最近、人生の回顧談が周りの話題によくのぼります。
それだけ、自分たちが歳を重ねた証でしょうか。
中には、エレベーターを使わず、すたすたと階段を平気で上り下りする健脚の持ち主もいます。
わたしはそうはいきません。
カタツムリでいきます。
また、医学に見放されたがん患者さんが、「それなら自分流でがんを治す」と宣言して、毎日歩き続け、いつの間にかがんが消えてしまった?と言う信じがたい逸話も聞きました。
いずれにしろ、人は生きることにまして、如何に納得して人生の最期を締めくくるか?ストレートに言えば楽に死ねるか?が関心事です。
わたしの幼い頃、人の死は、自然に身近にありました。
仏教→浄土真宗の中で育ちましたから、お寺とは深い関係がありました。
抹香臭いといわれたもんです。
「あん!ばぁちゃんは、仏さんになりょったち!はよう、あってこんね!もう、この世の見納め見収めじゃけんね!」
母に言われて、小さなお数珠を手に握り、ばぁちゃんの穏やかな死顔をみて!体をさすりました。
「あん!ばぁちゃん死んだ振りしちょるだけばい!」と、集まった皆に言い触らして、こっぴどく叱られた記憶があります。
子ども心に、死は不思議でたまらん体験でしたから。
裏木戸から、ひょつこり、ばぁちゃんが現れて、「ひでお!水汲め、馬にやらんか!タケノコ引き抜いてこい」、こんな怒鳴り声が聞かれそうな錯覚に襲われました。
大分・日田の山奥の村の庄屋には、自分たち一族のお寺がありました。
わたしの祖父が建てたお寺でした。
今は村の公民館になりましたが、その前は小さな村の小学校でした。
祖父が亡くなり、お寺は谷の向こう側に移設され、菩提寺の土地は寄進されたと聞かされました。
たまに里帰りした時、懐かしさが募り訪ねて行きます。
しかしもう、心のふるさとの面影はありません。
わたしが生まれた庄屋の屋敷跡は高い石積みの崖と水田に変わっていました。
裏山に沈む太陽に山肌が紅色に染まる様は子ども心に感動的でした。
わたしの身体に染み付いた懐かしい土と山の匂いは消えません。
ふるさとの話でした。
キリストはまだ知らない、無垢の田舎の子供時代です!
愛の樹オショチ†
おしょちの子供時代のふるさと、自然がいっぱいの環境で、情景とかが目に浮かぶようです。
返信削除人の生死も家の中で自然に立ち会われたのでしょうね。大事なことだと思います
そういうことを経験したおしょちだから、今のおしょちがあると思います。
私も、心のふるさとは、あります。父のふるさと長野、外にトイレがあり、怖かったのを、覚えています。ですが、そこは、壊され、そばに、立派な家を、いとこが、建て増した。懐かしい土蔵の中で、また遊んだ頃が、一番楽しかった。母のふるさとは、下田です。お菓子屋をやっていたおばあちゃんの目を盗んで、いとこたちとつまみ食いをしたが、めがねをづらして、こっちをみていたが、ちっとも怒らない優しいおばあちゃんでした。懐かしい家も、道路拡張とかで、取り壊し、いとこの素敵な家が、たちました。もうあのころには、戻りません。皆いつかは、死がきます。誰にも、迷惑かからない眠るような死が良いが、父兄母の死は、つらいものでした。やはりストレスと、関係あるものと、思います。今からでも、笑っていきましょう。怒り、悲しみ、苦しみ、を、なるべく喜びに転じられるよう生きてゆきたいものです。大地の自然は、私たちに安らぎを、与えてくるます。これから先は、それらにふれて、心を癒したいです。心穏やかでありますように、お大事にヾ(^▽^)ノ
返信削除オショチ様、天路歴程をありがとうございます。仏教の教えのなかで幼少時代をお過ごしになったおしょち様がなぜキリスト者になられたのか不思議です。おしょち様はキリスト様だけが神様であると聖書に書いてあるのだから他の神はいないし、キリスト様のみを信仰しないと悪魔に取りつかれていて地獄に落ちるなどとおっしゃらずにオショチ様の生き方からキリスト様の存在を教えてくださいました。オショチ様と心の中で唱えるだけで安らかで幸せな感覚が脳の中にします。本当に不思議です。
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