神学校の講義は、静かな黙想から始まった。
それから賛美歌を肩を組み合って歌う。
変わった歌い方であった。
その日、先生の目に留まった者が祈る†
魂を揺する祈りであった。
聖書講義が始まると不思議な雰囲気に包まれた。
辺りに聖霊の臨在感が漂う。
私は物理学者の友人に助けられて少しずつ覚えていった。
ヘブル語、ギリシャ語に、カタカナをふった。
時々、ヘブル語の歌を歌った。
黒板にヘブル語が書かれ、カタカナのルビがふられ、その下に意味が解説されている。
たとえば、旧約聖書の詩編57:9は、ダビデの神に対する切ない思いが、すーっと入り込んできた。
目覚めよ、わたしの誉れよ、目覚めよ、竪琴よ、琴よ。わたしは曙を呼び覚まそう。
♪ウラウラウラケボデー、ウラウラウラハネベール♪
哀調を帯びた歌に聞こえた。
物見の兵士が、長い夜、夜明けを待ち侘びて、夜空を見上げながら、竪琴を弾いて曙を呼び覚ます。
如何にダビデが神を慕い待ち侘び、求めていたかその心が伝わった。
わたしは感動しながら歌った♪
【二年目の春】
突然先生の部屋に呼ばれた。
一人であった。
しばらく間を置いて、先生が口を開いた。
「授業はどうですか?進んでいますか?」
当たり障りのない質問であった。
何か大事な話があるに違いないと考えて、私から思い切って尋ねた。
「先生、私に何か大事なお話があるのでは?差し支えなければ、お話しください」と、きりこんだ。
黙って腕組みしていた先生から意外な言葉が飛び出した。
「君の二年目以降の授業はやめにする」
私は驚きを隠せなかった。
「やはり私にここの授業は無理でしたか?」
「わかりました。退学届けを出します」と、答えて頭を下げた。
びっくりしたのはその後である。
いや違う!実は、君に是非とも頼みたいことがあります。僕の生涯の夢です。教団が大きくなり過ぎて、夢が叶いません。わたしたちの知らないところで、わたしたちの指の間から、砂がこぼれ落ちるように本当に助けたい魂が、こぼれ落ちています。
なんとかしたい。私は君のような魂の持ち主が現れるのを待っていました。イエスのようにどん底の魂のために、私に出来なかった使命に投げ身してください。身代わりを頼みたい!
ここの授業は原則三年間ですが繰り上げ卒業とします。中には十年間も通っている人も居ますがね!
ここで君が学ぶことはありません。私もこれ以上教えることはありません。
ここの酸素は君に足りない!
と、頭を下げられた。
「皆には私から君の繰り上げ卒業を伝えます。」
繰り上げ卒業は意外中の意外であった。
その日静かに学舍を後にした。
神の御旨なら従う他はない。
しかし寂寥感は拭えない。
師は故・吉村騏一郎先生であった。
銀行員から宗教家になられ、イエスのふるさと、イスラエルで本格的に学んだ師であった。
シオニストではない。
癌で亡くなられたと後日訃報が届いた。
涙がこぼれてとまらない。
先生との出合いから、もう四十年の歳月が流れた。
【独立伝道】
私は先生との約束を果たすために、真剣に考えに考えて、先ず山に入り、一週間の断食から始めた。
場所は箱根、大涌谷の馬酔(あしび→ツジ科)の林の奥の大きな岩穴であった。
風向きに気をつけた。
地底から吹き上げる白い蒸気に混じってガスが立ち込めていた。
天気の好い日は蝶々が翔んできた。
足元で蟻たちがせっせと働いている。
たまに足にはい上がってくる。
薄は地中深く根を張り、地上に背の低い尖った葉を少し伸ばしていた。
昆虫も植物も環境に一番適した生き方を本能的に選んでいる。
感心しながら、空腹に耐えていた。
苦難に満ちた独立伝道の始まりであった。
キリスト教の仲間から異端視され、気が狂った男、ペスト、コレラ菌を持った危険な男と陰口を叩かれ、私は甘んじて陰口を引き受けた。
続きます。
愛の樹オショチ†
大涌谷
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