2012-03-31

Aさんへの手紙

良く頑張っていますね!

仕事上のあれこれは誰にでもあることですね!

Aさんの優しさが神様の一番尊ばれることです

オショチの祖父にあたる井上準之助のような国家、国民の幸せを願って暗殺された人材は暫くは出ないでしょうが、傲慢で平気な顔をしている輩には必ず神の裁きが降ります。

復讐するは我に(神に)ありです!

ヨブ記は神から示されて書いていますが指導力も方向も示せない政治屋だらけですから、東電→盗電に押さえこまれても仕方がないでしょう!

松下幸之介は松下政経塾を作りましたが、彼が如何に、吉田松陰の真似をしても所詮、商売人の域は出ませんね!

三流の人間の養成所  から本物は出ません!
暫く混乱、混迷が続きますが必ず日本は立ち直ります!

意外なところから神に選ばれた指導者が現れます。

2012-03-30

義人ヨブ記(job)22

【不条理】

最近、道理に合わないことが大手を振って罷り通る日本になりました!!

国民の民意を平気で踏み躙り、国民を欺く輩が、(政、財、官界)の人間が、日本を支配しています。

なにがしかの見返り、金銭、地位に目が眩み魂を悪に平気で売り渡す"ユダ"のような御用学者、利益優先の人間どもが、うようよいます。
魑魅魍魎のばっこする日本です!


日本の平和と次世代を担う若い生命の根幹を揺るがしています。


私ごとですが、4年前、腎う癌と多発性悪性リンパ腫の発症で余命、1年の宣告を受けたときに、覚悟して、遺書のつもりで書いた愚作の句集の中に当時の政治、官僚、財界、大手事業者の犠牲になった若者やリストラされた人々の苦しみを感じ書きました。

その後、国民の期待に応えるはずの?民主党政権が誕生しましたが、結果は国民の期待を裏切るものばかりです!マニフェストは彼ら自身の幻想でしかなかった。

日本は、大震災以後、原発被害、放射能汚染などの、最悪の危機的状況に追い込まれてしまいました。

東電の起こした、原発被害の深刻さは未だに解決方法が見当たらず、被災者の生活は困難を極めています。

誰一人、責任を取らない国が、民主主義国家の本性なら、北朝鮮ゃシリアのアサド政権と、どこが違うのでしょうか?

【不条理→道理】をないがしろにして、過去、栄えた国家が存在したでしょうか?

川の流れと人の世を
せき止める知恵
誰!何時!如何に?

我ら衆愚の底力
響け声
真実天の声
耳傾けよまつりびと

(政治びと諸公への警句)

昔、むかしから人間の仲間に優れた人物がいたことがせめてもの救いだと感じる今日この頃です。

まだまだ人間に希望が持てます。諦めません!

【ヨブと三人の友の議論 三】

テマン人エリファズは答えた。(注:彼の言葉は独り善がり)

「人間が神にとって有益でありえようか。
賢い人でさえ、有益でありえようか。」


あなたが正しいからといって全能者が喜び
完全な道を歩むからといって
 神の利益になるだろうか。

あなたが神を畏れ敬っているのに
 神があなたを責め
あなたを裁きの座に引き出されるだろうか。

あなたは甚だしく悪を行い
限りもなく不正を行ったのではないか。

あなたは兄弟から質草を取って何も与えず
既に裸の人からなお着物をはぎ取った。

渇き果てた人に水を与えず

飢えた人に食べ物を拒んだ。

腕力を振るう者が土地をわがものとし
もてはやされている者がそこに住む。

あなたはやもめに何も与えず追い払い
みなしごの腕を折った。

だからこそ
あなたの周りには至るところに罠があり
突然の恐れにあなたはおびえる。


また、暗黒に包まれて何も見えず
洪水があなたを覆っているので
あなたは言う。

「神がいますのは高い天の上で
見よ、あのように高い星の群れの頭なのだ。」

だからあなたは言う。
「神が何を知っておられるものか。
濃霧の向こうから裁くことができようか。

雲に遮られて見ることもできず
天の丸天井を行き来されるだけだ」と。

あなたは昔からの道に
悪を行う者の歩んだ道に気をつけよ。

彼らは時ならずして、取り去られ
流れがその基までぬぐい去った。

神に向かって彼らは言っていた。
「ほうっておいてくれ
全能者と呼ばれる者に何ができる。」

それに対してあなたは言った。
「神はその彼らの家を富で満たされる。
神に逆らう者の考えはわたしから遠い。」

神に従う人なら見抜いて喜び
罪のない人なら嘲笑って言うであろう。

「彼らの財産は確かに無に帰し
残ったものも火になめ尽くされる。」


神に従い、神と和解しなさい。
そうすれば、あなたは幸せになるだろう。

神が口ずから授ける教えを受け
その言葉を心に納めなさい。

もし、全能者のもとに立ち帰り
あなたの天幕から不正を遠ざけるなら
 あなたは元どおりにしていただける。

黄金を塵の中に
オフィルの金を川床に置くがよい。

全能者こそがあなたの黄金

あなたにとっての最高の銀となり
あなたは全能者によって喜びを得

神に向かって顔を上げ
あなたが祈れば聞き入れられ
満願の献げ物をすることもできるだろう。

あなたが決意することは成就し
歩む道には光が輝くことだろう。

倒れている者に、立ち上がれとあなたが言えば
目を伏せていた者は救われる。

清くない者すら
あなたの手の潔白によって救われる。

(ヨブ記 第22章)

続きます。

愛の樹オショチ†

ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵18「キリストの幻」、1825

2012-03-25

今週の聖句 3月25日〜31日

詩篇45
聖歌隊の指揮者によってゆりの花のしらべにあわせてうたわせたコラの子のマスキールの歌、愛の歌

わたしの心はうるわしい言葉であふれる。
わたしは王についてよんだわたしの詩を語る。
わたしの舌はすみやかに物書く人の筆のようだ。

あなたは人の子らにまさって麗しく、
気品がそのくちびるに注がれている。
このゆえに神はとこしえにあなたを祝福された。

ますらおよ、光栄と威厳とをもって、
つるぎを腰に帯びよ。

真理のため、また正義を守るために
威厳をもって、勝利を得て乗り進め。
あなたの右の手はあなたに恐るべきわざを
教えるであろう。

あなたの矢は鋭くて、王の敵の胸をつらぬき、
もろもろの民はあなたのもとに倒れる。

神から賜わったあなたの位は永遠にかぎりなく続き、
あなたの王のつえは公平のつえである。

あなたは義を愛し、悪を憎む。
このゆえに神、あなたの神は喜びの油を
あなたのともがらにまさって、あなたに注がれた。

あなたの衣はみな没薬、芦薈、肉桂で、
よいかおりを放っている。
琴の音は象牙の殿から出て、あなたを喜ばせる。

あなたの愛する女たちのうちには王の娘たちがあり、
王妃はオフルの金を飾って、あなたの右に立つ。

娘よ、聞け、かえりみて耳を傾けよ。
あなたの民と、あなたの父の家とを忘れよ。

王はあなたのうるわしさを慕うであろう。
彼はあなたの主であるから、彼を伏しおがめ。

ツロの民は贈り物をもちきたり、
民のうちの富める者もあなたの好意を請い求める。

王の娘は殿のうちで栄えをきわめ、
こがねを織り込んだ衣を着飾っている。

彼女は縫い取りした衣を着て王のもとに導かれ、
その供びとなるおとめらは
彼女に従ってその行列にある。

彼らは喜びと楽しみとをもって導かれ行き、
王の宮殿にはいる。

あなたの子らは父祖に代って立ち、
あなたは彼らを全地に君とするであろう。

わたしはあなたの名をよろず代におぼえさせる。
このゆえにもろもろの民は世々かぎりなく
あなたをほめたたえるであろう。

2012-03-18

今週の聖句 3月18日~24日

詩篇44篇
聖歌隊の指揮者によってうたわせたコラの子のマスキールの歌

神よ、いにしえ、われらの先祖たちの日に、
あなたがなされたみわざを
彼らがわれらに語ったのを耳で聞きました。

すなわちあなたはみ手をもって、もろもろの国民を
追い払ってわれらの先祖たちを植え、
またもろもろの民を悩まして、
われらの先祖たちをふえ広がらせられました。

彼らは自分のつるぎによって国を獲たのでなく、
また自分の腕によって勝利を得たのでもありません。
ただあなたの右の手、あなたの腕、
あなたのみ顔の光によるのでした。
あなたが彼らを恵まれたからです。

あなたはわが王、わが神、
ヤコブのために勝利を定められる方です。

われらはあなたによって、あだを押し倒し、
われらに立ちむかう者を、
み名によって踏みにじるのです。

わたしは自分の弓を頼まず、わたしのつるぎもまた、
わたしを救うことができないからです。

しかしあなたはわれらをあだから救い、
われらを憎む者をはずかしめられました。

われらは常に神によって誇り、
とこしえにあなたのみ名に感謝するでしょう。〔セラ

ところがあなたはわれらを捨てて恥を負わせ、
われらの軍勢と共に出て行かれませんでした。

あなたがわれらをあだの前から退かせられたので、
われらの敵は心のままにかすめ奪いました。

あなたはわれらをほふられる羊のようにし、
またもろもろの国民のなかに散らされました。

あなたはわずかの金であなたの民を売り、
彼らのために高い価を求められませんでした。

あなたはわれらを隣り人にそしらせ、
われらをめぐる者どもに侮らせ、
あざけらせられました。

またもろもろの国民のなかにわれらを笑い草とし、
もろもろの民のなかに笑い者とされました。

わがはずかしめはひねもすわたしの前にあり、
恥はわたしの顔をおおいました。

これはそしる者と、ののしる者の言葉により、
敵と、恨みを報いる者のゆえによるのです。

これらの事が皆われらに臨みましたが、
われらはあなたを忘れず、
あなたの契約にそむくことがありませんでした。

われらの心はたじろがず、
またわれらの歩みはあなたの道を離れませんでした。

それでもあなたは山犬の住む所でわれらを砕き、
暗やみをもってわれらをおおわれました。

われらがもしわれらの神の名を忘れ、
ほかの神に手を伸べたことがあったならば、

神はこれを見あらわされないでしょうか。
神は心の秘密をも知っておられるからです。

ところがわれらはあなたのためにひねもす殺されて、
ほふられる羊のようにみなされました。

主よ、起きてください。なぜ眠っておられるのですか。
目をさましてください。
われらをとこしえに捨てないでください。

なぜあなたはみ顔を隠されるのですか。
なぜわれらの悩みと、しえたげを
お忘れになるのですか。

まことにわれらの魂はかがんで、ちりに伏し、
われらのからだは土につきました。

起きて、われらをお助けください。
あなたのいつくしみのゆえに、
われらをあがなってください。

2012-03-16

義人ヨブ記(job)21

 レンブラント「モーセと十戒の石版」(1659)


今朝方、地震が起きてハットして目が覚めたとき!一瞬脳裏に浮かんだ場面とある言葉が一致しました。


度重なる地震に、モーセの十戒の場面が二重写しとなり、リアルタイムで眼前に展開したのです。

モーセがシナイ山を下り三日目の朝になると雷鳴と稲妻と厚い雲が山に臨み…シナイ山は全山煙に包まれた。主が火の中を山の上に降られたからである。煙は炉の煙のように立ち上ぼり、山全体が激しく震えた。角笛の音がますます鋭く鳴り響いたとき、モーセが語りかけると、神は雷鳴をもって答えられた。
出エジプト記19:16−19
幻を視たのかもしれませんが、急いで、メモしました。

至福直感

曖昧な、コノ言葉は何世紀にもわたり神学者たちが神に直に触れ、人間の経験するうちで最高の喜び、霊的エクスタシーを表現する手段に用いてきた言葉のようです。

正確なことは、わたしにもわかりませんが。

彼らの神学的説明によれば、接神の体験で深い心の満足→ときめきが得られると言う意味合いがあるように感じますが?果たしてそうでしょうか?

疑問が残ります。

新約聖書の中に、ダマスコ途上のパウロは、クリスチャン迫害の途上でキリストの霊光に射たれ三日間全く目が見えなくなったと記述されています。

神の力は人間には想像も出来ない破壊力も含まれているのです。

わたしたちは神の払われた犠牲の恩恵のみを当てにしますが、御子・イエス・キリストの人間の罪の贖い抜きに毎日を過ごす訳には行きません。

パウロは、キリストのみ声は聴きましたが、キリストを直視してはいないのです。霊光に射たれ一時的に失明したのです。

あのモーセもシナイ山で神から「モーセの十戒」を授かりましたが、燃える芝に遮られ神に近づくことは出来なかったと言われています。

神のご臨在に触れて、ただ畏れおののき地にひれ伏したとあります。

モーセにかろうじてできたことは、神の御名を尋ねることが精一杯でした。

『わたしの名はありてあるもの』

神は人間の肉眼では見えません。

『神は永遠の霊の輝きですから』

モーセが民の言葉を取り次ぐと、主はモーセに言われました。

見よ、わたしは濃い雲(霊的密雲)の中にあってあなたに臨む。わたしがあなたと語るのを民が聞いて、いつまでもあなたを信じるようになるためである。
彼も神の声は聴きましたが、不思議な光りの中で、畏れおののいていたのです。

人間は直に神の姿に触れること、(直視)は不可能です。

神は計り知れない存在です。

これは、例えですが、地球上の生命を育む太陽に近づくことは不可能です。

一瞬にして蒸発してしまいます。

神に近づく唯一の手がかりは御子・イエス・キリストを通してのみ可能です。

義人ヨブの記述に示された神の仕打ちは、人間には理解を超えた物語です。

彼は逆境の最中、神の姿を本当に『至福直感』していたのではと深く想わされた次第です。

【ヨブ記21】

ヨブは答えた。
どうか、わたしの言葉を聞いてくれ。
聞いてもらうことがわたしの慰めなのだ。

我慢して、わたしに話をさせてくれ。
わたしが話してから、嘲笑うがいい。

わたしは人間に向かって訴えているのだろうか。
なぜ、我慢しなければならないのか。

わたしに顔を向けてくれ。
そして驚き、口に手を当てるがよい。

わたし自身、これを思うと慄然とし
身震いが止まらない。

なぜ、神に逆らう者が生き永らえ
年を重ねてなお、力を増し加えるのか。

子孫は彼らを囲んで確かに続き
その末を目の前に見ることができる。

その家は平和で、何の恐れもなく
神の鞭が彼らに下ることはない。

彼らの雄牛は常に子をはらませ
雌牛は子を産んで、死なせることはない。

彼らは羊の群れのように子供を送り出し

その子らは踊り跳ね
太鼓や竪琴に合わせて歌い

笛を吹いて楽しむ。

彼らは幸せに人生を送り
安らかに陰府に赴く。

彼らは神に向かって言う。

「ほうっておいてください。あなたに従う道など知りたくもない。

なぜ、全能者に仕えなければならないのか。
神に祈って何になるのか。」

だが、彼らは財産を手にしているではないか。
神に逆らう者の考えはわたしから遠い。


神に逆らう者の灯が消され、災いが襲い
神が怒って破滅を下したことが何度あろうか。

藁のように風に吹き散らされ
もみ殻のように
 突風に吹き飛ばされたことがあろうか。

神は彼への罰を
 その子らの代にまで延ばしておかれるのか。

彼自身を罰して
 思い知らせてくださればよいのに。

自分の目で自分の不幸を見

全能者の怒りを飲み干せばよいのだ。

人生の年月が尽きてしまえば
残された家はどうなってもよいのだから。


「人が神に知識を授けえようか。
彼は高きにいまし、裁きを行われる」と言う。

ある人は、死に至るまで不自由なく
安泰、平穏の一生を送る。
彼はまるまると太り
骨の髄まで潤っている。

また、ある人は死に至るまで悩み嘆き
幸せを味わうこともない。

だが、どちらも塵に横たわれば
等しく、蛆に覆われるではないか。

あなたたちの考えはよく分かっている。
わたしに対して不法にも悪をたくらんでいるのだ。

「あの高潔な人の館はどうなり
この神に逆らう者の住まいとした天幕は
 どうなったのか」とあなたたちは問う。

通りかかる人々に尋ねなかったのか。
両者の残した証しを
 否定することはできないであろう。

悪人が災いの日を免れ
怒りの日を逃れているのに

誰が面と向かってその歩んできた道を暴き
誰がその仕業を罰するだろうか。

彼は葬式の行列によって運ばれ
その墓には番人も立ち

谷間の土くれさえ彼には快さそうだ。

人は皆彼の後に続き
彼の前にも、人は数えきれない。


それなのに空しい言葉で
 どのようにわたしを慰めるつもりか。
あなたたちの反論は欺きにすぎない。

(ヨブ記 第21章)

続きます。

愛の樹オショチ†
 ウィリアム・ブレイク、ヨブ記への挿絵17「サタンの墜落」、1825

2012-03-14

人生の旅路

天変地異。

その前兆とも言える、異常気象の影響もあり、体調不良の人々が全国的に増えている。

我々の務めは身体の癒しだけでなく、霊魂の救済にある†精神的生活の健康を取り戻したい†

我々の力では計りしれない神の力が働く。

これは自身の体験から学んだことだが、病や事故などにやられるとつくづく人間、自己の弱さ、孤独、生きること、死の世界など人間の根本的な絶望性を自覚させられる…

時折、死の世界、人間の儚さの夢を見る。

だからこそ、日々の生き方、在り方が問われてくる。

神は神の似姿に人間を創られた。

肉体も精神も人間の限界を知ることによって万物の霊長類の頂点に立つ。

絶望を自覚し、そのなから神に向き合う機会が与えてられる†

老い、病い、死は、神にお任せして人生の旅路の最後まで天を見つめて一心不乱に歩きましょう!

神が、結果を出してくださる†

万物霊長類の務めを果たして帰天したいものです†

愛の樹オショチ†


2012-03-11

今週の聖句 3月11日~17日

詩篇43篇

神よ、わたしをさばき、
神を恐れない民にむかって、
わたしの訴えをあげつらい、
たばかりをなすよこしまな人から
わたしを助け出してください。

あなたはわたしの寄り頼む神です。
なぜわたしを捨てられたのですか。
なぜわたしは敵のしえたげによって
悲しみ歩くのですか。

あなたの光とまこととを送ってわたしを導き、
あなたの聖なる山と、あなたの住まわれる所に
わたしをいたらせてください。

その時わたしは神の祭壇へ行き、
わたしの大きな喜びである神へ行きます。
神よ、わが神よ、
わたしは琴をもってあなたをほめたたえます。

わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。
何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。
神を待ち望め。
わたしはなおわが助け、
わが神なる主をほめたたえるであろう。

2012-03-10

祈りと皺†

すべて時と共に去りゆく。

季節は巡れど同じ季節は巡らない。

この世の虚しさにこだわらず。
新たに命を想う日日

母の胎内に在りし日
神に与えられた能力を惜しまず生かし、

自分の身の丈に合った生き方が出来たらと願い続けた日。

人間とは何者か?
神との親しき交わり
(コイノニア聖霊との交わり)
寂しく独り祈る時に思う。神の温もり、慕わしさを。

祈ろうと、心に決めて姿勢を正せば祈りにならず。

無心に実践すれば、
愛の目覚めを起こす†

心は神からの贈り物
真心の祈り†


加齢と共に老化する脳、時を刻んだ皺に刻まれた若い頃の未熟の
縦じまをみる。
横縞に無知が織り込まれている。

それが79歳のわたし。
まだまだ続く神との道行き†

アーメン・ハレルヤ†

愛の樹オショチ†


2012-03-04

義人ヨブ記(job)20

ヤコポ・デル・セライオ奉納祭壇画「聖三位一体、聖母マリア、聖ヨハネと寄進者」(部分)

聖アウグスチヌスのエピソードがある。

かれが、父、御子、御霊の三位一体がわからずもがいているとき、海岸の砂浜で、小さな穴をほり水を蓄めてる子供がいた。

聖アウグスチヌスは子供に聞いた?

何してるの?
    海の水をこの穴に全部入れるよ!!
彼は 言った。それは無理だよ。
  実は子供の姿に変えた天使だった。

あなたが神のまことの神秘を知れば、この穴に海が入ることは容易いことです†

人間の知識、常識、観念などで、神の未業は測れません

(参照:聖画左側)
【ヨブ記】

ナアマ人ツォファルは答えた。


さまざまな思いがわたしを興奮させるので
わたしは反論せざるをえない。

あなたの説はわたしに対する非難と聞こえる。
明らかにすることを望んで、答えよう。


あなたも知っているだろうが
昔、人が地上に置かれたときから

神に逆らう者の喜びは、はかなく
神を無視する者の楽しみは、つかの間にすぎない。

たとえ彼が天に達するほど

頭が雲に達するほど上って行っても

自分の汚物と同様、永久に失われ
探す者は、「どこへ行ってしまったのか」
 と言わなければならなくなる。

夢のように飛び去り
夜の幻のように消えうせ
だれも見いだすことはないだろう。

彼を見ていた目はもう彼を見ることなく
彼のいた所も二度と彼を見ない。

その子らは貧しい人々に償いをし
子孫は奪った富を返済しなければならない。

若さがその骨に溢れていたが
それも彼と共に塵の上に伏すことになろう。


悪が口に甘いからと
舌で抑えて隠しておき
惜しんで吐き出さず
口の中に含んでいれば

そのパンは胃の中に入って
 コブラの毒と変わる。

呑み込んだ富は吐き出さなければならない。
神は彼の腹からそれを取り上げられる。

彼の飲んだのはコブラの毒。
蝮の舌が彼を殺す。

彼は蜂蜜と乳脂の流れる川の
その流れを見ることはない。

労して獲たものをも呑み込まずに返し
商いで富を得ても楽しむことはない。

なぜなら、貧しい人々を虐げ見捨て
自ら建てもしない家を奪い取ったから。

その腹は満足することを知らず
欲望から逃れられず

食い尽くして、何も残さない。
それゆえ、彼の繁栄は長くは続かず

豊かさの極みにあって欠乏に陥り
すべて労苦する手が彼を襲う。

腹を満たそうとすれば
神は燃える怒りを注ぎ
それをパンとして彼に浴びせかける。

鉄の武器から逃れても
青銅の弓が彼を射抜き
矢は彼を貫いて背中に出る。

それは胆汁にぬれて光り
神の威力が彼を圧倒する。
暗黒が彼の宝を待ち構え
吹き起こされたのでもない火が彼をなめ尽くし

天幕に残っているものをも滅ぼし尽くす。

天は彼の罪を暴き
地は彼に対して立ち上がる。

神の怒りの日に、洪水が起こり
大水は彼の家をぬぐい去る。

神に逆らう者が神から受ける分
神の命令による嗣業はこれだ。

(ヨブ記第20章)

続きます。

愛の樹オショチ†