2009-07-09

天路歴程(13)

人間は本能的に魂の解放を、真の自由を求めます。


誰の束縛も受けたくはない生き物です。

キリストは罪の奴隷からの解放を宣言し、
神を信じる人々に霊魂の自由を与えました。

人間は古来神の掟を破らなければ、罪の束縛とは無縁の存在者のはず
でした。

創世記のエデンの園で犯した、アダムとイブの神話は人間の本質をリアルに描きだしています。

神が与えた恵みの特権を我が欲望のために捨てる。

愚かな恐ろしい
誘惑は、わたしたちの周りに毒グモの巣のように張り巡らされ、罠が仕掛けられているのです。

みすみす罪の魔手にかからないように賢く生きる知恵が求められます


人が、間違いを犯さず、清らかで、
美しいものだけを選んで生涯をまっとう出来たら幸せでしょうか?

私はそうは思いません。

キリストは自分の十字架を負いなさいと、
弟子たちにしめされました。

魂の成長は試練の火で精練されることを示唆されたのです。

様々な試練、困難を乗り越えた魂が、命の輝きを発し、人々に希望と生きる勇気を与えるのです。

話は変わりますが、聖地は立地条件の悪い険しい山岳地帯に多く見られます?


何故でしょうか?

高野山遠望

古代人は神々は山に住むと考えました。


人々は敢えて困難に挑戦し、
自分たちの信仰の証として険しい人里離れた場所に、神殿を築き上げました。

日本も山岳信仰が盛んな国です。

洋の東西を問わず人間は信仰を持たなければ安心できない生き物な
んですね。

生きるための知恵は神との正しい関係から与えられます。

人類に偽り無き平和が訪れますように、今日も祈りました。

高野山遠望 photo by masaaki (Attribution-Noncommercial-No Derivative Works 3.0 Unported)

1 件のコメント:

  1. 尊いお言葉、ありがとうございます。一つ悩みが、解決しても、また、新たな悩みができ、日々くりかえしています。生きて行くのは、大変です。頑張って行くだけです。ありがとうございました。

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