彼には、手を出すな。」

サタンは主のもとから出て行った。

ヨブの息子、娘が、長兄の家で宴会を開いていた日のことである。ヨブのもとに、一人の召使いが報告に来た。

「御報告いたします。わたしどもが、牛に畑を耕させ、その傍らでろばに草を食べさせておりますと、シェバ人が襲いかかり、略奪していきました。牧童たちは切り殺され、わたしひとりだけ逃げのびて参りました。」

彼が話し終らないうちに、また一人が来て言った。

「御報告いたします。天から神の火が降って、羊も羊飼いも焼け死んでしまいました。わたしひとりだけ逃げのびて参りました。」

彼が話し終らないうちに、また一人来て言った。

「御報告いたします。カルデア人が三部隊に分かれてらくだの群れを襲い、奪っていきました。牧童たちは切り殺され、わたしひとりだけ逃げのびて参りました。」

彼が話し終らないうちに、更にもう一人来て言った。「御報告いたします。御長男のお宅で、御子息、御息女の皆様が宴会を開いておられました。すると、荒れ野の方から大風が来て四方から吹きつけ、家は倒れ、若い方々は死んでしまわれました。わたしひとりだけ逃げのびて参りました。」

ヨブは立ち上がり、衣を裂き、髪をそり落とし、地にひれ伏して言った。

「わたしは裸で母の胎を出た。
裸でそこに帰ろう。
主は与え、主は奪う。
主の御名はほめたたえられよ。」
このような時にも、ヨブは神を非難することなく、罪を犯さなかった。
(ヨブ記第一章1~22)

続きます。

愛の樹オショチ†

ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵第1図「ヨブとその家族」、1825

2011-09-02

義人ヨブ記(Job)のはじめに

昔のことですが、親しい会社の社長さんから難題を持ち込まれました。

会社の経営に行き詰まり、アドバイスを求められたのです。

「この危機を乗り越える知恵を貸してください!」と。

あれこれ考えましたがなかなか良い知恵が浮かびません。一晩の猶予をもらい聖書に目を通していたとき、心が釘付けになりました。

それは旧約聖書ヨブ記でした。

わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」
このような時にも、ヨブは神を非難することなく、罪を犯さなかった。
ヨブ記1:21~22


次の日、社長さんに会い、ヨブ記の話をしました。

話を聞いていた社長さんが言いました。

ありがとうございます。
お陰様で心のなかのもやもやが吹っ切れました。
元々わたしは田舎で小さな会社を経営していたのですが、友人の借金で潰され、裸一貫で夜逃げしてきた人間ですから、あの時の苦労を思えば、今はまだまだ余裕があります。
心が挫け、弱さに負けていました。すっ裸になる覚悟が出来ました!すっ裸になる覚悟があれば、怖いものはありません!


それから、困難は付き纏いましたが、見事に危機を乗り越え会社を立て直しました。

今は、天国に移籍されましたが、あの時の顔の輝きが瞼に焼き付いています。

義人ヨブのひととなりを後で少し記述します。

その前に一言!
愛の樹ネット教会では聖日礼拝†の聖句を毎週更新しています。

現在は旧約聖書詩編です 。

このヨブ記は第1章から第42章で構成されています。

67ページになります。

詩編と重なりそうですが、オショチブログに連載します。

内容が今の日本人の試練に対する心の在り方、実際問題に苦しむ人々に生きる力と、励ましを与えてくれると、感じたからです。

義人ヨブの耐え難い苦難に私たち自身を重ね合わせて見ました。

彼は苦難を乗り越える力を与えられ、苦難の中で、神との直接的対話を求める中に、死を乗り越えた永遠の生命の可能性の思想に到達します。

旧約時代の背景を見ればまだ夜明けは遠く、全き希望の光!は見当たりませんが、ヨブ記には、新約の復活のあけぼのが予感されます。

ヨブ記の主人公は、あのパレスチナ南東エドム地方のウヅに住んでいた富める心の正しい人物だと記録されています。

およそ紀元前400年ごろに記述されています。

このヨブ記の物語は謎に包まれています。

定かではありませんが、ヨブ記の作者は、パレスチナに住んでいた、知恵文学者のひとりと想定されていますが、それ以外は謎に包まれ全く知ることはできません。

試練の始まりは?

その正しさゆえ、ヨブは神の誇りでした。

ある日サタンが彼の信仰の動機を功利主義的であると疑ったのが発端です。

サタンは、ヨブを苦難に落とし入れたら神を呪い、彼の信仰は偽物で化けの皮が剥がれると、神を挑発します。

このドラマはまるで詩劇的です。

序曲、本曲と、中間に劇詩が書かれた三部作のように思いました。

これから始まる義人ヨブの神とサタンの間に巻き込まれた詩劇を、私たち自身の心の奥深く展開する、神とサタンの闘いに置き換えてみると、ヨブ記の時代にタイムスリップして臨場感溢れる、3Dの立体画像が見られる可能性があります。

続きます。

愛の樹オショチ† 

ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵「表紙」、1825