2011-12-31

身体の痛み

腹膜にカテーテルの挿入時に、麻酔は効かなかったのですか?

よく頑張りましたね。
 
本当に死ぬ程の痛みを体験したものでないとこの苦しみは、わかりませんね。

私は、二年ほど前、突然水腎症になり左尿管にカテーテルを挿入する羽目になりました。

麻酔無しに耐えられますか?と、聞かれました。

麻酔無しの訳は、「肝臓と残った左腎臓の状態から、全身麻酔では危険があります」と、告げられたからで、覚悟して手術台に仰向けになりました。

慈恵医大本院泌尿器科のドクターから「これで(カテーテル挿入で)ダメなら、残った左腎臓にカテーテルを差し込むしか助かる方法は無い!」と話されました。
 
リスクを伴う手術でした。

あの時、麻酔無しの30分はゴルゴタの丘の磔刑にされたイエス様の苦痛をひたすら思い、脳裏に刻み付けて耐えました。

不可能と思われたカテーテル挿入、以前尿管癌の疑いで切除して縫いあわせた部分が硬くなり、カテーテルが挿入が難しくなりました。

ドクターに耐えられますか?と、手術途中で、再度聞かれ頷きました。

直ぐその後カテーテルは硬直化した縫い目を通過して無事終了しました。
 
思わずため息が出ました。

担当の木村高弘先生の額は汗だらけ、かたく握手して部屋に生還しました。

あなたの苦痛を考えながら思い出しています。

不思議なことに、痛みは脳に記憶されません。
 
ですから、また、痛みに挑戦できます。

必ずよくなると信じます†

年末年始の入院、もう少しの辛抱ですね。

神のご加護と、ご回復を祷ります†
 
お大事になさって下さい。


2011-12-30

今一度【祷告†】を読み返して

【祷告†】

『あなたの中の最良のものを。マザー・テレサ』

人は不合理、非論理、利己的です 気にすることなく、人をしなさい。


あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう 気にすることなく、善を行いなさい。


目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう 気にすることなく、やり遂げなさい。


善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう 気にすることなくし続けなさい。


あなたの"正直さと誠実さとが"、あなたを傷つけるでしょう 気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい。

あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう 気にすることなく作り続けなさい。


助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう 気にすることなく、助け続けなさい。


あなたの中の最良のものを、この世界に与えなさい、たとえそれが十分でなくても気にすることなく、最良のものをこの世界に与え続けなさい。


最後に振り返ると、あなたにもわかるはず、結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです。


あなたと他の人の間のことであったことは、一度もなかったのです。

マザー・テレサの祷りより†


愛の樹オショチ†

今年最後の締めくくりブログです 2011/12/30

どんな病気に対しても、医薬品や治療法があります。けれど、だれからも必要とされないという病気は、喜んで差しのべられる奉仕の手と、愛するための愛の心ががあるところでない限り、癒されたことはないと、わたしは思います。
→マザー・テレサの祷り
今年一年間、拙いブログにお付き合いいただき心より感謝いたします。

体力の低下、能力不足など、心の葛藤、限界を痛切に感じ何度もブログの中断を考えましたが、白血病で亡くなられた病友との約束→ネット教会の使命を思い返して、なんとか切り抜けてきました。

私事ですが、暮れの20日から風邪による高熱に襲われ、やっと体力も少しずつ回復に向かいはじめました。

主治医の先生方のきちんとした、指示と治療のお蔭で助かりました。
 
まだ、私に与えられた、神の使命が残されていると謙虚に受け止めました。

使命と言えば、【義人ヨブ記】の掲載はまだ前半に過ぎません。
 
難解な人間性、人間の心の暗闇に神の光が射し込んだときに、生じるさまざまな、問題、罪の意識、心の葛藤、さ迷う、霊魂など、私の手に余りますますが、書き記し、伝えよ!と、心に響く声に従ってきました。

来年一年間かけて、全章、記述掲載します。
 
中途半端なやり方は悔いを残します。

愛の樹ホームページを検索していただけたら幸いです。

また、ネット教会の聖句はダビデの詩編を連続掲載致します。

日本だけではなく、地球規模で多事多難の一年でした。憎しみ、報復、不和、貧困、殺戮、不義不正、嘘。
 
平和の真反対方向に、向かっている人類に神が救いの御手を差し伸べ、本来あるべき姿に導き返してくださるように切に願い祷り続けます†

神の義に飢え乾く魂のしもべより。
 
 

2011-12-25

今週の聖句 12月25日~31日

ルカ2:13~14

するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、
 
「いと高きところでは、神に栄光があるように、
地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

2011-12-18

今週の聖句 12月18日~24日

イザヤ書11:1~10(新共同訳)

     平和の王
  
エッサイの株からひとつの芽が萌えいで
その根からひとつの若枝が育ち

その上に主の霊がとどまる。知恵と識別の霊
思慮と勇気の霊
主を知り、畏れ敬う霊。

彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。
目に見えるところによって裁きを行わず
耳にするところによって弁護することはない。

弱い人のために正当な裁きを行い
この地の貧しい人を公平に弁護する。
その口の鞭をもって地を打ち
唇の勢いをもって逆らう者を死に至らせる。

正義をその腰の帯とし
真実をその身に帯びる。

狼は小羊と共に宿り
豹は子山羊と共に伏す。
子牛は若獅子と共に育ち
小さい子供がそれらを導く。

牛も熊も共に草をはみ
その子らは共に伏し
獅子も牛もひとしく干し草を食らう。

乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ
幼子は蝮の巣に手を入れる。

わたしの聖なる山においては
何ものも害を加えず、滅ぼすこともない。
水が海を覆っているように
大地は主を知る知識で満たされる。

その日が来れば
エッサイの根は
    すべての民の旗印として立てられ
国々はそれを求めて集う。
そのとどまるところは栄光に輝く。

イザヤ書42:1~4(新共同訳)

    主の僕の召命

見よ、わたしの僕、わたしが支える者を。
わたしが選び、喜び迎える者を。
彼の上にわたしの霊は置かれ
彼は国々の裁きを導き出す。

彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない。

傷ついた葦を折ることなく
暗くなってゆく灯心を消すことなく
裁きを導き出して、確かなものとする。

暗くなることも、傷つき果てることもない
この地に裁きを置くときまでは。
島々は彼の教えを待ち望む。

2011-12-17

霊・魂不滅って本当でしょうか

人間、病に犯され、精神的に不安に襲われると、残して行く家族。死後の暮らし、天国の消息、霊・魂の事などが気掛かりになります。

この際、わたし自身の体験と神から示されたことを、したためてみました。読み捨て頂ければ幸いです。

【霊・魂と生活生命】についてしたためたものです。

信仰熱心で、霊的感性の高いあなたの霊的な求めに、説明を補足します。少しややこしい説明ですが。


人間には【霊・と魂・と、生活生命】の、3つの命が与えられています†


3つの生命とは、まず、旧約のヘブル語と、新約のギリシャ語に記述があります。知っていると思いますが書きます。参考になればよいですが。


【霊】→ヘブル語の、ルアッハ→ギリシャ語ではプネウマ→語源の意味は動く空気です。永遠不滅の生命です。
「旧約聖書・創世記、士師記、エゼキエル、イザヤ、新約聖書・ルカ、マタイ」などに記述されています。
霊的なものは人間の目には見えませんね!

端的に言えば、霊は風のようです。
霊は神の所有物です。
霊を意のままにできる御方は神のみだと聖書は告げています。

【魂】→ヘブル語では→ネフシエ→ギリシヤ語ではプシュケー。
限体的生命。

前に、天路歴程に一度書いた記憶があります。

人間は二つの要素から成り立っ。精神と肉体と!ギリシャ人は、『ギリシヤ的な身体と精神的二面性を強調』したのに対して、

『ヘブル人は人間を具体的な、一個の統一的人格体』として把握しました。

魂→は人間その物の実体を表しています。感情、心、様々な意思、など実存体として表現されます。

つまり、人間の肉体に属する生命です。心臓などの臓器も中に含まれます。
昔の人は臓器に精神が宿ると考えました。


三番めの【生活生命】は、ギリシャ語のビオスです。具体的にはお金、財産、地位、名誉、健康など、この世的なものですが、人間は神の被造物ですが肉体がありますから、霊だけでは生きられません。

生きるに必要な生命の様々な糧、例えばパンなども必要です。

日本人には霊的感性が豊かにありますからある意味では、イエス様が活躍された、あの時代のヘブル人と共通点があると思います?

*霊は神の所有物。
*魂は人間の肉体に属す精神性。
*三番めは人間の肉体を維持するパンに象徴される物質的生命。

わたしのペンでは、霊的な神の御心の意を尽くすことは、不可能ですが参考にしてください†

天国は地上の日々の生活のありかたと連続しています。ただ肉体がないので、苦痛、不安は解消されます。

地上生活をさらに楽しく過ごせる完成形の世界です。安心してください†

クリスマス・アドベントに†

愛の樹オショチ†
 
 
 

2011-12-11

聖夜を前に† 義人ヨブ記(job)15

Photo by Oshochi

【神の慈しみと人間の罪過】

昨夜の皆既月食を見ながらふと!思いました。

昔・イスラエルの一寒村で起きた、神のドラマを。

御子・イエス・キリストのご生誕の意味を。

間近に居たのは、貧しい羊飼い、羊の群れ、ロバ、牧羊犬、などでした。神の御心にかなうものたちでした。

澄み渡る静かな夜空。ひときわ明るく輝く星☆
 
聖夜に立ち合えたのは、王侯貴族、偉い人間ではありませんでした。

遥か彼方、昔の出来事ですが、
御子・ご生誕を象徴するかのような、皆既月食に、魅入られました。

神秘的な光りを放つ天空。2千年以上も経つと言うのに、あの奇跡的ドラマが、身近に感ぜられるました。

今年、わたしたち人間は、世界中の至るところで、様々な異常気象による災害を、体験を、余儀なくされました。

被害を免れた人間は居ないはずです。

特に人間がこの手で作り出した…→、
これからずっと続く
放射線、放射能の被害は地球環境を著しく汚染し、環境破壊をもたらすでしょう!
地球生命の危機が一足一足近づいています。

わけてもわたしたちの足元で起きた、東日本大震災の悲劇は長く語り伝えられるでしょう!

コントロール不可能な原子爆弾が、平和利用の美句にすり替えられ、フクシマ原発の悲劇を生み出した人間性の悲劇を。日本はあの敗戦から、66年経ちました。人間同士の殺しあいはもう嫌です。
たくさんです。

ヒロシマ・ナガサキと、共に、決してわたしたちの記憶から消してはなりません。

人間性のごう慢さ、自己義認の過ち、危うさを、痛感します。
権力が利権と結び付き彼ら自身、心をコントロール不可能にする危険性は大問題です。

人間の過ちを正す力は神のみお持ちです。

神の光りに照らしだされて、人間性の奥底に潜む、醜悪さが暴きだされます。

これは、人間を創られた、父なる神。
【慈しみ】
だと思うのです。
光りに当てられ罪の浄化を促すのです。

人間の嘘は、わけても国を束ねる、立場の人間のうそ偽りは、
罪を重ねて取り返しのつかない事態を引き起こします。
ヨブ記は隠れた人間の本当の姿をえぐります。

【ヨブと三人の友の議論二】

テマン人エリファズは答えた。


知恵ある者が空虚な意見を述べたり
その腹を東風で満たしたりするであろうか。

無益な言葉をもって論じたり
役に立たない論議を重ねたりするであろうか。

あなたは神を畏れ敬うことを捨て
嘆き訴えることをやめた。

あなたの口は罪に導かれて語り
舌はこざかしい論法を選ぶ。

あなたを罪に定めるのはわたしではなく
 あなた自身の口だ。
あなたの唇があなたに不利な答えをするのだ。


あなたは最初の人間として生まれたのか。
山より先に生まれたのか。

神の奥義を聞き
知恵を自分のものとしたのか。

あなたの知っていることで
 わたしたちの知らないことがあろうか。

わたしたちには及びもつかないことを
 あなたが悟れるというのか。

わたしたちの中には白髪の老人もあり
あなたの父より年上の者もある。

神の慰めなどは取るに足らない
優しい言葉は役に立たない、というのか。

なぜ、あなたは取り乱すのか。
なぜ、あなたの目つきはいらだっているのか。

神に向かって憤りを返し
そんな言葉を口に出すとは何事か。


どうして、人が清くありえよう。
どうして、女から生まれた者が
 正しくありえよう。

神は聖なる人々をも信頼なさらず
天すら、神の目には清くない。

まして人間は、水を飲むように不正を飲む者
憎むべき汚れた者なのだ。


あなたに語ろう、聞きなさい。
わたしに示されたことを告げよう。

それは賢者たちの示したところ
それを彼らの父祖も隠さなかった。

これらの父祖にのみ、この地は与えられており
異国の者が侵すことはなかった。


さて、悪人の一生は不安に満ち
暴虐な者の生きる年数も限られている。

その耳には恐ろしい騒音が響く。
平安のさなかに略奪者が彼を襲うのだ。

暗黒を逃れうるとはもう信じられない。
彼の前には剣が待つのみだ。

彼はパンを求めてどことも知らずにさまよい
暗黒の訪れる時が間近いことを知る。

苦しみと悩みが彼を脅かし

戦いを挑む王のように攻めかかる。

彼は神に手向かい
全能者に対して傲慢にふるまい

厚い盾をかざして
 頑に神に向かって突進した。

顔は脂ぎって
腰にはぜい肉がついていたが

滅ぼされた町、無人となった家
瓦礫となる運命にある所に
 彼は住まねばならないであろう。

再び富むことなく、力も永らえず
その家畜は地に広がらない。

彼は暗黒から逃れられない。
熱風がその若枝を枯らし
神の口の息が吹き払う。

惑わされてむなしいものを信じるな。
その報いはむなしい。

時が来る前に枯れ
枝はその緑を失う。

未熟な実を荒らされるぶどうの木
花を落とすオリーブの木のようになる。

神を無視する者の一族に子は生まれず
賄賂を好む者の天幕は火に焼き尽くされる。

彼は苦しみをはらみ、災いを生む。
その腹は欺きをはぐくむ。

(ヨブ記第15章)

続きます。

愛の樹オショチ†

今週の聖句 12月11日~17日

詩篇37:20~40
しかし、悪しき者は滅び、
主の敵は牧場の栄えの枯れるように消え、
煙のように消えうせる。

悪しき者は物を借りて返すことをしない。
しかし正しい人は寛大で、施し与える。

主に祝福された者は国を継ぎ、
主にのろわれた者は断ち滅ぼされる。

人の歩みは主によって定められる。
主はその行く道を喜ばれる。

たといその人が倒れても、
全く打ち伏せられることはない、
主がその手を助けささえられるからである。

わたしは、むかし年若かった時も、年老いた今も、
正しい人が捨てられ、あるいはその子孫が
食物を請いあるくのを見たことがない。

正しい人は常に寛大で、物を貸し与え、
その子孫は祝福を得る。

悪をさけて、善を行え。
そうすれば、あなたはとこしえに住むことができる。

主は公義を愛し、
その聖徒を見捨てられないからである。
正しい者はとこしえに助け守られる。
しかし、悪しき者の子孫は断ち滅ぼされる。

正しい者は国を継ぎ、
とこしえにその中に住むことができる。

正しい者の口は知恵を語り、
その舌は公義を述べる。

その心には神のおきてがあり、
その歩みはすべることがない。

悪しき者は正しい人をうかがい、
これを殺そうとはかる。

主は正しい人を悪しき者の手にゆだねられない、
またさばかれる時、これを罪に定められることはない。

主を待ち望め、その道を守れ。
そうすれば、主はあなたを上げて、国を継がせられる。
あなたは悪しき者の
断ち滅ぼされるのを見るであろう。

わたしは悪しき者が勝ち誇って、
レバノンの香柏のようにそびえたつのを見た。

しかし、わたしが通り過ぎると、
見よ、彼はいなかった。
わたしは彼を尋ねたけれども見つからなかった。

全き人に目をそそぎ、直き人を見よ。
おだやかな人には子孫がある。

しかし罪を犯す者どもは共に滅ぼされ、
悪しき者の子孫は断たれる。

正しい人の救は主から出る。
主は彼らの悩みの時の避け所である。

主は彼らを助け、彼らを解き放ち、
彼らを悪しき者どもから解き放って救われる。
彼らは主に寄り頼むからである。

2011-12-10

今は祷り†の時

【天国を考えている】

これからは自分の余命と体力も考えて神のご意志に従う。

しばらく1人の時間を持ちたい。

誰彼とは、無関係で、ひたすら信仰の原点に立ち返るときを模索中†

1人でミッションに立ち上がった時はとても貧しく苦難はあったが純粋だった(今も貧しさは変わらないが)。

あの時の燃えたぎるひたむきな信仰、祷り†
あの時間の空白を埋めるのは容易ではない。

慈悲深き神のみ声を聞き確信を得るまで、皆も祷って欲しい†

必ず救い主の祝福がくる

クリスマス・アドベントに祷る人々へ!

愛の樹オショチ†
 
 フラ・アンジェリコ「受胎告知」1430年ごろ

2011-12-08

義人ヨブ記(job)14

クリスマス・待降節・(アドベント)に入っています。
世界中が騒つく、クリスマスです

マザーテレサの祷り†を掲載します。

神の愛が、罪の不幸や、世界を分断している恐怖、葛藤、緊張のすべてよりも、

無限に力があり、神の慈しみが、もっと優しいものであることを、わたしたちは、ほんとうに信じているのでしょうか、

もちろん、人間の手や心が作り上げた、
もっとも強力な爆弾や銃などは、比べものにならないことを。

【ヨブ記】14です。

人は女から生まれ、人生は短く
苦しみは絶えない。

花のように咲き出ては、しおれ
影のように移ろい、永らえることはない。

あなたが御目を開いて見ておられるのは
このような者なのです。このようなわたしをあなたに対して
裁きの座に引き出されるのですか。

汚れたものから清いものを
引き出すことができましょうか。
だれひとりできないのです。

人生はあなたが定められたとおり
月日の数もあなた次第。
あなたの決定されたことを人は侵せない。

御目をこのような人間からそらせてください。
彼の命は絶え
傭兵のようにその日を喜ぶでしょう。

木には希望がある、というように
木は切られても、また新芽を吹き
若枝の絶えることはない。

地におろしたその根が老い
幹が朽ちて、塵に返ろうとも

水気にあえば、また芽を吹き
苗木のように枝を張る。

だが、人間は死んで横たわる。
息絶えれば、人はどこに行ってしまうのか。


海の水が涸れ
川の流れが尽きて干上がることもあろう。

だが、倒れ伏した人間は
再び立ち上がることなく
天の続くかぎりは
その眠りから覚めることがない。


どうか、わたしを陰府に隠してください。
あなたの怒りがやむときまで
わたしを覆い隠してください。
しかし、時を定めてください
わたしを思い起こす時を。

人は死んでしまえば
もう生きなくてもよいのです。
苦役のようなわたしの人生ですから
交替の時が来るのをわたしは待ち望んでいます。

呼んでください、わたしはお答えします。
御手の業であるわたしを尋ね求めてください。

その時には、わたしの歩みを数えてください。
わたしの過ちにもはや固執することなく

わたしの罪を袋の中に封じ込め
わたしの悪を塗り隠してください。


しかし、山が崩れ去り
岩がその場から移され

水が石を打ち砕き
大地が塵となって押し流される時が来ても
人の望みはあなたに絶たれたままだ。

あなたは人をいつまでも攻め、追いやられる。
あなたは彼の顔かたちを変えて、追い払われる。

その子らが名誉を得ても、彼は知ることなく
彼らが不幸になっても、もう悟らない。

彼はひとり、その肉の痛みに耐え
魂の嘆きを忍ぶだけだ。

(ヨブ記第14章)

人々の心に本物の平和と幸せが与えられますよに祷ります†

続きます。
愛の樹オショチ†
 ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵12「ヨブの悪い夢」、1825

2011-12-07

赤い冬景色

久しぶりの散歩道で見かけた赤い冬景色(赤く色づいた道端の小さな木)です。

愛の樹オショチ†
 
 photo by Oshohci

2011-12-04

今週の聖句 12月4日~10日

詩篇37:1~19
ダビデの歌

悪をなす者のゆえに、心を悩ますな。
不義を行う者のゆえに、ねたみを起すな。

彼らはやがて草のように衰え、
青菜のようにしおれるからである。

主に信頼して善を行え。
そうすればあなたはこの国に住んで、安きを得る。

主によって喜びをなせ。
主はあなたの心の願いをかなえられる。

あなたの道を主にゆだねよ。
主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、

あなたの義を光のように明らかにし、
あなたの正しいことを真昼のように明らかにされる。

主の前にもだし、耐え忍びて主を待ち望め。
おのが道を歩んで栄える者のゆえに、
悪いはかりごとを遂げる人のゆえに、心を悩ますな。

怒りをやめ、憤りを捨てよ。
心を悩ますな、これはただ悪を行うに至るのみだ。

悪を行う者は断ち滅ぼされ、
主を待ち望む者は国を継ぐからである。

悪しき者はただしばらくで、うせ去る。
あなたは彼の所をつぶさに尋ねても彼はいない。

しかし柔和な者は国を継ぎ、
豊かな繁栄をたのしむことができる。

悪しき者は正しい者にむかって
はかりごとをめぐらし、これにむかって歯がみする。

しかし主は悪しき者を笑われる、
彼の日の来るのを見られるからである。

悪しき者はつるぎを抜き、弓を張って、
貧しい者と乏しい者とを倒し、
直く歩む者を殺そうとする。

しかしそのつるぎはおのが胸を刺し、
その弓は折られる。

正しい人の持ち物の少ないのは、
多くの悪しきの者の豊かなのにまさる。

悪しき者の腕は折られるが、
主は正しい者を助けささえられるからである。

主は全き者のもろもろの日を知られる。
彼らの嗣業はとこしえに続く。

彼らは災の時にも恥をこうむらず、
ききんの日にも飽き足りる。

2011-11-27

今週の聖句 11月27日〜12月3日

 マルコ16:9~20

〔週の初めの日の朝早く、イエスはよみがえって、まずマグダラのマリヤに御自身をあらわされた。イエスは以前に、この女から七つの悪霊を追い出されたことがある。
マリヤは、イエスと一緒にいた人々が泣き悲しんでいる所に行って、それを知らせた。
彼らは、イエスが生きておられる事と、彼女に御自身をあらわされた事とを聞いたが、信じなかった。

この後、そのうちのふたりが、いなかの方へ歩いていると、イエスはちがった姿で御自身をあらわされた。
このふたりも、ほかの人々の所に行って話したが、彼らはその話を信じなかった。

その後、イエスは十一弟子が食卓についているところに現れ、彼らの不信仰と、心のかたくななことをお責めになった。彼らは、よみがえられたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。 そして彼らに言われた、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。信じてバプテスマを受ける者は救われる。しかし、不信仰の者は罪に定められる。信じる者には、このようなしるしが伴う。すなわち、彼らはわたしの名で悪霊を追い出し、新しい言葉を語り、 へびをつかむであろう。また、毒を飲んでも、決して害を受けない。病人に手をおけば、いやされる」。

主イエスは彼らに語り終ってから、天にあげられ、神の右にすわられた。弟子たちは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主も彼らと共に働き、御言に伴うしるしをもって、その確かなことをお示しになった。〕

2011-11-26

義人ヨブ記(job)13

少し早めですが、ヨブ記と待降節・に寄せて†

夭折した天才詩人・石川啄木の生きざまと彼の言葉が思いだされます。

啄木は、山形の田舎の貧しい寺の住職だった父に向かって『他人の借り物の言葉でなく自分の言葉で語れ!』と、厳しく言い放ち家を出ました。

天才啄木ならではの深く心を抉る言葉です。
 
石川啄木(wikipediaより)

最近、年を重ね、人生を振り返る機会が増えました。
あれこれ思うのですが、平凡な生き方でも、誰かのためになる。

人間は人との関わり合い無しに生きては行けない生き物です。

誰かが居なければ、心に穴が空いてしまう。それが人間の姿でしょう。

身近な人を失った友人がいます。哀しみの解消には長い年月が必要です。

神に出会うまで何故こんな目に遭うつたのか?神の真意は不明。何故…?
哀しみと疑問に付き纏われます。

ヨブ記を通していろいろ考えさせられる毎日です。

【ヨブ記13】

そんなことはみな、わたしもこの目で見
この耳で聞いて、よく分かっている。

あなたたちの知っていることぐらいは
わたしも知っている。
あなたたちに劣ってはいない。

わたしが話しかけたいのは全能者なのだ。
わたしは神に向かって申し立てたい。

あなたたちは皆、偽りの薬を塗る
 役に立たない医者だ。

どうか黙ってくれ
黙ることがあなたたちの知恵を示す。

わたしの議論を聞き
この唇の訴えに耳を傾けてくれ。


神に代わったつもりで、あなたたちは不正を語り
欺いて語るのか。

神に代わったつもりで論争するのか。
そんなことで神にへつらおうというのか。

人を侮るように神を侮っているが
神に追及されてもよいのか。

たとえひそかにでも、へつらうなら
神は告発されるであろう。

その威厳は、あなたたちを脅かし
恐れがふりかかるであろう。

あなたたちの主張は灰の格言
弁護は土くれの盾にすぎない。


黙ってくれ、わたしに話させてくれ。
どんなことがふりかかって来てもよい。

たとえこの身を自分の歯にかけ
魂を自分の手に置くことになってもよい。

そうだ、神はわたしを殺されるかもしれない。
だが、ただ待ってはいられない。
わたしの道を神の前に申し立てよう。

このわたしをこそ
 神は救ってくださるべきではないか。
神を無視する者なら
 御前に出るはずはないではないか。

よく聞いてくれ、わたしの言葉を。
わたしの言い分に耳を傾けてくれ。

見よ、わたしは訴えを述べる。
わたしは知っている、わたしが正しいのだ。

わたしのために争ってくれる者があれば
もはや、わたしは黙って死んでもよい。


ただ、やめていただきたいことが二つあります
 御前から逃げ隠れはいたしませんから。

わたしの上から御手を遠ざけてください。
御腕をもって脅かすのをやめてください。

そして、呼んでください、お答えします。
わたしに語らせてください、返事をしてください。

罪と悪がどれほどわたしにあるのでしょうか。
わたしの罪咎を示してください。

なぜ、あなたは御顔を隠し
わたしを敵と見なされるのですか。

風に舞う木の葉のようなわたしをなお震えさせ
乾いたもみ殻のようなわたしを追いまわされる。

わたしに対して苦い定めを書き記し
若い日の罪をも今なお負わせられる。

わたしに足枷をはめ、行く道を見張り続け
一歩一歩の跡を刻みつけておかれる。

このようにされれば
 だれでもしみに食われた衣のようになり
朽ち果てるほかはありません。

(ヨブ記第13章)
続きます。

愛の樹オショチ†

2011-11-24

義人ヨブ記(job)12

新共同訳聖書の記述より。

【ヨブ記12†】
ヨブは答えた。

確かにあなたたちもひとかどの民。
だが、死ねばあなたたちの知恵も死ぬ。

あなたたち同様、わたしにも心があり
あなたたちに劣ってはいない。
だれにもそのくらいの力はある。

神に呼びかけて
 答えていただいたこともある者が
 友人たちの物笑いの種になるのか。
神に従う無垢な人間が
 物笑いの種になるのか。

人の不幸を笑い、よろめく足を嘲ってよいと
 安穏に暮らす者は思い込んでいるのだ。

略奪者の天幕は栄え
神を怒らせる者
 神さえ支配しようとする者は安泰だ。


獣に尋ねるがよい、教えてくれるだろう。
空の鳥もあなたに告げるだろう。

大地に問いかけてみよ、教えてくれるだろう。
海の魚もあなたに語るだろう。

彼らはみな知っている。
 主の御手がすべてを造られたことを。

すべての命あるものは、肉なる人の霊も
 御手の内にあることを。

耳は言葉を聞き分け
口は食べ物を味わうではないか。

知恵は老いた者と共にあり

分別は長く生きた者と共にあるというが

神と共に知恵と力はあり
神と共に思慮分別もある。

神が破壊したものは建て直されることなく
閉じ込められた人は解放されることがない。

神が水を止めれば干ばつとなり
水を放てば地の姿は変わる。

力も策も神と共にあり
迷うこと、迷わせることも神による。

神は参議をはだしで行かせ

裁判官を狂いまわらせ
王の権威を解き
腰の帯をもって彼らをつながれる。

祭司をはだしで行かせ
地位ある者をその地位から引き降ろされる。

信任厚い者の口を閉ざし
長老の判断を失わせ

自由な者に嘲りを浴びせかけ
強い者の帯を断ち切られる。

神は暗黒の深い底をあらわにし
死の闇を光に引き出される。

国々を興し、また滅ぼし
国々を広げ、また限られる。

この地の民の頭たちを混乱に陥れ
道もなく茫漠としたさかいをさまよわせられる。

光もなく、彼らは闇に手探りし
酔いしれたかのように、さまよう。


photo by Oshochi
写真は丹沢の晩秋の黄昏です。

続きます。
愛の樹オショチ†

2011-11-22

Nとの往復メール

Sの苦しみを考えて昨夜はまんじりともしなかった。
神が最善に導いてくださるように†
オショチ†

はい、ありがとうございます!
私が暗い顔をしていては駄目ですものね。今ヨブ記を読んでいます† 


辛いかもしれないが、天寿癌がある。
 
神の思し召し、究極の命の付与だと思う。

人間は死を恐れるが行き先(目当て)が、はっきりしないと、いたずらに不安に駆り立てられ、神を見失う!

離別を哀しみ、悲嘆にくれる。
 
だが又再会を果たす!安心して良い。

キリストの示された(約束)天国は肉体の苦しみから解放される場所。

これは我々人間の心身の弱さ、未熟さ、痛み、苦しみの解放であると同時に、新たな生命の獲得、より質の高い生命を得る新たなスタートラインになる。

自由自在の存在者に(実体のある命)なる。己個人のあしきものが欠点が、キリストの聖霊で浄められ、生まれてきた意味、様々な苦難、なぜこんなに目に遭ったのかその謎が解けて、真の幸せを理解熟知する。神の思し召しに感動する。

新たな命を付与される。行きたい場所に愛する人の心の中に、願ったその瞬間そこにいる!!
自由自在の存在だから、時空は障害物にならない!

この世の姿、残してきた愛する家族の毎日が見えるし、地上に居たときより鮮明に物事が把握、理解出来る。

キリストに任せていれば全ての願い事が成就する†
死後家族との再会もある。

天国には地上の重さは無いから、地上界とは勝手が違うが?

神の定めた幸せな世界には、別れ話とか?健康、経済問題など不安材料は存在しない。

我々人間の地球の価値観、命を奪う、時間とは違う、幸せで、平安と祝福の無限∞の時間がある!

地上界の時間は肉体を引きずる重い足取りの時間だが、天国は
軽やかな解放された本物の世界†

悲しいかな人間は神に対して(天国の生活について)無知に近い。

別れは、永遠の新たな親しい家族との始まりだから解放される喜びに期待しょう!

例えば、Sの家族構成は天国で一層豊かに、しかも偽りの無い 愛の家族に成長するカラフルになる†

無限∞、永遠不滅の時間を過ごす体験に入るが必ず守護天使たちがキリストの命を受けて素晴らしい生活をアドバイスし、与えてくれる†

気が遠くなる時空は無限∞の涯しない無の空間のようだが、我々の懐かしいホームグランドだから心配ない。
 
神のおいでになる命のふるさとだから!
キリストの贖罪で与えられた愛に満たされた天国だから。

病が癌であれ何であれ絶望的になることは無い。

束の間の命。
最後まで楽しんで、楽しく暮らそうと思う。

最後は感謝と喜びに満たされ一足早天国に帰り、皆を待ち受ける!

死を超越する力がある。人間の命の時間は
神が創造者として
責任を持ってくださる!!

病も恵みなり。愛なり†

アーメン・ハレルヤ†

オショチ†

2011-11-20

今週の聖句 11月20日〜26日

詩篇36篇

聖歌隊の指揮者によってうたわせた主のしもべダビデの歌

とがは悪しき者にむかい、その心のうちに言う。
その目の前に神を恐れる恐れはない。

彼は自分の不義があらわされないため、
また憎まれないために、みずからその目でおもねる。

その口の言葉はよこしまと欺きである。
彼は知恵を得ることと、善を行う事とをやめた。

彼はその床の上でよこしまな事をたくらみ、
よからぬ道に身をおいて、悪をきらわない。

主よ、あなたのいつくしみは天にまで及び、
あなたのまことは雲にまで及ぶ。

あなたの義は神の山のごとく、
あなたのさばきは大きな淵のようだ。
主よ、あなたは人と獣とを救われる。

神よ、あなたのいつくしみはいかに尊いことでしょう。
人の子らはあなたの翼のかげに避け所を得、

あなたの家の豊かなのによって飽き足りる。
あなたはその楽しみの川の水を彼らに飲ませられる。

いのちの泉はあなたのもとにあり、
われらはあなたの光によって光を見る。

どうか、あなたを知る者に絶えずいつくしみを施し、
心の直き者に絶えず救を施してください。

高ぶる者の足がわたしを踏み、
悪しき者の手がわたしを追い出すことを
ゆるさないでください。

悪を行う者はそこに倒れ、
彼らは打ち伏せられて、起きあがることはできない。

2011-11-15

【祷告†】

『あなたの中の最良のものを。マザー・テレサ』

人は不合理、非論理、利己的です 気にすることなく、人をしなさい。

あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう 気にすることなく、善を行いなさい。 
目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう 気にすることなく、やり遂げなさい。

善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう 気にすることなくし続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう 気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい。

あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう 気にすることなく作り続けなさい。

助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう 気にすることなく、助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを、この世界に与えなさい、たとえそれが十分でなくても気にすることなく、最良のものをこの世界に与え続けなさい。

最後に振り返ると、あなたにもわかるはず、結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです。

あなたと他の人の間のことであったことは、一度もなかったのです。

マザー・テレサの祷りより†
愛の樹オショチ†
 
 

2011-11-08

義人ヨブ記(job)11

【祷り†】

主よ
あなたの平和を
人びとにもたらす道具として
わたしをお使いください。

憎しみのあるところに愛を
不当な扱いのあるところに
ゆるしを

分裂のあるところに一致を

疑惑のあるところに信仰を
誤っているところに真理を

絶望のあるところに希望を

くらやみに光を
悲しみのあるところに喜びを
もっていくことが
できますように。

(マザー・テレサとその世界より)

『義人ヨブ11』の物語
ナアマ人ツォファルは話し始めた。

これだけまくし立てられては
答えないわけにいくまい。口がうまければそれで正しいと
認められるだろうか。

あなたの無駄口が人々を黙らせるだろうか。
嘲りの言葉を吐いて
恥をかかずに済むだろうか。

あなたは言う。
「わたしの主張は正しい。あなたの目にもわたしは潔白なはずだ」

と。

しかし、神があなたに対して唇を開き
何と言われるか聞きたいものだ。

神が隠しておられるその知恵を
その二重の効果をあなたに示されたなら
あなたの罪の一部を見逃していてくださったと
あなたにも分かるだろう。

あなたは神を究めることができるか。
全能者の極みまでも見ることができるか。

高い天に対して何ができる。
深い陰府について何が分かる。

神は地の果てよりも遠く
海原よりも広いのに。

神が傍らに来て捕え、集めるなら
誰が取り返しえようか。

神は偽る者を知っておられる。
悪を見て、放置されることはない。

生まれたときには人間も
ろばの子のようなものだ。
しかし、愚かな者も賢くなれる。

もし、あなたも正しい方向に思いをはせ
神に向かって手を伸べるなら

また、あなたの手からよこしまなことを遠ざけ
あなたの天幕に不正をとどめないなら

その時こそ
あなたは晴れ晴れと顔を上げ、動ずることなく
恐怖を抱くこともないだろう。

その時、あなたは労苦を忘れ
それを流れ去った水のように思うだろう。

人生は真昼より明るくなる。
暗かったが、朝のようになるだろう。

希望があるので安心していられる。
安心して横たわるために、自分のねぐらを掘り

うずくまって眠れば、脅かす者はない。
多くの人があなたの好意を求める。

だが、神に逆らう者の目はかすむ。
逃れ場を失って
希望は最後の息を吐くように絶える。

(ヨブ記第11章)

続きます。
愛の樹オショチ†
ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵11「三人の友によって難詰されるヨブ」、1825

2011-11-06

今週の聖句 11月6日〜19日

詩篇35篇
ダビデの歌

主よ、わたしと争う者とあらそい、
わたしと戦う者と戦ってください。

盾と大盾とを執って、
わたしを助けるために立ちあがってください。

やりと投げやりとを抜いて、
わたしに追い迫る者に立ちむかい、
「わたしはおまえの救である」と、
わたしに言ってください。

どうか、わたしの命を求める者を
はずかしめ、いやしめ、
わたしにむかって悪をたくらむ者を退け、
あわてふためかせてください。

彼らを風の前のもみがらのようにし、
主の使に彼らを追いやらせてください。

彼らの道を暗く、なめらかにし、
主の使に彼らを追い行かせてください。

彼らはゆえなくわたしのために網を隠し、
ゆえなくわたしのために穴を掘ったからです。

不意に滅びを彼らに臨ませ、
みずから隠した網にとらえられ、
彼らを滅びに陥らせてください。

そのときわが魂は主によって喜び、
その救をもって楽しむでしょう。

わたしの骨はことごとく言うでしょう、
「主よ、だれかあなたにたぐうべき者がありましょう。
あなたは弱い者を強い者から助け出し、
弱い者と貧しい者を、
かすめ奪う者から助け出される方です」と。

悪意のある証人が起って、
わたしの知らない事をわたしに尋ねる。

彼らは悪をもってわたしの善に報い、
わが魂を寄るべなき者とした。

しかし、わたしは彼らが病んだとき、
荒布をまとい、断食してわが身を苦しめた。
わたしは胸にこうべをたれて祈った、

ちょうど、わが友、わが兄弟のために
悲しんだかのように。
わたしは母をいたむ者のように
悲しみうなだれて歩きまわった。

しかし彼らはわたしのつまずくとき、喜びつどい、
ともに集まってわたしを責めた。
わたしの知らない他国の者は
わたしをののしってやめなかった。

彼らはますます、けがす言葉をもってあざけり、
わたしにむかって歯をかみならした。

主よ、いつまであなたはながめておられますか、
わたしを彼らの破壊から、
わたしのいのちを若きししから救い出してください。

わたしは大いなるつどいの中で、あなたに感謝し、
多くの民の中で、あなたをほめたたえるでしょう。

偽ってわたしの敵となった者どもの
わたしについて喜ぶことを許さないでください。
ゆえなく、わたしを憎む者どもの
たがいに目くばせすることを許さないでください。

彼らは平和を語らず、
国のうちに穏やかに住む者にむかって
欺きの言葉をたくらむからです。

彼らはわたしにむかって口をあけひろげ、
「あはぁ、あはぁ、われらの目はそれを見た」と
言います。

主よ、あなたはこれを見られました。
もださないでください。
主よ、わたしに遠ざからないでください。

わが神、わが主よ、
わがさばきのため、わが訴えのために奮いたち、
目をさましてください。

わが神、主よ、
あなたの義にしたがってわたしをさばき、
わたしの事について彼らを喜ばせないでください。

彼らにその心のうちで、
「あはぁ、われらの願ったことが達せられた」と
言わせないでください。
また彼らに「われらは彼を滅ぼしつくした」と
言わせないでください。

わたしの災を喜ぶ者どもを
ともに恥じ、あわてふためかせてください。
わたしにむかって誇りたかぶる者どもに
恥と、はずかしめとを着せてください。

わたしの義を喜ぶ者をば
喜びの声をあげて喜ばせ、
「そのしもべの幸福を喜ばれる主は大いなるかな」と
つねに言わせてください。

わたしの舌はひねもすあなたの義と、
あなたの誉とを語るでしょう。

2011-11-03

義人ヨブ記(job)10

【純粋】
まじりけのないこと。かけひきがなく、ひたむきなこと。


【純真無垢】
けがれやいつわりがなくきよらかなこと。

【従順】
すなおで"神"の言うことにさからわないようす。

イエスの短いご生涯は天父に、ご自身を捧げ尽くした。
【純粋】
【純真無垢】
【従順】
この、言葉に要約されると思います。

御子は、天父の、神の御心に従い、人間の贖罪の生け贄となりました!

旧約聖書の記述は川の流れに例えるなら、様々な大小の河川であり、この河川は、主・イエス・キリストの実証された愛と希望と復活の大海に注ぎ込まれて行きます。

旧約の神は恐れられましたが、それは御子・イエス・キリストの実証された、新約の大海に注ぎ込まれ、愛と希望と復活と奇跡の物語に姿を変えて行きます。

御子は、夜明けの暗がりの空に輝く明けの明星です†
生きる力の源です†

『義人ヨブ10』の物語

わたしの魂は生きることをいとう。
嘆きに身をゆだね、悩み嘆いて語ろう。

神にこう言おう。
「わたしに罪があると言わないでください。
なぜわたしと争われるのかを教えてください。

手ずから造られたこのわたしを虐げ退けて
あなたに背く者のたくらみには光を当てられる。
それでいいのでしょうか。

あなたも肉の目を持ち
人間と同じ見方をなさるのですか。

人間同様に一生を送り
男の一生に似た歳月を送られるのですか。

なぜわたしをとがめ立てし
過ちを追及なさるのですか

わたしが背く者ではないと知りながら
あなたの手から
わたしを救いうる者はないと知りながら。

御手をもってわたしを形づくってくださったのに
あなたはわたしを取り巻くすべてのものをも
わたしをも、呑み込んでしまわれる。


心に留めてください
土くれとしてわたしを造り
塵に戻されるのだということを。

あなたはわたしを乳のように注ぎ出し
チーズのように固め
骨と筋を編み合わせ
それに皮と肉を着せてくださった。

わたしに命と恵みを約束し
あなたの加護によって
わたしの霊は保たれていました。

しかし、あなたの心に隠しておられたことが
今、わたしに分かりました。

もし過ちを犯そうものなら
あなたはそのわたしに目をつけ
悪から清めてはくださらないのです。

逆らおうものなら、わたしは災いを受け
正しくても、頭を上げることはできず
辱めに飽き、苦しみを見ています。

わたしが頭をもたげようものなら
あなたは獅子のように襲いかかり
繰り返し、わたしを圧倒し

わたしに対して次々と証人を繰り出し
いよいよ激しく怒り
新たな苦役をわたしに課せられます。


なぜ、わたしを母の胎から引き出したのですか。
わたしなど、だれの目にも止まらぬうちに
死んでしまえばよかったものを。

あたかも存在しなかったかのように
母の胎から墓へと運ばれていればよかったのに。

わたしの人生など何ほどのこともないのです。
わたしから離れ去り、立ち直らせてください。

二度と帰って来られない暗黒の死の闇の国に
わたしが行ってしまう前に。

その国の暗さは全くの闇で
死の闇に閉ざされ、秩序はなく
闇がその光となるほどなのだ。」

(ヨブ記第10章)
続きます。
愛の樹オショチ†
  ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵10「エリパズの幻視」、1825

2011-10-30

義人ヨブ記(job)9

『義人ヨブ』の苦難を見ていると、神の御心を計りかねます。
神と人間の関わりとは何か?真の信仰とは何か?深く考えさせられます。

ヨブ記は最後までハラハラします。

42章の【結び】がなければ絶望的になりそうです!

神との道行きは険しい道です!何故?人は幸せを求めながら、かくも苦しむのか?
そのヒントがヨブ記に詳しく記述されています。


最後まで神の試練に耐えた義人ヨブのその後の繁栄は、人間の及びもつかない祝福の証です!


『ヨブは答えた。』
それは確かにわたしも知っている。
神より正しいと主張できる人間があろうか。
神と論争することを望んだとしても
千に一つの答えも得られないだろう。

御心は知恵に満ち、力に秀でておられる。
神に対して頑になりながら
 なお、無傷でいられようか。

神は山をも移される。
怒りによって山を覆されるのだと誰が知ろう。

神は大地をその立つ所で揺り動かし
地の柱は揺らぐ。
神が禁じられれば太陽は昇らず
星もまた、封じ込められる。

神は自ら天を広げ、海の高波を踏み砕かれる。

神は北斗やオリオンを
すばるや、南の星座を造られた。

神は計り難く大きな業を
数知れぬ不思議な業を成し遂げられる。

神がそばを通られてもわたしは気づかず
過ぎ行かれてもそれと悟らない。

神が奪うのに誰が取り返せよう。
「何をするのだ」と誰が言いえよう。

神は怒りを抑えられることなく
ラハブに味方する者も
 神の足もとにひれ伏すであろう。


わたしのようなものがどうして神に答え
神に対して言うべき言葉を選び出せよう。

わたしの方が正しくても、答えることはできず
わたしを裁く方に憐れみを乞うだけだ。

しかし、わたしが呼びかけても返事はなさるまい。
わたしの声に耳を傾けてくださるとは思えない。

神は髪の毛一筋ほどのことでわたしを傷つけ
理由もなくわたしに傷を加えられる。
息つく暇も与えず、苦しみに苦しみを加えられる。

力に訴えても、見よ、神は強い。
正義に訴えても
 証人となってくれるものはいない。

わたしが正しいと主張しているのに
 口をもって背いたことにされる。

無垢なのに、曲がった者とされる。
無垢かどうかすら、もうわたしは知らない。
生きていたくない。

だからわたしは言う、同じことなのだ、と
神は無垢な者も逆らう者も
 同じように滅ぼし尽くされる、と。

罪もないのに、突然、鞭打たれ
 殺される人の絶望を神は嘲笑う。

この地は神に逆らう者の手にゆだねられている。
神がその裁判官の顔を覆われたのだ。
ちがうというなら、誰がそうしたのか。


わたしの人生の日々は
 飛脚よりも速く飛び去り
幸せを見ることはなかった。

葦の小舟に乗せられたかのように流れ去り
獲物を襲う鷲のように速い。

嘆きを忘れよう
この有様を離れて立ち直りたいと言ってみても
苦しみの一つ一つがわたしに危惧を抱かせ
無罪と認めてもらえないことがよく分かる。

わたしは必ず罪ありとされるのだ。
なぜ、空しく労することがあろうか。

雪解け水でからだを洗い
灰汁で手を清めても
あなたはわたしを汚物の中に沈め
着ているものさえわたしにはいとわしい。


このように、人間ともいえないような者だが
わたしはなお、あの方に言い返したい。
あの方と共に裁きの座に出ることができるなら

あの方とわたしの間を調停してくれる者
仲裁する者がいるなら
わたしの上からあの方の杖を
 取り払ってくれるものがあるなら

その時には、あの方の怒りに脅かされることなく
恐れることなくわたしは宣言するだろう
わたしは正当に扱われていない、と。

(ヨブ記第9章)

続きます。

愛の樹オショチ†
 
 ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵9「ヨブの絶望」、1825

今週の聖句 10月30日〜11月5日

詩篇34篇
ダビデがアビメレクの前で狂ったさまをよそおい、追われて出ていったときの歌

わたしは常に主をほめまつる。
そのさんびはわたしの口に絶えない。

わが魂は主によって誇る。
苦しむ者はこれを聞いて喜ぶであろう。

わたしと共に主をあがめよ、
われらは共にみ名をほめたたえよう。

わたしが主に求めたとき、主はわたしに答え、
すべての恐れからわたしを助け出された。

主を仰ぎ見て、光を得よ、
そうすれば、あなたがたは、
恥じて顔を赤くすることはない。

この苦しむ者が呼ばわったとき、主は聞いて、
すべての悩みから救い出された。

主の使は主を恐れる者のまわりに
陣をしいて彼らを助けられる。

主の恵みふかきことを味わい知れ、
主に寄り頼む人はさいわいである。

主の聖徒よ、主を恐れよ、
主を恐れる者には乏しいことがないからである。

若きししは乏しくなって飢えることがある。
しかし主を求める者は良き物に欠けることはない。

子らよ、来てわたしに聞け、
わたしは主を恐るべきことをあなたがたに教えよう。

さいわいを見ようとして、いのちを慕い、
ながらえることを好む人はだれか。

あなたの舌をおさえて悪を言わせず、
あなたのくちびるをおさえて偽りを言わすな。

悪を離れて善をおこない、
やわらぎを求めて、これを努めよ。

主の目は正しい人をかえりみ、
その耳は彼らの叫びに傾く。

主のみ顔は悪を行う者にむかい、
その記憶を地から断ち滅ぼされる。

正しい者が助けを叫び求めるとき、主は聞いて、
彼らをそのすべての悩みから助け出される。

主は心の砕けた者に近く、
たましいの悔いくずおれた者を救われる。

正しい者には災が多い。
しかし、主はすべてその中から彼を助け出される。

主は彼の骨をことごとく守られる。
その一つだに折られることはない。

悪は悪しき者を殺す。
正しい者を憎む者は罪に定められる。

主はそのしもべらの命をあがなわれる。
主に寄り頼む者はひとりだに
罪に定められることはない。

2011-10-23

今週の聖句 10月23日〜29日

マタイ6:19~34

あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。

むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。

あなたの宝のある所には、心もあるからである。

目はからだのあかりである。だから、あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいだろう。

しかし、あなたの目が悪ければ、全身も暗いだろう。だから、もしあなたの内なる光が暗ければ、その暗さは、どんなであろう。

だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。

それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。

空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。

あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。

また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。

しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。

だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。

これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。

まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。

だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である

2011-10-20

義人ヨブ記(job)8

はじめに!

義人ヨブの生涯に思いを馳せます。

時々、神に向かって大声で、さ叫びたい、気持ちに襲われます!!
神の愛がわかっていてもです!

神智学(セオソフイア)

神々の持ち給う智識である/
それは決して憶測でもなければ学説でもない/
また人間の知恵が造り出した神学や教学でもない/
それは宇宙の生成と人間の生成と両者の全事実に関する体系である
言いかえれば/
神々より啓示され、かつ不可視の世界より
人類を霊導される、
高位の存在方みずからが直接体験によって直知された、宇宙生成学と人間生成学とである/
故にそれは信仰ではなく、信仰の次元を超えた知識である/
A・E・パウエル


シュア人ビルダドは話し始めた。

いつまで、そんなことを言っているのか。
あなたの口の言葉は激しい風のようだ。
神が裁きを曲げられるだろうか。
全能者が正義を曲げられるだろうか。

あなたの子らが
 神に対して過ちを犯したからこそ
彼らをその罪の手にゆだねられたのだ。

あなたが神を捜し求め
全能者に憐れみを乞うなら

また、あなたが潔白な正しい人であるなら
神は必ずあなたを顧み
あなたの権利を認めて
 あなたの家を元どおりにしてくださる。

過去のあなたは小さなものであったが
未来のあなたは非常に大きくなるであろう。

過去の世代に尋ねるがよい。
父祖の究めたところを確かめてみるがよい。
わたしたちはほんの昨日からの存在で
何も分かってはいないのだから。

地上での日々は影にすぎない。
父祖はあなたを教え導き
心に悟ったところから語りかけるであろう。

沼地でもない所で、パピルスが育とうか
水もないところで葦が茂ろうか。

芽を出すや否や、切られもしないのに
 どんな草よりも早く枯れる。

すべて神を忘れる者の道はこのようだ。
神を無視する者の望みは消えうせ
頼みの綱は断ち切られる。

よりどころはくもの巣のようなもの。
家によりかかっても家はそれに堪えず
すがりついてもそれは立ちえない。

水があれば葦は太陽にも負けず
園に若枝を芽生えさせる。根を石にまつわらせ
その石と石の奥にまで入り込み
その場所では呑み込まれたようでも
お前など知らない、と拒まれても
葦は、生き生きと道を探りほかの土から芽を出す。

そのように、無垢な人を退けることもせず
悪を行う者の手を取って
支えることもなさらない神は

なお、あなたの口に笑いを満たし
あなたの唇に歓びの叫びを与えてくださる。

あなたを憎む者は恥を被り
神に逆らう者の天幕は消えうせるであろう。
ヨブ記8:1~ 21
続きます。

愛の樹オショチ†
ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵8「ヨブを慰める人たち」、1825

2011-10-16

今週の聖句 10月16日~22日

詩篇33篇

正しき者よ、主によって喜べ、
さんびは直き者にふさわしい。

琴をもって主をさんびせよ、
十弦の立琴をもって主をほめたたえよ。

新しい歌を主にむかって歌い、
喜びの声をあげて巧みに琴をかきならせ。

主のみことばは直く、
そのすべてのみわざは真実だからである。

主は正義と公平とを愛される。
地は主のいつくしみで満ちている。

もろもろの天は主のみことばによって造られ、
天の万軍は主の口の息によって造られた。

主は海の水を水がめの中に集めるように集め、
深い淵を倉におさめられた。

全地は主を恐れ、
世に住むすべての者は主を恐れかしこめ。

主が仰せられると、そのようになり、
命じられると、堅く立ったからである。

主はもろもろの国のはかりごとをむなしくし、
もろもろの民の企てをくじかれる。

主のはかりごとはとこしえに立ち、
そのみこころの思いは世々に立つ。

主をおのが神とする国はさいわいである。
主がその嗣業として選ばれた民はさいわいである。

主は天から見おろされ、
すべての人の子らを見、

そのおられる所から
地に住むすべての人をながめられる。
主はすべて彼らの心を造り、
そのすべてのわざに心をとめられる。

王はその軍勢の多きによって救を得ない。
勇士はその力の大いなるによって助けを得ない。

馬は勝利に頼みとならない。
その大いなる力も人を助けることはできない。

見よ、主の目は主を恐れる者の上にあり、
そのいつくしみを望む者の上にある。

これは主が彼らの魂を死から救い、
ききんの時にも生きながらえさせるためである。

われらの魂は主を待ち望む。
主はわれらの助け、われらの盾である。

われらは主の聖なるみ名に信頼するがゆえに、
われらの心は主にあって喜ぶ。
主よ、われらが待ち望むように、
あなたのいつくしみをわれらの上にたれてください。

2011-10-13

義人ヨブ記(Job)7

人間、死を間近にすると、今まで見えなかったものが見えたり、気がつかなかった、こまごました事に気付いたりします。

不思議に心身が研ぎ澄すまされます。

他者への、優しさが与えられます。

鬼の様な心にも、慈悲心が与えられます。

心が変化します。

覚悟が与えられます。

死の恐怖感が薄らぎます。

人間に死を与えたもう御方がそうなさるのでしょう!

『この地上に生きる人間は兵役にあるようなもの。
傭兵のように日々を送らなければならない。

奴隷のように日の暮れるのを待ち焦がれ
傭兵のように報酬を待ち望む。

そうだ
わたしの嗣業はむなしく過ぎる月日。
労苦の夜々が定められた報酬。

横たわればいつ起き上がれるのかと思い
夜の長さに倦み
いらだって夜明けを待つ。
肉は蛆虫とかさぶたに覆われ
皮膚は割れ、うみが出ている。

わたしの一生は機の梭よりも速く望みもないままに過ぎ去る。

(注:梭→ひ。

機織りの横糸を巻いて管を入れて左右に忙しく動く船の形の道具)

忘れないでください
わたしの命は風にすぎないことを。
わたしの目は二度と幸いを見ないでしょう。

わたしを見ている目は、やがてわたしを見失い
あなたが目を注がれても
わたしはもういないでしょう。


密雲も薄れ、やがて消え去る。
そのように、人も陰府に下れば
もう、上ってくることはない。

再びその家に帰ることはなく
住みかもまた、彼を忘れてしまう。

わたしも口を閉じてはいられない。
苦悶のゆえに語り、悩み嘆いて訴えよう。

わたしは海の怪物なのか竜なのか
わたしに対して見張りを置かれるとは。

「床に入れば慰めもあろう

横たわれば嘆きも治まる」と思ったが
あなたは夢をもってわたしをおののかせ
幻をもって脅かされる。

わたしの魂は息を奪われることを願い
骨にとどまるよりも死を選ぶ。

もうたくさんだ、いつまでも生きていたくない。
ほうっておいてください
わたしの一生は空しいのです。


人間とは何なのか。
なぜあなたはこれを大いなるものとし
これに心を向けられるのか。

朝ごとに訪れて確かめ
絶え間なく調べられる。

いつまでもわたしから目をそらされない。
唾を飲み込む間すらも
ほうっておいてはくださらない。

人を見張っている方よ
わたしが過ちを犯したとしても
あなたにとってそれが何だというのでしょう。
なぜ、わたしに狙いを定められるのですか。
なぜ、わたしを負担とされるのですか。

なぜ、わたしの罪を赦さず
悪を取り除いてくださらないのですか。
今や、わたしは横たわって塵に返る。
あなたが捜し求めても
わたしはもういないでしょう。』

(ヨブ記7:1~21)

続きます。
愛の樹オショチ†
ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵7「腫物でヨブを撃つサタン」、1825

2011-10-07

神の祝福と警告!ヨブ記 インターミッション

ヨブ記を読んでいただき、ありがとうございます。

今まで、オショチの識るかぎり教会で真面目に、真剣にヨブ記が読まれた形跡がありません。

軽くあしらわれていました。

誰かさんの天罰論とは質が違います。

人間同士の天罰論は言葉遊びとしては、在るでしょうが、ヨブ記の物語性は正しく解説をしなければと、思い立ちました。
今のままでは、人類は滅びそうです!

ヨブ記は警世の書です!
天災は昔から無知な人間に教訓として様ざな形で警告を発してきましたが、愚かな人々は神の警告は無視し、都合の良い祝福と平安と繁栄だけを求めてきました。
ヨブ記では彼の仲間同士が、自分たちは正しい、品行方正な存在者だと錯誤しているのです!

書くのはその過ちを指摘するだめです。

毎回、真剣にヨブ記を読んでいただきありがとうございます。
神の豊かな祝福を祷りつつ†
アーメン・ハレルヤ†
愛の樹オショチ†
 ヨブ記を書記官に書き取らせるグレゴリウスⅠ世

2011-10-03

義人ヨブ記(Job)6

急に寒くなりました。北の国では、昨年より早く雪が降ったり。
樹氷が見られたり。


あの猛暑から秋を飛び越え、一足飛びに冬の到来を予感します。


ヨブ記をお届けいたします!結びまであと
36回あります。
受難時代に入りました。最後まで神を信じたヨブに訪れた、
真の幸せと神の祝福をお知らせするのが掲載の目的です†

ヨブは答えた。

わたしの苦悩を秤にかけ
わたしを滅ぼそうとするものを
すべて天秤に載せるなら

今や、それは海辺の砂よりも重いだろう。
わたしは言葉を失うほどだ。

全能者の矢に射抜かれ
わたしの霊はその毒を吸う。
神はわたしに対して脅迫の陣を敷かれた。

青草があるのに野ろばが鳴くだろうか。
飼葉があるのに牛がうなるだろうか。
味のない物を塩もつけずに食べられようか。
玉子の白身に味があろうか。

わたしのパンが汚れたもののようになれば
わたしの魂は触れることを拒むだろう。

神よ、わたしの願いをかなえ
望みのとおりにしてください。

神よ、どうかわたしを打ち砕き
御手を下し、滅ぼしてください。

仮借ない苦痛の中でもだえても
なお、わたしの慰めとなるのは
聖なる方の仰せを覆わなかったということです。

わたしはなお待たなければならないのか。
そのためにどんな力があるというのか。

なお忍耐しなければならないのか。
そうすればどんな終りが待っているのか。

わたしに岩のような力があるというのか。
このからだが青銅のようだというのか。

いや、わたしにはもはや助けとなるものはない。
力も奪い去られてしまった。

絶望している者にこそ
友は忠実であるべきだ。

さもないと
全能者への畏敬を失わせることになる。

わたしの兄弟は流れのようにわたしを欺く。
流れが去った後の川床のように。

流れは氷に暗く覆われることもあり
雪が解けて流れることもある。

季節が変わればその流れも絶え
炎暑にあえば、どこかへ消えてしまう。

そのために隊商は道に迷い

混沌に踏み込んで道を失う。

テマの隊商はその流れを目当てにし
シェバの旅人はそれに望みをかけて来るが
確信していたのに、裏切られ
そこまで来て、うろたえる。

今や、あなたたちもそのようになった。
破滅を見て、恐れている。
わたしが言ったことがあろうか
「頼む、わたしのために
あなたたちの財産を割いて
苦しめる者の手から救い出し
暴虐な者の手からわたしを贖ってくれ」と。

間違っているなら分からせてくれ
教えてくれれば口を閉ざそう。
率直な話のどこが困難なのか。
あなたたちの議論は何のための議論なのか。

言葉数が議論になると思うのか。
絶望した者の言うことを風にすぎないと思うのか。

あなたたちは孤児をすらくじで取り引きし
友をさえ売り物にするのか。

だが今は、どうかわたしに顔を向けてくれ。
その顔に、偽りは言わない。

考え直してくれ
不正があってはならない。
考え直してくれ
わたしの正しさが懸っているのだ。

わたしの舌に不正があろうか
わたしの口は滅ぼすものを
わきまえていないだろうか。

(ヨブ記6:1~30)

続きます。
愛の樹オショチ†
ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵6「主の御前から進んで行くサタンと、ヨブの施し」、1825

2011-10-02

今週の聖句 10月2日〜15日

詩篇32篇
ダビデのマスキールの歌

そのとががゆるされ、
その罪がおおい消される者はさいわいである。

主によって不義を負わされず、
その霊に偽りのない人はさいわいである。

わたしが自分の罪を言いあらわさなかった時は、
ひねもす苦しみうめいたので、
わたしの骨はふるび衰えた。

あなたのみ手が昼も夜も、
わたしの上に重かったからである。
わたしの力は、夏のひでりによってかれるように、
かれ果てた。〔セラ

わたしは自分の罪をあなたに知らせ、
自分の不義を隠さなかった。
わたしは言った、
「わたしのとがを主に告白しよう」と。
その時あなたはわたしの犯した罪をゆるされた。〔セラ

このゆえに、すべて神を敬う者はあなたに祈る。
大水の押し寄せる悩みの時にも
その身に及ぶことはない。

あなたはわたしの隠れ場であって、
わたしを守って悩みを免れさせ、
救をもってわたしを囲まれる。〔セラ

わたしはあなたを教え、あなたの行くべき道を示し、
わたしの目をあなたにとめて、さとすであろう。

あなたはさとりのない馬のようであってはならない。
また騾馬のようであってはならない。
彼らはくつわ、たづなをもっておさえられなければ、
あなたに従わないであろう。

悪しき者は悲しみが多い。
しかし主に信頼する者はいつくしみで囲まれる。

正しき者よ、主によって喜び楽しめ、
すべて心の直き者よ、喜びの声を高くあげよ。

2011-09-29

義人ヨブ記(Job)5

ヨブはひたすら神の義を求めました。

義認は神の恵みによる賜物として与えられる、義とされる道は、自己義認ではなく、神のゆるしによる。

この点で、ヨブとパウロの類似点が読みとれます!

あのイエスの弟子、使徒パウロ。

パウロは、クリスチャン狩りの途上、ダマスコでイエスの霊光に射たれ回心を体験して、迫害者から宣教者に変貌します。

彼はキリストから聖霊の力を受け、聖霊の愛こそが、人々を愛の業へと導き出すと確信して、壮大で困難な、30年の波乱の伝道者の生涯を閉じました。

身体的には持病に加え、小柄で見栄えのしない、風采の上がらない人物だと記録されています!
 
神の器は人間の価値とは違います。

【テマン人エリファズの議論】
呼んでみよ
 あなたに答える者がいるかどうか。
聖なるものをおいて、誰に頼ろうというのか。

愚か者は怒って自ら滅び
無知な者はねたんで死に至る。
愚か者が根を張るのを見て
 わたしは直ちにその家を呪った。

「その子らは安全な境遇から遠ざけられ
助ける者もなく町の門で打ち砕かれるがよい。

彼らの収穫は、飢えた人が食い尽くし
その富は、渇いた人が飲み尽くし
その財産は、やせ衰えた人が奪うがよい。」

塵からは、災いは出てこない。
土からは、苦しみは生じない。
それなのに、人間は生まれれば必ず苦しむ。
火花が必ず上に向かって飛ぶように。

わたしなら、神に訴え
神にわたしの問題を任せるだろう。

計り難く大きな業を
数知れぬ不思議な業を成し遂げられる方に。

神は地の面に雨を降らせ
野に水を送ってくださる。卑しめられている者を高く上げ
嘆く者を安全な境遇に引き上げてくださる。

こざかしい者の企てを砕いて
彼らの手の業が成功することを許されない。

知恵ある者はさかしさの罠にかかり
よこしまな者はたくらんでも熟さない。
真昼にも、暗黒に出会い
昼も、夜であるかのように手探りする。

神は貧しい人を剣の刃から

権力者の手から救い出してくださる。

だからこそ、弱い人にも希望がある。
不正はその口を閉ざすであろう。

見よ、幸いなのは
 神の懲らしめを受ける人。
全能者の戒めを拒んではならない。
彼は傷つけても、包み
打っても、その御手で癒してくださる。

六度苦難が襲っても、あなたを救い
七度襲っても
 災いがあなたに触れないようにしてくださる。

飢饉の時には死から
戦いの時には剣から助け出してくださる。

あなたは、陥れる舌からも守られている。
略奪する者が襲っても
 恐怖を抱くことはない。
略奪や飢饉を笑っていられる。
地の獣に恐怖を抱くこともない。

野の石とは契約を結び
野の獣とは和解する。

あなたは知るだろう
あなたの天幕は安全で
牧場の群れを数えて欠けるもののないことを。

あなたは知るだろう
あなたの子孫は増え
一族は野の草のように茂ることを。

麦が実って収穫されるように
あなたは天寿を全うして墓に入ることだろう。

見よ、これが我らの究めたところ。
これこそ確かだ。
よく聞いて、悟るがよい。 
(ヨブ記5:1~21)
 ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵5「主の御前から進んで行くサタンと、ヨブの施し」、1825

2011-09-25

今週の聖句 9月25日〜10月1日

詩篇31篇
聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌

主よ、わたしはあなたに寄り頼みます。
とこしえにわたしをはずかしめず、
あなたの義をもってわたしをお助けください。

あなたの耳をわたしに傾けて、
すみやかにわたしをお救いください。
わたしのためにのがれの岩となり、
わたしを救う堅固な城となってください。

まことに、あなたはわたしの岩、わたしの城です。
み名のためにわたしを引き、わたしを導き、

わたしのためにひそかに設けた網から
わたしを取り出してください。
あなたはわたしの避け所です。

わたしは、わが魂をみ手にゆだねます。
主、まことの神よ、
あなたはわたしをあがなわれました。

あなたはむなしい偶像に心を寄せる者を憎まれます。
しかしわたしは主に信頼し、

あなたのいつくしみを喜び楽しみます。
あなたがわたしの苦しみをかえりみ、
わたしの悩みにみこころをとめ、

わたしを敵の手にわたさず、
わたしの足を広い所に立たせられたからです。

主よ、わたしをあわれんでください。
わたしは悩み苦しんでいます。
わたしの目は憂いによって衰え、
わたしの魂も、からだもまた衰えました。

わたしのいのちは悲しみによって消えゆき、
わたしの年は嘆きによって消えさり、
わたしの力は苦しみによって尽き、
わたしの骨は枯れはてました。

わたしはすべてのあだにそしられる者となり、
隣り人には恐れられ、
知り人には恐るべき者となり、
ちまたでわたしを見る者は避けて逃げます。

わたしは死んだ者のように人の心に忘れられ、
破れた器のようになりました。

まことに、わたしは多くの人のささやくのを聞きます、
「至る所に恐るべきことがある」と。
彼らはわたしに逆らってともに計り、
わたしのいのちを取ろうと、たくらむのです。

しかし、主よ、わたしはあなたに信頼して、言います、
「あなたはわたしの神である」と。

わたしの時はあなたのみ手にあります。
わたしをわたしの敵の手と、
わたしを責め立てる者から救い出してください。

み顔をしもべの上に輝かせ、
いつくしみをもってわたしをお救いください。

主よ、わたしはあなたに呼ばわります、
わたしをはずかしめないでください。
悪しき者に恥をうけさせ、
彼らに声をあげさせずに陰府に行かせてください。

高ぶりと侮りとをもって正しい者をみだりにそしる
偽りのくちびるをつぐませてください。

あなたを恐れる者のためにたくわえ、
あなたに寄り頼む者のために
人の子らの前に施されたあなたの恵みは
いかに大いなるものでしょう。

あなたは彼らをみ前のひそかな所に隠して
人々のはかりごとを免れさせ、
また仮屋のうちに潜ませて
舌の争いを避けさせられます。

主はほむべきかな、
包囲された町のようにわたしが囲まれたとき、
主は驚くばかりに、いつくしみをわたしに示された。

わたしは驚きあわてて言った、
「わたしはあなたの目の前から断たれた」と。
しかしわたしがあなたに助けを呼び求めたとき、
わたしの願いを聞きいれられた。

すべての聖徒よ、主を愛せよ。
主は真実な者を守られるが、
おごりふるまう者にはしたたかに報いられる。

すべて主を待ち望む者よ、
強くあれ、心を雄々しくせよ。

2011-09-23

義人ヨブ記(Job)4

わたし自身は【ヨブ】ほど悲惨ではありませんが、正直に告白します。

満身創痍の身を時には持て余し、神に死を求めたたこともありました。

今は、神の御心のままに精一杯生きる事が神の御心に叶い、使命を果たすことだと気付かされ、霊魂の永遠のふるさと、天国を望み見て、苦しくても、生きる気力、勇気、希望を持ち続けています†

さて!
それだけにヨブの嘆きが身に染みます。

ヨブが豊かな頃の友人たちのヨブと…。

目前の落ちぶれた、ヨブに浴びせかける、かつての親しい友人たちの厳しい叱責の言葉は、如何に正しく見えても、ヨブの受難がまさか?サタンの神への挑発だとは知らぬ、人間の知の限界をつくづく思い知らされます。

霊界の争いは熾烈です!

悲しいかな人間の肉眼には見えません。
 
霊的世界、超在界は人間の推理をはるかに超えた別次元の世界です!

それゆえ、時に人が人を裁く権力、法律的正義感の過ちを感じてなりません。
 
人間は、まだまだ未完成な存在でしょう!

【ヨブと三人の友の議論】

テマン人エリファズは話し始めた。
 
あえてひとこと言ってみよう。
あなたを疲れさせるだろうが
 誰がものを言わずにいられようか。

あなたは多くの人を諭し
力を失った手を強めてきた。
あなたの言葉は倒れる人を起こし
くずおれる膝に力を与えたものだった。
だが、そのあなたの上に何事かふりかかると
 あなたは弱ってしまう。

それがあなたの身に及ぶと、おびえる。
神を畏れる生き方が
 あなたの頼みではなかったのか。

完全な道を歩むことが
 あなたの希望ではなかったのか。

考えてみなさい。罪のない人が滅ぼされ
正しい人が絶たれたことがあるかどうか。

わたしの見てきたところでは
災いを耕し、労苦を蒔く者が
災いと労苦を収穫することになっている。

彼らは神の息によって滅び
怒りの息吹によって消えうせる。
獅子がほえ、うなっても
  その子らの牙は折られてしまう。

雄が獲物がなくて滅びれば
雌の子らはちりぢりにされる。

忍び寄る言葉があり
わたしの耳はそれをかすかに聞いた。
夜の幻が人を惑わし
深い眠りが人を包むころ
恐れとおののきが臨み
わたしの骨はことごとく震えた。

風が顔をかすめてゆき
身の毛がよだった。
何ものか、立ち止まったが

その姿を見分けることはできなかった。
ただ、目の前にひとつの形があり
沈黙があり、声が聞こえた。

「人が神より正しくありえようか。
造り主より清くありえようか。

神はその僕たちをも信頼せず
御使いたちをさえ賞賛されない。

まして人は
 塵の中に基を置く土の家に住む者。

しみに食い荒らされるように、崩れ去る。
日の出から日の入りまでに打ち砕かれ
心に留める者もないままに、永久に滅び去る。

天幕の綱は引き抜かれ
施すすべも知らず、死んでゆく。」

(ヨブ記4:1~21)

続きます。

愛の樹オショチ†
 
ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵3「ヨブにその不幸を告げる使者たち」、1825
 

台風一過 倒木と可憐な花


いつもの散歩道の仲良しの椎の木が無惨にも割けていました。

倒れた大きな木の近くに可憐な花が咲いていました。

台風15号の爪痕です。
身近に自然の不思議な命の営みを発見しました。

愛の樹オショチ†


義人ヨブ記(Job)3

この物語は人間の理解力をはるかに超えた、全能なる神に御心が何処にありや!を必死に問い掛ける飾り気のない!ヨブの訴え掛けです。
愛の樹オショチ†

【ヨブの嘆き】
『やがてヨブは口を開き、自分の生まれた日を呪って、言った。
わたしの生まれた日は消えうせよ。
男の子をみごもったことを告げた夜も。

その日は闇となれ。
神が上から顧みることなく
光もこれを輝かすな。

暗黒と死の闇がその日を贖って取り戻すがよい。
密雲がその上に立ちこめ
昼の暗い影に脅かされよ。

闇がその夜をとらえ
その夜は年の日々に加えられず
月の一日に数えられることのないように。

その夜は、はらむことなく喜びの声もあがるな。
日に呪いをかける者
レビヤタンを呼び起こす力ある者が
その日を呪うがよい。

その日には、夕べの星も光を失い
待ち望んでも光は射さず
曙のまばたきを見ることもないように。

その日が、わたしをみごもるべき腹の戸を閉ざさず
この目から労苦を隠してくれなかったから。

なぜ、わたしは母の胎にいるうちに
死んでしまわなかったのか。

せめて、生まれてすぐに息絶えなかったのか。
なぜ、膝があってわたしを抱き
乳房があって乳を飲ませたのか。

それさえなければ、今は黙して伏し
憩いを得て眠りについていたであろうに。
今は廃虚となった町々を築いた
地の王や参議らと共に

金を蓄え、館を銀で満たした諸侯と共に。

なぜわたしは、葬り去られた流産の子
光を見ない子とならなかったのか。

そこでは神に逆らう者も暴れ回ることをやめ
疲れた者も憩いを得
捕われ人も、共にやすらぎ
追い使う者の声はもう聞こえない。

そこには小さい人も大きい人も共にいて
奴隷も主人から自由になる。

なぜ、労苦する者に光を賜り
悩み嘆く者を生かしておかれるのか。
彼らは死を待っているが、死は来ない。
地に埋もれた宝にもまさって
死を探し求めているのに。

墓を見いだすことさえできれば
喜び躍り、歓喜するだろうに。
行くべき道が隠されている者の前を
神はなお柵でふさがれる。

日ごとのパンのように嘆きがわたしに巡ってくる。
湧き出る水のようにわたしの呻きはとどまらない。

恐れていたことが起こった
危惧していたことが襲いかかった。
静けさも、やすらぎも失い
憩うこともできず、わたしはわななく。』
ヨブ記3:1~26
ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵3「サタンによるヨブの息子たちと娘たちの破滅 」、1825
 

2011-09-18

今週の聖句 9月18日〜24日

詩篇30篇
宮をささげるときにうたったダビデの歌

主よ、わたしはあなたをあがめます。
あなたはわたしを引きあげ、
敵がわたしの事によって喜ぶのを、
ゆるされなかったからです。

わが神、主よ、
わたしがあなたにむかって助けを叫び求めると、
あなたはわたしをいやしてくださいました。

主よ、あなたはわたしの魂を陰府からひきあげ、
墓に下る者のうちから、
わたしを生き返らせてくださいました。

主の聖徒よ、主をほめうたい、
その聖なるみ名に感謝せよ。

その怒りはただつかのまで、
その恵みはいのちのかぎり長いからである。
夜はよもすがら泣きかなしんでも、
朝と共に喜びが来る。

わたしは安らかな時に言った、
「わたしは決して動かされることはない」と。

主よ、あなた恵みをもって、
わたしをゆるがない山のように堅くされました。
あなたがみ顔をかくされたので、
わたしはおじ惑いました。

主よ、わたしはあなたに呼ばわりました。
ひたすら主に請い願いました、

「わたしが墓に下るならば、
わたしの死になんの益があるでしょうか。
ちりはあなたをほめたたえるでしょうか。
あなたのまことをのべ伝えるでしょうか。

主よ、聞いてください、わたしをあわれんでください。
主よ、わたしの助けとなってください」と。

あなたはわたしのために、嘆きを踊りにかえ、
荒布を解き、喜びをわたしの帯とされました。

これはわたしの魂があなたをほめたたえて、
口をつぐむことのないためです。
わが神、主よ、
わたしはとこしえにあなたに感謝します。

2011-09-16

Bさんへ〜ヨブ記と私たち

ヨブ記は最後に神の意図、愛が分かります。

長い掲載になりますが、はじめに書いたヨブの信仰、人となりを改めて読み返しください†

今、苦難に直面している兄弟姉妹がいます。
 
人生の苦難を乗り越えて欲しいと願い掲載中です

段々、友人たちの咎めが厳しさを増して行きますが、ヨブは信仰を貫きます。
 
神を心底信じていましたから。

正義気取りの、巧みな言葉のトリックに気をつけて読んでください!
 
聖書は心読、霊読、してください!

2011-09-15

義人ヨブ記(Job)2

注:ヨブの友人の名は新共同訳では()内の人名を用います。

エリバズ→(エリファズ)

ビルダテ→(ビルダト)

ゾバル→(ツォファル)

  またある日、主の前に神の使いたちが集まり、サタンも来て、主の前に進み出た。主はサタンに言われた。
「お前はどこから来た。」
「地上を巡回しておりました。ほうぼうを歩きまわっていました」とサタンは答えた。

  主はサタンに言われた。
「お前はわたしの僕ヨブに気づいたか。地上に彼ほどの者はいまい。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている。お前は理由もなく、わたしを唆して彼を破滅させようとしたが、彼はどこまでも無垢だ。」

  サタンは答えた。
「皮には皮を、と申します。まして命のためには全財産を差し出すものです。手を伸ばして彼の骨と肉に触れてごらんなさい。面と向かってあなたを呪うにちがいありません。」

  主はサタンに言われた。
「それでは、彼をお前のいいようにするがよい。ただし、命だけは奪うな。」

  サタンは主の前から出て行った。サタンはヨブに手を下し、頭のてっぺんから足の裏までひどい皮膚病にかからせた。ヨブは灰の中に座り、素焼きのかけらで体中をかきむしった。

  彼の妻は、
「どこまでも無垢でいるのですか。神を呪って、死ぬ方がましでしょう」と言ったが、ヨブは答えた。
「お前まで愚かなことを言うのか。わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」
  このようになっても、彼は唇をもって罪を犯すことをしなかった。

  さて、ヨブと親しいテマン人エリファズ、シュア人ビルダド、ナアマ人ツォファルの三人は、ヨブにふりかかった災難の一部始終を聞くと、見舞い慰めようと相談して、それぞれの国からやって来た。遠くからヨブを見ると、それと見分けられないほどの姿になっていたので、嘆きの声をあげ、衣を裂き、天に向かって塵を振りまき、頭にかぶった。彼らは七日七晩、ヨブと共に地面に座っていたが、その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった。』

(ヨブ記2:1〜13)
続きます。
愛の樹オショチ†


ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵2「神の玉座の前のサタン」、1825

2011-09-11

今週の聖句 9月11日〜17日

詩篇29篇
ダビデの歌

神の子らよ、主に帰せよ、
栄光と力とを主に帰せよ。

み名の栄光を主に帰せよ、
聖なる装いをもって主を拝め。

主のみ声は水の上にあり、
栄光の神は雷をとどろかせ、
主は大水の上におられる。

主のみ声は力があり、
主のみ声は威厳がある。

主のみ声は香柏を折り砕き、
主はレバノンの香柏を折り砕かれる。

主はレバノンを子牛のように踊らせ、
シリオンを若い野牛のように踊らされる。

主のみ声は炎をひらめかす。

主のみ声は荒野を震わせ、
主はカデシの荒野を震わされる。

主のみ声はかしの木を巻きあげ、また林を裸にする。

その宮で、すべてのものは呼ばわって言う、
「栄光」と。

主は洪水の上に座し、
主はみくらに座して、とこしえに王であらせられる。

主はその民に力を与え、
平安をもってその民を祝福されるであろう。

2011-09-04

今週の聖句 9月4日〜10日

詩篇28篇
ダビデの歌

主よ、わたしはあなたにむかって呼ばわります。
わが岩よ、わたしにむかって
耳しいとならないでください。
もしあなたが黙っておられるならば、おそらく、
わたしは墓に下る者と等しくなるでしょう。

わたしがあなたにむかって助けを求め、
あなたの至聖所にむかって手をあげるとき、
わたしの願いの声を聞いてください。

悪しき者および悪を行う者らと共に
わたしを引き行かないでください。
彼らはその隣り人とむつまじく語るけれども、
その心には害悪をいだく者です。

どうぞ、そのわざにしたがい、
その悪しき行いにしたがって彼らに報い、
その手のわざにしたがって彼らに報い、
その受くべき罰を彼らに与えてください。

彼らは主のもろもろのみわざと、
み手のわざとを顧みないゆえに、
主は彼らを倒して、再び建てられることはない。

主はほむべきかな。
主はわたしの願いの声を聞かれた。

主はわが力、わが盾。
わたしの心は主に寄り頼む。
わたしは助けを得たので、わたしの心は大いに喜び、
歌をもって主をほめたたえる。

主はその民の力、
その油そそがれた者の救のとりでである。

どうぞ、あなたの民を救い、あなたの嗣業を恵み、
彼らの牧者となって、とこしえに彼らをいだき導いてください。

義人ヨブ記(Job)1

聖書は新共同訳を用いました。新共同訳の言葉遣いが初めて聖書に触れるお方に理解しやすいと思いました。

微妙な言葉遣いもあります。

ヨブの思い、苦難が、より身近に親しく伝わればと考えました。

前置きはこのくらいにします。

【内容区分】

序曲はヨブ記1章から2章にかけて、友人たち(エリバズ・ビルダテ・ゾバル)との、論争から始まります。

あまり使いたくない言葉ですが、神議論です。

古代ユダヤ人の思想はキリストを攻撃した律法主義者のパリサイ人と同質の人々です。

従来は義人がなぜ苦しむのか?という、いわゆる神議論が唯一の主題であるかのように考えられてきましたが、それだけでは納得理解できないことが人生には多々あります。

簡単に割り切れませんなぜなら人間は神ではありませんから。神のなさることは、私たちの理解を越えて、到底、理解不可能です。

一例をあげれば、まだ若い子育て中の母親が幼子を残して、死んでいきます。

なぜ?神は、幼子から母を奪うのでしょうか?

無惨です。悲惨です。言葉にならない苦しみです。

まだまだこれから前途有望な若者たちが、不条理な争いに巻き込まれて命を落とします。

暗闇で謀られた得体の知れない、国家権力などの闇の権力と利権がらみの暴力が、愛国、民主主義、等々の、さもらしい大義名分の、言葉にすり替えられて悲惨な争いの種になる。

グローバル社会。

自由経済、市場原理主義、経済政策などは大国の、あるいは貪欲な人間の仕掛けた罠では?と、つい疑いたくなります。

貧しい国の弱みにつけこんだ資源の強奪!搾取のすり替えです!

以前、拙著、(舞い降りた天使たち)に、書きましたが、謀ごと、不正と暴力で栄えた国為政者、権力者は皆無です!彼らを待ち受けているのは敗北です!

わたしもイエスに従う弟子の一人です。

イエスの教えは人々の真の幸せを願うことです。

その幸せは、私たちの心から遠く離れてしまいました。

イエスが望まれた反対方向に向かっています。

義人ヨブは2400年前に人間の愚かさ罪の因果(原因と経過と結果)を、身をもって体験しました。

ヨブ記の序曲と終曲にヨブの神に対する、真実の愛、真実の礼拝、無私の善が示されています。

"正しい行いの人物が何故?苦しむのか?"

ヨブに突然襲い掛かった悲劇に対して神に、真意を問い掛ける、絶望と、神のみ知る答えを知りたいと願う、ヨブの苦しみを改めて思います。

ヨブの友人たちは神の真意を知るよしもなく、ヨブが密かに罪を犯したと言う彼らの目線、人間の常識で裁きます。

人間の因果律から抜け出せない彼らが、義人ヨブを裁くのです。

少し周り口説い説明になりました。

得体の知れない権力に対して感情的な表現は適切さを欠くおそれもありますが、ご容赦ください。

【事の起こり】

ウツの地にヨブという人がいた。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていた。七人の息子と三人の娘を持ち、羊七千匹、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭の財産があり、使用人も非常に多かった。彼は東の国一番の富豪であった。

息子たちはそれぞれ順番に、自分の家で宴会の用意をし、三人の姉妹も招いて食事をすることにしていた。この宴会が一巡りするごとに、ヨブは息子たちを呼び寄せて聖別し、朝早くから彼らの数に相当するいけにえをささげた。「息子たちが罪を犯し、心の中で神を呪ったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつもこのようにした。

ある日、主の前に神の使いたちが集まり、サタンも来た。主はサタンに言われた。

「お前はどこから来た。」

「地上を巡回しておりました。ほうぼうを歩きまわっていました」とサタンは答えた。

主はサタンに言われた。

「お前はわたしの僕ヨブに気づいたか。地上に彼ほどの者はいまい。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている。」

サタンは答えた。

「ヨブが、利益もないのに神を敬うでしょうか。あなたは彼とその一族、全財産を守っておられるではありませんか。彼の手の業をすべて祝福なさいます。お陰で、彼の家畜はその地に溢れるほどです。ひとつこの辺で、御手を伸ばして彼の財産に触れてごらんなさい。面と向かってあなたを呪うにちがいありません。」

主はサタンに言われた。

「それでは、彼のものを一切、お前のいいようにしてみるがよい。ただし彼には、手を出すな。」

サタンは主のもとから出て行った。

ヨブの息子、娘が、長兄の家で宴会を開いていた日のことである。ヨブのもとに、一人の召使いが報告に来た。

「御報告いたします。わたしどもが、牛に畑を耕させ、その傍らでろばに草を食べさせておりますと、シェバ人が襲いかかり、略奪していきました。牧童たちは切り殺され、わたしひとりだけ逃げのびて参りました。」

彼が話し終らないうちに、また一人が来て言った。

「御報告いたします。天から神の火が降って、羊も羊飼いも焼け死んでしまいました。わたしひとりだけ逃げのびて参りました。」

彼が話し終らないうちに、また一人来て言った。

「御報告いたします。カルデア人が三部隊に分かれてらくだの群れを襲い、奪っていきました。牧童たちは切り殺され、わたしひとりだけ逃げのびて参りました。」

彼が話し終らないうちに、更にもう一人来て言った。「御報告いたします。御長男のお宅で、御子息、御息女の皆様が宴会を開いておられました。すると、荒れ野の方から大風が来て四方から吹きつけ、家は倒れ、若い方々は死んでしまわれました。わたしひとりだけ逃げのびて参りました。」

ヨブは立ち上がり、衣を裂き、髪をそり落とし、地にひれ伏して言った。

「わたしは裸で母の胎を出た。
裸でそこに帰ろう。
主は与え、主は奪う。
主の御名はほめたたえられよ。」
このような時にも、ヨブは神を非難することなく、罪を犯さなかった。
(ヨブ記第一章1~22)

続きます。

愛の樹オショチ†

ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵第1図「ヨブとその家族」、1825

2011-09-02

義人ヨブ記(Job)のはじめに

昔のことですが、親しい会社の社長さんから難題を持ち込まれました。

会社の経営に行き詰まり、アドバイスを求められたのです。

「この危機を乗り越える知恵を貸してください!」と。

あれこれ考えましたがなかなか良い知恵が浮かびません。一晩の猶予をもらい聖書に目を通していたとき、心が釘付けになりました。

それは旧約聖書ヨブ記でした。

わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」
このような時にも、ヨブは神を非難することなく、罪を犯さなかった。
ヨブ記1:21~22


次の日、社長さんに会い、ヨブ記の話をしました。

話を聞いていた社長さんが言いました。

ありがとうございます。
お陰様で心のなかのもやもやが吹っ切れました。
元々わたしは田舎で小さな会社を経営していたのですが、友人の借金で潰され、裸一貫で夜逃げしてきた人間ですから、あの時の苦労を思えば、今はまだまだ余裕があります。
心が挫け、弱さに負けていました。すっ裸になる覚悟が出来ました!すっ裸になる覚悟があれば、怖いものはありません!


それから、困難は付き纏いましたが、見事に危機を乗り越え会社を立て直しました。

今は、天国に移籍されましたが、あの時の顔の輝きが瞼に焼き付いています。

義人ヨブのひととなりを後で少し記述します。

その前に一言!
愛の樹ネット教会では聖日礼拝†の聖句を毎週更新しています。

現在は旧約聖書詩編です 。

このヨブ記は第1章から第42章で構成されています。

67ページになります。

詩編と重なりそうですが、オショチブログに連載します。

内容が今の日本人の試練に対する心の在り方、実際問題に苦しむ人々に生きる力と、励ましを与えてくれると、感じたからです。

義人ヨブの耐え難い苦難に私たち自身を重ね合わせて見ました。

彼は苦難を乗り越える力を与えられ、苦難の中で、神との直接的対話を求める中に、死を乗り越えた永遠の生命の可能性の思想に到達します。

旧約時代の背景を見ればまだ夜明けは遠く、全き希望の光!は見当たりませんが、ヨブ記には、新約の復活のあけぼのが予感されます。

ヨブ記の主人公は、あのパレスチナ南東エドム地方のウヅに住んでいた富める心の正しい人物だと記録されています。

およそ紀元前400年ごろに記述されています。

このヨブ記の物語は謎に包まれています。

定かではありませんが、ヨブ記の作者は、パレスチナに住んでいた、知恵文学者のひとりと想定されていますが、それ以外は謎に包まれ全く知ることはできません。

試練の始まりは?

その正しさゆえ、ヨブは神の誇りでした。

ある日サタンが彼の信仰の動機を功利主義的であると疑ったのが発端です。

サタンは、ヨブを苦難に落とし入れたら神を呪い、彼の信仰は偽物で化けの皮が剥がれると、神を挑発します。

このドラマはまるで詩劇的です。

序曲、本曲と、中間に劇詩が書かれた三部作のように思いました。

これから始まる義人ヨブの神とサタンの間に巻き込まれた詩劇を、私たち自身の心の奥深く展開する、神とサタンの闘いに置き換えてみると、ヨブ記の時代にタイムスリップして臨場感溢れる、3Dの立体画像が見られる可能性があります。

続きます。

愛の樹オショチ† 

ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵「表紙」、1825

2011-08-25

天路歴程・地路歴程(5)思いわずらうな

【思い悩むな】

イエスが弟子たちに語られたたとえ話に、人間の弱さを気遣い、励まされた言葉が数多くありますが、あれこれ悩んでいるときに、心に響き、力を得た箇所を記述してみます。少し長い聖句です。

イエスが、人々に分かりやすく伝え、時間を擬人化した言葉にわたしは、肉体を持った一人の、人間としてのイエスの苦悩を感じるのです。

イエスがメシアであり、父なる天の神から地上界に遣わされたお方ゆえの苦悩の深さ悩みをより強く感じます。

「思いわずらうな」
それから弟子たちに言われた、「それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようかと、命のことで思いわずらい、何を着ようかとからだのことで思いわずらうな。

命は食物にまさり、からだは着物にまさっている。

からすのことを考えて見よ。まくことも、刈ることもせず、また、納屋もなく倉もない。それだのに、神は彼らを養っていて下さる。

あなたがたは鳥よりも、はるかにすぐれているではないか。あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。そんな小さな事さえできないのに、どうしてほかのことを思いわずらうのか。

野の花のことを考えて見るがよい。紡ぎもせず、織りもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。

きょうは野にあって、あすは炉に投げ入れられる草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。

ああ、信仰の薄い者たちよ。あなたがたも、何を食べ、何を飲もうかと、あくせくするな、また気を使うな。これらのものは皆、この世の異邦人が切に求めているものである。

あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要であることを、ご存じである。

ただ、御国を求めなさい。そうすれば、これらのものは添えて与えられるであろう。

恐れるな、小さい群れよ。御国を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである。

自分の持ち物を売って、施しなさい。自分のために古びることのない財布をつくり、盗人も近寄らず、虫も食い破らない天に、尽きることのない宝をたくわえなさい。あなたがたの宝のある所には、心もあるからである。
ルカによる福音書12:22~34

祷りを込めて†

オショチ†

2011-08-21

今週の聖句 8月21日〜9月3日

詩篇27篇
ダビデの歌
主はわたしの光、わたしの救だ、
わたしはだれを恐れよう。
主はわたしの命のとりでだ。
わたしはだれをおじ恐れよう。

わたしのあだ、わたしの敵である悪を行う者どもが、
襲ってきて、わたしをそしり、わたしを攻めるとき、
彼らはつまずき倒れるであろう。

たとい軍勢が陣営を張って、わたしを攻めても、
わたしの心は恐れない。
たといいくさが起って、わたしを攻めても、
なおわたしはみずから頼むところがある。

わたしは一つの事を主に願った、
わたしはそれを求める。
わたしの生きるかぎり、主の家に住んで、
主のうるわしきを見、その宮で尋ねきわめることを。

それは主が悩みの日に、
その仮屋のうちにわたしを潜ませ、
その幕屋の奥にわたしを隠し、
岩の上にわたしを高く置かれるからである。

今わたしのこうべはわたしをめぐる敵の上に
高くあげられる。
それゆえ、わたしは主の幕屋で
喜びの声をあげて、いけにえをささげ、
歌って、主をほめたたえるであろう。

主よ、わたしが声をあげて呼ばわるとき、
聞いて、わたしをあわれみ、わたしに答えてください。

あなたは仰せられました、
「わが顔をたずね求めよ」と。
あなたにむかって、わたしの心は言います、
「主よ、わたしはみ顔をたずね求めます」と。

み顔をわたしに隠さないでください。
怒ってあなたのしもべを退けないでください。
あなたはわたしの助けです。
わが救の神よ、わたしを追い出し、
わたしを捨てないでください。

たとい父母がわたしを捨てても、
主がわたしを迎えられるでしょう。

主よ、あなたの道をわたしに教え、
わたしのあだのゆえに、
わたしを平らかな道に導いてください。

わたしのあだの望むがままに、
わたしを引き渡さないでください。
偽りのあかしをする者がわたしに逆らって起り、
暴言を吐くからです。

わたしは信じます、
生ける者の地でわたしは主の恵みを見ることを。

主を待ち望め、強く、かつ雄々しくあれ。
主を待ち望め。

2011-08-19

天路歴程・地路歴程(4)【天国】

【天国→神の国】

心配がなく楽しく過ごせる神様のおいでになる、光りに満ちた美しい世界。

この世の生活とは別次元の世界。

再び死をみることのない世界。

中世ヨーロッパの各地の教会に掛かれた荘厳な聖画の世界。

死後の霊魂の生活環境は天使に支えられて楽しい。

世俗的に記述すればこんなイメージが湧くかと思います?

ちなみに、新約聖書には、天国は神の国。

すなわち神の統治として記述されていますがこの世の終末的な意味を持つ言葉でもあります。

「別れ」

ある高齢のご夫人が長年連れ添った夫を突然亡くされ、深い悲しみにうちひしがれていました。

見るに見兼ねて声をかけしました。

ご夫人の話では、

夕方が近づくと自宅に帰るのがとても辛い、友達の家を訪ね歩きます。悲しみを紛らわせたいから。
自分ひとりの夕食の支度は淋しさや悲しみがこみあげてきて!とても作る気になれないのです。これから先どうしましょう?
…。

この世の命はやがいつか終わりますね!
分かってはいますが、だけど独りぼっちは息が詰まるほど苦しく辛いです。
主人が昨日まで使っていた品々の一つ一つが恋しさと悲しみを誘うのです。

ご夫人の悲痛な思いが深く胸の奥底に突き刺さってきました。

悲しみに通用する言葉が見つかりません。

このような時に使用言語の貧しさをつくづく実感します。

安易な慰めの言葉は却って悲しみを深めるのでは?と、感じ、言葉を飲み込んでしまいました。

ご夫人から切り出されました。

牧師さんですね!
もし、そうなら是非教えて下さい。天国は在るのでしょうか?
私は教会にも行きました。キリスト教も学びました。どうぞ私のこれからの身の振り方をアドバイスお願いできないでしょうか!
キリスト教を知っているけど、天国で主人に会えるでしょうか?


と、尋ねられました。

いつか自分にも訪れる死をどう受けとめたらよいのでしょうか?

とも!

暫く黙っていましたが、ヨハネ伝11:25~27を思い浮かべて要点を話しました。


ラザロの蘇生 ゴッホ 1890


【イエスは復活と命】

イエスは言われた。わたしは復活であり命である。
わたしを信じる者は、死んでも生きる。
生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。
このことを信じるか。
マルタは言った。
はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております。

ご夫人に、今必要なのはこの聖句だと思われました。

キリスト教に触れたお方ですから何か伝わるのでは?と私自身が切ない気持ちに襲われていました。

話し終わると、ご夫人は静かにうなずきました。

やっと決心がつきました。
ここを出て行きます。気持ちの整理がつきました。
新しい場所で新しい生活を始めて見ます!
主人に会えたらもう二度と別れません!
ありがとうございました!

あれから数年経ちました。きっとお元気に過ごされていることと、思います。

神の慰めをいただいて†

続く。

愛の樹オショチ†


2011-08-18

愛の樹の皆へ†

今日も猛暑日

ニュースでは、まだまだ暑さが続くらしい。

熱中症で病院に運ばれた患者数は8日からお盆休み明けまで、全国で約8000人にのぼると聞く。

皆、くれぐれも体調管理、他、あらゆる危険性に十分気をつけてください!

愛の樹の使命はこれから混迷を深める世の中に無くてはならぬ使命を帯びている†

小さな群れにも大事な役目がある!

一人一人が神の使命を与えられたミッションの担い手である事を肝に銘じて健康管理、危機管理に励んでください!

先ず、心身ともに健やかなることが基本的にあるべき。

オショチ†の使命は先ず今日を生きること!

この一語に尽きる。

生きて、生きて!

主・イエス・キリストが願われた、世の幸せ到来を信じて全身全霊で祷りを捧げます†

重ねて心身ともに健やかなる祷りの日々であるように†

聖日礼拝†はその場でよい!

聖句は毎週欠かさず、詩編を掲載する†

アーメン・ハレルヤ†

オショチ†

2011-08-14

今週の聖句 8月14日〜20日

詩篇26篇

ダビデの歌

主よ、わたしをさばいてください。

わたしは誠実に歩み、

迷うことなく主に信頼しています。

主よ、わたしをためし、わたしを試み、

わたしの心と思いとを練りきよめてください。

あなたのいつくしみはわたしの目の前にあり、

わたしはあなたのまことによって歩みました。

わたしは偽る人々と共にすわらず、

偽善者と交わらず、

悪を行う者のつどいを憎み、

悪しき者と共にすわることをしません。

主よ、わたしは手を洗って、罪のないことを示し、

あなたの祭壇をめぐって、

感謝の歌を声高くうたい、

あなたのくすしきみわざをことごとくのべ伝えます。

主よ、わたしはあなたの住まわれる家と、

あなたの栄光のとどまる所とを愛します。

どうか、わたしを罪びとと共に、

わたしのいのちを、血を流す人々と共に、

取り去らないでください。

彼らの手には悪い企てがあり、

彼らの右の手は、まいないで満ちています。

しかしわたしは誠実に歩みます。

わたしをあがない、わたしをあわれんでください。

わたしの足は平らかな所に立っています。

わたしは会衆のなかで主をたたえましょう。

2011-08-10

残暑のなかに咲く花

久しぶりにクリニックの帰り道、何時もの散歩道を歩いてみました。

厳しい残暑の中に、凛として咲く花に、生命力のたくましさを感じました。

まだまだ残暑が続きそうな気配です。

涼しい秋が待たれます。

久しぶりの散歩道のスケッチでした。

愛の樹オショチ†

2011-08-07

エリさんからの返信

オショチへ

大変に霊的に示唆深い言葉をありがとうございました。

返信に時間がかかったのは、今、私が置かれている状況、それはとりもなおさず、人類の悲しい本質、へのオショチから頂いたお考え、所見について、まずは率直に考えてみたいと思ったからです。

私は、この人間力学を、嫉妬が人の心に浸透し、火を付け、人間関係に及んでいくもの、と理解しています。

時には謙遜、卑下の気持ちを切り抜けていくことへの代償でもあります。

自分より成功していると思われる人をうらやんで引きずりおろすという、意地の悪い精神性を育んでいきます。

UCCPでの経験が思い出されます。

オショチの適切な助言によって、イエスキリストが説かれたように彼らのために祈る、ことを、思い出させていただきました。

そしていま、規模はその時よりは小さいと思えますが、同じ事がおきています。

エリより

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今週の聖句 8月7日〜13日

詩篇25篇

ダビデの歌


主よ、わが魂はあなたを仰ぎ望みます。

わが神よ、わたしはあなたに信頼します。

どうか、わたしをはずかしめず、
わたしの敵を勝ち誇らせないでください。

すべてあなたを待ち望む者をはずかしめず、
みだりに信義にそむく者をはずかしめてください。

主よ、あなたの大路をわたしに知らせ、
あなたの道をわたしに教えてください。

あなたのまことをもって、わたしを導き、
わたしを教えてください。

あなたはわが救の神です。

わたしはひねもすあなたを待ち望みます。

主よ、あなたのあわれみと、いつくしみとを

思い出してください。

これはいにしえから絶えることがなかったのです。

わたしの若き時の罪と、とがとを
思い出さないでください。

主よ、あなたの恵みのゆえに、

あなたのいつくしみにしたがって、
わたしを思い出してください。

主は恵みふかく、かつ正しくいらせられる。

それゆえ、主は道を罪びとに教え、
へりくだる者を公義に導き、
へりくだる者にその道を教えられる。

主のすべての道はその契約とあかしとを守る者には
いつくしみであり、まことである。

主よ、み名のために、わたしの罪をおゆるしください。

わたしの罪は大きいのです。

主を恐れる人はだれか。

主はその選ぶべき道をその人に教えられる。

彼はみずからさいわいに住まい、
そのすえは地を継ぐであろう。

主の親しみは主をおそれる者のためにあり、

主はその契約を彼らに知らせられる。


わたしの目は常に主に向かっている。

主はわたしの足を網から取り出されるからである。

わたしをかえりみ、わたしをあわれんでください。

わたしはひとりわびしく苦しんでいるのです。

わたしの心の悩みをゆるめ、
わたしを苦しみから引き出してください。

わたしの苦しみ悩みをかえりみ、
わたしのすべての罪をおゆるしください。

わたしの敵がいかに多く、
かつ激しい憎しみをもって
わたしを憎んでいるかをごらんください。


わたしの魂を守り、わたしをお助けください。

わたしをはずかしめないでください。

わたしはあなたに寄り頼んでいます。

どうか、誠実と潔白とが、
わたしを守ってくれるように。

わたしはあなたを待ち望んでいます。

神よ、イスラエルをあがない、
すべての悩みから救いだしてください。

2011-08-01

天路歴程・地路歴程(3)天使と天国

【天使と天国】

少し理屈っぽいですが、聖書に登場する天使について記述します。

わたしたちが死に向かうとき一体なにが起きるのか?

死への恐怖か?

新しい生命の歓喜の始まりか?

これは永遠の謎ですが、神のみ言葉から、神の導きと人間の常識では理解不可能な事態が、かすかにでも、お分かりいただけたらと思い、わたし自身の臨死体験?を、踏まえて書いてみます。

死は誰も避けられませんが、信じるものがあれば、全く違う見方が可能です。

死に立ち向かうのではなく、平安な気持ちで自然体で受け入れる気持ちに変化します。

具体的には天使の出現です。

再び生きるために肉体の死をくぐり抜け、霊的永遠の生命に蘇る。

信じがたいお方もおられると思いますが?

人間の死に神はみ使い→天使をお遣わしになられます。

言葉では説明仕切れないもどかしさを覚えます。

が、勇気を奮い起こし記述します†

【天使】

ヘブル語の「マルアータ」、ギリシャ語の「アンゲロス」、一般的にはエンジェルは使者の意味、神の意志を伝えることで、人間を守り、指導し神の刑罰を与える役目を与えられている汚れのない存在と考えられています→聖書辞典。

旧約聖書
神はノアと彼の息子たちを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、地に満ちよ」(創世記・9:1)
天使の働きがありました。
そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の"御使い→天使"が現れた。彼が見ると、見よ、芝は火に燃えているのに、芝は燃え尽きない。(出エジプト記 3:2)モーセの十戒より
天使は新約聖書のイエス様の教えの中でも語られています。

神に背いたこの罪深い時代に、わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子もまた、父の栄光に輝いて聖なる天使たちと共に来るときに、その者を恥じる。(マルコ8:38)

言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。(ルカ15:10)

主イエス様がゴルゴタの丘の刑死を覚悟され、血の汗をしたたらせて祷られた、ゲッセマネの時も天使が現れ、イエス様を支え助けています。
すると、天使が天から現れて、イエスを力づけた。(ルカ22:43)
眠れぬまま聖書を読み、祷ります。

時刻は午前零時から深夜の三時頃です。

うとうとしかけると声が響きます。

見よ!幻を!これは永遠の生命に関わる幻しである!

キリストのお姿を視ました。

小柄で浅黒い肌に少しちぢれた髪の毛、目鼻立ちは彫りが深く、瞳は深遠な輝きをたたえていました。

イエス様の足音がヒタヒタと近づいて来ます。

はっと!して目が冴えて来ます。

見知らぬ神殿の前に立たされました。

淡い色彩のカーテンのようなものが天から下がってきました。
ひざまずきなさい!
二人の天使が空中に浮かんでいました。
わたしたちは神から遣わされたものです。
1人はあなたに付き添い悪から守りあなたを天国へ導きます。
わたしはあなたを害する悪しきものと戦います。
さぁ!このカーテンをくぐり抜けなさい!
わたしは恐れを感じ躊躇いました。

それは、このカーテンを一度くぐり抜けたら再び戻れない!
導くものが語り掛けてきました。
彼が真の神の天使なのか?お前の祷りが試されている!
お前の信仰が正しい信仰の持ち主なら、神が 恐れを取り除き、お前の霊魂が打ち砕かれることはない!
お前にわたしが与えた弁霊の力と知恵を用いなさい。
弁霊→善悪の霊を見分ける霊的能力。

わたしが祷りはじめてしばらく経ちました。

静かに目を開けると彼らの姿は消えていました。

不思議な幻を視ました。

現実か?非現実か?霊的な高次元の世界は肉眼では見えませんが?神から遣わされた天使ならば消えるはずがありません。

わたしが幻に視た彼らは神から遣わされた天使を装い、わたしを唆し闇に連れ去る、墜ちたた天使→サタンだったのかもしれません。

神からいただいた弁霊の力と、テレパシーに助けられ一命とりとめた気持ちがします。

次回は【天国】について垣間見た光景を記述します。

アーメン・ハレルヤ†

オショチ†