2013-05-30
聖書に見る天使2
【大天使・ミカエル】
キリスト教的世界観では、大天使ミカエルは、最後の審判でラッパを吹き鳴らし、死者の魂を秤で計る役目を負い、罪を糾弾するサタンに対して人間を弁護する立場でも
あるといわれています。
最近では、『光の翼』シリーズの著者ロナ・ハーマンによる
アーキエンジェル・マイケルからのメッ
セージが多くの人々にシェアされていますが、
古くはジャンヌ・ダルクにお告げを授けフランス軍の勝利を援けたのも大天使ミカエルとその仲間の天使たちでした。
オーラソーマのカラーケアシステムでは、大天使セットと呼ばれるボトルシリーズの
いちばん最初に登場するのが、大天使ミカエルのボトルです。上層ペールブルー/下層ペールイエローからな
る2色の組み合わせは、小我(イエロー)を超えて神の青写真(ブルー)に従って生
きるという選択をサポートし祝福するボトルともいえます。
また、ライフワークについて考えているときによく選ばれるボトルでもあります。
大天使ミカエルは、天界と人間界の間で具現化することをサポートしているので、与え
られた仕事をこなすだけの生活のための仕事ではなく、その人の内側にある真実
(グリーン=ブルー+イエロー)を表現するためのライフワークやそれまでのキャリア・パスにおいて心強いサポーターとなってくれます。
ヨーロッパにおける大天使ミカエルは今でも篤い信仰の対象で、9月29日の「聖ミカエルの日(ミカエルマス・デイ)」には各地で大祭が開かれます(そういえば、イギリスの大学では秋から始業する新学期のことを「聖ミカエル学期(ミカエルマス・ターム)」と呼んでいました)。
日本の大天使ミカエル聖堂(沖ノ島天主堂)
日本の大天使ミカエル聖堂(沖ノ島天主堂)
英語名のマイケル(Michael)、フランス語名のミシェル(Michel)、スペイン語名
のミゲル(Miguel)、ドイツ語名のミヒャエル(Michael)、イタリア語名のミケー
レ(Michele)、ロシア語名のミハイル(Mikhail)、スウェーデン語名のミカエル
(Mikael)などは、いずれも大天使ミカエルにあやかって付けられた名前です。
各地にミカエルの名を冠した教会や寺院も建立されていて、フランスの モン・サン・ミ
シェルやイタリアの
サンタンジェロ、イギリスの セント・マイケルズ・マウントなどです。つづく
写真添付
函館トラピストに立つ大天使・ミカエル。
心の旅路の原点になりました。
私が去ったあと、修道院長からお手紙をいただきました。
2013-05-29
聖書に見る天使1
【大天使・ミカエル】
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖典に登場し、数多い天使たちの中でもっとも
有名な天使のひとりが大天使ミカエルです。長い歴史の中で、数多くの聖典、絵画、
文学作品に描かれ讃えられてきたので、宗教にあまり詳しくない人でも、一度はその
名を耳にしたことがあるかもしれません。
ミカエルという名はヘブライ語で、直訳すると"神のごとき者"、あるいは"神のご
とき者は誰か?(彼ほど神に近い者はいない)"と訳され、大天使のリーダー、天使
軍団のマスターとしての立場を与えられています。
"美徳の天使"、
"正義の天使"、
"栄光の天使"、
"神の御前の王子"、"偉大なる天の副王"など数多くの称号が与えられており、ユダヤの民からは"イスラエルの守護聖人"として崇められています。
双子の兄弟といわれるサタン(ルシファー)を倒して天界から追放した話や、ドラゴ
ン退治の英雄譚などから、戦士の勇壮さをもってエゴや獣性を剣で断ち切り、おおい
なる天の意思と共に歩む道を守護する存在であるといわれています。
大天使ミカエルは、地球を守る役目を担っており、古くから人間たちの前に姿を現し
て、数々の奇跡のようなサポートをしてきました。
聖書にも数多く登場しており、アブラハムが息子のイサクを神への生贄として殺そう
とした際に、彼を止めたのも大天使ミカエルだったといわれています。
神の知識を吹きこむ"神のメッセンジャー""知性の偉大な天使"としての側面もあ
り、エデンの園からアダムとイヴを追放したものの彼らが生きのびられるように農業
を教えたり、シナイ山でモーゼに十戒が書かれた石板を渡したりしたのも大天使ミカエルでした。
また、聖母マリアに死期が近いことを告げ、地上から天界へ旅する死者の魂を永遠の
光の中へ導く"慈悲の天使""救済の天使"としての性質もよく知られています。
つづく。
写真添付
大天使・ミカエル
聖母マリア
オショチ†
エリさんからの返事
Hi! Eli-san, it's so good now that we and all the Pascua family have become friends on the Facebook.
It looks like every one of your family in Batangas have been accomplishing their own aim and pursue their way steadily with Precy in the ceter of the family!
God blesses them abundantly through your dedication to God.
I know it is really hard to go through the path with God!
I just have resumed my blog in Ainoki H.P.!
Let's see each other from time to time both on the facebook and Ainoki H.P.
from your family of Ainoki Church
Amen! Hallelujah!
It looks like every one of your family in Batangas have been accomplishing their own aim and pursue their way steadily with Precy in the ceter of the family!
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I know it is really hard to go through the path with God!
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from your family of Ainoki Church
Amen! Hallelujah!
2013-05-28
2013-05-27
−深夜の美利河峠−
−深夜の美利河峠−
またしても強い風雨である。追われるようにして、松前町〜江差町〜北松山町から、利別川の川沿いに230号線の国道を抜けて、長万部(オシャマンベ)に向かった。
海岸は高波が押し寄せて危険だと感じたし、アイン号(スバルドミンゴ)が高波をかぶったら、電気系統をやられ、ひとたまりもないと思ったからである。
アイン号も私の分身である。大切な神の聖具である。大切にし、いたわらなくてはと思う。彼は黙々と動き、私とアイを支えてくれる大切な友である。彼なしには身動きがとれない。
彼はウンウンとエンジンの唸りを上げて、山坂を一生懸命に走ってくれた。風雨の中、フロントガラスを激しい大粒の雨がまるで生き物のように、こちら目がけて飛びかかってくる。ワイパーも負けてはいない。シャッシャッと音を立てながら、一生懸命に激しい雨に立ち向かって、たたかっている。
アイも緊張気味である。アイン号もアイも私も「三人が」一体となって、何かを目がけて嵐の中を突き進んでゆく。皆、心が溶け合って一体となっている。そうでなくては、このひどい暗闇と豪雨の中を、それも北海道の原生林の中を突き進むことは出来ない。
讃美歌405番、2節を私は歌った。
「荒野をゆくときも、
あらし吹くときも、
ゆくてをしめして、
たえずみちびきませ。 また会う日まで、また会う日まで、
神のまもり 汝が身を離れざれ!」
アーメン
行き交う車の少ない山中、それも深夜である。その時、不測の事態が生じた。アイン号の心臓が突然停止してしまったのである。ライトの光の中から、すぐ向こうに峠が見える。あと数100mだ。
ガソリンのゲージはまだ残量を示している。風雨はこの時とばかり、強く激しくアイン号の痛んだ車体を、容赦なく叩き、揺さぶった。それは、まるで私自身が叩かれているようであった。
私は心を静めて祈り、それから静かにローギアに入れセルモーターを回した。アイン号は苦しそうにウーと唸り、あえぎながら少しずつ坂道を登り、路肩に止まった。これで衝突の危険は避けられる。ほっとした。バッテリーの消耗を防ぐため、持参の懐中電灯に切り替え、ルームライトもパーキングライトも全部消した。あたり一面、文字通り、漆黒の暗闇である。
アイが先ほどから脅え、しきりに私のひざに乗ろうとする。シーズ犬特有の出目の目玉が、今にも飛び出してぶら下がってきそうである。彼女は赤い小さな舌を出して「はあー、はあー」と息づかいが荒い。無理もない。敏感なアイの事だ。それに加えて、山鳴りがひどい。よほど怖いにちがいない。
私はアイの背中を優しく撫でながら語りかけた。「こういう時のために信仰が与えられているんだよ。イエス様が一緒だということを、忘れないようにしようね。神が必ずお守り下さるから、心配しないでいようね」
−祈り−
暫く経つと暗闇に目が馴れてきた。山が、ゴウーゴウーと吠え、山の木々が激しく揺れているのがよくわかる。
風の音。それは雑音のない大自然の風の音だった。太古そのままの原生林の中を吹き荒れる、純粋な風の音。生きている風の音だ。大自然の息づかいだ。人間がいかにちっぽけで頼りないか、それに、気付かせてくれる。風の音に静かに耳を傾けた。
時計の針は午前0時55分をさしていた。やがて、朝がくる。日曜日、聖日である。留守を守ってくれている皆の懐かしい顔が、まぶたに浮かび、自然に涙が溢れて仕方がない。
愛する人々の背後からの祈りを実感した。祈りは、苦難に直面している、私とアイとアイン号の命綱であった。不安でないと言えばうそになる。
体もきつい。肝臓が痛む。ひどい吐き気と頭痛、それに悪寒が加わった。足は氷のように冷たく感覚がない(足の冷えは肝臓病特有のものらしい)
ふと不吉な死を予感した。肝不全には静脈瘤の破裂があると聞いていた。心臓マヒに似ているそうだ。しかし、気を取り直して祈ることによって、恐れが少しずつ静められていった。イエスに救われたあのペテロのように。
寂しい山中で不測の事態に直面しつつ、傷つきながらも、祈ることによって私たちは救われた。体が弱くなると気落ちして生きた心地がしないものである。
「祈りとは何か」
当たり前のようでそうでない事の不思議な祈りの秘密に、祈りの持つ神秘的な力に触れて私は改めて驚いた。「わが心に神の霊、わが心にキリストの霊宿り」と思わずつぶやいた。
(つづく)
「心の旅路」より抜粋
またしても強い風雨である。追われるようにして、松前町〜江差町〜北松山町から、利別川の川沿いに230号線の国道を抜けて、長万部(オシャマンベ)に向かった。
海岸は高波が押し寄せて危険だと感じたし、アイン号(スバルドミンゴ)が高波をかぶったら、電気系統をやられ、ひとたまりもないと思ったからである。
アイン号も私の分身である。大切な神の聖具である。大切にし、いたわらなくてはと思う。彼は黙々と動き、私とアイを支えてくれる大切な友である。彼なしには身動きがとれない。
彼はウンウンとエンジンの唸りを上げて、山坂を一生懸命に走ってくれた。風雨の中、フロントガラスを激しい大粒の雨がまるで生き物のように、こちら目がけて飛びかかってくる。ワイパーも負けてはいない。シャッシャッと音を立てながら、一生懸命に激しい雨に立ち向かって、たたかっている。
アイも緊張気味である。アイン号もアイも私も「三人が」一体となって、何かを目がけて嵐の中を突き進んでゆく。皆、心が溶け合って一体となっている。そうでなくては、このひどい暗闇と豪雨の中を、それも北海道の原生林の中を突き進むことは出来ない。
讃美歌405番、2節を私は歌った。
「荒野をゆくときも、
あらし吹くときも、
ゆくてをしめして、
たえずみちびきませ。 また会う日まで、また会う日まで、
神のまもり 汝が身を離れざれ!」
アーメン
行き交う車の少ない山中、それも深夜である。その時、不測の事態が生じた。アイン号の心臓が突然停止してしまったのである。ライトの光の中から、すぐ向こうに峠が見える。あと数100mだ。
ガソリンのゲージはまだ残量を示している。風雨はこの時とばかり、強く激しくアイン号の痛んだ車体を、容赦なく叩き、揺さぶった。それは、まるで私自身が叩かれているようであった。
私は心を静めて祈り、それから静かにローギアに入れセルモーターを回した。アイン号は苦しそうにウーと唸り、あえぎながら少しずつ坂道を登り、路肩に止まった。これで衝突の危険は避けられる。ほっとした。バッテリーの消耗を防ぐため、持参の懐中電灯に切り替え、ルームライトもパーキングライトも全部消した。あたり一面、文字通り、漆黒の暗闇である。
アイが先ほどから脅え、しきりに私のひざに乗ろうとする。シーズ犬特有の出目の目玉が、今にも飛び出してぶら下がってきそうである。彼女は赤い小さな舌を出して「はあー、はあー」と息づかいが荒い。無理もない。敏感なアイの事だ。それに加えて、山鳴りがひどい。よほど怖いにちがいない。
私はアイの背中を優しく撫でながら語りかけた。「こういう時のために信仰が与えられているんだよ。イエス様が一緒だということを、忘れないようにしようね。神が必ずお守り下さるから、心配しないでいようね」
−祈り−
暫く経つと暗闇に目が馴れてきた。山が、ゴウーゴウーと吠え、山の木々が激しく揺れているのがよくわかる。
風の音。それは雑音のない大自然の風の音だった。太古そのままの原生林の中を吹き荒れる、純粋な風の音。生きている風の音だ。大自然の息づかいだ。人間がいかにちっぽけで頼りないか、それに、気付かせてくれる。風の音に静かに耳を傾けた。
時計の針は午前0時55分をさしていた。やがて、朝がくる。日曜日、聖日である。留守を守ってくれている皆の懐かしい顔が、まぶたに浮かび、自然に涙が溢れて仕方がない。
愛する人々の背後からの祈りを実感した。祈りは、苦難に直面している、私とアイとアイン号の命綱であった。不安でないと言えばうそになる。
体もきつい。肝臓が痛む。ひどい吐き気と頭痛、それに悪寒が加わった。足は氷のように冷たく感覚がない(足の冷えは肝臓病特有のものらしい)
ふと不吉な死を予感した。肝不全には静脈瘤の破裂があると聞いていた。心臓マヒに似ているそうだ。しかし、気を取り直して祈ることによって、恐れが少しずつ静められていった。イエスに救われたあのペテロのように。
寂しい山中で不測の事態に直面しつつ、傷つきながらも、祈ることによって私たちは救われた。体が弱くなると気落ちして生きた心地がしないものである。
「祈りとは何か」
当たり前のようでそうでない事の不思議な祈りの秘密に、祈りの持つ神秘的な力に触れて私は改めて驚いた。「わが心に神の霊、わが心にキリストの霊宿り」と思わずつぶやいた。
(つづく)
「心の旅路」より抜粋
−函館・トラピストにて−
−函館・トラピストにて−
北海道の祈りと巡礼の旅はトラピストから始まった。函館市からほど近い上磯町に、渡島当別(オシマトオベツ)と呼ぶ地がある。その国道228号線添いの津軽海峡を見下ろす小高い丘に建てられた、古い赤レンガ造りの修道院がトラピストであった。
1889(明治29年)、90年の歴史を持つフランスのシトー会から数名の修道士が来日した。この修道士たちの手によって建てられたのが、トラピスト修道院である。正式には、宗教法人灯台の聖母カトリック教会と呼ばれている。
彼らと、それに加わった日本人の修道士たちは「祈れ働け」をモットーに生きながら、トラピストの伝統に従って、熊笹の生い繁る原野を開拓し、乳牛を飼い、独創的な乳製品を作り上げ、北海道の酪農の振興にも多大な貢献を果たしてきた。
「祈りと沈黙」の中に生活する修道士にとって、土地を耕したり、牛と共に過ごす日々は神への賛美と感謝であった。
−老修道士−
ルルドの墓地の入口に小さな建物があった。一人の老修道士が聖書を黙読している。時折、目をつぶり、祈り、又、聖書に目をやる。私はその様子を静かに見つめ、彼が来訪者に気付くのを待った。
「何か、ご用でしょうか」
「ルルドの墓地に行きたいのですが」
「見学のお約束は?」
「いいえ、今朝方、東京から来たばかりで約束はしてありません」
彼は私の胸元の十字架を見て「ご案内いたしましょう」と言ってくれた。折しも、台風9号の余波のひどい風雨に、私もアイもずぶ濡れであった。
「お許しいただければ、一人で行きたいのですが」
老修道士の顔が和んだ。「ゆっくり、お祈りして下され」
白い頭髪とあごひげ。がっしりした広い肩巾。聖なる労働の証しのゴツゴツした大きな手。それに小さな優しい目。
私は持参したクリオン島のトラクトとキリスト新聞のコピー、それにハンセン病の人々がつくったグラス・カードを彼に差し出し、お願いした。
「この子供たちのために、この土地にやってきました。これから祈りつつ、主のご加護を信じ全道を巡り、優しい心の持ち主にめぐりあえたなら、どんなに幸せでしょう。その手始めに、まことに不躾ですが、あなた様からこれを修道院長様にお渡し下さいませんでしょうか?」
老修道士は少しの間考えて、「はい、お引き受けいたしましょう」と微笑んで答えてくれた。
ルルドの墓地は林の奥の方にあった。なだらかな斜面の左右に、広いきれいな牧草地が見えた。その奥は、太古の原生林が、手つかずのまま残っている。
−ルルドの墓地−
真新しいお墓が目に入った。その前に、きれいな花が供えてある。婦人がひとり小屋の中にいた。聞くと、父の弔いのために来たという。雨の降りしきる中、墓前にひざまずいて、アイと祈った。婦人も後ろで合掌している。
聞こえるのは大地を叩く雨の音と木々を揺する風の音だけである。祈り終えると、婦人は「父のためにお祈り有り難うございます」と静かに頭を下げた。墓碑銘には「栖本ペトロ ルチア」と刻まれていた。私は静かに讚美歌を口ずさんだ。
(讃美歌90番) 1 ここもかみのみくになれば
あめつち御歌(みうた)をうたいかわし
岩に樹々に空に海に
たえなる御業(みわざ)ぞ あらわれたる
2 ここもかみのみくになれば
鳥の音(ね) 花の香(か)主をばたたえ
あさ日ゆう日 栄(は)えにはえて
そよ吹く風さえ かみをかたる
3 ここもかみのみくになれば
よこしま暫しは ときを得(う)とも
主のみむねの ややに成りて
あめつち遂には 一つとならん
アーメン
(日本基督教団讃美歌委員会著作権使用許諾第2097号)
「永遠の眠りについている信仰の友、安らぎのみ国の天人たちよ。再び死を見、味わう事のない至福の人々よ。あなた方に神の慈しみのいやまして、キリストのみ光の中に愛の中に永遠にあれかし」
アーメン 合掌
老修道士にお礼を言おうと立ち寄ると、十字を切り、合掌し「マーラナータ(主よ、来たりませ)」と、祈ってくれた。私も「マーラナータ」と合掌し、トラピストに別れを告げた。
(つづく)
「心の旅路」より抜粋
北海道の祈りと巡礼の旅はトラピストから始まった。函館市からほど近い上磯町に、渡島当別(オシマトオベツ)と呼ぶ地がある。その国道228号線添いの津軽海峡を見下ろす小高い丘に建てられた、古い赤レンガ造りの修道院がトラピストであった。
1889(明治29年)、90年の歴史を持つフランスのシトー会から数名の修道士が来日した。この修道士たちの手によって建てられたのが、トラピスト修道院である。正式には、宗教法人灯台の聖母カトリック教会と呼ばれている。
彼らと、それに加わった日本人の修道士たちは「祈れ働け」をモットーに生きながら、トラピストの伝統に従って、熊笹の生い繁る原野を開拓し、乳牛を飼い、独創的な乳製品を作り上げ、北海道の酪農の振興にも多大な貢献を果たしてきた。
「祈りと沈黙」の中に生活する修道士にとって、土地を耕したり、牛と共に過ごす日々は神への賛美と感謝であった。
−老修道士−
ルルドの墓地の入口に小さな建物があった。一人の老修道士が聖書を黙読している。時折、目をつぶり、祈り、又、聖書に目をやる。私はその様子を静かに見つめ、彼が来訪者に気付くのを待った。
「何か、ご用でしょうか」
「ルルドの墓地に行きたいのですが」
「見学のお約束は?」
「いいえ、今朝方、東京から来たばかりで約束はしてありません」
彼は私の胸元の十字架を見て「ご案内いたしましょう」と言ってくれた。折しも、台風9号の余波のひどい風雨に、私もアイもずぶ濡れであった。
「お許しいただければ、一人で行きたいのですが」
老修道士の顔が和んだ。「ゆっくり、お祈りして下され」
白い頭髪とあごひげ。がっしりした広い肩巾。聖なる労働の証しのゴツゴツした大きな手。それに小さな優しい目。
私は持参したクリオン島のトラクトとキリスト新聞のコピー、それにハンセン病の人々がつくったグラス・カードを彼に差し出し、お願いした。
「この子供たちのために、この土地にやってきました。これから祈りつつ、主のご加護を信じ全道を巡り、優しい心の持ち主にめぐりあえたなら、どんなに幸せでしょう。その手始めに、まことに不躾ですが、あなた様からこれを修道院長様にお渡し下さいませんでしょうか?」
老修道士は少しの間考えて、「はい、お引き受けいたしましょう」と微笑んで答えてくれた。
ルルドの墓地は林の奥の方にあった。なだらかな斜面の左右に、広いきれいな牧草地が見えた。その奥は、太古の原生林が、手つかずのまま残っている。
−ルルドの墓地−
真新しいお墓が目に入った。その前に、きれいな花が供えてある。婦人がひとり小屋の中にいた。聞くと、父の弔いのために来たという。雨の降りしきる中、墓前にひざまずいて、アイと祈った。婦人も後ろで合掌している。
聞こえるのは大地を叩く雨の音と木々を揺する風の音だけである。祈り終えると、婦人は「父のためにお祈り有り難うございます」と静かに頭を下げた。墓碑銘には「栖本ペトロ ルチア」と刻まれていた。私は静かに讚美歌を口ずさんだ。
(讃美歌90番) 1 ここもかみのみくになれば
あめつち御歌(みうた)をうたいかわし
岩に樹々に空に海に
たえなる御業(みわざ)ぞ あらわれたる
2 ここもかみのみくになれば
鳥の音(ね) 花の香(か)主をばたたえ
あさ日ゆう日 栄(は)えにはえて
そよ吹く風さえ かみをかたる
3 ここもかみのみくになれば
よこしま暫しは ときを得(う)とも
主のみむねの ややに成りて
あめつち遂には 一つとならん
アーメン
(日本基督教団讃美歌委員会著作権使用許諾第2097号)
「永遠の眠りについている信仰の友、安らぎのみ国の天人たちよ。再び死を見、味わう事のない至福の人々よ。あなた方に神の慈しみのいやまして、キリストのみ光の中に愛の中に永遠にあれかし」
アーメン 合掌
老修道士にお礼を言おうと立ち寄ると、十字を切り、合掌し「マーラナータ(主よ、来たりませ)」と、祈ってくれた。私も「マーラナータ」と合掌し、トラピストに別れを告げた。
(つづく)
「心の旅路」より抜粋
−神の慈しみ−
−神の慈しみ−
筆者は健康者ではない。1988年、死の病に倒れ、奇跡的に救われた。肝不全という十字架をこの身に今も負っている。
今回、北海道の伝道旅行へとの思いに導かれたのは、クリオン島(フィリピン)の子らを思う祈りを通してであった。
あるとき、クリオン島のハンセン病の人々の訴えが、わたしたちのところに届けられた。そして、その島の子どもたちの就学と継続のために、主は半人前の筆者を聖用して下さった。その愛の奇跡の証しが小誌である。
神の深い慈しみのみ手が差しのべられた時、不可能が可能となった。
私たちは自分の困難さや、弱さ、又、逆境に落胆する必要はない。私は、今回の伝道旅行の体験を通じ、改めて自分の弱さを恵みとして再確認した。それは、人間の常識を超えた神のみ力の力添え(裏付け)なくして、東京の町田市から、北海道の全道(約5000�)をただ一人、車を運転して行く事など思いも及ばぬことだからである。約2週間と短くはあったが、心に残る、文字通り、心の旅路となった。
父の悲しい死を初めて知ったのも、この旅路を通してであった。私のくずれかけた心を、その弱さを、神はそっと支え、慰めて下さった。アイも又、そんな私の悲しみの聞き役にまわり、つぶらな瞳で「くじけないで!」と、励ましてくれた。
この事を通じて、私は、神の霊が「宿る時」人がいかに強められるか、その事実をぜひ、皆様にお伝えしたいとの熱い思いに駆り立てられた。
「アイの受難」に出てくるドラマをお読みいただくと、身体の弱い私と3�にも満たないアイが、やせ細りながらも、とにかく、この伝道旅行に耐えられたその事実が、神のご存在を確証し、主のみ手が、いかにして困難な状況下に置かれた私たちを、その中から救い上げ、助け、力づけて下さったか、おわかりいただけることと思う。
今、あなたの境遇がどんなに辛く、人知れず苦しみ、日毎夜毎、涙の谷を渡っておられようとも、必ず嬉しい日が来ることを、この証しを通してお知りいただけたら、こんなに嬉しいことはない。
さて、今回の旅行に同行者が一人いた。我が家の愛くるしい伝道犬「アイ」である。シーズ犬のメスで、今年9歳になる。彼女は困難な伝道旅行の途中で、私の大きな慰めとなり、やさしいパートナーでもあった。彼女から得た教訓は決して少なくはない。
出発日は、1992年8月4日、日本海側から北上し出来るだけ全道をめぐり、祈り、訴え、大自然の中に伏し、この身を通して、キリストがご自身の力と望みと愛を、しもべに現して下さる事を信じて旅に出た。
そのためにも、私自身を神のみ手に差し出し、あえて困難に挑戦し、自分のすべてを投げ出した。無条件にである。すべてを我が主、キリストにお委ねする必要があった。私は主のしもべであり、弟子である。それが、信じる者の道だと確信したからである。
−静けさの中で−
北海道の大自然は、筆者が忘れかけていた大切なものを多く気付かせ、与えてくれた。その一つに静けさがあった。何と途方もなく、広く果てしない大地かと思わせる一面、静かな広がりが原野のそこかしこに見られてとても嬉しかった。
「神は静けさの友である」と聞いたことがある。大自然の中の木や草の成長、小さな虫たちの生のいとなみ。大空も星も、すべてのものが、大きな力に支えられ、助けられ、唯、黙々と動き、生成、流転し、死んでゆく。
そのダイナミックな生活の、営みの根元に触れたとき、神は死んだ神ではなく、生きて今も働き給う、慰めの主、希望と光の中にまします、愛の神である事が、一層、肌身に強く感ぜられた。
私の痛んだ、身が心が癒され、揺すぶられ、感動し、心の奥深くまで届き、魂のひどい渇きが癒された。
つくづく考えさせられたことがある。それは、都会に住んでいると、いかに「無駄なおしゃべりや雑音が多いことか」ということであった。
これは「尊いエネルギー」の浪費である。人間には静けさが必要だ。私はこの体験を通して、内面から湧く純粋な言葉を大切にしたいとの思いが強くなり、不用な言葉は出来るだけ、証誌から切り捨てることにした。
(つづく)
「心の旅路」より抜粋
筆者は健康者ではない。1988年、死の病に倒れ、奇跡的に救われた。肝不全という十字架をこの身に今も負っている。
今回、北海道の伝道旅行へとの思いに導かれたのは、クリオン島(フィリピン)の子らを思う祈りを通してであった。
あるとき、クリオン島のハンセン病の人々の訴えが、わたしたちのところに届けられた。そして、その島の子どもたちの就学と継続のために、主は半人前の筆者を聖用して下さった。その愛の奇跡の証しが小誌である。
神の深い慈しみのみ手が差しのべられた時、不可能が可能となった。
私たちは自分の困難さや、弱さ、又、逆境に落胆する必要はない。私は、今回の伝道旅行の体験を通じ、改めて自分の弱さを恵みとして再確認した。それは、人間の常識を超えた神のみ力の力添え(裏付け)なくして、東京の町田市から、北海道の全道(約5000�)をただ一人、車を運転して行く事など思いも及ばぬことだからである。約2週間と短くはあったが、心に残る、文字通り、心の旅路となった。
父の悲しい死を初めて知ったのも、この旅路を通してであった。私のくずれかけた心を、その弱さを、神はそっと支え、慰めて下さった。アイも又、そんな私の悲しみの聞き役にまわり、つぶらな瞳で「くじけないで!」と、励ましてくれた。
この事を通じて、私は、神の霊が「宿る時」人がいかに強められるか、その事実をぜひ、皆様にお伝えしたいとの熱い思いに駆り立てられた。
「アイの受難」に出てくるドラマをお読みいただくと、身体の弱い私と3�にも満たないアイが、やせ細りながらも、とにかく、この伝道旅行に耐えられたその事実が、神のご存在を確証し、主のみ手が、いかにして困難な状況下に置かれた私たちを、その中から救い上げ、助け、力づけて下さったか、おわかりいただけることと思う。
今、あなたの境遇がどんなに辛く、人知れず苦しみ、日毎夜毎、涙の谷を渡っておられようとも、必ず嬉しい日が来ることを、この証しを通してお知りいただけたら、こんなに嬉しいことはない。
さて、今回の旅行に同行者が一人いた。我が家の愛くるしい伝道犬「アイ」である。シーズ犬のメスで、今年9歳になる。彼女は困難な伝道旅行の途中で、私の大きな慰めとなり、やさしいパートナーでもあった。彼女から得た教訓は決して少なくはない。
出発日は、1992年8月4日、日本海側から北上し出来るだけ全道をめぐり、祈り、訴え、大自然の中に伏し、この身を通して、キリストがご自身の力と望みと愛を、しもべに現して下さる事を信じて旅に出た。
そのためにも、私自身を神のみ手に差し出し、あえて困難に挑戦し、自分のすべてを投げ出した。無条件にである。すべてを我が主、キリストにお委ねする必要があった。私は主のしもべであり、弟子である。それが、信じる者の道だと確信したからである。
−静けさの中で−
北海道の大自然は、筆者が忘れかけていた大切なものを多く気付かせ、与えてくれた。その一つに静けさがあった。何と途方もなく、広く果てしない大地かと思わせる一面、静かな広がりが原野のそこかしこに見られてとても嬉しかった。
「神は静けさの友である」と聞いたことがある。大自然の中の木や草の成長、小さな虫たちの生のいとなみ。大空も星も、すべてのものが、大きな力に支えられ、助けられ、唯、黙々と動き、生成、流転し、死んでゆく。
そのダイナミックな生活の、営みの根元に触れたとき、神は死んだ神ではなく、生きて今も働き給う、慰めの主、希望と光の中にまします、愛の神である事が、一層、肌身に強く感ぜられた。
私の痛んだ、身が心が癒され、揺すぶられ、感動し、心の奥深くまで届き、魂のひどい渇きが癒された。
つくづく考えさせられたことがある。それは、都会に住んでいると、いかに「無駄なおしゃべりや雑音が多いことか」ということであった。
これは「尊いエネルギー」の浪費である。人間には静けさが必要だ。私はこの体験を通して、内面から湧く純粋な言葉を大切にしたいとの思いが強くなり、不用な言葉は出来るだけ、証誌から切り捨てることにした。
(つづく)
「心の旅路」より抜粋
【心の旅路】
【心の旅路】
巻頭言
−父を訪ねて5000キロ−
児童文学者 神戸淳吉
この本は著者の伝道旅行記を柱に3人の方々の生活体験など6編で構成されている。いずれもあついキリスト信仰に裏付けされ、ずっしりと重く、また何度も涙させられる。と、いっても、信仰書にありがちな堅さはなく、読みやすい。
この本に盛られているいくつもの美しい話、著者自身のことや身内の姉妹、お弟子さんらの体験だけに、説得力があり、改めて神の臨在を実感させられる。
ところで、この本を読まれる時、できれば、北海道の地図を手元に置かれるとよいと思う。著者は住まいのある東京都下の町田から単身(小型のシーズ犬も同行)四駆を運転、長駆北海道一周をされた伝道記録だからである。
もう1つ、著者は肝不全に苦しめられつつの旅行であったことも書き添えておきたい。
では、何のために渡島したのか。著者の進めているフィリピン・クリオン島のハンセン病患者を助けるためのトラクト配布を兼ねた伝道旅行か。実は著者は生まれる前に実父と離別するが、その方の住むという北海道は十勝の池田町まで「父を訪ねて5000キロ」の旅に出たためである。
けれども、それまで音信がなかったとはいえ、訪ねる実父は数年前に亡くなっていたとわかる。何と残酷な旅路であったろう。この本はそうした万感の思いが込められているのではなかろうか。
さて、先に進む。著者が北海道へ渡って初めて会われた方との場面も美しい。この地方でも暑いはずの8月、台風の余波の悪天候のなか、函館のトラピスト修道会の墓地での老修道士との出会いは西欧の短編小説でも読む思いがする。
また、激しい嵐のさなか、それも深夜、原生林の中でエンコした車中での夜明かし、それが救出されるまでのいきさつもまた、神の実在を信ぜずにはいられない。
まだ、お伝えしたいものがいくつもあるが、残念ながら、3、4章分は割愛せざるを得ない。ただし、その中の1章に著者がお弟子さんを一喝するくだりがある。クリスチャンは幸か不幸か、慈愛、寛容、あるいはそれに似たイメージをもたれるが、著者は硬軟両面ある方のようで、それによってお弟子さんが立ち直ったエピソードがここに書かれている。
著者はこのほかホームレスの人たちの救援にもあたっておられるが、胸をうつ美しいが痛ましい話も記されている。
ぜひ、これらの文中の主人公らと共に、私もまた、神を賛美したいと、そう思わされる好著であった。
(キリスト新聞1996年12月14日号「書評」より)
1添付地図は筆者とアイのミッションのルートを赤線で記します。
2函館トラピスト・の位置
3伝道の相棒・アイ
巻頭言
−父を訪ねて5000キロ−
児童文学者 神戸淳吉
この本は著者の伝道旅行記を柱に3人の方々の生活体験など6編で構成されている。いずれもあついキリスト信仰に裏付けされ、ずっしりと重く、また何度も涙させられる。と、いっても、信仰書にありがちな堅さはなく、読みやすい。
この本に盛られているいくつもの美しい話、著者自身のことや身内の姉妹、お弟子さんらの体験だけに、説得力があり、改めて神の臨在を実感させられる。
ところで、この本を読まれる時、できれば、北海道の地図を手元に置かれるとよいと思う。著者は住まいのある東京都下の町田から単身(小型のシーズ犬も同行)四駆を運転、長駆北海道一周をされた伝道記録だからである。
もう1つ、著者は肝不全に苦しめられつつの旅行であったことも書き添えておきたい。
では、何のために渡島したのか。著者の進めているフィリピン・クリオン島のハンセン病患者を助けるためのトラクト配布を兼ねた伝道旅行か。実は著者は生まれる前に実父と離別するが、その方の住むという北海道は十勝の池田町まで「父を訪ねて5000キロ」の旅に出たためである。
けれども、それまで音信がなかったとはいえ、訪ねる実父は数年前に亡くなっていたとわかる。何と残酷な旅路であったろう。この本はそうした万感の思いが込められているのではなかろうか。
さて、先に進む。著者が北海道へ渡って初めて会われた方との場面も美しい。この地方でも暑いはずの8月、台風の余波の悪天候のなか、函館のトラピスト修道会の墓地での老修道士との出会いは西欧の短編小説でも読む思いがする。
また、激しい嵐のさなか、それも深夜、原生林の中でエンコした車中での夜明かし、それが救出されるまでのいきさつもまた、神の実在を信ぜずにはいられない。
まだ、お伝えしたいものがいくつもあるが、残念ながら、3、4章分は割愛せざるを得ない。ただし、その中の1章に著者がお弟子さんを一喝するくだりがある。クリスチャンは幸か不幸か、慈愛、寛容、あるいはそれに似たイメージをもたれるが、著者は硬軟両面ある方のようで、それによってお弟子さんが立ち直ったエピソードがここに書かれている。
著者はこのほかホームレスの人たちの救援にもあたっておられるが、胸をうつ美しいが痛ましい話も記されている。
ぜひ、これらの文中の主人公らと共に、私もまた、神を賛美したいと、そう思わされる好著であった。
(キリスト新聞1996年12月14日号「書評」より)
1添付地図は筆者とアイのミッションのルートを赤線で記します。
2函館トラピスト・の位置
3伝道の相棒・アイ
母の祈り
母の祈り
一昨日5月7日で母が旅立ち早や、49年の歳月が流れました。来年は没後50年目になります。
母は秘かに祈り続けてくれました。
母から来る手紙の末尾にいつもこう書いてありました。
「わたしは祈っています。お前のこと。神仏に手を合わせて今日も祈っています。いつも祈っていますからね。」 母より。
最近思うのは、あの祈りの中には、
私一人への祈りではなく、今どのように人々のために行動するかが、その場かぎりではなく、先々のためにも大切だと私に自覚を促したのではないかと思えるのです。
わたしたちにとって葬式が人生の別れ、終わり〓ではない。人間は永遠の命を与えられているのだと母の祈りを改め思い返しています。
一昨日5月7日で母が旅立ち早や、49年の歳月が流れました。来年は没後50年目になります。
母は秘かに祈り続けてくれました。
母から来る手紙の末尾にいつもこう書いてありました。
「わたしは祈っています。お前のこと。神仏に手を合わせて今日も祈っています。いつも祈っていますからね。」 母より。
最近思うのは、あの祈りの中には、
私一人への祈りではなく、今どのように人々のために行動するかが、その場かぎりではなく、先々のためにも大切だと私に自覚を促したのではないかと思えるのです。
わたしたちにとって葬式が人生の別れ、終わり〓ではない。人間は永遠の命を与えられているのだと母の祈りを改め思い返しています。
大天使聖ミカエル
この大天使聖ミカエルの像はフランスから
贈られたものです。日本にキリスト教を
伝えたフランシスコ・ザビエルが鹿児島に
上陸し宣教を始めた、ちょうどその日が
聖ミカエルの祝日だったために、ザビエル
は聖ミカエルを日本における宣教の守護聖人
と定めたそうです。
この聖テレジアの像はフランスから贈られたものです。
「幼きイエスのテレーズ」いう修道名を持つフランスの
修道女でしたが、僅か9年の修道生活の後、24歳の若さ
でこの世を去りました。死後、彼女の著作が世界中で
読まれ知られることとなり、「小さき花のテレジア」とも
呼ばれるようになりました。フランスではジャンヌダルク
に次いで第2の守護聖人とされ、テレーズを愛していた
マザー・テレサはテレーズの名から「テレサ」という
修道名を付けたと言われています。病人、宣教師、子ども、
弱者の守護聖人になっていることから海外でも修道院の
「宣教の保護の聖人」とされ親しまれています。
添付写真
1ミカエル
2ミカエル
3幼き日のテレジア
4聖母マリアと幼子イエス
5ルルドの入り口
6ルルドの園
7修道院
8原生林の中の道
9トラピストの位置案内地図
以上
贈られたものです。日本にキリスト教を
伝えたフランシスコ・ザビエルが鹿児島に
上陸し宣教を始めた、ちょうどその日が
聖ミカエルの祝日だったために、ザビエル
は聖ミカエルを日本における宣教の守護聖人
と定めたそうです。
この聖テレジアの像はフランスから贈られたものです。
「幼きイエスのテレーズ」いう修道名を持つフランスの
修道女でしたが、僅か9年の修道生活の後、24歳の若さ
でこの世を去りました。死後、彼女の著作が世界中で
読まれ知られることとなり、「小さき花のテレジア」とも
呼ばれるようになりました。フランスではジャンヌダルク
に次いで第2の守護聖人とされ、テレーズを愛していた
マザー・テレサはテレーズの名から「テレサ」という
修道名を付けたと言われています。病人、宣教師、子ども、
弱者の守護聖人になっていることから海外でも修道院の
「宣教の保護の聖人」とされ親しまれています。
添付写真
1ミカエル
2ミカエル
3幼き日のテレジア
4聖母マリアと幼子イエス
5ルルドの入り口
6ルルドの園
7修道院
8原生林の中の道
9トラピストの位置案内地図
以上
Kazuyoさんからメッセージが届いています。
Kazuyoさんからメッセージが届いています。
おしょちさん♪愛の樹ブログみました〜。
素敵〜♪
土曜日は、わたし、興奮メッセージでしたね(笑)
テレーズを調べてみたら、またまた、ドキドキしました。
ところで、
おしょちさんの故郷、日田市。
わたしの父の故郷は、阿蘇 久木野です。子どもの頃、よく連れて行ってもらい、
三年前、30年ぶりに
行くことができました♪地図で調べたら、
日田市と久木野は、
近いですね♪
空気よくて、水も美味しい。山々の緑が綺麗。星もふりそそぐ。あー素敵な故郷。
愛の樹がある、中井町も、素敵なところですね。
行きたくなりました♪
Facebookを、はじめて、素敵な出逢いがたくさんあって、
ハッピーです。
またメールしまーす♪
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土曜日は、わたし、興奮メッセージでしたね(笑)
テレーズを調べてみたら、またまた、ドキドキしました。
ところで、
おしょちさんの故郷、日田市。
わたしの父の故郷は、阿蘇 久木野です。子どもの頃、よく連れて行ってもらい、
三年前、30年ぶりに
行くことができました♪地図で調べたら、
日田市と久木野は、
近いですね♪
空気よくて、水も美味しい。山々の緑が綺麗。星もふりそそぐ。あー素敵な故郷。
愛の樹がある、中井町も、素敵なところですね。
行きたくなりました♪
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ハッピーです。
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2013-05-26
今週の聖句 5月26日〜6月1日
詩篇96篇
新しい歌を主にむかってうたえ。
全地よ、主にむかってうたえ。
主にむかって歌い、そのみ名をほめよ。
日ごとにその救を宣べ伝えよ。
もろもろの国の中にその栄光をあらわし、
もろもろの民の中にそのくすしきみわざをあらわせ。
主は大いなる神であって、いともほめたたうべきもの、
もろもろの神にまさって恐るべき者である。
もろもろの民のすべての神はむなしい。
しかし主はもろもろの天を造られた。
誉と、威厳とはそのみ前にあり、
力と、うるわしさとはその聖所にある。
もろもろの民のやからよ、主に帰せよ、
栄光と力とを主に帰せよ。
そのみ名にふさわしい栄光を主に帰せよ。
供え物を携えてその大庭にきたれ。
聖なる装いをして主を拝め、
全地よ、そのみ前におののけ。
もろもろの国民の中に言え、
「主は王となられた。
世界は堅く立って、動かされることはない。
主は公平をもってもろもろの民をさばかれる」と。
天は喜び、地は楽しみ、
海とその中に満ちるものとは鳴りどよめき、
田畑とその中のすべての物は大いに喜べ。
そのとき、林のもろもろの木も
主のみ前に喜び歌うであろう。
主は来られる、地をさばくために来られる。
主は義をもって世界をさばき、
まことをもってもろもろの民をさばかれる。
新しい歌を主にむかってうたえ。
全地よ、主にむかってうたえ。
主にむかって歌い、そのみ名をほめよ。
日ごとにその救を宣べ伝えよ。
もろもろの国の中にその栄光をあらわし、
もろもろの民の中にそのくすしきみわざをあらわせ。
主は大いなる神であって、いともほめたたうべきもの、
もろもろの神にまさって恐るべき者である。
もろもろの民のすべての神はむなしい。
しかし主はもろもろの天を造られた。
誉と、威厳とはそのみ前にあり、
力と、うるわしさとはその聖所にある。
もろもろの民のやからよ、主に帰せよ、
栄光と力とを主に帰せよ。
そのみ名にふさわしい栄光を主に帰せよ。
供え物を携えてその大庭にきたれ。
聖なる装いをして主を拝め、
全地よ、そのみ前におののけ。
もろもろの国民の中に言え、
「主は王となられた。
世界は堅く立って、動かされることはない。
主は公平をもってもろもろの民をさばかれる」と。
天は喜び、地は楽しみ、
海とその中に満ちるものとは鳴りどよめき、
田畑とその中のすべての物は大いに喜べ。
そのとき、林のもろもろの木も
主のみ前に喜び歌うであろう。
主は来られる、地をさばくために来られる。
主は義をもって世界をさばき、
まことをもってもろもろの民をさばかれる。
2013-05-19
今週の聖句 5月19日〜25日
詩篇 95篇
さあ、われらは主にむかって歌い、
われらの救の岩にむかって喜ばしい声をあげよう。
われらは感謝をもって、み前に行き、
主にむかい、さんびの歌をもって、
喜ばしい声をあげよう。
主は大いなる神、
すべての神にまさって大いなる王だからである。
地の深い所は主のみ手にあり、
山々の頂もまた主のものである。
海は主のもの、主はこれを造られた。
またそのみ手はかわいた地を造られた。
さあ、われらは拝み、ひれ伏し、
われらの造り主、主のみ前にひざまずこう。
主はわれらの神であり、
われらはその牧の民、そのみ手の羊である。
どうか、あなたがたは、
きょう、そのみ声を聞くように。
あなたがたは、メリバにいた時のように、
また荒野のマッサにいた日のように、
心をかたくなにしてはならない。
あの時、あなたがたの先祖たちは
わたしのわざを見たにもかかわらず、
わたしを試み、わたしをためした。
わたしは四十年の間、その代をきらって言った、
「彼らは心の誤っている民であって、
わたしの道を知らない」と。
それゆえ、わたしは憤って、
彼らはわが安息に入ることができないと誓った。
さあ、われらは主にむかって歌い、
われらの救の岩にむかって喜ばしい声をあげよう。
われらは感謝をもって、み前に行き、
主にむかい、さんびの歌をもって、
喜ばしい声をあげよう。
主は大いなる神、
すべての神にまさって大いなる王だからである。
地の深い所は主のみ手にあり、
山々の頂もまた主のものである。
海は主のもの、主はこれを造られた。
またそのみ手はかわいた地を造られた。
さあ、われらは拝み、ひれ伏し、
われらの造り主、主のみ前にひざまずこう。
主はわれらの神であり、
われらはその牧の民、そのみ手の羊である。
どうか、あなたがたは、
きょう、そのみ声を聞くように。
あなたがたは、メリバにいた時のように、
また荒野のマッサにいた日のように、
心をかたくなにしてはならない。
あの時、あなたがたの先祖たちは
わたしのわざを見たにもかかわらず、
わたしを試み、わたしをためした。
わたしは四十年の間、その代をきらって言った、
「彼らは心の誤っている民であって、
わたしの道を知らない」と。
それゆえ、わたしは憤って、
彼らはわが安息に入ることができないと誓った。
2013-05-12
今週の聖句 5月12日〜18日
詩篇94篇
あだを報いられる神、主よ、
あだを報いられる神よ、光を放ってください。
地をさばかれる者よ、
立って高ぶる者にその受くべき罰をお与えください。
主よ、悪しき者はいつまで、
悪しき者はいつまで勝ち誇るでしょうか。
彼らは高慢な言葉を吐き散らし、
すべて不義を行う者はみずから高ぶります。
主よ、彼らはあなたの民を打ち砕き、
あなたの嗣業を苦しめます。
彼らはやもめと旅びとのいのちをうばい、
みなしごを殺します。
彼らは言います、「主は見ない、
ヤコブの神は悟らない」と。
民のうちの鈍き者よ、悟れ。
愚かな者よ、いつ賢くなるだろうか。
耳を植えた者は聞くことをしないだろうか、
目を造った者は見ることをしないだろうか。
もろもろの国民を懲らす者は
罰することをしないだろうか、
人を教える者は知識をもたないだろうか。
主は人の思いの、むなしいことを知られる。
主よ、あなたによって懲らされる人、
あなたのおきてを教えられる人はさいわいです。
あなたはその人を災の日からのがれさせ、
悪しき者のために穴が掘られるまで
その人に平安を与えられます。
主はその民を捨てず、
その嗣業を見捨てられないからです。
さばきは正義に帰り、
すべて心の正しい者はそれに従うでしょう。
だれがわたしのために立ちあがって、
悪しき者を責めるだろうか。
だれがわたしのために立って、
不義を行う者を責めるだろうか。
もしも主がわたしを助けられなかったならば、
わが魂はとくに音なき所に住んだであろう。
しかし「わたしの足がすべる」と思ったとき、
主よ、あなたのいつくしみは
わたしをささえられました。
わたしのうちに思い煩いの満ちるとき、
あなたの慰めはわが魂を喜ばせます。
定めをもって危害をたくらむ悪しき支配者は
あなたと親しむことができるでしょうか。
彼らは相結んで正しい人の魂を責め、
罪のない者に死を宣告します。
しかし主はわが高きやぐらとなり、
わが神はわが避け所の岩となられました。
主は彼らの不義を彼らに報い、
彼らをその悪のゆえに滅ぼされます。
われらの神、主は彼らを滅ぼされます。
あだを報いられる神、主よ、
あだを報いられる神よ、光を放ってください。
地をさばかれる者よ、
立って高ぶる者にその受くべき罰をお与えください。
主よ、悪しき者はいつまで、
悪しき者はいつまで勝ち誇るでしょうか。
彼らは高慢な言葉を吐き散らし、
すべて不義を行う者はみずから高ぶります。
主よ、彼らはあなたの民を打ち砕き、
あなたの嗣業を苦しめます。
彼らはやもめと旅びとのいのちをうばい、
みなしごを殺します。
彼らは言います、「主は見ない、
ヤコブの神は悟らない」と。
民のうちの鈍き者よ、悟れ。
愚かな者よ、いつ賢くなるだろうか。
耳を植えた者は聞くことをしないだろうか、
目を造った者は見ることをしないだろうか。
もろもろの国民を懲らす者は
罰することをしないだろうか、
人を教える者は知識をもたないだろうか。
主は人の思いの、むなしいことを知られる。
主よ、あなたによって懲らされる人、
あなたのおきてを教えられる人はさいわいです。
あなたはその人を災の日からのがれさせ、
悪しき者のために穴が掘られるまで
その人に平安を与えられます。
主はその民を捨てず、
その嗣業を見捨てられないからです。
さばきは正義に帰り、
すべて心の正しい者はそれに従うでしょう。
だれがわたしのために立ちあがって、
悪しき者を責めるだろうか。
だれがわたしのために立って、
不義を行う者を責めるだろうか。
もしも主がわたしを助けられなかったならば、
わが魂はとくに音なき所に住んだであろう。
しかし「わたしの足がすべる」と思ったとき、
主よ、あなたのいつくしみは
わたしをささえられました。
わたしのうちに思い煩いの満ちるとき、
あなたの慰めはわが魂を喜ばせます。
定めをもって危害をたくらむ悪しき支配者は
あなたと親しむことができるでしょうか。
彼らは相結んで正しい人の魂を責め、
罪のない者に死を宣告します。
しかし主はわが高きやぐらとなり、
わが神はわが避け所の岩となられました。
主は彼らの不義を彼らに報い、
彼らをその悪のゆえに滅ぼされます。
われらの神、主は彼らを滅ぼされます。
2013-05-05
今週の聖句 5月5日〜11日
詩篇93篇
主は王となり、
威光の衣をまとわれます。
主は衣をまとい、力をもって帯とされます。
まことに、世界は堅く立って、
動かされることはありません。
あなたの位はいにしえより堅く立ち、
あなたはとこしえよりいらせられます。
主よ、大水は声をあげました。
大水はその声をあげました。
大水はそのとどろく声をあげます。
主は高き所にいらせられて、
その勢いは多くの水のとどろきにまさり、
海の大波にまさって盛んです。
あなたのあかしはいとも確かです。
主よ、聖なることはとこしえまでも
あなたの家にふさわしいのです。
主は王となり、
威光の衣をまとわれます。
主は衣をまとい、力をもって帯とされます。
まことに、世界は堅く立って、
動かされることはありません。
あなたの位はいにしえより堅く立ち、
あなたはとこしえよりいらせられます。
主よ、大水は声をあげました。
大水はその声をあげました。
大水はそのとどろく声をあげます。
主は高き所にいらせられて、
その勢いは多くの水のとどろきにまさり、
海の大波にまさって盛んです。
あなたのあかしはいとも確かです。
主よ、聖なることはとこしえまでも
あなたの家にふさわしいのです。
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